【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第百十九話『邪悪』

 第百十九話『邪悪』

 

 ゲラート・グリンデルバルドが入ってくると、ウィゼンガモット法廷には緊張が走った。

 ヴォルデモート亡き今、史上最悪の犯罪者。彼は堂々と法廷の中央に進んでいく。

 

「さて……」

 

 グリンデルバルドは法廷を見渡した。

 

「さてさて、錚々たる面々が集まっているな。大変結構」

 

 拍手しながら、彼は満面の笑みを浮かべる。

 

「これより、《死》に対する反撃を開始する。諸君、協力してくれたまえ」

「無論、協力するとも。だが、その前に聞かせてくれないか? 《死》の正体、目的、反撃の手段を」

「ああ、もちろん説明する。《死》の正体はロウェナ・レイブンクロー。彼女の目的は人類の救済だ。そして、反撃の手段だが、これは――――」

「待て!」

 

 複数の声が重なった。

 

「人類の救済!?」

「何を言っているんだ!?」

「そんな筈がない!」

 

 《死》の攻撃によって、既に人類は半分に減ってしまっている。その上、第三次世界大戦の兆しが見え始めている。これほどの地獄を作り上げておきながら救済を謳うなど矛盾しているにも程がある。

 誰もがグリンデルバルドの言葉を嘘や冗談と受け取った。

 

「……嘘ではない。そうだね?」

 

 合衆国大統領はグリンデルバルドを見つめた。

 

「当然だ。嘘を吐く理由などない」

「では、問おう。ロウェナ・レイブンクローにとって、人類とは?」

 

 その言葉にグリンデルバルドは微笑んだ。

 

「一定のラインを超える卓越した存在。彼女にとって、それが人間なのだよ。死滅した人類は、彼女にとって人類では無かった。つまり、何も矛盾などしていない」

「……なるほど」

 

 それは合衆国大統領にとって、予想通りの解答だった。

 

「厄介な思想犯のようだな」

「ヒトラーやポル・ポトを思い出すな」

 

 合衆国とロシア。二人の大統領の言葉にグリンデルバルドは嗤う。

 

「思想犯とは少し違うな。ヒトラーも少し異なる。それほど高尚なものではない。だが、ポル・ポトは良い例だ。そう、彼女が作り上げている楽園はポル・ポトの理想郷と非常に似ている。己の理想を追求し、邪魔者は徹底的に排除する。まさに、ありがた迷惑の極みだな」

「……《死》とは、まるで子供だな」

 

 合衆国大統領の言葉にグリンデルバルドは拍手を送った。

 

「その通り。彼女は子供なのだよ。だからこそ、厄介なのだ」

「子供……、だと!?」

 

 驚愕するスクリムジョールにグリンデルバルドは言う。

 

「更に正確に彼女を言い表すならば、《夢見る乙女》。驚くべき事に、これだけの地獄を作り上げながら、彼女に悪意は一切ない。あるのは純粋な善意のみ」

「馬鹿な! 善意だと!? 何億人死んだと思っている!?」

「冗談も休み休み言え!」

 

 騒ぎ立てる国家の元首達。彼らとて、愛国心のみで元首に成ったわけではない。それでも、自国民の多くが理不尽に殺害されて思うところが無い筈もない。

 誰もが怒っている。

 

「静かにしてくれ」

 

 合衆国大統領の言葉によって法廷は静まり返った。

 

「《死》の正体と目的は分かった。規模の大きさ故に信じ難い部分もあるが、納得も出来る。だから、次は反撃の手段を教えてくれたまえ。無駄な議論を繰り広げている暇は無いのだから」

「簡単だよ。ロウェナ・レイブンクローを討つ。それで終わる」

「……討てるのかね?」

「討てる。数百人程死ぬ事になるが、今が好機だ」

 

 確信に満ちたグリンデルバルドの言葉に誰もが顔を見合わせている。

 これまで謎に包まれていて実体の掴めなかった相手を倒せると断言する彼に希望を見出す者が現れ始めた。

 

「……具体的な方法を教えてくれるかね?」

 

