いよいよ決戦の時が来た。学年末試験のスタートである。
ハリーは朝食が並ぶ大広間に来ると、まっすぐにハーマイオニーの下へ向かった。
「勝負だ、ハーマイオニー」
「望む所よ、ハリー」
ギラギラと瞳を輝かせながら睨み合う二人。
最近の二人の知識量は一年生はおろか、二年生すら超越していた。
授業で二人に分からない事はなく、もはや授業で出される程度の問題では優劣を見極める事が出来なくなっていた。
「ボクが勝ったら《参りました、偉大なるハリー・ポッター様》とでも言ってもらおうか」
「あらあら、叶わぬ夢を見ても虚しいだけよ、ハリー。でも、そうねぇ。わたしが勝ったら《さすがです、偉大なるハーマイオニー・グレンジャー様》とでも言ってもらいましょうか」
二人の間に火花が飛び散る。
「時間だ」
「行きましょうか」
第二十話『決戦、学年末試験』
ハリー・ポッターにとって、ハーマイオニー・グレンジャーという少女は特別だった。
ホグワーツ特急で初めて出会った時は迷惑なヤツだと思ったし、秘密の部屋を発見した時は鬱陶しいヤツだと思った。
けれど、ホラス・スラグホーンの初授業の時に知識の量で負けた時、ハリーは初めて彼女という存在を明確に意識するようになった。
それから、何度も何度も競い合ってきた。いつしか、彼女をリスペクトするべき存在だと認めるようになっていた。
ドラコがヴォルデモートの分霊に憑依された事に気付いた時、ハリーは彼女の力を必要とした。自分だけでは出来ない事も、彼女と一緒なら出来ると確信したからだ。
ヴォルデモートの分霊を討伐した後、魔法省からバッシングを受けた時、彼女が示した献身に対しては深い感謝と敬意の念を抱いた。
十歳の少女が魔法省という巨大な組織に立ち向かったのだ。その勇気と覚悟に感服した。
だからこそ、彼は思った。
「……負けたくない」
自分が彼女を認めたように、彼女に自分を認めてもらいたい。
かっこいい存在だと、素晴らしい存在だと、リスペクトするべき存在だと思われたい。
それは、ハリーが初めて抱く感情だった。
「それでは試験を開始します!」
うだるような暑さの中、筆記試験が始まる。
ハリーは配られたカンニング防止の魔法がかけられた特別な羽ペンを掴んだ。
他の生徒達が唸り声を上げたり、必死に答えを絞り出そうと苦悩する中、ハリーはスラスラと羽ペンを動かし続けた。
全ての解答を書き終えた時には、まだ試験時間が半分以上も残っていた。
ハリーは何度も解答を確認した。スペルミスをしていないか、目を皿のようにしながら何度も何度も確認した。
筆記試験が終わると、呪文学のフリットウィックが生徒を一人ずつ教室に呼び入れてパイナップルを机の端から端までタップダンスさせられるかを試した。
ハリーは完璧に作業をこなした。一ミリのズレも許さず、パイナップルに完璧なタップダンスを踊らせた。
呪文学の試験の次は変身術の試験だった。
内容はネズミを《嗅ぎタバコ入れ》に変えるというもの。
ハリーは薄汚いドブネズミを真紅のバジリスクが一冊の本を取り囲む模様を刻み込んだ見事な《嗅ぎタバコ入れ》に変えた。
「素晴らしい。お見事ですよ、ハリー」
「……当然だ。アイツだって、このくらいは出来る」
マクゴナガルに褒められても、ハリーの表情は硬かった。その反応にマクゴナガルは小さく微笑んだ。
スラグホーンの試験は授業で習った魔法薬の中から好きな物を選んで調合するというもの。難しい物ほど高得点だ。
ハリーはこの時の為にシッカリと秤を整備しておいたし、ナイフも研いでおいた。
迷わず、一番難しい魔法薬の材料をスラグホーンから受け取り、細心の注意を払いながら調合に取り組んだ。
周囲で調合を間違えた生徒が魔法薬を爆発させても、異臭が漂っても、ハリーは一切合切を無視した。
そして、見事な魔法薬を調合し、スラグホーンを感心させた。
最後の試験は魔法史だった。《中身を勝手にかき混ぜる大鍋を発明した老魔法使い》についての詳細を書き終えると、答案用紙を巻いて提出した。
周囲の生徒達は解放感に酔いしれている。けれど、ハリーは気が気でなかった。
思ったよりはずっと易しい問題ばかりだった。それ故に、僅かなミスが命取りとなる。
「……大丈夫だ。ミスなどない。スペルミスだって、何度も確認した。こ、このハリー・ポッターが負ける筈がないんだ」
ハリーは不安に押しつぶされそうになっていた。
ヴォルデモートの事を考えるよりも、ハーマイオニーに負ける可能性を考える方がずっと恐ろしかった。
◆
学年末パーティーが始まった。スリザリンが七年連続で寮対抗杯を獲得したお祝いに、大広間はスリザリンのカラーであるグリーンとシルバーで飾り付けられていた。
クィディッチの試合でも、寮の点数でも、スリザリンは圧勝だった。
ハリーがヴォルデモートを二度倒した事は生徒達に多大なトラウマを刻み込んだ事でプラマイゼロになってしまったけれど、それでも群を抜いていた。
ここからの逆転劇など不可能な数字だった。
けれど、ハリーにとってはどうでもよかった。
試験の結果はパーティーの終了後に発表される。
カウントダウンが進む毎にハリーは気分が悪くなっていった。
あまりにも情けなくて、ゴスペルにも相談出来なかった。
◆
そして、運命の時が来た。
学年末パーティーの翌朝、朝食前に談話室で成績表が監督生から配られた。
