【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第三十六話『変身術の先生』

 怒涛の幕開けとなった新学期。ハリー達は最初の授業である変身術の教室に向かっていた。

 去年まではマクゴナガルが教えていた授業を、今日からは新任の教師が教える事になっている。

 

「新しい教師。名前は何だっけ?」

「えっと……、何だっけ?」

「何だっけなー」

「何だっけ?」

 

 新任の教師の名前を誰も思い出せなかった。

 それも仕方のない事だ。ダンブルドアが紹介する前に昨日の大騒動が起きてしまった為に、誰も彼の紹介を真面目に聞いていなかったのだ。

 

「ってか、どんな顔だっけ?」

「ルーピン先生の顔は覚えてるんだけどな」

「印象薄過ぎー」

 

 名前はおろか、顔すら思い出せない者が殆どだった。

 

「どんな授業するんだろうね」

 

 ドラコの言葉に「さあな」とハリーは肩を竦めた。

 

 第三十六話『変身術の先生』

 

 教室に入ると、テーブルの代わりに絵を描くためのキャンバスが並べられていた。

 

「お絵かきでもするのかしら?」

 

 フレデリカ・ヴァレンタインはワクワクした表情を浮かべながらキャンバスの前に座った。

 彼女は絵を描くことが趣味で、スリザリンの談話室には彼女の絵画が数枚飾られている。

 驚くべき事に、彼女の絵画はホグワーツに飾られている他の絵画同様に額縁の中で生きている。

 ウサギは跳び回り、魔女は箒で落ち葉を集め、イルカが海の中を優雅に泳ぐ。

 

「自慢じゃないが、オレも絵が得意なんだぜ?」

 

 ダン・スタークが自信満々に言ったけれど、誰も信じなかった。

 脳筋な彼に芸術的なセンスがあるとは思えなかったからだ。

 

「っていうか、本当に絵を描くのかな? だって、変身術の授業だよ?」

 

 エドワード・ヴェニングスがもっともな疑問を口にした。

 

「たしかに……。でも、絵を描く以外にキャンバスを用意する理由って?」

 

 ドラコが首を傾げた。

 

「さっぱりだわ」

 

 パンジー・パーキンソンが言うと、ダフネ・グリーングラスもうんうんと頷いた。

 

「とりあえず、座っとこうぜ」

 

 ハリーにとってもチンプンカンプンだったけれど、もうすぐ授業が始まる。

 答えはその時に分かるだろう。

 他の生徒達もキャンバスの前に座った。

 

 しばらくして、教室の扉が開いた。

 入ってきたのは背の高い黒髪の男だった。

 

「やあ、こんにちは」

 

 第一印象は普通だった。ただ、穏やかそうな人だと誰もが感じた。

 

「改めて、名乗らせて頂こう。わたしの名前はニコラス。ニコラス・ミラーという。どうぞ、よろしく」

 

 ニコラスは杖を軽く振るった。すると、生徒達の目の前に筆が現れた。

 

「魔法の筆だ。イメージした通りの色のインクが筆先に現れる。それを使って、絵を書いてくれ。それが最初の授業だ」

「……えっと、先生。質問してもいいですか?」

 

 エドワードが手を上げながら言った。

 

「もちろんだ、ミスタ・ヴェニングス」

「えっ……、僕の事を知ってるんですか?」

「いいや、初対面だ。だけど、名簿は貰っているからね。それに、他の先生達から君達の事を少しだけ聞いているからね。そんな事より、質問は何かな?」

「あっ、えっと……、変身術の授業なのに、どうして絵を描くんですか?」

「いい質問だ。絵を描く事で感性を磨き、イメージ力を高めるのさ」

 

 ニコラスはポケットからクヌート銅貨を取り出すと、指で弾いた。キンという音と共に飛んでいく銅貨に杖を向ける。すると、銅貨は薔薇に変わり、ダフネの手元に落ちてきた。

 誰もが目を丸くしている。変身術は高度な魔法であり、高い集中力が必要となる。弾いたコインを落下する前に変身させる事は非常に困難なのだ。

 

「今年一年で、とりあえずこの程度の事は出来るようになってもらうよ」

 

 当然の事のようにニコラスは言った。

 誰もが無理だと思った。

 ニコラスが卓越した変身術の使い手である事は理解出来たけれど、彼のような芸当が自分にも出来ると思える程の自信家はいなかった。

 ハリーですら、そこまで辿り着く為には数年の修練が必要だと思った。

 

「よく、変身術は才能がすべてだと言われている。けれど、それは大きな間違いだ。たしかに、向き不向きはあるかもしれない。だけど、そんなものは些細な事なんだ。重要じゃないんだよ。変身術が苦手な人間は変身術に対する認識に誤りがあるだけなんだ。そこを正してあげれば誰でも自在に変身させられる。そして、誤りを正す事こそが教師の役目なんだ」

 

 そう言うと、ニコラスはポケットからナイフを取り出した。

 