 グリンデルバルドの人心掌握術に微かな畏れを懐きながら、合衆国大統領は言った。

 

「簡単だ。ホグワーツに核弾頭を落とす」

「……核弾頭?」

 

 グリンデルバルドの発言に対して、言葉を発する事が出来たのは核弾頭を知らない一部の魔法使い達だけだった。

 

「貴様……、何を言っているんだ?」

 

 スクリムジョールは核弾頭が如何なるものか知っていた。

 マグルが発明した禁断の兵器。

 世界を終わらせる力。

 そんな者を子供達の学び舎であるホグワーツに落とす。その意味を理解している者達は同時に激昂した。

 

「巫山戯ているのか!?」

「核弾頭を使うだと!? バカも休み休み言え!」

「ホグワーツというのは学校なのだろう!? そこには子供が居るのではないのか!?」

「貴様、何を考えている!?」

 

 彼らの言葉をグリンデルバルドは微笑みながら受け流す。

 

「そもそも、ホグワーツには創始者達や歴代の校長達が掛けた強力な結界がある! 如何に核弾頭と言えど……」

「安心するがいい。ホグワーツの最も強力な結界はハリー・ポッターが三大魔法学校対抗試合の第1試合で破壊している。核弾頭を落とせば、確実に効果範囲内のすべての生物を死滅させる事が出来る」

「グリンデルバルド!」

 

 スクリムジョールは怒りの形相で彼を睨みつけた。

 

「どうしたのかね? 友よ」

「ホグワーツには子供達がいるんだぞ! そもそも、何故だ!? 何故、ホグワーツに核弾頭を落とす!?」

「分かり切っている事を聞くな。そこにロウェナ・レイブンクローが居るからだ」

「なっ!?」

 

 ついさっきまで居た場所に諸悪の根源が居た。

 その事実にスクリムジョールは狼狽した。

 

「ど、どういう事だ……」

 

 グリンデルバルドはスクリムジョールを見つめた。そして、法廷を見渡した。

 

「……どうやら、一から丁寧に説明する必要があるようだ。あまり、時間が無いのだがな」

 

 そう言うと、法廷の景色が一変した。

 

「これは、ホグワーツか?」

 

 スクリムジョールの言葉にグリンデルバルドがうなずく。彼らはホグワーツの場内にいた。

 

「幻だがね。マグルの諸君に分かるように言えば、立体映像のようなものだ」

「……凄いな。似たような技術はあるが、機械もなく……」

 

 一部の科学に造詣の深い元首達は感心した様子で辺りを見回している。

 

「さて、先程はレイブンクローの目的を語ったが、次はその手段について語らせてもらおう」

「手段? 今現在起きている大量殺戮の事か?」

「違う。大量殺戮とも、目的のための手段とも違う。今現在起きている殺戮は単なる掃除に過ぎない。まあ、それだけでも無いのだが……」

「掃除?」

 

 グリンデルバルドは言った。

 

「全ては《偉大なる王》の為だ。王が治めるに値する者達の選別。それが今現在起きている殺戮の正体さ」

 

 虚空にホグワーツの紋章が浮かび上がる。

 

「ホグワーツとは、そもそもレイブンクローの理想の為、《偉大なる王》を生み出す為の施設だ。卓越した存在が人々を導く事で争いの無い理想の世界を作り上げる。それが当時の理念だった」

 

 複数の疑念の声が上がりかけたが、グリンデルバルドは無視して話を進めた。

 

「だが、創設者達の理想は実現出来なかった。彼らが想定していたよりも、人類が愚かだった為だ」

 

 次々に景色が切り替わっていく。ホグワーツから戦場へ、戦場から魔女狩りの拷問場へ、拷問場から磔の場へ。

 

「偉大なる王。そうなれる逸材は幾人もいた。卓越した頭脳。卓越した魔力。そして、慈愛の心。理想の存在達は、けれど、人類の愚かさの前では無力だった」

 

 浮かび上がる損壊した死体の数々に誰もが言葉を失った。

 

「彼らは弱き者に手を出す事が出来なかった。それ故に弱き者達によって嬲り殺しにされた。その度に創設者達の心は荒み、歪み、そして、レイブンクローは悪魔の囁きに耳を貸してしまった」

