【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第十二話『友達』

 アルバス・ダンブルドアが校長室で魔法省から届けられた数千にも及ぶ手紙に目を通していると、入り口からニュート・スキャマンダーが入って来た。

 思いつめた表情を浮かべる彼に、ダンブルドアは手紙よりもニュートを優先する事にした。

 

「こんばんは、ニュート」

「こんばんは、先生」

 

 お互いに老人となった今でも、二人は教師と生徒だった。それが二人にとって、丁度いい距離感だった。

 けれど、ニュートはダンブルドアを見つめて、それまで引いていた一線を超える決意を固めた。

 

「お聞きしたい事があります」

「そのようじゃな」

 

 ダンブルドアは、ハリー・ポッターと彼が絆を深めれば、遅かれ早かれこの時が来るだろうと予想していた。

 その事をニュートも察した。そして、一度息を深く吸い込んでから言った。

 

「何故、ハリーをダーズリー家に預けたのですか?」

「お主ならば、既に分かっている筈じゃ」

 

 今や、偉大なる魔法使いの一人として名を連ねるまでになったニュート。彼ならば、既に気付いている筈だとダンブルドアは考えていた。

 赤ん坊だったハリーがどうやってヴォルデモートを退けたのかも、ダンブルドアがダーズリー家に彼を預けたのかも。

 

「……古の魔法ですね。ロウェナ・レイブンクローが考案した呪文の一つだ。自分の命を捧げてでも守りたいという強い意志と、強大な魔力が揃う事で初めて発動する献身の魔法。愛の魔法とも、犠牲の魔法とも呼ばれている。きっと、ハリーの父親か母親が……」

「母親じゃよ。リリーが彼に加護を与えた。あの子はホグワーツに入学する前から自在に己の魔力を操る事が出来た。だからこそ、その守りは死の呪文すら跳ね除ける事が出来たのじゃ」

 

 ダンブルドアの言葉に、ニュートは悲しげな表情を浮かべた。

 

「やっぱり……。その守護を継続させる為に、彼女の血縁者の下にハリーを預けたのですね」

「左様じゃ」

 

 持論を肯定されても、ニュートの表情は暗かった。

 

「……でも、けれど! ハリーは虐待を受けていたそうじゃないですか! マクゴナガル先生や、あなたが派遣していたフィッグさんにも話を聞いてきました! 虐待など許されない事です!」

「辛くとも、彼を守る為には必要な事じゃった。いずれ、ヴォルデモートが戻る事は分かっていたからのう」

「ダンブルドア先生! あなたが守ってあげるわけにはいかなかったのですか!? それか、僕やフラメルさんに託してくれれば……」

「お主やニコラスに託せば、ハリーの守護は消える。ヴォルデモートが蘇る可能性があった以上、託すわけにはいかなかった」

「でも、あなたなら! 例え、ハリーの母親の守護が無くても……」

 

 ニュートの言葉は途切れた。ダンブルドアが彼に向けた表情が、あまりにも辛そうだったからだ。

 

「ニュート。わしがこの世で最も信じられぬ者が誰か、お主も知っておろう。誰よりも軽蔑しておる者が誰か……」

 

 それは、誰もが敬愛する偉大な魔法使い、アルバス・ダンブルドアには似つかわしくない弱音だった。

 けれど、ニュートは彼の弱々しい姿を見ても驚かなかった。

 彼は知っていたからだ。ダンブルドアが完全無欠の存在ではなく、一人の人間である事を。

 

「先生」

 

 ニュートはまっすぐにダンブルドアを見つめた。

 それは、彼が若かりし頃のままの眼差しだった。ダンブルドアは、それが少し眩しく感じた。

 

「あなたの悪い癖は一人で抱え込んでしまう事だ」

 

 その言葉はダンブルドアの心に重くのしかかった。

 

