【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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最終話『魔王誕生』

 世界が壊れていく。

 ハリー・ポッターが選択したのだろう。

 最後の分霊が戻って来た。

 ああ、やっぱりだ。

 

「……ロン」

「なに?」

「ありがとう」

 

 この時が来る事を知っていた。サラザールに退けられる程度のものをわたしが退けられない筈もない。

 それでも、選択を彼に委ねてしまった。

 

「……僕、君の事が好きなんだ」

「わたしも好きよ、ロン」

 

 だから、この甘い時間を受け入れてしまった。

 千年以上も生きて、恋に酔い痴れる事になるなんて、微塵も思っていなかった。

 だけど、それもここまでだ。委ねた彼が選んだ以上、わたしも歩き始めなければいけない。

 死刑台がわたしを待っている。

 

「行くなよ」

 

 ロンがわたしを掴む。

 

「ごめんね、ロン」

 

 その手を掴み、指先で彼のおでこをなぞる。

 わたしに関する記憶を消す必要がある。

 死よりも辛い苦痛に襲われた。けれど、わたしはこれ以上の苦痛を多くの人に与えてきた。

 わたしは地獄に堕ちなければいけない。

 わたしは彼から忘れられなければいけない。

 

「そうはいかないぞ、ロウェナ・レイブンクロー」

 

 けれど、その手を掴まれた。

 

「なっ」

 

 ハリー・ポッター。優しくて平和に満ちた世界を壊した男。

 

「これまで散々貴様の好き勝手に付き合わされて来たんだ、次は此方の番だぜ」

 

 最終話『魔王誕生』

 

 再び、世界を巡ってみた。

 記憶が継続している筈なのに、既に争いは始まっていた。

一度平等になった世界は利益を求める者にとって格好の餌場となっていた。

 先を争うように世界を食い散らかしていく。

 

「……これが俺の選択の結果か」

 

 目の前には死体が転がっている。同い年くらいの少年だ。

 ヘルガの世界が存続していれば、彼は今も笑っていた。

 分かっていた事だ。それでも選んだ。だから、彼を殺したのは俺だ。

 

「あばよ」

 

 同じ光景を幾度も見た。世界が再編されてから、まだ一日も経っていない。

 それなのに、死体は既に山を築いている。

 倒すべき敵もなく、この世界は地獄を生み出し続ける。

 

「ああ……」

 

 地獄を踏み越えていく度に心が漆黒に染まっていく。

 グリフィンドールの道を進んだ僕では世界を背負う事など出来ない。

 スリザリンの道を進んだオレ様ならば背負う事が出来る。

 だから、俺はスリザリンの道を選ぶ。

 勇者ではなく、魔王の道を征く。

 

「それが君の選択か」

 

 旅の果て、サラザールが現れた。

 

「ああ、この世界を選んだからには責任を取る」

「……やはり、君はロウェナとよく似ているな」

 

 サラザールはしみじみと言った。

 

「自分と世界を秤にかけて、世界を取る人間などそうそういない」

「そうでもないだろ」

 

 自分より他人が大切な人間を俺は何人も知っている。

 

「ダンブルドア。スクリムジョール。それに、業腹だがグリンデルバルドも自己より世界を優先して動いていた」

 

 世界には悪意が溢れている。

 けれど、同時に善意も溢れている。

 

「サラザール。貴様らは勘違いをしているぞ。ロウェナは特別な人間じゃない。いや、頭脳は特別だが、心は別だ。その証拠に、彼女は恋をした。ロンを愛した。彼女も普通の人間なのさ」

「……そうだね」

 

 サラザールは微笑んだ。

 

「君やロンを見ていると、自分が如何に狭窄な目で世界を見ていたのかと自覚させられるよ」

 

 そう呟くと、彼は頭を垂れた。

 

「偉大なる王よ。君の進む道へ同行する事を許して欲しい」

「傍観しているんじゃなかったのか?」

「意地悪を言うな。もっと近くで見ているべきだったと後悔しているだけだよ」

 

 その言葉にハリーは嗤う。

 

「ついて来い」

「イエス、マイロード」

 

 ◆

 

「ロウェナ。俺は貴様の願い通り、王になる事にした」

「……それが何を意味するか、分かって言っているのね?」

「無論だ。世界を支配する」

 