 

 再びのホグワーツ。そこに二人の女性がいた。一人は黒髪の美しい女性。そして、もう一人は赤い髪の優しげな女性。赤毛の女性が黒髪の女性に何かを囁きかけている。

 

「これにより、レイブンクローの理想は大きく変貌する事となる。スリザリンが去り、グリフィンドールが牙を剥き、それでも彼女達は邁進した。《偉大なる王》。嘗ては《理想の導き手》という意味だった言葉は《救世主(メシア)》という意味に置き換わった」

「救世主……?」

「もっと分かりやすい言葉に置き換えると、《第二の救世主(キリスト・セカンド)》となる」

「キ、キリストだと!?」

 

 敬虔なキリスト教信者である幾人もの元首達が怒りの形相と共に立ち上がった。

 

「落ち着きたまえ!」

 

 そんな彼らを制したのは合衆国大統領だった。

 

「……少し、読めてきたぞ。グリンデルバルド。君はハリー・ポッターの死が第一段階と言ったな。そして、偉大なる王になる筈だったハリー・ポッターが死亡して尚も《死》の猛威が止まらない理由、それは……」

「その通りだ、大統領。死亡したハリー・ポッターを復活させる。そして、今現在も世界に対して強大な影響力を誇る《嘗ての王(イエス・キリスト)》と同じ存在にする。それがレイブンクローの思惑だ」

「……そんな、馬鹿な」

 

 誰かがつぶやいた。

 

「馬鹿げていると思うかね? だが、死者の黄泉がえりは魔法界であっても奇跡の御業だ。少なくとも、現代の魔法使い達にとっては」

「だが、如何に復活したところでハリー・ポッターがイエス・キリストになるなど……、そんな……」

 

 その声には呆れの色が混じっている。

 

「ああ、ただ黄泉から戻っただけではな。キリストも弟子や宣教者達の地道な広報活動があってこそだ。だが、そこはもちろん考えられている。例えば、今の状況を作り上げている魔神を討伐したら? それは中々のインパクトになると思わないかね?」

「……レイブンクローは自らをハリー・ポッターに討たせる腹積もりという事か? さっき、それだけでもないと言ったな。この大量殺戮は舞台を整えると共に、自らを討ち倒されるべき魔神とする為のものだと?」

 

 ロシアの大統領の言葉にグリンデルバルドは肯定の笑みを浮かべる。

 

「差し迫る第三次世界大戦。おそらく、数日中に開戦の狼煙が上がるだろう」

「馬鹿な! そのような事、決して許さん!」

「その通りだ!」

「ここに居る者達はレイブンクローの思惑を知った! 決して、ヤツの思い通りになど!」

 

 グリンデルバルドの言葉に反論の言葉が飛ぶ。けれど、合衆国大統領やロシアの大統領は青褪めた表情を浮かべ、口を閉ざした。

 そして、グリンデルバルドは言った。

 

「それは無理だ。恐らく、開戦前にあなた方は全員殺害される。止めようとする者も殺される」

「なっ!?」

「そ、そんな……」

 

 誰もが言葉を失っている。これだけの大規模な殺戮を行える者が自分達だけを殺せないなど、それこそありえない。世界よりも先に自分達が殺される。その恐怖は筆舌に尽くしがたい。

 そして、その恐怖はグリンデルバルドにとって都合の良いものだった。

 

「さて、話を戻そう。先程、大統領が言ってくれた事だが、レイブンクローはハリー・ポッターを黄泉帰らせるつもりだ。そして、その場所は《王の為の城(ホグワーツ)》。彼女は復活の為の準備としてホグワーツに潜り込んでいる」

 

 目の前にはホグワーツの教師や生徒達の姿が現れる。

 

「彼らの内、誰かがレイブンクローだ。だが、誰が彼女なのか、それは分からない。探ろうとすれば、彼女は姿を消すだろう。分かるかね? 実体を伴っている今が好機なのだ。悪霊の火などの魔法では駄目だ。世界中の魔法使いが一斉攻撃を仕掛けたところで、魔法では彼女を倒せない。だが、最悪の兵器たる核弾頭ならば話は別だ」

