【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第百三十話『Hel』

「……なるほど、たしかに任せておくのが最適解のようだな」

 

 サラザールは壁にロンとロウェナとゴドリックの様子を映し出しながら言った。

 

「僕が死んでまでダンブルドアを連れ戻してきた意味って一体……」

「僕だって、いろいろ調べたり聴き込んだり頑張ったのに……」

「わたしも色々駆けずり回ったり頑張ったのに……」

「ほっほっほ、若者の愛が世界を救う。これほど素晴らしい救世が他にあろうか」

 

 本当にロンだけで解決に向かっている。

 喜ぶべき事なのに、どうにも肩透かしを喰らったような気分に陥るハリー達にダンブルドアは朗らかな笑顔で言った。

 

「その通りだ。それに、ロウェナよりも厄介な敵が残っている。我らはそちらの方に力を注ぐとしよう」

「厄介な敵?」

 

 ドラコは首を傾げた。

 

「待ってくれよ。ロウェナ・レイブンクロー以外にも敵がいるのか?」

 

 サラザールは頷いた。

 

「ロウェナの心を歪めた存在。完全なる邪悪。ボクやゴドリックが魂をエグレや剣に隠していたのも、すべては奴を滅ぼす為だ」

 

 サラザールはハリーを見た。トムを見た。ダンブルドアを見た。

 

「歴史上、後にも先にもこれ以上の戦力が整う事はあり得まい。ロウェナを救う者が現れたのも、もはや天の導きとしか思えない」

「もったいぶるな。敵とは何者だ?」

「想像は出来ているんだろう?」

 

 厳しい表情を浮かべながらトムはハリーを見た。ハリーは頷いた。

 

「グリンデルバルドの話。それに、サラザールが見せた過去の映像。そして、ロウェナの目的と本質」

 

 グリンデルバルドの言葉が蘇る。

 

 ―――― 《死》は不定なのだ。同時期に二箇所でそれらしき存在が出現した時代もある。

 

「《死》は一人じゃない。ロウェナとは別に動いていた存在がいた。それが敵だな?」

「……えっと、それって、ロウェナの行動を止めようとしていた存在の事でしょ? 《死に抗う者》だっけ?」

 

 コリンの言葉にハリーは「違う」と言った。

 

「逆だ。グリンデルバルドは《偉大なる王》をアーサー、《死に抗う者》をモルドレッドと言った。けれど、逆なんだ。アーサー王の伝説を探ってみたが、彼は国中の赤ん坊を海に流して殺害している。自らの地位を奪われない為に。それはロウェナの理想とする王からかけ離れた行為だ」

「そんな事してたの!?」

「ああ。しかも、彼は《死》である筈のマーリンに唆されて凶行に及んでいる」

「つ、つまり……?」

「ロウェナが選んだ偉大なる王とは、モルドレッドの方だ。実際、彼はグリフィンドールの剣を正当に継承している。アレはロンのように正しい勇気を示せる者に力を与える」

 

 ハリーはサラザールを見た。

 

「グリンデルバルドはペベレル家の三兄弟と接触したのもロウェナだと考えていたが、それも間違いだ。力に溺れる者、死者に縋る者、逃げ回る臆病者に偉大なる王など務まる筈もない。そんな者にロウェナが力を与えるなど矛盾している。その時の《死》も別物だ」

「正真正銘の死神が存在するのだな?」

 

 ハリーの言葉を引き継ぐように、トムはサラザールへ問いかける。

 

「その通りだ。人を破滅へ導く事に愉悦を感じる悪魔。ペベレル三兄弟と接触した《死》。それこそが我らの打ち倒すべき者。その者の名は――――、

 

 第百三十話『Hel(ヘル)

 

 ロンとロウェナは湖の畔に腰を掛けた。

 ゴドリックは少し離れた所に生えている木の影に背を預け、彼らを見守っている。

 

「どこから話そうかしら……」

「全部だよ」

 

 ロンは言った。

 

「最初から教えて欲しい。君が今の道を選んだのはどうして? どんな事を思っていたの? 何をしたの? 全部教えて欲しい」

 

 その声には嫌悪感など無かった。その心には恐怖など無かった。ロンがロウェナの開心術を防ぐ程の閉心術など持っている筈もない。彼は純粋に知りたがっている。それが分かるからこそ、彼女はゆっくりと語り始めた。

