【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第百二十話『死と蘇生』

 ドラコ・マルフォイは考えていた。《死》が地獄を作り上げている現状についてだ。

 

「……《死》はどうして止まらないんだ?」

 

 グリンデルバルドの証言から、《死》の目的にはハリーの存在が必要不可欠である事が分かっている。彼が死ねば、《死》の目的は実現不可能となり、止まる筈だった。

 

「グリンデルバルドが間違っている? それとも、ハリーは復活する?」

 

 これまで、後者の可能性は低いと考えていた。親友だからこそ分かる。あの時、ハリーは覚悟を決めていた。覚悟とは恐怖に打ち克つ勇気の事だ。死に対して、彼は確かに恐怖していた。黄泉帰れる前提ならば、あれはおかしい。

 

「いや、そうか……」

 

 極端に考え過ぎていたのかもしれない。ハリーにとって、アレは博打だったのかもしれない。

 黄泉帰れる確証などなく、だからこその覚悟。あの時点ではハリーにも《死》の動きを読み切る事は出来なかったのかもしれない。本当に《死》が止まり、黄泉帰る事が出来ない可能性もあったのだとしたら、矛盾しない。

 

「ハリーは復活する。そして、それは《死》にとって予定調和の事だった。だとしたら……」

 

 ハリーが《死》の行動を読み切れていなかった可能性は考慮しない。そんな事はありえない。

 

「死者蘇生。《死》ならば容易な事かもしれない。分霊箱の事もある。そもそも、分霊箱は蘇生術としては欠陥品だと、ハリーはエグレから聞いたらしい。欠陥品。つまり、それは完全なる蘇生術も存在している事を示唆しているのでは? そもそも、分霊箱の状態からの蘇生についても《簡易的な蘇生術》とやらが存在しているらしい」

 

 ドラコの瞳に光が宿り始める。

 

「《死》がハリーを蘇生させる。それを前提に考えてみよう。ハリーがその事を識っていた事も考慮して、さて……」

 

 ハリーには時間が無かった。これも事実だ。彼の中のヴォルデモートの復活。それが彼の行動を縛っていた。

 だけど、彼の死が《死》の思惑通りなら、少し違和感を感じる。

 

「ハリーは《死》の思惑通りに死んだ。ヴォルデモートの事を置いておいても、その点に重要な意味がある気がするな」

 

 悩んでいると、部屋の扉が開いた。

 

「ドラコ様!?」

 

 入って来たのはアステリアだった。彼女はベッドから起き上がっているドラコを見て泣きそうな顔で駆け寄ってきた。

 

「ああ、ドラコ様!」

 

 抱きついて来た彼女にドラコは「すまなかった」と言った。

 

「謝らないでください、ドラコ様……」

 

 彼女のぬくもりが彼の心を解きほぐしていく。思考は更に明瞭になっていく。

 

「……アステリア。少し、考えを整理する為に付き合ってくれないか?」

「もちろん、構いませんわ」

「ありがとう」

 

 ドラコは彼女に口づけをすると、隣に座らせた。そして、ここまでの考えを彼女に語った。

 

「……ハリー様の死が《死》の思惑通り」

 

 スクリムジョールから伝え聞いた世界で起きている惨劇に青褪めながら、彼女も思考を巡らせてくれている。

 

「それは、やはりヴォルデモートの存在が問題だったのでは?」

「その可能性が高いね。ヴォルデモートの魂を引き剥がす。その為に死と蘇生が必要だったと考える事も出来る。だけど、本当にそれだけなのかな? なんだか、とてもモヤモヤするんだ」

「モヤモヤ……」

 

 アステリアは難しい表情を浮かべながら唸った。そして、思いついたように言った。

 

「思惑に乗ったのは、もしかして、蘇生後にハリー様にとって都合の良い事が起きるから……、とか?」

「都合の良い事?」

「……えっと、例えばなのですが」

 

 アステリアはもじもじしながら言うが、ドラコにとっては青天の霹靂だった。

 

「それだ!」

「ほえ!?」

 

