【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第百二十三話『本意』

『ドラコ・マルフォイ。あなたは強い人だわ』

 

 いきなり、そんな事を言われた。

 

『ずっと見ていました』

「え?」

 

 戸惑っていると、ヘレナは更に困惑させる事を言ってきた。

 

「ずっと?」

『ええ、ずっと……。あなたがヴォルデモート卿にその身を奪われた時から』

「はぁ……?」

 

 予想以上に前の事だった。

 

『あなたの身を奪ったヴォルデモート卿はハリー・ポッターと戦い、そして、この塔の頂きで果てました。その時、ハリー・ポッターは涙を流していました。敵を討ちながら、敵の為に涙を流す。わたくしには理解が出来なかった……』

 

 知らなかった。ヴォルデモートの為にハリーが泣いたなんて……。

 

『だから、見ていました。ずっと……、ずっと……、ずっと……』

「き、気づかなかった……」

 

 ヘレナは病的な表情でドラコを見つめている。

 

『どうして?』

「え?」

『どうして、敵の為に涙を流せるのですか? どうして、殺されかけた事を許せるのですか? どうして、衆愚に怒りを向けずにいられるのですか? どうして……、あなたは立ち上がれたのですか?』

 

 どうして? そんな事、分かり切っている。

 

「……友達だからだ」

『え?』

「敵の為に涙を流した? 違う! ハリーにとって、あの時のヴォルデモートは友達だった! 殺されかけた事を許せたのはハリーが僕の友達だからだ! 衆愚に怒りを向けずにいられる? 向けてるさ! ハリーが怒らない代わりに僕達が怒ってるんだ! 友達だから! 立ち上がれた理由? 強さじゃない! ハリーは戻って来る! それが分かったからだ! ハリーは戦う! 分かるんだ! 友達だから! だから、力になりたいんだ! ジッとしてても力になれないから! だから、立ち上がるんだ!」

 

 思わず感情的になってしまった。

 ハリーがヴォルデモートにある種の情を抱いている事は識っていた。だけど、あの頃から既に彼の為に涙を流す程とは思っていなかった。

 友達なのに、そんな事にも気づかなかった。友達なのに、一度も彼の力になれた事がなかった。

 

「ぼ、僕はハリーの友達なんだ!」

「ド、ドラコ?」

 

 まるで焦っているかのような表情を浮かべるドラコにコリンは戸惑った。

 誰も否定などしない。ドラコはハリーの一番の親友だ。彼に一番信頼されている。

 それなのに、まるで……、

 

『不安なのですね?』

「なに!?」

『ずっと見てきました。あなたがハリー・ポッターの為に怒る姿も、あなたが彼の力になれない事を嘆く姿も』

「お前は一体……」

 

 四六時中、そんな姿を晒していたわけではない。一人の時、不意に漏らす事があった程度だ。

 そんなところまで見られていた。

 ドラコは寒気を覚えた。ロウェナ・レイブンクローの事を識る上で、彼女の娘であるヘレナの話を聞く事は不可欠だと考えていたけれど、それでもこれ以上会話を続ける事に忌避感があった。

 

『分かりますよ』

「え?」

 

 気がつくと、ヘレナは目の前にいた。

 

「なっ!?」

『ドラコ・マルフォイ。あなたはわたくしと同じ。眩き光に手を伸ばし、届かない事に絶望している』

「ちがっ!? 僕は!」

『そして、足元が見えなくなっている』

「……あし、もと?」

 

 ドラコは自分の足元を見た。

 わけが分からなかった。

 

『あなたはあなたです。ハリー・ポッターではない。彼のようにはなれない。彼のようには出来ない』

「だ、黙れ!」

 

 ドラコは叫んだ。コリンとダフネはそんな彼を見て、彼女の言葉が彼の図星をついたのだと気付いた。

 誇り高く勇敢な強い男。それが二人のドラコに対する認識だった。

 