 その宣言に、聞いていたロンはゆっくりとのびをした。

 

「じゃあ、僕も付き合うよ」

「ああ、頼むぞ」

「はぁ!?」

 

 ロウェナは素っ頓狂な声を上げた。

 

「な、何を言っているの!? 彼が歩む道は茨の道なのよ!?」

「ああ、貴様が歩ませようとした道だ。貴様は誰よりも理解しているだろうな」

 

 ハリーはサディスティックな笑みを浮かべて言った。

 

「これでますます死ねなくなったな、ロウェナ。それとも、ロンを見捨てる気か?」

「あ、あなた……」

 

 わなわなと震えるロウェナにハリーは嗤う。

 

「貴様とロンは必要不可欠だからな。付き合ってもらうぞ、地獄の底までな」

「はいはい。行こうよ、ロウェナ。君となら、割と地獄でもへっちゃらな気がするんだ」

「ロ、ロン!?」

 

 それからハリーはダンブルドアの下へ向かった。

 

「分かっているな?」

「もちろんだとも」

 

 語るべき言葉はない。唆したのは彼だ。

 

「共に地獄へ参ろうか、ハリー。お主等もついて参れ」

「承知した」

「……やれやれだな」

 

 グリンデルバルド、スクリムジョールも仲間に加わった。

 

「次はドラコかい?」

「ああ、よく分かったな」

「トムはどうするのかね?」

「アイツはダフネの説得っていう徒労で苦労するだろうから後回しだ」

「徒労……、そうじゃなぁ」

 

 変な空気が流れる中、ハリーはドラコの下へ向かった。

 地獄の道を歩む事になる。それが分かっていても、彼を誘わない選択肢など無かった。

 

「ドラコ」

「ハリー!?」

 

 マルフォイ邸へ姿現しすると、ドラコは目を丸くした。

 

「どこに行ってたんだ!? ハーマイオニーから手紙が山のように来たぞ!」

「ああ、色々とやる事があってな」

 

 ハリーはこれまでの経緯をドラコに説明した。

 ヘルガの作り出した世界。その世界を破壊した事。そして、これからの事に至るまで、すべてを。

 

「……君ってやつは」

 

 やれやれと肩を竦めると、彼は言った。

 

「ロゼはどうするんだ?」

「コリンに託す」

「納得すると思ってるのか?」

「コリン次第だな」

 

 ハリーの言葉にドラコは少し不満そうだ。

 

「連れて行く気なのかい?」

「望むなら」

「望むだろうけど、それでいいのか!?」

 

 ドラコは怒鳴った。

 

「……ドラコ」

 

 ハリーは言った。

 

「俺がロゼの事で安易な判断をすると思うか?」

「……思わない。だから、教えてほしいんだ」

 

 ロゼはハリーにとって特別な存在だ。

 だからこそ、ドラコは彼女を巻き込む可能性を示唆するハリーの考えが知りたかった。

 

「俺は俺の意思を通した。その俺が他の人間の意思を妨害する権利などない」

「……それが理由なのか?」

 

 ドラコは眉をひそめると、反対にハリーは微笑んだ。

 

「ロゼは出会った頃のままじゃない。成長しているんだ。あの子は己の道を己で切り拓ける」

「……信じてるって事か」

「そういう事だ」

「ふーん」

 

 ドラコはハリーを見つめた。

 

「……成長してるのは、ロゼだけじゃないみたいだね」

「ん? どういう意味だ?」

「別に」

 

 そう言うと、ドラコは立ち上がった。

 

「次はどこに行くんだい?」

「善は急げだ。コリンの家に行こう。ロゼも居るはずだ。ロゼが一人でいるのが我慢ならないって、ゴドリックの谷の家が出来るまで家に泊めているようだからな」

「……す、凄いな、コリン」

「ああ、素晴らしい。さすがは俺のコリンだ。やはり、ロゼを任せるなら彼しかいない!」

「お、おう」

 

 そのまま二人でコリンの家に姿現した。

 

「ハリー!?」

 

 目を丸くするコリン。弟のデニスも近くで驚いている。

 

「ハリー!?」

 

 別の部屋にいたロゼが慌てたように駆け出してくる。

 

「コリン、ロゼ! 久しいな!」

 

 抱きついてくるロゼの頭を撫でながらハリーはコリンを見つめた。

 

