【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第百三十九話『最終決戦』

 黄金の輝きが全身から吹き上がる。細胞一つ一つが活性化していく。五感が鋭く尖っていく。

 一呼吸で一週間を生きられそうだ。一秒瞼を閉じるだけで一ヶ月は不眠不休の行動が取れそうだ。

 動かずとも、部屋の隅の小さな傷跡が詳細に観察出来る。澄ました耳にはホグワーツ中の音と声が入り込んでくる。

 莫大な情報が一斉に入り込んでくるのに一切の混乱がない。すべて刹那に処理していく事が出来る。

 人間を超えた。

 気分がいい。最高だ。素晴らしい。

 

「これが超変身!! 最高の気分だぜ!!」

 

 思考が澄み渡っている。今までは理解出来なかった事が容易に理解出来る。

 試しに杖を使わず、手を向けながらアクシオを心で唱えた。すると、手を向けた先から机に乗っていた羽ペンを呼び寄せる事が出来た。

 戦える。この力があれば、ロウェナだろうと、ヘルガだろうと、何者だろうと敵ではない!

 

「フッハッハッハッハッハ!!!」

 

 床の石がまるで粘土のように簡単にくり抜ける。

 

「硬いはずのこの石! 簡単に握りつぶせるぞ!」

 

 潰した石の破片を宙に撒く。その一粒一粒の軌道が見える。

 その一粒一粒を指で弾いていく。一秒間で百の粒が飛ばして壁に絵を描いた。愛するハーマイオニーと二匹の蛇の絵だ。狙いを寸分も外していない。

 

「落ち着け、ハリー!」

 

 トムは調子に乗っているハリーを諌める為に叫んだ。

 

「強大な力に呑み込まれるな! 貴様はその程度の男では無い筈だぞ!」

「グッ……」

 

 その言葉にハリーは表情を歪めた。一瞬前までの自分の発言と行動を思い出し、途端に恥ずかしくなってくる。

 

「……心配するな。理解している。十四才だからな。そういう年頃なのだ、貴様は。誰にでも、そういう時期はある」

「や、やめろ!!」

 

 ハリーは顔から火を吹きそうになった。

 

「とにかく切り替えろ。わたしとスキャマンダーの分を調合したら、いよいよ最終決戦の始まりだ!」

 

 トムの言葉と共に不死鳥を象る守護霊が姿を現した。

 

「薬の完成をダンブルドアに伝えた。その返事のようだ」

 

 不死鳥は言った。

 

『ヘルガの居所はロンドン! そこが最終決戦の地じゃ!』

 

 第百三十九話『最終決戦』

 

 いよいよ最後の戦いだ。

 

「……まったく、とんだ回り道をする事になったものだぜ」

 

 感慨など無い。言った通り、これは単なる回り道に過ぎない。

 

「だけど、人生に回り道はつきものさ」

 

 ニュートが言った。

 

「ただ在る道を進むだけの人生なんて、何も面白くない。失うものは少ないかもしれないけれど、得られるものも少ないものだよ」

「……まあ、悪い事ばかりでもなかった事は事実だな」

 

 トムやダンブルドア、グリンデルバルドと肩を並べて戦う。

 仮にも善と悪で対立していた連中がチームを結んだ。まさにドリームチームだ。

 こんな光景は後にも先にもあるまい。この回り道があってこそだ。

 

「僕はロウェナと出会えた」

 

 ロンが言った。

 

「みんなにとっては最悪な事だったかもしれない。だけど、僕にとっては最高な事だったんだ」

「……そうだったな」

 

 彼にとっては運命だった。

 

「ロウェナを取り戻す。その為にヘルガを倒す!」

「……ああ、エグレに対する蛮行のツケも払ってもらわないといけないからな」

 

 愛の為に戦う友。怒りの為に戦う自分。

 いつの記憶か分からない。頭の中にこんな言葉が刻まれていた。

 

 ―――― そう、この物語にも主人公がいるんだよ!

 

 誰の言葉だろう? やたらとテンションの高い声で本が好きか問われた覚えがある。

 物語の主人公。それは巨悪から愛する者を救う為に戦う勇者であるべきだ。

 この戦いを物語と例えるなら、その主人公は自分ではない。

 

「この戦いの主役は君だ、ロン」

 

 誰にも負けない男になる筈だった。

 魔法界のNo.1になりたかった。

 世界の中心でありたかった。

 

「……うん」

 

 だけど、ドラコにクィディッチチームの選抜で負けた時は悔しさよりもドラコを祝福したい気持ちが勝った。

 対等な存在で在り続けてくれるハーマイオニーという少女を好きになった。

 不倶戴天の敵と思っていたダンブルドアを許せていた。

 憎んでいた筈のダーズリー家の幸福を祈っていた。

 

「僕は欲しいものを全て手に入れた。だから、次は君の番だぜ、ロン! 必ず手に入れろ、求める全てを!」

 

 僕の欲望はとっくに満たされていた。

 敬愛する人達(かあさんやニュート)最愛の蛇達(ゴスペルとエグレ)最愛の竜(シーザー)最高の親友(ドラコ)尊敬する先達(パーシー)大切な家族(ロゼ)大事な後輩(コリン)困った人(シリウス)新しい価値観を見せてくれた人(ジェイコブさん)

 他にも多くの人が多くのものをくれた。

 そして、愛する人(ハーマイオニー)を得た。

 だから、もう一番じゃなくてもいい。主人公じゃなくてもいい。

 

「うん!」

 

