【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第百二十五話『慈悲無き啓示』

 第三次世界大戦は加速度的に激化していく。

 核保有国は次々に核弾頭を発射した。一撃一撃が世界を粉砕していく。蔓延する放射能は生物を根幹から破壊していく。焦土と化した大地に降り注ぐ戦闘機の弾丸。人々は絶望の中で死んでいく。

 残された総人口数は僅か十億。もはや、文明は成り立たない。

 

「……どうしたらいいんだ?」

 

 生き残った青年は問う。

 水道もなく、電気もなく、ガスもない。お店に行っても食料など手に入らない。

 知らない誰かの家で雨風を凌ぎながら、空を往く戦闘機の音に怯える。それ以外に彼が出来る事など無い。

 

「助けてよ……。誰か、助けて!」

 

 生き残った少女は叫ぶ。

 聞き届けてくれる者などいない。電話も使えない。インターネットも使えない。

 親を亡くし、兄弟を亡くし、友達を亡くし、教師を亡くし、彼女に残された者は己のみ。

 

「なんで……、生き残ってしまったんだ」

 

 生き残った老人は嘆く。

 長年連れ添った妻を失い、息子夫婦を失い、孫娘を失い、竹馬の友を失いながらも生き残ってしまった。

 積み重ねてきた全てを失い、絶望に暮れている。

 

 ◆

 

 世界は満遍なく地獄と化した。

 ホグワーツを始め、魔法によって隔離された地を除けば、絶望していない人間を探す方が難しい。

 救世の準備は整った。

 

「どうして、こんな事に!」

 

 その叫びに《声》は応えた。

 

 世界を作り変える為

 

「どうしてオレの妻と息子は死なねばならなかったんだ!?」

 

 その叫びに《声》は応えた。

 

 劣る者を間引く為

 

「誰が世界をこんな風にしたんだ!?」

 

 その叫びに《声》は応えた。

 

 わたくしが変えたのです

 

 声は耳ではなく、脳裏に響いた。世界中の人々が彼女の声を聞いていた。

 誰を恨めばいいのか、誰を呪えばいいのか、それすら分からなかった人々にとって、それは福音となる。

 人類は千差万別であり、完全なる団結は金や思想、権力者の命令を持ってしても不可能である。

 共通の敵。それこそが人類団結の為の唯一の鍵である。

 今、人類は共通の敵を手に入れた。

 

 わたくしの名はロウェナ・レイブンクロー

 

 名前と共に眼球へ彼女の姿が映り込む。

 艷やかな黒髪を靡かせる絶世の美女。

 その美し過ぎる容姿が彼女の言葉に真実味を与えている。

 

 これより全世界に宣戦布告する

 

 冷笑を浮かべ、彼女はわたし、ぼくを、おれを、わしを、まっすぐに見つめて言った。

 

 人類よ、絶望なさい

 

 第百二十五話『慈悲無き啓示』

 

 全世界に対する宣戦布告。それは魔法使い達にも届いていた。

 いよいよ姿を顕し、動き出した魔神。居所は判明している。彼女と共に付近の建造物が映し出されていた。

 焦土と化した都市の中で唯一姿を保っていたもの。

 魔法省の上層にあった事で魔法的な加護を受けていたウェストミンスター宮殿の時計台。

 通称、ビッグ・ベン。

 

 それまで世界を地獄に変えながらも止まる事なく銃弾やミサイルの雨を降らせていた各国の軍隊が止まる。

 戦争を指揮していた者達が糸の切れた人形のように崩れ落ち、残された人々は真なる敵に立ち向かうために動き出す。

 世界中の軍隊と世界中の魔法使い達が数時間の間にロンドンを包囲した。

 その間、ビッグ・ベンの上でロウェナは瞼を閉ざしていた。

 

 人類は瀬戸際に立たされていた。もう少し余裕があれば、あるいは戦後の事を考えて陰謀を巡らせる国々もあった事だろう。けれど、そんな余裕は残されていない。

 誰もが愛する人を失っている。誰もが財産を失っている。自らの立場を誇る相手すら失っている。残されたものは自分達の命のみ。

 負ければ、それすらも失ってしまう。

 国の違い、言葉の違い、思想の違い、種族の違いを超えて、人類史上、これ以上無い程の団結を発揮した世界。

 各国の軍隊の連携によって、戦闘の準備は驚愕の速度で整えられていく。

 

 最初に無人機による一斉攻撃が開始された。

 人間一人に対して、あまりにも過剰な攻撃。けれど、その弾丸は尽くを見えない壁によって防がれた。そして、無人機が切り返す前にすべて天から降り注ぐ雷に呑み込まれていった。

 続く魔法使い達による遠距離魔法攻撃。万を超える魔法が見えない壁を可視化させ、軋ませていく。そこに間髪を容れずにミサイルが飛んでいく。

 魔法と科学による同時攻撃は見えない壁を破壊した。

 歓喜する人類。そして、攻撃は次なる見えない壁に防がれた。

 

 多重結界。

 

 身の護りを一枚の壁に頼り切るなどあり得ない。そんな事、普通に考えれば分かる事だ。そこらのホテルのエントランスでも、外気という攻撃を防ぐ為に扉を二重に設けている。

 それでも、全世界の一斉攻撃を防がれた事実は彼らに衝撃を与えた。

 

 結界は何重にあるのか?

 壊した結界は再生するのか?

 

 その思考が手を止めさせる。

 継続して攻撃を加え続ければ、あるいは突破出来たかもしれない。けれど、その判断を下せるほどの存在は、既に残っていなかった。今、それぞれの軍隊を指揮している者達にこれほどの規模の軍隊を指揮した経験など無かったのだ。

 

「準備も理解も足りていませんね」

 

 ロウェナが片腕を掲げる。すると、次々に科学兵器が機能を停止させていく。

 機械とは繊細なものだ。一部の回路に異常が発生すれば、それだけで機能を失ってしまう。だから、それを回避する為にあらゆる対策を施されている。

 しかし、魔法に対する対策は万全ではなかった。核ミサイルの一斉掃射を防がれたように、ロウェナの魔法は科学兵器の魔法防御を突破する。

 

 そして、太陽が具現する。

 

 灼熱の業火によって構成される超巨大な球体。数百キロの距離を隔てながら、その熱量は肌を焼き焦がしかねないほどだ。

ビッグ・ベンが溶けていく。それなのに、ロウェナは涼し気な表情を浮かべている。

 

「……Oh My God」

 

 誰かが呟いた。

 あまりにも絶望的な戦力差。

 核兵器が通用しなかった時点で認めるべきだった事。

 彼女に人類は敵わない。まさに、神の如き者。いや……、もはや、神そのもの。

 

「救世主様……」

 

 もはや、祈る事しか出来ない。

 こうなる前に、人々の寄る辺となっていた噂話。

 

 救世主が世界を救ってくれる。

 

 戯言だと嗤った者も、眉唾だと疑っていた者も、夢物語と諦めていた者も、皆等しく祈りを捧げている。

 絶望の中で、それだけが拠り所となっていた。

 気休めだと分かっている。だけど、もうどうにもならない。

 人類の叡智の結晶も、魔法の力も、彼女に届かなかった。

 

「滅びなさい」

 

 太陽が動き出す。熱波が大地を蒸発させ、湯気を発生させている。

 前線に立っていた兵士が燃える。悶え苦しみながら、死んでいく。

 太陽が到達した時、もはやそこには何も残らない

 

 死が迫ってくる――――。


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