 何も知らなかった頃の自分。何者でも無かった頃の自分。ただ純粋に理想を夢見る事が出来た頃の自分。

 そんな自分が災厄を撒き散らす魔神になっていく過程。

 

「わたしは三歳の時から言葉を話す事が出来たわ。五歳になると、わたしよりも知識や知恵を持つ者はいなくなった。六歳になった日、親から『気味が悪い』と言われた」

 

 ロンの顔は怒りで真っ赤になった。だけど、ロウェナは「過去の事よ。それよりも、聞いて欲しいの……」と言った。いつの間にか、彼女は彼に自分を知って欲しいと思い始めていた。

 良い所も、悪い所も、恥ずかしい所も全てを……。

 

「親に見放されたわたしは一人で生きていく事になった。だけど、それはわたしにとって過酷でも何でも無かったの。生きていく知恵は誰よりも持っていたから生活にもゆとりを持てた。だから、そのゆとりを周りの人に分けてあげようと思ったの。村のどの畑の物よりも美味しい野菜を大量に作り上げて、みんなに配ったわ。困っている人、悩んでいる人には知恵を授けたわ。燃え盛る家に取り残された赤ん坊を助けたわ。気がつくと、村のみんなが両親と同じ目をわたしに向けていた」

「なんでだよ!?」

 

 夢の彼女も同じ事を言っていた。だけど、意味が分からない。

 

「なんで、助けてあげたのにそんな……」

「理由は様々ね。わたしの作った野菜は誰の物よりも美味しくて、自分達の作った野菜を否定されたと感じた人がいた。自分達の知らない知識、理解出来ない知恵を恐れた人もいた。六歳の子供が生意気だと怒った人もいた。そして、いつしか誰もがわたしを異常な存在だと気付いたの」

「異常なもんか! そういうのは妬みって言うんだ! 情けない事だ! かっこ悪い事だ!」

 

 ロンは自分の頭を何度も叩いた。

 

「ロ、ロン!?」

「……僕も、最初はハリーから距離を取ろうとした」

 

 自分とは住んでいる世界が違う。そんな事を勝手に考えて、離れようとした。

 

 ―――― 複雑? シンプルだろ。ボクとロンは友達だ。それ以外の何が重要なんだ?

 

 だけど、あの言葉で勇気を出す事が出来た。

 物事はいつだってシンプルだ。それを複雑にしてしまうのは弱いからだ。言い訳や理由を求めて、余計な事を考えてしまう。それが嘗てのロンであり、ロウェナを排斥した村人だ。

 

「情けない奴なんだ……、僕って」

「そうかもしれないわね」

「うぐっ……」

 

 肯定されると、それはそれで辛かった。

 

「だけど、情けないままで満足しなかった。だから、あなたはハリー・ポッターの親友になった。そうでしょ?」

「……うん」

 

 弱さは誰にでもあるものだ。だけど、同時に強さも誰にでもあるものなのだ。

 知っていた筈だ。

 ロンは特別な人間ではない。どこにでもいる平凡な男の子だ。

 それなのに、どうしてこうも惹きつけられるのか……、その疑問の答えがすぐそこにあるようにロウェナは感じた。

 

「……話を続けるわ。七歳の時、わたしは村を出たの。一人でも多くの人を笑顔にしたくて」

「七歳で!?」

「ええ、色々な所へ旅をしたわ。病が流行っている村で薬を調合したり、川が枯れてしまった村に地下水を汲み上げる為の井戸を作ったり、盗賊に襲われている村を守ったり」

「凄い……」

「どれも一筋縄ではいかなかったけどね。当時は魔法も使えなかったから、すべて手作業だったもの」

 

 それからもロウェナは語り続けた。

 幼少期も、青春を謳歌するべき時期も、大人になっても、彼女は人を救い続けた。

 今とは比べ物にならない程、過酷な時代だった。上下水道が整っている場所など無く、伝染病に罹れば軽度のものでも死に至る。

 戦争の為に村が焼かれる。盗賊に村が襲われる。食料や水が足りずに村が干からびる。そんな事が当然のように起きていた。

 何とかしたかった。その為に身を削った。殺されかけた事もあった。それよりも悍ましい目にもあった。

 時には感謝される事もあったと彼女は嬉しそうに微笑んだ。だけど、それ以上に恐れられたとも言った。

 