『あなたは自分を信じ切れていない。本当のあなたは……、とても臆病な人』

「そんな事ない!」

 

 叫んだのはコリンだった。ドラコが臆病。そんな事を言われて、黙ってはいられなかった。

 ハリーと同じくらい、彼はドラコを見て来た。ハリーと一緒に戦う姿を見て来た。

 

『ドラコ・マルフォイは何も持たない人。ただ、強い輝きを放つ人に憧れて、その人のようになろうと足掻いていた人』

「そんな事……」

 

 ない。そう言おうとして、言えなくなった。ドラコが崩れ落ちた為だ。

 

『今一度、見つめ直してください。あなたはあなたです。他の誰でもありません。ハリー・ポッターのようにはなれないのです』

「う、うるさい!」

 

 コリンは怒鳴った。

 

「なんで、お前にそんな事を言われなきゃいけないんだ!? ドラコはかっこいいんだ! お前がドラコの何を知っているって言うんだ!?」

『知っていますよ。少なくとも、あなたよりはずっと。だって、見ていましたから』

 

 ヘレナはうっとりとした表情で蹲るドラコの傍らに寄り添った。

 

『あなたは強い人だわ』

「……バカにしているのか?」

『そうではありません。弱い人なら、とっくにハリー・ポッターの傍から離れています。それに、手が届かないと絶望しながら、それでも立ち上がる力を持っている』

「なんなんだ……、お前は」

 

 貶めたり、励ましたり、わけがわからない。

 

『あなたには、わたしと同じ過ちをして欲しくないのです。自覚しなさい。あなたはあなたにしかなれないのだと』

「僕は……、僕にしか……、なれない」

 

 当たり前の事を言われだけなのに、ドラコは衝撃を受けていた。

 ハリーのように誇り高く生きたかった。ハリーのように強くなりたかった。

 だって、だって、だって……、

 

「でも、僕じゃ駄目なんだ……」

「ドラコ……?」

 

 ダフネはどう声をかければいいか分からなかった。でも、何か言わなければいけないと思った。

 だって、ドラコは傷ついている。傷つきながら立ち上がってくれた彼をこれ以上傷つけさせたくなかった。

 

「ダメ」

 

 だけど、ルーナが止めた。それまで黙っていた彼女がダフネの前に立った。

 

「このままだと、ドラコが潰れちゃう。それはダメ」

「いや、今まさに潰そうとしてるじゃないか!?」

 

 コリンが言うと、ルーナは首を横に振った。

 

「潰してない。ヘレナはドラコを気に入ってるから、助けてくれているの」

「助けって……」

 

 コリンはヘレナを見た。

 

『駄目ではありませんよ』

「駄目なんだよ! 僕は弱いんだ! 情けないんだ! だから……、だから、ハリーを守れないんだ! 助けられないんだ! こんな僕じゃ……、ハリーの親友に相応しく……、ない」

 

 その言葉はコリンにとっても、ダフネにとっても、看過し切れない言葉だった。

 

「相応しくないってなんだよ!?」

 

 その言葉は、まるでハリーの親友である事に資格が必要かのようだ。

 

「僕はハリーに助けられたんだ! 恩があるんだよ! だから、何があってもハリーを助けなきゃいけないんだ! 命を救われた僕は、彼の為に命を使わないといけないんだ!」

「そんな事、ハリーは望まない!」

「知ってるよ、そんな事は!」

 

 ドラコは叫んだ。

 

「ハリーの事は僕が一番知ってるんだよ! だけど、情けないじゃないか! かっこ悪いじゃないか!」

「ドラコ」

 

 叫ぶドラコにルーナが近づいていく。

 

「その考え方が一番情けないと思うよ?」

 

 グサッと来た。

 