「あなたは一人の人間です。人並みに苦しむし、悲しむし、喜ぶし、怒る。だけど、それを必死に押し殺してしまう。みんながあなたに押し付ける理想の存在であり続けようと……。でも、そんなのは間違いです! そんなの、弱さを克服しているわけじゃない! 逃げているだけだ! 苦しいなら、あなただって助けを求めていいんだ! 迷っている時は相談していいんだ! 悲しいなら、慰めてもらっていいんだ!」

「……ニュート。わしは……」

「あなたにとって、グリンデルバルドが如何に大きな存在だったのか、僕も知っています! だけど、僕だっている! フラメルさんだって、マクゴナガル先生だって、ハグリッドさんだって! あなたを助けたいと思ってるんです! あなたは逃げるべきじゃない! いい加減、弱さと向き合うべきです!」

 

 一息の内に叫んだニュートは肩で息をした。

 ダンブルドアはしばらく動けなくなっていた。

 

「……ああ」

 

 しばらくして、ダンブルドアは涙を一滴流しながら微笑んだ。

 

「わしにそのように諭してくれる者は、もうお主くらいのものじゃな……」

「いくらでも諭しますよ。だって、僕は先生の生徒であると同時に、友人でもあるのですから」

 

 ニュートはダンブルドアの背中を優しく擦った。

 静かな校長室。歴代の肖像画の校長達も何も言わない。

 ただ、ダンブルドアが時折鼻を啜る音だけが響いた。

 

「ハリーは僕に言いました。《あなた以上に立派な人生を歩むのは、並大抵の事では無いでしょう》と。僕も、あなたの相談相手になれる程度には、偉大になれたんだと思うんです。だから……、教えてもらえますか? あなたが抱えているものを、僕に」

「……ああ、聞いてもらえるかのう? ニュート」

「もちろん」

 

 ダンブルドアは、それからたっぷりと時間を掛けて、己の胸の内をニュートに打ち明けた。

 ハリーをダーズリー家に預けた真意。ヴォルデモートが分霊箱を使った可能性と、彼の額の傷痕の因果関係から、罪深き計画を立てていた事を。

 そして、今のハリーに対する違和感から、彼が第二のヴォルデモートになる可能性を恐れている事を。

 

 ニュートは黙って聞いていた。ダンブルドアの冷酷な一面に対して、憤る事も、驚く事もなく、ただ静かに。

 ハリーが受けた屈辱や苦しみも、ダンブルドアの苦悩と決意も、すべてをゆっくりと呑み込んだ。

 

「ダンブルドア先生」

 

 ニュートは言った。

 

「ハリーを第二のヴォルデモートにはさせません。絶対に」

 

 ニュートはハリーの事を想った。彼の心は、見た目とは裏腹にとても繊細だ。

 嘗て、ニュートがアメリカで遭遇した少年と同じように。

 

「……お主に任せれば、安心じゃ」

 

 ダンブルドアは安らかに微笑んだ。

 

「グリンデルバルドの時といい、お主には苦労をかけるのう」

「もう、慣れましたよ」

 

 二人は微笑み合う。

 その時だった。

 

【た、大変じゃ! ダンブルドア!】

 

 突然、沈黙を守っていた肖像画の一枚が叫び声をあげた。

 

「どうしたのかね?」

 

 それはフィニアス・ナイジェラス・ブラックの肖像だった。

 

【たった今、我がブラック家の屋敷で異変が起きた! シリウスがアズカバンにいる今、誰も立ち入る事の出来ない筈の屋敷に!】

 

 ダンブルドアとニュートは顔を見合わせた。

 

「……詳しく話すのじゃ」

 

 フィニアスは語った。ニュートとダンブルドアの青臭い場面を見ていられなくなり、ブラック家の肖像画に逃げ込んでいた時、屋敷で孤独に掃除をしていた屋敷しもべ妖精のクリーチャーの様子がおかしくなった事を。

 まるで、誰かに語りかけられているかのようだった。そして、誰の命令も無いまま、どこかへ姿くらましをしたと言う。

 