「薬の調合を伝授した相手が魔女狩りで処刑された事を聞いた時は哀しくて仕方がなかった」

 

 想像を絶する彼女の人生にロンは途中から何も言えなくなっていた。どんな言葉も軽いと感じた。

 

「そして、わたしは魔女狩りに捕まった。そこで死ぬ筈だった」

 

 恐ろしい事を彼女は言った。

 

「いっそ、その時に死んでおけば良かったのかもしれないわね。だけど、わたしは生き残った。救われたのよ。ヘルガのおかげで……」

 

 時に嬉しそうに、時に苦しそうに、時に楽しそうに、時に辛そうに、彼女はホグワーツ魔法魔術学校を建造するまでの経緯を語り続けた。

 その話には救いがあるように思えて、ロンは安堵の表情を浮かべていた。

 彼女の理想は素晴らしく、その理想を共に叶えようとする同胞にも恵まれた。

 人々を導く、偉大なる王を育てる。ロンはハリーの顔を思い浮かべながら「そうなんだ!」と笑顔で相槌を打っていた。

 けれど、彼女はレベッカの死を語った。彼女の理想の為に殉じていった生徒達の事を語った。

 

「……わたしは止まれない。止まってしまったら、レベッカ達の死が無駄になってしまう。だから、ヘルガの助言を受けたのよ。自分の弱さを捨てる為に、わたしは分霊箱という魔術を生み出した。元々、レベッカ達の死でわたしの魂は亀裂だらけだったから、簡単だったわ」

 

 人を救う為に人をやめる。その矛盾に語りながら気がついた。

 幸福も知らない化生が他者の幸福など作れる筈もない。

 その事に今の今まで気づかなかった。気づこうともしなかった。

 

「そして、わたしは一人の少年に過酷な運命を押し付けた。モルドレッドという子よ。グリフィンドール寮に選ばれて、いつも必死に頑張る子だった。生まれを理由に迫害する者もいたけれど、彼を理解する者もいて、彼は優れた存在へ成長していった。悪に決して屈しない勇気と正義感を持ち、迫害する者にも手を差し伸べる愛を持ち、研鑽を惜しまず、仲間との絆を尊んでいた。偉大なる王に至る器をわたしは感じたの。だから、わたしは彼にグリフィンドールの剣を託した。彼の父はアーサー王。荒れ果てていた国をまとめ上げ、諸外国からの侵略を防ぐ偉大な覇王。彼から王位を譲り受ければ、モルドレッドは誰もが認める王となれる筈だった。だけど、アーサーは彼に王位を譲らなかった」

「どうして……?」

「アーサーは自らの立場を誰にも奪われたくなかったの。自らの立場を護る為ならば正々堂々の決闘の後に相手の背後から不意打ちを仕掛ける事も厭わない。自らの立場を脅かす者の誕生を予言されれば、何の罪もない赤ん坊毎、その年に生まれた全ての赤ん坊を海に流して殺す事も厭わない。そういう男だったの」

「そんな……」

「モルドレッドはアーサー王の本質に気付いてしまった。いずれ、彼は自らの立場を護る為に自国の民すら殺しかねない。だから、彼は戦った。愛していたのに、国の為に父へ反逆した。そして、父と共にカムランの丘で死んだ……」

 

 ロウェナは悲しみの涙を流した。

 

「わたしが王位を譲り受けるように言ったから、あの子は死んだの」

「で、でも、それって!」

「あの子が止めなければ、この国はアーサーによって滅ぼされていたわ。だけど、あの子が親殺しという禁忌に手を染めた挙げ句に、父に刺殺されるなんていう悲劇は起こらなかった……」

 

 それは彼女にとって最後の一線を超える切っ掛けとなった。

 モルドレッドの死によって、既に散り散りになっていたロウェナの魂は更に二つに引き裂かれた。

 人間性を完全に切り捨てたロウェナは思考した。そして、遂には一つの結論に辿り着いた。

 

「人間とは心を持つもの。我欲の為に息子や無関係の赤ん坊を殺す者に心などない。わたしは人間を二種に分類したの。心を持つ者。心を持たない者。後者を欠陥品として、人間とは扱わない事にしたわ。血の呪いを生み出して、身体能力や魔力、知能などが他者のアベレージより劣る者も含めて、欠陥品は産まれる事自体を禁じた」

