【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第二十六話『ホグワーツは燃えているか』

 ホグワーツの新学期が始まって最初の週末、ハリーとドラコ、ローゼリンデの三人は競技場に来ていた。

 今日、ここでスリザリンの新しいシーカーが生まれる。

 

「負けないよ、ハリー」

「勝つのはボクだ!」

 

 ちなみに、他に挑戦者はいなかった。この日はスネイプが死ぬかも知れない日でもあり、その原因がハリーの怒りによるホグワーツ炎上ではないかという推理がまことしやかに広がっていた。

 多くの生徒が遺書をしたため、確実に死ぬであろうスネイプに最後の挨拶をした。

 スネイプは本気で別れを哀しまれ、悼む生徒達に微妙な表情を浮かべる事しか出来なかった。

 

「……ええ、では選抜試験を開始する」

 

 試験官はフリント一人だった。マクゴナガルとニュートもそれぞれ忙しくて手が空かず、彼は一人でこの難局を凌がなければならなかった。

 

「頑張ってください! ハリー・ポッター様! ドラコ・マルフォイ様!」

「ああ、見ているがいい! このボクの勝利を!」

「生憎だけど、勝つのは僕さ。年季が違う」

 

 ハリーとドラコはやる気満々だった。フリントはドラコに《頑張り過ぎなくていいぞ!》と念じたが、届かなかった。

 いっそ、彼にリタイアさせて、そのままハリーをシーカーにしてしまえば良いのではないかという意見も出たが、それではハリー自身が絶対に納得しない事をフリントは分かっていた。

 けれど、勝者はおそらくドラコだろうと予想していた。つまり、ホグワーツは炎上する。彼も懐に遺書を隠していた。そして、燃やされたら遺書も燃えるという事に今更気づいた。

 

「……きょ、競技場の土に埋めとけば大丈夫かな?」

 

 ちなみに教師の一部と上級生達はいつでもフィニート・インカーンターテムを発動出来るように待機していた。

 そこには寮同士のいざこざなど無かった。グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、スリザリンの生徒達が息を合わせている。

 特にスリザリン生は確実に死ぬであろうスネイプを救える可能性が1%でも残っているのなら、という決死の覚悟を秘めている者も多かった。

 フリントの生存は大多数の生徒に諦められていた。既に彼の寮の寝室には手向けの花が飾られている。

 その異様過ぎる光景にローゼリンデ以外の一年生達はわけがわからないまま大広間で集められ、謹慎を命じられていた。

 

「そ、それじゃあ、スニッチを解き放つ。先にキャッチした方が新しいシーカーだ!」

 

 第二十六話『ホグワーツは燃えているか』

 

 ハリーとドラコはニンバス2001に跨った。

 同時にスニッチが解き放たれる。

 

「いくぞ!」

「おう!」

 

 二人が同時に空へ舞い上がると、フリントは急いでローゼリンデを抱えて競技場の外へ出た。

 

防火せよ(インパービアス)! 呪いを避けよ(サルビオ・ヘクシア)! 万全の守りよ(プロテゴ・トタラム)!」

 

 次々に呪文を唱えていくフリント。

 

「よ、よし、これで何とか……、なってくれ……、頼む……」

 

 ローゼリンデはそんなフリントに首を傾げた。

 

 空ではドラコとハリーが睨み合っていた。どちらもシーカーの座を譲るつもりなどなかった。

 特にドラコは気合が入っていた。

 夏休みの間、マルフォイ邸の広大な庭で二人は何度もクィディッチの特訓を行った。シーカー選抜試験に挑むためだ。

 そこで、彼はハリーの類稀な箒乗りとしての才能をまざまざと見せつけられた。鷹の目の如き動体視力は確実に獲物を見つけ出し、乗り始めたばかりの箒を自在に使いこなす。

 そのあまりの才能にドラコは打ちのめされた。幼い頃から箒に慣れ親しみ、情熱を持って訓練に励んでいたドラコは悔しくて一晩泣いた。そして、ハリーとは3日も口をきかなかった。  

 ドラコはシーカーになりたかった。得意な箒でハリーとは違う道の一番になりたかった。

 そうでなければ、対等な友達で居られない気がしたのだ。

 その気持は新学期に入ると一層強くなっていた。

 

 ―――― 誇り高く生きろ、ロゼ。誇りってのは、他人に貰うものじゃぁないんだ。自分自身で勝ち取るものなんだ。

 

 果たして、自分に家柄以外の誇りなどあるのだろうか? ドラコは疑問だった。

 一番になりたい。どんな形でもいい。そうでなければ、ハリーと並び立つ事が出来ない。

 だからこそ、この勝負には負けられなかった。

 

「勝つのは僕だ、ハリー!!」

「来いよ、ドラコ!!」

 

 そんなドラコの熱意を感じて、ハリーはゾクゾクした。

 ここまでの彼の本気を見るのは初めてだった。

 それが嬉しくて堪らなかった。こんなにも本気をぶつけられるのは初めての事だった。

 だからこそ、負けたくない。力の限りを出し尽くす。

 