 ドラコは思考した。

 そして、あの時のハリーの言葉を思い出す。

 

 ―――― アレには勝てない。

 ―――― 戦えないんだ、ドラコ。ロウェナとは戦う事すら出来ない。力ではどうにもならない。ダンブルドアが生きていればあるいは……。

 

 あの言葉に嘘は無かった。それは断言出来る。

 死と蘇生。ハリーが《死》の思惑通りと分かっていながら死を選んだ理由。勝てないと言った《死》に勝つ方法……。

 

「まさか、けど……、そうか!」

 

 分かった。ハリーの狙いが分かった。それしかない。それ以外などあり得ない。

 

「ドラコ様!?」

「アステリア! 僕も動くぞ!」

 

 立ち上がる。やるべき事を考える。この考えが正しいとすれば、出来る事がある。

 

「ド、ドラコ様。一体……」

「分かったんだ。ハリーの狙いが分かったんだよ! たしかに、《死》に勝てるとしたら、それしかない」

「《死》に!? その方法は一体……」

 

 ドラコは言った。

 

「ダンブルドアの復活だよ」

 

 第百二十話『死と蘇生』

 

 白一色で作り上げられたキングス・クロス駅。ハリー・ポッターにとって、そこは馴染み深い場所だった。

 そこには彼の他にも一人の男がいた。

 

「……随分と危険な博打を打ったものだな、ハリー・ポッターよ」

 

 ヴォルデモート卿。嘗て、闇の帝王と恐れられた史上最悪の犯罪者。

 多くの死と嘆きを生み出した魔王。ハリー自身の人生も彼によって大きく捻じ曲げられて来た。

 

「危険?」

 

 ハリーは嗤った。

 

「《死》が止まればハッピーエンド。《死》が止まらなくても復活出来る。どちらに転んでも勝てる博打を危険とは言わないだろう」

 

 その言葉にヴォルデモートも嗤う。

 

「大したものだ。マグル如きに心を折られ、死に救いを求めていた頃とは比較にならない程、貴様は強くなった」

「結局、やってる事は変わらないがな。死に救いを求めている」

「意味が違う。嘗ての貴様の選択は逃避だった。だが、今の貴様は戦っている。勇気を持って挑んでいる」

 

 ヴォルデモートは微笑んだ。対するハリーも微笑んでいる。

 

「しかし、奇妙だ」

 

 ヴォルデモートは言った。

 

「俺様の中に貴様と友情を結んだトムがいる。ダフネ・グリーングラスに敬意を抱いたニコラスがいる。エグレに宇宙空間までふっ飛ばされたヴォルデモートがいる」

 

 ヴォルデモートの言葉にハリーは吹き出した。

 

「おまっ、宇宙空間にふっ飛ばされた事は黙っとけよ!」

「いや、それも俺様だ。いや、本当に衝撃的な体験だった。全身がバラバラになる感触、大気圏から飛び出す感覚、宇宙空間に出てしまった時の絶望。言葉にすると笑ってしまいそうになるが、あれは凄かった。俺様の中のヴォルデモートも強がっているが、ほぼ心が折れている。人間が経験していいものではないな」

「真面目な顔でそういう事言うなよ……」

 

 ハリーは少し腹筋が痛かった。

 

「……ロウェナに弄られた分霊は大丈夫なのか?」

「ああ、問題ない。トムが残り少なくなった貴様との交流の時間を削った甲斐があったというもの」

「そうか……」

 

 ハリーはしんみりした気分になった。何度もこの世界で交流を交わしたトムは、今やヴォルデモートの一部となっている。

 

「……チェスを指さないか?」

「ああ、構わない」

 

 ハリーとヴォルデモートは近くのベンチに腰掛けた。間にチェス盤を作り出し、ハリーが先手となってポーンを動かす。

 

「奇妙な感覚だな。貴様と……、君とチェスを打つのが嬉しくてたまらない」

「……そうか」

 

