【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第百三十五話『ファントム・ブラッド』

「人間を超える?」

「どういう意味?」

 

 ハリーとロンは揃って首を傾げた。

 

「ボクとゴドリックのアプローチは別だが、君達二人にヘルガと対抗出来る力を与える事が出来る。もっとも、それだけで勝てるわけではないがね」

「もったいぶるな。具体的にどうする気なのだ?」

 

 トムの言葉に「そうだね」とサラザールは頷いた。

 

「まずは僕の方の提案だ。ハリーは動物もどき(アニメーガス)の術で蛇に変身出来る。そこで、エグレが使った魔法薬を服用して、更なる変身を遂げてもらう」

「動物もどきからの更なる変身だって!?」

 

 一番反応したのはニュートだった。

 

「既に変身している状態から変身など出来るのか!?」

 

 トムも驚きの表情を浮かべている。

 

「……正直、想像が出来ないな」

 

 ハリ―も戸惑いの表情を浮かべていた。

 動物もどきはハリーが取得してきた術の中でも最難関のものだ。

 なにしろ、完全に異種族へ変身するのだ。肉体の構造から精神の構造に至るまで、全てが変わる。

 生きた年月の分だけ慣れ親しんだ肉体が失われ、未知なる感覚に襲われる。

 それはある意味で死を超える恐怖だ。

 

「だが、乗った!」

「ハリー!?」

 

 あまりにもアッサリと言いのけるハリーにドラコが目を白黒させた。

 

「エグレが飲んだ薬を僕が飲まない? あり得ないな」

「いや、我が飲んだ事を理由に思考停止するのはどうかと思うぞ」

「なに!?」

 

 エグレからのまさかのツッコミにハリーはショックを受けた。

 

「いいか? これは簡単に決めていい事ではない。なにしろ、この男(・・・)は人間を超えると言った。つまり、人間を辞めろと言っているのだ。ヘルガに唆されたロウェナのようにな」

 

 そう言うと、エグレはサラザールを睨みつけた。

 さっきまで愛情を向けていた相手に敵意を向けている。

 

「詳しく説明しろ。マスターが人間を超える事で起こり得るデメリットを隠さずに話せ。さもなければ……」

 

 濃密な殺意が校長室を包み込んでいく。

 

「待て、エグレ! 相手はサラザールだ! お前の父親なんだ!」

「如何に父上だろうと、マスターに害を及ぼすのならば殺すまでだ」

 

 エグレの言葉にハリーは己の失態を呪った。

 確かに、浅慮が過ぎた。サラザールの言葉だからと安易に受け止めすぎた。

 もう少し吟味するべきだった。そうすればエグレが父親に殺意を向けなくて済んだ。

 

「安心しなさい、エグレ」

 

 サラザールは言った。

 

「デメリットは殆ど無い。人間を超えると言ったが、それは変身時の一時的なものだ。変身を解けば彼は彼のままだよ」

「それは本当か? 変身が解けなくなる可能性はないのか?」

「無いとも。当然じゃないか」

 

 ハリーは妙だと感じた。相手はサラザールなのだ。四人の創設者の内、もっとも理性的な男だ。なにより、彼は彼女の生みの親なのだ。それなのに、些か疑い過ぎだと思った。

 デメリットはない。そう断言したにも関わらず、エグレの殺意に乱れはない。

 

「エグレ?」

「マスター。我の事やこれまでのサラザール・スリザリンに対する印象を捨てろ。その上で改めて考えるべきだ。この男はヘルガの力の正体を知っていた。その上で対抗手段も持っていた。そこまでならば納得がいく。だが、《動物もどきからの変身》という手段が気にかかる。その程度でヘルガに対抗出来るのならば、何故、自分でやらない?」

「出来ないんだよ。ボクには肉体が無いからね」

 

 エグレの懸念に対して、サラザールは答えた。

 