 

 そこから先は悪魔のような所業の数々を語るばかりだった。

 語れば語る程、自らの矛盾が見えてくる。ロウェナの体は震えていた。

 ロンは黙って聞いていた。安易な言葉を掛ける事など出来なかった。

 言い訳なら思いつく。分霊箱によって人間性を捨ててしまったから、アーサーが人間としての汚さを彼女に見せつけたから、他にも彼女が道を歪ませた理由が思いつく。だけど、そんな事に意味はない。

 彼女の所業によって命を落とした人がいる。彼ら、彼女らの命を理不尽に奪い取る資格など、ロウェナにはない。彼らが死ななければいけない理由だって、ロウェナの身勝手な基準くらいなものだ。

 自分で言っていたように、彼女は悪魔だ。決して許される事のない……、許されてはいけない存在だ。

 

「……そして、わたしは人類に宣戦布告した。最後、ハリー・ポッターに討たれる事で、彼を《第二の救世主(キリスト・セカンド)》に仕立てる為に……」

 

 語り終えた彼女は干からびたように生気を失っていた。

 彼女が語りながら己の罪を自覚していった事は聞いていたロンにも分かっていた。

 償う事など出来ない罪に押し潰されている。地獄に堕ちて、どんな裁きを受けても彼女は自らを許すことなどあり得まい。そういう人なのだとロンは知っている。

 

「ロウェナ!」

 

 知った上で、ロンはロウェナを抱きしめた。

 

「……え?」

 

 ロウェナの開心術はロンの心を正確に読み取っていた。

 ロウェナは許されない。償い切れない罪を背負っている。

 そう考えている筈なのに、彼は彼女の頭を慰めるように撫でている。

 

「なんで……?」

「誰も君を許してくれないよ」

 

 ロンは震える声で言った。

 

「君自身すら、君を許してあげられない……」

 

 そう言って、彼女を更に強く抱きしめた。

 

「……だったら、だったらさ」

 

 彼は涙を流していた。ロウェナの事を知って、それでも彼は彼女が好きだった。

 

「僕くらい、君を許してもいいだろ!?」

「そんな事……」

「いいじゃないか! 僕なんて、どうせ大した存在じゃないんだ! だったら、僕一人くらい、いいだろ!? 分かってるよ! 君がどんな酷い事をしたのか! でも、僕は知ってるんだ! 君は悪い奴なんかじゃない! 悪い事をした奴だ! だから、僕は言うんだ!」

 

 ロンは叫ぶように言った。

 

「こんな事しちゃダメなんだぞ! バカロウェナ!!!」

 

 そして、ロンはロウェナを更に更に強く抱きしめた。

 

「ほら、怒ったぞ! ちゃんと説教したぞ! だから、いいだろ! 僕くらい、君を許したって!」

「……ロ、ン」

 

 誰も彼女を許さない。彼女に許しを求める資格などない。

 けれど、彼が彼女を許す事を止める資格も誰にもない。

 我欲を否定しながら、我欲の為に世界を滅ぼしかけた魔神。その魔神を我欲の為に許す。

 こんなにも我儘な人間が他にいるだろうか? きっと、どこにもいない。

 

「ば、かです。あなたは……、あなたは……、本当に……」

 

 ロウェナは泣いた。ロンの背中に手を回して、彼の胸で泣き叫んだ。

 そして、彼女は己の罪を……、

 

 ―――― それはいけないわ、お嬢さん。

 

「えっ!?」

 

 突然、ロウェナの体が光に包まれた。そして、ロンの腕から離れていき、いつの間にか現れた女性の下へ飛んでいった。

 

「ロ、ロウェナ!?」

 

 ロンが慌てて手を伸ばすと、現れた女はロンに掌を向けた。

 そして――――、

 

「貴様ァァァァ!」

 

 ゴドリックが割って入り、剣を振り下ろした。すると、甲高い音が響き渡り、ゴドリックやロンの左右の地面に底が見えない程の亀裂が走った。

 

「な、なんだぁ!?」

 

 戸惑うロン。そして、彼の前でゴドリックは怒りの形相と共に叫んだ。

 

「やはり現れたな、ヘルガ(Helga)! いや……、始まりの魔法使い、ヘル(Hel)!」


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