 ロンが剣を掲げる。僕も超変身を完了させる。そして、決戦に赴く仲間達と共に戦場へ姿くらました。

 白い大地。その中央に浮かぶ人影を強化された視力で確認する。

 

「ヘルガ!!!」

 

 ロンが吠える。

 

「返してもらうぞ、僕のロウェナを!!!」

 

 ◆

 

 宣戦布告の言葉に対して、ヘルガは嗤う。

 

「しつこい子達ね。世界を滅ぼした大罪人を救いたいなんて、どうかしてる」

 

 その言葉と共に斬りかかってくるロンを殴り飛ばす。

 まだまだ未熟。ヘルガの動きが見えていても、その動きに対応出来る身体能力があっても、その為の思考速度を得ていても、彼には経験が不足している。

 

「あらあら、無駄が多過ぎるわ」

 

 攻撃に対して思考を重ね過ぎている。それでは如何に思考を加速させていても無意味だ。

 

「踊り狂うマリオネットに恋したおバカさん。あなたの剣では糸を断ち切る事など夢のまた夢」

 

 言いながら同時に攻撃を仕掛けてくる三人の男を蹴散らす。

 

「あなた達は純粋に遅い。戦闘の天才であるゴドリックの継承者と比べると、やはり研究者であったサラザールの継承者では見劣りするわね」

「言ってくれるな」

 

 蹴散らした筈のハリーが頭上から迫ってくる。姿現しではない。蹴散らされた方のハリーは偽物だった。

 彼はその手から悪霊の火を放つ。蒼き龍がヘルガを呑み込む為に口を開いた。

 

「その程度の魔法が通用するとでも?」

 

 蒼龍ごとハリーを天高く吹き飛ばす。すると、背後から紅蓮の業火を纏ったロンが迫って来ていた。

 ヘルガだから知覚出来たが、その速度は雷に匹敵している。

 

「雷を斬る。その程度の事はマグルが実践していますよ」

 

 雷の速度で迫るロンの顔面に掌底を繰り出すヘルガ。その衝撃はダイナマイトの爆発を遥かに凌駕する。

 けれど、両者は共に最大の防壁で自身の体を守っていた。

 そこに蒼炎の龍が現れる。トムの悪霊の火だ。龍は巨大な口を開き、ロンごと呑み込もうとしている。

 

「無駄だと分からないのかしら?」

 

 呆れたようにヘルガは龍を消し飛ばす。すると、消し飛ばした龍の代わりに加速しながら降下して来たハリーの足が迫ってくる。同時に真下からニュートが拳を振り上げながら迫っている。

 上と下。人体の構造上、もっとも護る事が困難な方向。けれど、ヘルガは手でハリーの足を掴み、足でニュートの腕を絡みとると、二人を同時に地面へ投げ飛ばした。そこに音速を超えた拳から放たれる衝撃波で追撃を行う。

 その行動を隙と捉えたロンが分身してあらゆる方向から彼女に襲いかかる。その攻撃を隠れ蓑にして、トムは悪霊の火の形を変え、槍の如く伸ばして投擲した。

 

「無駄よ。無駄無駄」

 

 雷の速度を捉えられるヘルガに攻撃を当てたければ、最低でも雷速を超えなければいけない。

 

「おや……」

 

 その筈なのに、次の瞬間、ハリーの拳がヘルガの顔面を殴りつけていた。

 雷速を超えたのではない。ロンとトムの攻撃を回避した直後のヘルガの体勢を予測して、そこに姿現して拳を置いていたのだ。

 

「まずは一撃だ!」

「……かすり傷にもなっていないのに、随分と嬉しそうね」

 

 微笑ましげに彼女は言う。

 対するハリーも嗤う。

 かすり傷にもならない。その通りだ。けれど、一撃は一撃だ。

 

「見えたぞ、貴様の限界が!」

 

 それは集中力だ。如何に優れた身体能力と反応速度と思考力を備えていても、常にそれらを万全に働かせられるわけではない。

 だから、当たった。

 

「ハァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 ロンが雷速の攻撃をヘルガに仕掛ける。同時にハリーとトムが悪霊の火を放つ。そして、彼らの後方からも悪霊の火が次々に放たれる。

 それは不死鳥の姿を象り、それは竜を象り、それは獅子を象る。

 いくら人間を超えたからと言っても長期戦になれば此方が不利になる。それ故に勝機が見えれば即座に畳み掛ける。

 作戦通りだ。ヘルガはすべての攻撃に対処していくが、その動きが徐々に鈍くなっていく。

 倒せる。そう強く確信した時、ハリーとロンは同時に違和感を覚えた。

 

 ―――― 呆気なさ過ぎる。

 

 ロンは振り下ろせば確実にヘルガの息の根を止められる瞬間に至り、その違和感から再び剣を止めてしまった。

 自らの失態に気付いた時、ヘルガはロンに嘲笑の笑みを向けていた。

 そして、彼女が口を開こうとした時だった。

 

「終わりだ」

 

 背中からトムが彼女の心臓を抉り出した。

 

「あっ……」

 

 ロンは咄嗟にヘルガに手を伸ばしかけた。

 目の前で人が死ぬ。倒そうとしていた相手だけど、それでも彼は彼女の死を否定しようとした。

 

「……大正解よ、坊や」

 

 そして、ヘルガは微笑んだ。

 

「天邪鬼め」

 

 トムの呆れたような声と共に世界が白く染まっていく。

 

「なにを!?」

「しまっ!?」

 

 ロンとハリーはそれがヘルガの反撃によるものだと体を強張らせた。

 そして――――、

 

 

 

 

 大地に刻まれていた魔法陣が発動した。


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