「この体は仮初のものだ。ゴドリックも。魔力で肉体の体裁を保っているに過ぎない」

「ならば蘇生すればいいだろう。父上ならば可能な筈だ」

「魂が十全なら……いや、せめてもう少しマシな状態ならば可能だった。けれど、ボクの魂は既に消耗してしまっているんだ」

「どうして? 年月は関係あるまい。ロウェナは健在だ。分霊を無数に作って尚な」

「……ボクと彼女は違うんだよ。彼女よりもずっとか弱いのさ」

「言い訳が尽きたか?」

 

 サラザールの表情が消えていく。

 

「……まさか」

 

 ハリーはエグレの前に立った。その表情は驚愕に染まっている。

 

「演技が上手いそうだからな、ヘルガ・ハッフルパフは」

 

 エグレの言葉にトムやダンブルドアも警戒心を顕にした。

 完全に油断していた。仲間だと信じ込んでいた。

 

「……中々どうして、サラザールの遺品は優秀ね」

 

 その言葉と共にサラザールの姿が変わっていく。

 

「だけど、もう少し上手く立ち回るべきだったわね。わざわざ、私の事に気付いた事を私に気付かれないように」

 

 さっきまでサラザールだった筈なのに、そこにはヘルガがいた。

 その変化にエグレは嗚咽を漏らした。小さな音だったけれど、ハリーの耳には確かに届いた。

 

 エグレを悲しませた。

 

 その事実がハリーの中にゆっくりと浸透していく。

 

 第百三十五話『ファントム・ブラッド』

 

「困ったわね」

 

 ヘルガは肩をすくめた。

 

「ロウェナはつまらない結果に終わりそうだから、台本を書き換える事にしたのに……」

 

 その視線は悲しみの表情を浮かべているエグレを射抜いた。

 

「エグレ。ガッカリよ。あなたはサラザールを愛していなかったのね。まさか、父親を疑うなんて……。信じられない親不孝者だわ」

「ヘルガ!!」

 

 ハリーの怒りは頂点を超えた。

 杖を抜き、悪霊の火を無詠唱で発動する。けれど、蒼龍はアッサリと弾き返された。

 

「無駄な事はお止めなさい。言ったでしょ? 私の力の正体を」

「貴様ァァァ!!!」

 

 今のままでは勝てない。それが分かっていても、ハリーは怒りを抑える事が出来なかった。

 エグレはサラザールを愛している。ハリーにも見せた事のないような喜びの表情を浮かべていた。

 愛していたからこそ、彼女だけが違和感に気づけた。

 サラザールという男を信じていたからこそ、ヘルガの事を疑えた。

 それなのに、あろう事か親不孝者と言った。許せる事ではない。

 

「ああ、知ってるよ」

 

 その時だった。ヘルガの背後にグリフィンドールの剣を振り上げたロンが現れた。

 

 ◆

 

 サラザールの正体がヘルガだった。

 その事実に校長室が凍りついた時、ロンだけは一つの事実に気付いていた。

 ヘルガに対抗する為には人間を超える必要がある。それはきっと、事実だと思う。なにしろ、その事を断定したのはサラザールだけじゃない。いかがわしい魔剣から現れたゴドリックも同様だ。

 正直、ゴドリックの事も信用出来ていない。彼もヘルガだったと言われてもサラザール程には驚けない。そのくらい、彼は胡散臭い。けれど、その胡散臭さが逆に、彼をロンに信じさせた。

 ロウェナはサラザールと接触していない。彼が現れたのはロウェナがヘルガに囚われた後だ。そこも狙っていたのかもしれない。ただ、ゴドリックの事はロウェナが肯定していた。

 

「……ロウェナが信じたのなら、信じる!」

 