 十分が経過しても、スニッチは姿を現さない。目を皿のように大きく見開いて、二人はフィールド全体を見渡している。

 障害物は互いの存在以外になく、それ故に先に発見した方が大きなアドバンテージを得る。

 互いに性能が全く同じニンバス2001に乗っている以上、それでほぼ勝敗が決してしまう。

 

「負けたくな……。負けたくない……!」

「勝つ……。勝ってみせる……!」

 

 冷たい風が吹きすさぶフィールド。けれど、二人は寒さなど感じてはいなかった。むしろ、額からは汗を流している。

 眼球だけではなく、五感のすべてを研ぎ澄ませている。

 風の音を聞き取り、風の流れを感じ取り、僅かな違和感を探し求める。

 荒くなる息を必死に抑え、そして、遂に金色の輝きがフィールドに姿を現した。

 

「……見つけた!!!」

 

 叫んだのはドラコだった。

 

「なにっ!?」

 

 ハリーは慌てて箒を旋回させてドラコの視線の方向へ箒を走らせた。けれど、どんなに探してもスニッチは見つからなかった。

 そして、ドラコが違う方向に飛び出していくのを視界の端で捉えた。

 

「……ブラフか!?」

 

 ハリーは慌ててドラコを追いかける。けれど、ドラコには追いつけない。箒の性能が同じである以上、如何にハリーの才能を以てしてもつけられた差を覆す事など不可能。

 それでも、ドラコがブラフを使わなければ後追いでもスニッチを先に掴み取れた筈だった。

 両者の勝敗を分けたのは運だけではなかった。勝利に対する執念。そして、その為の策略を練った、ドラコの勝利だった。

 

「……ハリー」

「ドラコ……」

 

 二人の視線が交差する。ドラコの手には黄金のスニッチが握られていた。

 地上ではフリントがこの世の終わりの如き表情を浮かべながら結界の外へ飛び出そうとするローゼリンデを抑えている。

 

「僕の勝ちだ」

「ああ……、ボクの負けだ」

 

 ハリーは敗北感に打ちのめされた。この勝敗は、ハーマイオニーとの学年末試験での勝負のように覆す事は出来ない。

 一度決まったシーカーは最後まで変わらないのが通例だ。他寮ならば試合でリベンジが出来たかも知れない。けれど、ハリーとドラコは共にスリザリン生だった。

 

「……ドラコ」

 

 けれど、ハリーはどこか満足していた。喜んでいた。

 これまで、マルフォイ邸での特訓では常にハリーが上をいっていたし、この試験でハリーは一切手を抜いていない。まさに全力だった。

 その全力を覆す程、ドラコは本気だった。ハリー以上に全力だった。それが、どうしてか嬉しかった。

 

「負けんなよ。六年間、一度だって負けるな! 全戦全勝だぜ!」

「……ああ、もちろん! 見ていてくれ、ハリー! 僕はクィディッチでNo.1を取る! そして、魔法界のNo.1となった君と共に世界を牛耳るぞ!」

「ッハ! 悪くない。悪くないぜ、ドラコ!」

 

 ハリーとドラコは共に邪悪に嗤う。

 

「フハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

「フハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 その嗤い声はホグワーツ中に響き渡った。生徒も教師もフィニート・インカンターテムを準備した。

 けれど、炎はいつまで経ってもやって来ない。

 そして、笑い合うハリーとドラコ、そして、そんな二人に尊敬の眼差しを向けるローゼリンデと疲れ果てたフリントの姿を彼らは目撃する。

 みんな、勝者ではなく、フリントに駆け寄った。

 

「よくやった!」

「あなたは英雄よ!」

「すごいぞ、フリント!」

「お前はスリザリンの誇りだ!」

「いや、ホグワーツの誇りだ!」

 

 何故か、戦場から帰って来た歴戦の英雄のような扱いを受けるフリントにハリーとドラコ、ローゼリンデは呆気にとられた。

 

「……おい、勝ったのはドラコだぞ」

「いや、まあ……、分からなくはないけど……」

「ほえ!? ほえ!?」

 

 そして、そのまま大英雄マーカス・フリントを称える大宴会が大広間で始まった。

 

「……なんだこれ」

 

 ハリーは納得がいかなかった。けれど、みんなの喜びに満ちた笑顔の前には何も言えなかった。

 

「万歳!! 大英雄マーカス・フリント万歳!!」

 

 大宴会は深夜まで続いた。

 ハリーはドラコとローゼリンデの三人でこっそり厨房に向かった。そして、そこで屋敷しもべ妖精達と共にささやかなドラコの祝勝会を開いた。

 

「……おめでとう、ドラコ」

「お、おめでとうございます! ドラコ・マルフォイ様!!」

「おめでとうございます!! ドラコ・マルフォイ様!!」

「……うん、ありがとう」

 

 甘いはずのカボチャジュースがいつもよりちょっとだけしょっぱく感じたドラコだった。


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