「だから……、ホグワーツに核を落とすというのか」

「そうだ。今しかない。決断するがいい、世界の王達よ。君達の命の為、それぞれの国の為、この世界の為、数百人の子供達と数十人の大人の命を贄に捧げるのだ。勇気(・・)を示すが良い」

 

 スクリムジョールは拳を震わせていた。覚悟は決めていた。悪意をもって、悪を討つ。だが、これほどの悪意を背負える程の覚悟ではなかった。さっきまでホグワーツにいた。歩いていた。生徒達を見た。彼らをレイブンクロー討伐の為に諸共に殺す。それは邪悪を通り越している。外道の行いだ。

 

「まっ……」

 

 だが、止める為の言葉を発する事が出来なかった。いつの間にか、グリンデルバルドは杖を持っていた。対して、スクリムジョールは杖を持っていなかった。奪われたのだ。

 待て、待ってくれ! その言葉は口から出る事なく消えた。

 

「世界の為……」

「こ、国民の為……」

「す、既に億を超える人命が失われているのだ。ならば……」

 

 グリンデルバルドの話術は巧みだった。彼らの為に言い訳を与えてある。

 未成年の子供達を虐殺する為の言い訳。それは国や世界の為というもの。

 どちらも重い。けれど、一方を選ばなければならない。

 

「だ、だが、どの国の核弾頭を使うのだ?」

「わ、我が国は核を保有しておらん!」

「わ、わたしの国も!」

 

 核保有国以外の国々の元首がこぞって騒ぎ出す。

 核の使用は如何なる理由があっても後の禍根となる。各国はこぞってその国を責め立て始めるだろう。

 それが分かっているからこそ、核保有国の元首達は慎重になる。けれど、彼らも決めている事がある。

 いずれにしても、核を使う。

 合衆国やロシアの大統領さえ、すでにグリンデルバルドの術中に嵌っていた。

 

 そして、この魔法で隔離されていた筈の空間に紛れ込んでいた虫が一匹、外に飛び出していった。

 虫は人気の無い場所で人の姿になる。

 

「と、とんでもないスクープざんす。こ、これは、でも、さすがに……」

 

 リータ・スキーターはウィゼンガモット法廷に忍び込めた事を自らの能力の高さ故だと信じていた。

 そして、得てしまった恐るべき計画に対して、彼女にとっては滅多にない良心の導きに従う事を決めた。

 いくらなんでも、ホグワーツの生徒達数百人を虐殺する計画など記事にしている場合ではない。

 

 そして、ロウェナ・レイブンクローはホグワーツの隠された部屋でうっすらと微笑んでいた。

 

「ゲラート・グリンデルバルド。彼は実に便利ですね」

 

 彼女はグリンデルバルドを操ってなどいない。ただ、彼女が彼の心を弄った時に彼自身の力で己の記憶を少しだけ覗かせた。彼は違和感など持っていない。疑念も抱いていない。全ては自らの意志の下にあると確信している。

 ホグワーツの生徒を犠牲にする計画は彼がヴォルデモートに乗っ取られている頃から彼の中にあったものだ。そして、その決断をダンブルドアにさせない為に彼は慈悲の心をもって彼を殺害した。情報さえ集まれば、彼も同じ決断を下すと信じた為だ。

 

「だけど、そろそろ役目も終わりです。あなたのような存在は、偉大なる王の治める世界には不要ですからね。愚かな道化よ」

 

 そして、彼女は瞼を閉ざす。最近の彼女は散らばらせた魂の断片の一つであるレベッカ・ストーンズの意識と同調する事を日課にしている。既に準備が整い、後は時を待つだけ。彼女にとって、その行為は娯楽だった。

 ロン・ウィーズリー。彼と接する時間が、どうしてか心を穏やかにしてくれる。千年振り、あるいは、生まれてから初めて、彼女は楽しい時間を過ごしていた。

 

「レベッカ、チェスでもやらない?」

「うん! やる!」


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