「話したい事がある。いいか?」

「もちろんです!」

 

 ハリーは二人に対しても包み隠す事なく全てを語った。

 ロゼは何度も口を開きかけたけれど、その度にコリンが黙っている姿を見て口を閉ざした。

 夏休みの間、二人はずっと一緒にいた。短い時間でも、この年頃の男女が一緒にいれば関係は変化していく。

 ハリーがハーマイオニーと恋仲になったように。

 

「どうする?」

 

 ハリーが二人に問う。

 

「……ごめんなさい、ハリー」

 

 コリンは言った。

 

「僕、一緒にはいけません」

「そうか」

 

 ハリーは嬉しそうに微笑んだ。

 その様子を見て、ドラコは僅かに目を見開いている。

 

「……いいのか? コリン」

「ハリーと一緒に行きたい気持ちはあるよ。でも、僕はロゼを幸せにしてあげたいんだ」

 

 ドラコはハリーを見た。

 そして、ハリーはロゼを見つめた。

 

「ロゼはどうする?」

「……わたしは」

 

 ロゼの視線はハリーとコリンの間を揺れ動いていた。

 

「ロゼ。これは別に永遠の別れじゃない。だから、深刻に考えるな。今、誰と共に歩んでいきたいと思っている?」

 

 その言葉にロゼの瞳は震えた。

 

「……わたし」

 

 ハリーには分かっていた。コリンならロゼを幸せに出来る。それは、ロゼも彼に惹かれていたからだ。

 一緒に付いて来る二人をずっと見守ってきた。

 

「わたしは……」

「ロゼ。君の幸福こそ、俺にとって最上の幸福だ」

 

 その言葉に彼女は涙を流した。そして、そっとコリンの手を握りしめた。

 

「……わたし、一緒にいけません」

「ああ、それでいい」

 

 ハリーはロゼとコリンを抱きしめた。

 

「二人は俺にとって宝だ」

 

 ひとしきり二人の頭を撫でた後、ハリーは言った。

 

「それはそれとして、ゴドリックの家には来い! 忙しくなるが、定期的に帰ってくる予定だ」

 

 その発言にドラコはずっこけた。

 

「おい!?」

「いや、実際、二人が来てくれないと困るんだ。ハーマイオニーのお腹もそろそろ大きくなり始めているからな」

「おまっ!」

 

 ガビーンとなるドラコに体を揺さぶられるハリー。そんな彼を見て、ロゼとコリンは吹き出した。

 

「もちろん!」 

「約束ですからね!」

「それでいいのか!?」

 

 ドラコは頭を抱えた。

 

「それでいいんだよ! それより、まだ行かないといけないところがある! 行くぞ!」

「お、おい! さっきまでちょっとウルッと来てた僕の感動を返せ!」

「はっはっは! クーリング・オフは受け付けていないのでな!」

「ハリー!!」

 

 二人が姿くらますと、コリンはロゼに言った。

 

「……本当は一緒に行きたかったんだろ?」

「お互い様」

 

 その言葉にコリンは苦笑した。

 

 ◆

 

「というわけで、行くぞ!」

「ちょ、ちょっとまってくれ! まだ、説得が終わっていないんだ!」

 

 見るも哀れな姿を晒す嘗ての闇の帝王。彼はダフネに壁際へ追い詰められていた。説得してるのか、説得されているのか見た目からは分からない状況だ。

 

「お前がダフネを説得出来るわけないだろ、ヘタレ。二人揃って来い」

「バカを言うな! ダフネは巻き込めん!」

「先生!」

 

 ダフネは壁をドンッと叩いた。

 

「ダ、ダフネ!?」

「わたし、行きますからね!」

 

 そう言うと、彼女はハリーの下へ向かってきた。

 

「行くわよ、ハリー!」

「待て! 待て待て! だから、君は……」

「先生も来るなら早く来て下さい!」

「ダフネ!?」

 

 嘗て、世界を震撼させた闇の帝王。

 その存在は過去のものなのだとドラコは深く理解した。

 涙が出そうになる。せめて、この姿を嘗ての彼の配下や敵対者が見てしまわない事を祈るばかりだった。

 

「これで揃った」

「ニュートはどうするんだ?」

「ニュートは誘わない。彼の専門分野とはかけ離れているからな。それより、最後にやる事がある。ドラコ達はヌルメンガード城に行ってくれ。そこをとりあえずの拠点にする」

「やる事?」

「ああ、一番大事な事だ」

 