【クリーチャーはヴォルデモートの名を口にしていた。きな臭い事が起き始めているぞ。わしの勘は割と当たる!】

「ヴォルデモートの名前じゃと!?」

 

 ダンブルドアの表情は一気に険しくなった。ニュートと語り合う為に座っていたソファーから立ち上がると、書棚から一冊の本を取り出す。

 

「先生。それは?」

「《深い闇の秘術》。元々、ホグワーツの図書室に保管されていた物じゃ。恐ろしく、そして、底知れぬ叡智が詰まっておる。著者の名は記されておらんが、これほどの術を編み出せる者となれば一人しかおるまい」

 

 ダンブルドアはその本を恐れるような表情を浮かべながら開いた。

 そこに記されていたのは、まさに吐き気を催すような邪悪な魔法や魔術の数々だった。分霊箱でさえ、その内の一つでしかなく、死の呪文についても記されている。

 

「……記されている限りでは、分霊箱が残っている状態で本体が滅ぼされた場合の事は書いておらぬようじゃな」

「読んでみても?」

「やめておいた方が賢明じゃろう。死の呪文を、《永久の眠りに誘う慈悲の魔術》と宣う内容じゃ。わしですら、読み進めるだけで正気を失いかける程に禍々しい」

 

 ニュートはツバをゴクリと呑み込んだ。ダンブルドアに恐れを抱かせる本。そのおぞましさに震えが走りそうになる。

 

「分霊箱や死の呪文は、元々はレイブンクローの術だとエグレが語っていました。闇の魔術の代名詞と言えばサラザール・スリザリンでしたが、この事が公表されれば評価が変わりそうですね……」

「過去の人物である事が救いじゃな……」

 

 ロウェナ・レイブンクロー。ホグワーツの創始者の一人にして、歴史上最も魔法と魔術に精通した魔女とされている。

 エグレはサラザールがロウェナを恐れていた節があると言っていた。

 

「……速やかに調べねばならんな」

「調べるって、何をです?」

「ヴォルデモートの分霊箱じゃ。あるいは、想像を絶するほどの恐ろしい事態が起きているやもしれぬ」

 

 そう語るダンブルドアの表情には鬼気迫るものがあり、ニュートは表情を引き締めた。

 

「お供します」

「いや、お主にはハリーを任せたい。セブルスに同行してもらう」

「……分かりました。どうか、ご無事で」

「うむ」

 

 ダンブルドアは足早に校長室を去って行った。ニュートは肖像画に問いかける。

 

「……まさか、分霊箱は」

【やめたまえ、想像したくもない。ダンブルドアの帰還を待つべきじゃな】

 

 フィニアスも予想がついているのか、表情を曇らせながら肖像画から去って行った。

 

「……だとすると、ハリーは」

 

 ニュートは頭を振り、浮かび上がりそうになった考えを打ち消した。

 

「とにかく、ハリーの下に行こう。エグレから、いろいろ聞くべき事がありそうだ」

 

 第十二話『友達』

 

 ハリーは前よりも一層勉学に打ち込むようになった。ハロウィンで浮かれる余裕などなく、食事を詰め込めるだけ詰め込んだら図書館に直行する。巻き込まれたドラコとクラッブ、ゴイルの三人は日に日にやつれていき、その姿にパンジー・パーキンソンやダフネ・グリーングラスらは表情を引き攣らせた。

 別に、ハリーは勉強が好きなわけではなかった。知識を得るのは必要に迫られているからだった。だからこそ、ドラコ達ほどでは無いにしても、疲労は積もっていた。

 そして、それはハリーに対抗して勉強に励んでいたハーマイオニーにも言える事だった。彼女の場合は勉強が好きな性分である事が僅かな救いとなっていたけれど、やはり許容量を大きく超えていた。

 

「よし、君達! ちょっと、気分転換に行こうか!」

 

 見るに見かねて、ニュートが提案した。

 