 サラザールが偽物だった今、人間を超えてヘルガに対抗出来る者は一人しかいない。

 ロンの眼はジニーを見つめた。怒りに震えるハリーを見つめた。悲しみの表情を浮かべるエグレを見つめた。

 脳裏にロウェナの顔が浮かんだ。

 人間を超える事は人間を辞める事だ。その結果がロウェナの末路だ。

 怖くないと言えば嘘になる。もっと考える時間が欲しかった。

 だけど、そんな猶予は存在しない。ここにヘルガがいる。ある意味で、今が千載一遇のチャンスでもある。

 ロンはゴドリックを見つめた。それだけで彼らは通じ合った。ロンにとっては胡散臭い相手だが、ゴドリックにとっては千年以上も待ち望んだ真の勇者だ。

 具体的な事など何も説明されていない。デメリットがあるかもしれない。ロウェナと同じ末路を辿る事になるかもしれない。不安と恐怖で頭がおかしくなりそうだ。

 それでもロンは選んだ。

 

 ―――― ロウェナを頼むよ。

 

 その言葉と共にゴドリックの姿が消える。そして、いつの間にかロンの手の中に剣の柄が収まっていた。

 頭の中に知識が流れ込んでくる。

 ゴドリックは己のすべてを剣に注ぎ込んだ。そして、剣はロンにすべてを注ぎ込んだ。

 見た目の変化はない。精神にも変化はない。けれど、明らかに変化した。

 

「無駄な事はお止めなさい。言ったでしょ? 私の力の正体を」

「ああ、知ってるよ」

 

 今までとは違う。剣の使い方が分かる。

 剣はこれまで以上にロンを主として認めた。

 もう、二度と他の主を持つ事はない。彼が滅びた時、それが剣の滅びる時だ。

 グリフィンドールの剣は今、明確に《ロンの剣》となった。

 剣に内蔵された無数の奇跡。肉体の強度はマンティコアよりも固く、けれど筋肉はバジリスクのようにしなやかだ。スニジェットの如き静かなる加速でヘルガに肉薄すると、巨人の一撃を思わせる雷の如き斬撃を放った。

 

「……今のは驚いたわ」

 

 けれど、ヘルガはロンの斬撃を止めた。盾にした腕を半分まで斬り裂いて、剣は止まってしまった。

 

「終わりじゃない!」

 

 途端、剣の刀身が赤く染まり、炎が吹き出した。エルンペントの毒液による爆熱だ。

 

「なっ!?」

 

 ヘルガの表情が驚愕に染まる。彼女の腕は爆散してしまった。

 咄嗟に音速を超えて逃走を試みるが、そんな彼女を彼は視線で追っていた。

 ロンも眼前で爆発を受けていたにも関わらず、火傷一つ負っていない。逃げるヘルガの逃走先に向かって斬撃を飛ばした。慌てて避ける彼女を更に追撃する。

 倒せる。ロンは強く確信した。今の彼にはそれだけの力がある。

 

「やめて、ロン!」

 

 それなのに、ロンは剣を止めてしまった。

 ヘルガはロウェナの姿に変身したのだ。彼女の声で静止の声を掛けられて、彼は剣を振り下ろせなくなった。

 

「おバカさん」

 

 ロンの体は吹き飛ばされた。校長室の壁を粉砕して、禁じられた森の方角に飛んでいく。そして、まるで爆発でも起きたかのような土煙と爆音を上げながら地面を転がっていく。

 

「ロン!?」

 

 皆の視線がロンの飛ばされた方向に向いた瞬間、ヘルガは姿をかき消した。

 

「しまっ!?」

「むぅ!」

 

 トムとダンブルドアは彼女を捕らえようとしていたが間に合わなかった。

 

「あ、あの野郎!!!」

 

 あまりにも卑劣過ぎる。

 ハリーは確信した。アレはなんとしても排除しなければいけない存在だ。

 その為には力がいる。たとえ、それがヘルガの思惑通りなのだとしても、自らの意志で選び取る。

 

「……トム」

「なんだ?」

 

 ハリーは言った。

 

「僕は人間をやめるぞ!」


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