 何度打っても、どちらが勝っても、二人はチェスを指し続けた。

 楽しくて仕方がない。どちらも夢中になっていた。

 この世界で数える事すら馬鹿らしくなる程に打ってきたチェス。それはハリーとトムの語らいだった。

 言葉はなくとも、そこには心のぶつかり合いがあった。

 

「ハリー・ポッター」

「ハリーでいい。なんだ?」

「……俺様は……いや、わたしはトム・リドル。この力のすべてを君に捧げよう」

 

 ダドリーにサンドバッグにされて、心を折られてしまったハリー。彼に語りかけ、彼と共に歩み、彼の生き様を見守る内に彼の心はゆっくりと変化を遂げていた。

 トムとして、ハリーと友情を結んだ分霊がいた。

 ニコラスとして、ハリーやダフネと共に無関係の他者の為の研究を行った分霊がいた。

 ロウェナに弄られ、良心と共に自らの命を断った分霊がいた。

 偽りの英雄(ゴドリック・シャドウ)と共にあり、真の勇気を持つ少年の姿に魅入られた分霊がいた。

 エグレに宇宙空間までぶっ飛ばされた分霊がいた。

 七つに分かたれた魂が一つとなり、彼らの経験や心が重なり合った。

 

「ああ、トム。君の力を貸してもらうよ。僕を助けてくれ」

「もちろんだ」

 

 彼自身はオリジナルと呼ばれたもの。ホグワーツの大広間でハリーに容赦なく抹殺された存在。

 けれど、憎悪と憤怒は分霊達の魂が押し潰した。

 ハリー・ポッターと共にありたい。ダフネのいる世界を守りたい。ハリー・ポッターを守りたい。この世界を守りたい。勇気を持ちたい。もう、エグレと戦いたくない。一つ変なのが混じっていたが、それらの心が今の彼の決意となった。

 

「いつだったか、君が言ってたね」

 

 ハリーは嘗てのトムの言葉を思い出した。

 

 ―――― 君とボクには不思議と似通った部分があるからだ。二人共混血であり、孤児であり、マグルに育てられ、蛇語を話す。それに、見た目もどこか似ている。まるで、生き別れた兄弟と再会したかのような気分だ。

 

「言ったかな? すまない、覚えていない。だが、そう感じていた事はたしかだな」

「あれ、言ってなかったかな?」

「……恐らく、わたしの記憶が君に流入したのだろう」

「ああ、君の夢を見た事もあるし、そういう事かもしれないな」

「むっ、それは少し……、恥ずかしいな」

「ははっ、僕と君の仲だろ?」

「……そうだな」

「それより、僕が言いたいのは、僕も(・・)だよって事さ」

 

 互いに黒い髪がくせ毛のようになっている。顔立ちも似ている。生まれ育った環境も似ている。

 

「君と僕が手を組んで、出来ない事などなにもない。そう確信している」

「……違いない」

 

 丁度、ハリーがチェックメイトした。

 

「さて、そろそろ行くか」

「ああ、そうだな」

 

 共に立ち上がり、二人を遠くから見つめている老人を見返した。

 

「いつまでそこに居るんだ?」

「あんたの力が必要だ。その為に僕達はここに来た。戻ってもらうぞ、アルバス・ダンブルドア!」

 

 二人の嘗ての教え子を前に、ダンブルドアは困ったように口髭を弄った。

 

「よもや、この歳でこれほど驚かされる事になるとはのう……」

 

 ハリー・ポッターとトム・リドル。

 決して交わる筈の無かった二人が手を取り合っている。それは奇跡のような光景だった。

 

「この老いぼれに何が出来るかは分からぬが、お主ら二人に頼まれては断れんのう。ハリー、トム。共に行こうか」

「ああ」

「おう!」

 

 ハリーは遠くに光が灯るのを感じた。ダンブルドアの復活。それが己の脅威と分かっていて尚、やはりロウェナは復活の為の道を開いた。

 

「ロウェナ・レイブンクロー。僕がお前の思惑に乗るのはここまでだ。行くぞ、復活の時が来た!!」


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