「……だ、だって」

『あなたはありのままでいいのです。ありのままのあなたは十分に強く、かっこいいのですから』

「そんな事……」

『あなた自身が気付いていないだけです。ハリー・ポッターが最後に頼る相手はアルバス・ダンブルドアでも、シリウス・ブラックでも、ミネルバ・マクゴナガルでもない。あなたです。それはあなたが強いからでも、魔法の知識があるからでもありません』

「……なら、なんで」

『あなたが裏切らないからです。そして、あなたが折れないからです』

 

 ヘレナは言った。

 

『だから、ハリー・ポッターはあなたを選んだ。あなたに殺された。他の人なら折れていたでしょう。たとえ、彼が戻って来たとしても立ち上がる事は出来なかった筈です。そして、最後の最後まで彼の為に頑張ろうとする。それがあなたの強さです』

「……なんか、微妙だな」

『そんな事はありませんよ。そんなあなたを見て来たから、わたくしも勇気を持てました』

「勇気……?」

『母の事をお話します。生前のわたくしは……、いいえ……、今に至るまで、母の思惑を知りませんでした。だから、役に立つかは分かりません。それでも、聞いて下さいますか?』

「……ヘレナ」

 

 ドラコはゆっくりと頷いた。

 

「お願いします」

 

 第百二十三話『本意』

 

 気がつくと、僕は不思議なところにいた。

 真っ白な世界だ。だけど、なにもないわけじゃない。よく見ると、壁があり、天井があり、家具がある。ここは隠れ穴だ。

 戸惑いながら外に出ると、そこには色が広がっていた。だけど、そこは隠れ穴の庭ではなかった。

 見たこともない光景。見たこともない街並みが広がっていた。

 慌てて戻ろうとすると、家は無くなっていて、僕は見知らぬ街に放り出されてしまった。

 困った事になった。焦りを覚えながら歩いているとすれ違う人々は奇妙な視線を向けてくる。

 

「どうしたの?」

「えっ!?」

 

 いきなり声を掛けられ飛び上がりそうになった。

 振り返ると、そこには黒い髪の少女がいた。僕と同い年くらいだ。びっくりするほど可愛い。

 

「困っているの?」

「えっと、その……、うん。割と……、とっても困ってる」

 

 そう答えると、彼女は僕の手を掴んだ。

 

「え? え?」

 

 ちっちゃくて、あったかくて、やわらかい手。

 不安も混乱も吹っ飛ばされた。

 

「君、異国の人?」

「異国!? いや、えっと、どうなのかな?」

「……ただならぬ事情がありそうね。人を探している風でもないし、まるで知らない土地にいきなり放り出されたみたい」

「そ、そうなんだ! 気付いたらここにいたんだよ!」

 

 僕の言葉に彼女は立ち止まると、黒曜石のようなキラキラした黒い瞳を向けてきた。

 

「ここはウェセックス王国。ユリウス歴は分かる?」

「……どっちも分かんない」

 

 彼女は思案顔になった。

 

「とりあえず、わたしの家に来てよ。出来る限り力になるから」

「……あ、ありがとう」

 

 不思議な子だ。僕は戸惑いながら彼女の家に向かった。

 

 ♠

 

 ホグワーツの城内。グリフィンドールの寮の寝室で一本の剣が浮いていた。

 

 ―――― 君だけは識っていてほしい。

 

 その声は誰にも届かない。無機物である剣に口などないのだから当然だ。

 

 ―――― ロン・ウィーズリー。類稀な才能などなく、人並み外れた知性があるわけでもない。桁外れの勇気を持っているわけでも、相手を選ばぬ慈悲を持つわけでもない。どこまでも普通の少年よ。

 

 剣はそれでも語り続ける。

 

 ―――― そんな君が勇気を見せてくれたから、わたしは救われた。君ならば、彼女の本当の望みを思い出させてくれる気がするんだ。

 

 剣の下で眠っている少年、ロンは寝返りを打った。

 

 ―――― 罪は消えない。それでも、わたしは彼女の救いを望んでいる。

 

 それっきり、剣は語らなくなった。


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