 そう言うと、ハリーはさっさと姿くらました。

 後に残されたトムはしつこくダフネを説得しようとしているけれど、無駄な足掻きでしかなかった。

 

「笑うしかないな、これ」

 

 ◆

 

 最後にハリーが訪れたのはハーマイオニーの家だった。

 チャイムを鳴らし、中に入る。

 

「ハリー!」

 

 彼の顔を見るなり泣きそうな表情を浮かべるハーマイオニーをハリーは抱きしめた。

 そして、怒りに震えている彼女の父親を見た。

 

「お義父さん」

 

 ハリーは言った。

 

「娘さんを頂戴しに参上した」

 

 ◆

 

「だ、大丈夫か?」

 

 ヌルメンガードで待っていると、ハリーがハーマイオニーと共にやって来た。

 彼の頬は赤く腫れていて、実に痛そうだ。

 

「ああ、満足だ」

「へ?」

 

 妙に嬉しそうなハリーにちょっと引いた。

 

「まさか、ハーマイオニー……?」

「違うわよ!」

 

 ハーマイオニーに怒られた。夫婦揃って変な性的嗜好に目覚めたのかと本気で心配してしまったが杞憂らしい。

 

「ん?」

 

 ハリーは窓辺に佇む厳しい椅子に気付いた。

 

「これは?」

「こういうものは雰囲気が大切だからな」

 

 グリンデルバルドが言った。

 彼の発案なのだ。

 

「悪くない」

 

 ハリーは椅子に座った。肘掛けに肘を置き、ポーズを決める。

 すると、次々に姿現ししてくる者達の姿があった。

 嘗て、屋敷しもべ妖精だった者達。ヘルガに願い、ヘルガによって異形へ変えられた人々だ。

 先頭に立っているのはマーキュリーだった。その隣にはエグレがいる。

 そして、彼らの出現と同時に窓にシーザーの姿が現れた。

 

「全員集まったようだな」

 

 ハリーの視線が僕達を見つめていく。

 そうそうたるメンバーだ。

 サラザール・スリザリン。

 ロウェナ・レイブンクロー。

 アルバス・ダンブルドア。

 ゲラート・グリンデルバルド。

 ヴォルデモート卿。

 彼らは一人一人が世界を変える程の力を持っている。

 他にも史上最高の魔法薬学者となったダフネがいる。

 グリフィンドールの継承者であるロンがいる。

 恐らく、ここにいるのが世界で最強の集団だ。

 

「ここに宣言する」

 

 千を超える屋敷しもべ妖精だった人々が傅く。

 それに倣うかの如く、ロウェナ達まで彼に傅いた。

 ロンもロウェナの真似をしているし、ダフネもヴォルデモート卿の真似をしている。

 ハーマイオニーと僕以外は全員が頭を垂れていた。

 だけど、僕はみんなのようにしたくなかった。そっと、ハリーの椅子の隣に立つ。ハーマイオニーの対面だ。

 

「みんな、遅れずについて来いよ。俺は世界を支配する!」

 

 その言葉に僕やハーマイオニーもみんなと口を揃えた。

 エグレがよく使うフレーズ。この場において最も相応しい返答。

 

「イエス、マイロード!」

 

 二度塗り替えられた世界を平和に導く。

 嘗て、ロウェナ・レイブンクローが夢見た世界を作る為、一度は否定した道を突き進む。

 それが彼の選んだ道ならば是非もない。その為に命すら賭けてみせよう。

 この場の誰もが決意を固めている。

 

「行くぞ、みんな!」

 

 そして、ハリー・ポッターは邪悪に嗤う。 

 

「僕は魔王になる!」

 

 ―――― 完 ――――




その内、壊さない選択をした方のIFも書きます(*´﹃`*)

追記:
今更ですが、ハリーの悪霊の火についてです。
作中で明確化していなかった情報をこちらに……、

ハリーの悪霊の火は最初の発動時点で完全制御が出来ていました。
それなのに対象を選べていなかったのは内に取り憑いているヴォルデモート卿の方が制御出来ていなかった為なのです。
けれど、トムがハリーとの友情を得た事で負の感情を抑え込む正の鞘を得たのです。

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