「……まあ、ニュートが言うなら」

「わたしもですか?」

 

 ハリーはニュートに対してどこまでも忠実であり、ハーマイオニーも特別講師とはいえ、教師の言葉には逆らわない性格だった。

 二人が彼の提案に乗ると、ドラコとクラッブ、ゴイルはニュートを神の如く仰いだ。

 

「それで、何をするんですか?」

「禁じられた森にハグリッドのペットを見せてもらいに行こう」

 

 ドラコ達は逃げ出そうとした。

 しかし、ハリーに回り込まれた。

 

「おいおい、ドラコ。どこに行く気だ? ニュートのお誘いだぞ」

「禁じられた森は入るのが禁じられてるんだぞ! 人狼がいるって噂がある! そんな場所に入るなんて正気じゃない!」

「そう怖がるなよ。ビビって逃げるなんてのはかっこ悪い事だぜ? ああ、でも! 女は逃げていいぞ? どうした? ビビってんだろ?」

 

 ハーマイオニーを煽りだすハリー。

 

「はぁ? お生憎様。わたしはちっとも怖くありません! そっちこそ、本当はドラコ達と一緒に逃げたいんじゃないの? ホントは逃げる口実が欲しいんでしょ? 子鹿ちゃん」

「子鹿だと!? 貴様、グレンジャー! 調子に乗るんじゃぁないぞ!」

「ふん! そうやって脅せばなんでも思い通りになるなんて思ってるようじゃぁ、やっぱりお子様ね! ほらほら、子鹿ちゃん? 怖かったら無理しなくていいのよ? お友達と一緒に帰りなさいよ。ほらほら、ホーム!」

「ファック! このアマ!」

 

 二人がヒートアップしていると、ニュートがパンパンと手を叩いた。

 

「ほら、みんな。ハグリッドの小屋に着いたよ」

「はい、ニュート!」

「はい、先生!」

 

 二人の変わり身の速さにドラコはついていけなかった。

 

「……こいつら、実は仲いいだろ」

 

 疲れ果てた様子でため息を零すドラコ。そんな彼にいきなり一匹の犬が飛びかかってきた。

 

「どわっ!?」

 

 ドラコは犬に押し倒された。クラッブとゴイルは一目散に逃げた。振り向きもしない。微塵も躊躇う事なくドラコを見捨てた。

 

「……ああ、あいつら後で覚えてろよ」

 

 その後、ドラコは顔中を大型犬に舐められた。犬の名前はファング。ハグリッドのペットだった。

 

「あはは、犬に好かれて良かったじゃない、ドラコ」

「うるさいぞ、グレンジャー! っていうか、気安くファーストネームで呼ぶな!」

「はいはい。分かりました、ミスター・女子トイレで横になったマル――――」

「だぁぁぁぁぁ!! ドラコでいい!! ソレ以上言ったら許さないからな!!」

「あらそう? 仕方ないわね」

 

 したり顔のハーマイオニーにドラコはぐぬぬと悔しそうな表情を浮かべた。

 

「それにしても、この犬に会いに来たのですか?」

 

 ハリーはドラコとハーマイオニーのやりとりを無視してニュートに問いかけた。

 

「いいや、ファングだけじゃないよ。さあ、奥に行こう」

「奥!? まさか、本当に入る気なのか!?」

「大丈夫だよ、ドラコくん。奥と言っても、危険な生き物がいる領域までは行かないさ。ほら、ここから見えるだろう? あの柵のところでハグリッドが待っているんだ」

 

 ドラコは怯えきった表情を浮かべている。ハリーはやれやれとドラコの腕を掴んだ。

 

「行くぞ、ドラコ! 男ならビビるな!」

「あーら、女だってビビらないわよ!」

「お前らはちょっとビビれ!!」

 

 柵に向かっていく三人をニュートは後ろから穏やかな表情で見つめた。

 

「……彼らがいれば、僕よりずっと安心だね」


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