ハリーは成績表を見た。すべての教科で100点満点中の100点満点を取っていた。
横から覗き込んできたドラコは「すごいじゃないか!」と拍手した。
ハリーも喜んだ。嬉しくなって、頬を緩ませて、そして……、
《学年二位》
という文字を発見した。
「……は?」
見間違いかと思った。
何らかの呪いが掛けられているのかと思った。
けれど、何度見ても《二位》という文字が変わる事はなかった。
「ど、どういう事だ!? 二位!? 100点満点中の100点満点なんだぞ!? どういう事だ!? どういう事だ!? どういう事だぁぁぁぁ!?」
仮に、他にも全教科で100点満点を取った人間がいたとしても、その場合は同率で一位となる筈だ。
それなのに、二位。ハリーは理解が出来なかった。狂ったように叫び声をあげた。近くにいた生徒は恐怖のあまり失神した。
「と、とりあえず、先生に聞いてみれば?」
恐る恐る同級生のフレデリカ・ヴァレンタインが言った。
ハリーは全速力で大広間に向かった。ドラコも慌てて追いかけた。
「おい、クソジジィ!!!」
大広間に入るなり、朝食を食べていたダンブルドアに向かってハリーはズカズカと歩いていった。
「どうしたのかね?」
目を丸くするダンブルドアにハリーは成績表を開いて見せた。
「なんでだ!? なんで、全教科で100点満点を取ったのに二位なんだ!? おかしいだろ!! これ以上の点数なんて――――」
「およしなさいよ、みっともない」
ハリーの言葉を遮ったのは、後ろから響く忌々しい声だった。
ギギギと錆びついたネジを回すように首を回すハリー。振り返ると、そこにはハーマイオニーの姿があった。
勝ち誇った表情を浮かべている。
「……さあ、ハリー。約束は覚えているわよねぇ?」
ハーマイオニーが成績表をゆっくりと開いていく。
ハリーは恐怖した。
ありえないと叫びたかった。100点満点のテストなのだ。100点が満点なのだ。それなのに、全教科で満点を取ったハリーが学年二位だった。
その理由が今、明かされる。
「な、なんだ……、それは? なんだ!! それはぁ!? 100点満点の筈だぞ!! 100点が満点なんだぞ!! なんでだ……? なんでだよ!? なんで……、貴様ぁ!! ハーマイオニー!! ひゃ、ひゃ、120点だとぉぉぉ!?」
そこには整然と並ぶ100の数字の間に、燦然と輝く120の文字があった。
それは魔法薬学の試験だった。
「ふざけるなぁ!! 120点って、どういう事だぁ!! どういう事だぁぁ!? どういう事だぁぁぁ!!!」
ハリーは殺意の篭った眼光をクロワッサンを持った状態で固まっているスラグホーンに向けた。
「貴様ぁ……、スラグホーン!! 依怙贔屓かぁ!?」
怒りと憎しみが際限無く沸き起こる。
生徒達の一部は必死に大広間から逃げ出した。教師の一部も逃げ出した。
ハリーの殺気がヴォルデモートを殺した時の比ではなかった。
「……ノンノン、間違っているわよ、ハリー・ポッター」
その殺意の渦の中をハーマイオニーは涼しい表情でくぐり抜けてくる。
「100点満点で100点を取るなんて簡単よ。あなたなら間違いなく取ると思っていたわ。だから、わたしは賭けたのよ」
「賭けただと……?」
ハーマイオニーは成績表の魔法薬学の欄の評価をハリーに見せつけた。
そこには、《
「魔法薬の改良……、だと!?」
「そうよ。100点では並んでしまう。だから、わたしは100点を超える事にしたのよ。もちろん、これは大いなる賭けだったわ。改良と言っても、独学のものだった。本当に些細なものだった。それに、先生が改良した事を認めてくれない可能性もあったわ。むしろ、減点される可能性もあった。だけど、スラグホーン先生なら……、そう考えた!」
「き、貴様……、ハーマイオニー!!」
ハリーは歯を食いしばった。そうしなければ、悔しさのあまり泣き出してしまいそうだったからだ。それだけは嫌だった。
けれど、心は既に敗北を認めてしまっていた。
「わたしとあなたの点数の差……、それは覚悟の差よ!!」
「ぐぐっ……、ぐぅぅぅぅぅ!!」
ハリーは表情を歪めた。
敗北した。必死に勉強して、全力で勝ちを目指したのに、負けた。
100点満点だからと、100点で満足してしまった事が敗因だった。
「さあ、ハリー。鳴いてごらんなさい」
「……ぐぅぅぅぅぅ!! さ、さ、さ……、さすがです、い、偉大な、るは、ハァマイオニィィ、ググ、グゥゥ、グレンジャー様!!」
あまりの屈辱にハリーの表情は悪鬼のごとく歪んでいた。
けれど、ハーマイオニーは嬉しそうに笑った。
「わたしの勝ちよ、ハリー!」
「次は負けん!! ああ、どうかしていた!! 100点なんて、取れて当たり前だ!! 次はボクも100点を超えてみせるぞ!! そして、次こそは貴様を地べたに這いつくばらせてやる!! お、覚えていろ、ハーマイオニー!!」
ハリーは捨て台詞を吐くと、大広間から飛び出して行った。
「……うわぁ」
ドラコはあまりの光景に天を仰いだ。他の生徒や教師達も似たり寄ったりな反応だった。
ただ一人、ハーマイオニーだけは満足そうだった。
「さーて、来年は何をしてもらおうかしら!」
ウキウキした表情で彼女も大広間を去って行った。
そして、ホグワーツの一年目は終了した。
次回、第三章『バッドボーイズ、グッドガールズ』スタート