「変身術において、最も重要なものは呪文でも、杖の振り方でも、魔法力でもない。イメージなのさ。失敗するのはイメージに綻びがあるからなんだ。例えば、このナイフだ。形は見ての通りだ。よっぽど目が悪くない限り、この形を頭の中で再現する事は難しくないだろう? だけど、形だけではダメなんだ。形の次は材質に注目しなければならない。刃の所は金属で、柄の部分は木製だ。材質が分かったら、今度は構造を知る。金属の刃と木製の柄はどうやって接続されているのか確りと確かめるんだ」

 

 ニコラスはナイフを分解して、接続部を生徒達に見せた。

 

「そこから更にイメージを補強していくと完成度は高まっていく。だが、ここまででも十分にナイフのイメージが脳裏に定着した筈さ」

 

 そう言うと、彼は杖を振るった。

 生徒達の前に丸い木の玉が現れた。

 

「ナイフに変身させてごらん。呪文はフェラベルトだ」

 

 言われるままに生徒達は木の玉に呪文を掛けた。

 すると、一人残らず成功した。木の玉は出来栄えに差こそあるものの、見事なナイフになっている。

 

「うそ……、一発で出来た……」

 

 変身術が苦手だったダフネは手元のナイフをジッと見つめている。

 

「どうだい? 簡単だろう。難しい理論より、優先するべき事はイメージ力だ。元の物体の材質などはどうでもいい。変身させたいモノを徹底的にイメージするんだ」

 

 誰もがニコラスの言葉に意識を集中させていた。

 

「そして、もうひとつ。これは他の魔法に対しても言える事だ。呪文学から箒の飛行に至るまで、魔法に最も必要なものがある。エドワード。君はなんだと思う?」

 

 いきなり指名されたエドワードは困ったように眉を顰めた。

 

「えっと……、魔法力……じゃないんですよね」

「ああ、違うとも」

「杖の振り方……」

「それよりももっと重要なものがあるのさ」

 

 エドワードは降参した。

 

「すみません。僕には分かりません」

「それだよ、エドワード」

「え?」

「君は実技の成績があまり良くないね? その理由がそれだ。間違っているかもしれないと考えた時、途端に自信を失ってしまう。分からない事に直面した時、諦めてしまう。それこそが魔法を扱う上で最もやってはいけない事なんだよ」

 

 ニコラスは杖を振るった。

 

「魔法は何でもありだ。それこそ、不可能な事など何もない。だけど、人間の理解力が魔法の可能性に蓋をしてしまっている」

 

 ニコラスの杖から炎が吹き出し、水が吹き出し、星が吹き出す。

 

「必要なものは、やはりイメージだ。ただし、それは変身させるモノじゃない。自分自身の成功をイメージするんだ。思い込むんだよ! 魔法を使う時、それが出来ると確信するんだ! 一分の隙もない、絶対的な自信を持つんだ! それこそが魔法の可能性を引き出すんだ! こうだと思ったのなら、否定されるまで正解だと信じるんだ。分からなくても、分かっていると確信するんだ。自分を信じるんだ。疑ってはいけない。恐れてもいけない。不安を抱いてもいけない。ただ、闇雲に自分を信じ抜くんだ。それだけで、君達は魔法使いとして大きく成長する事になる」

「……ほ、本当にそれだけで魔法が上手くなるんですか?」

 

 パンジーが恐る恐る尋ねると、ニコラスは「もちろんだ!」と力強く応えた。

 

「もちろん、いきなり自信を持てと言われて実行出来る者は少ないだろう。だから、まずは成功体験を作るとしよう。この授業は変身術だからね。変身術で大いに躍進してもらう事にする。それが自信につながる筈さ」

 

 ニコラスは近くの生徒から順番に声を掛け始めた。

 

「ミスタ・ノット。君、チェスは得意かい?」

「ええ、まあ……」

「ミス・フォード。君の好きな花は?」

「えっと、百合です」

「ミスタ・ザビニ。君の好きなスポーツは?」

「クィディッチに決まってる!」

「ミス・ヴァレンタイン。君はペットを飼ってるかい?」

「は、はい! ウサギフクロウのナインチェです!」

「ミスタ・ポッター。君は蛇が好きかい?」

「ええ、とても」

 

 一番後ろの席の生徒まで一通り聞き終わると、ニコラスは杖を振るった。すると、セオドール・ノットの前にはチェスのキングの駒が、アナスタシア・フォードの前には百合が、ブレーズ・ザビニの前にはクアッフル*1が、フレデリカ・ヴァレンタインの前にはウサギフクロウが、そして、ハリー・ポッターの前には一匹の蛇がそれぞれ現れた。他の生徒達の前にも彼らが答えたものが現れている。

 

「さあ、今日の授業はスケッチだ! それぞれ、しっかりと対象を観察して、頭の中にその姿を刻み込みながらキャンバスに絵を描いてくれ。絵が苦手だとか思わないで、自分の絵こそが世界最高の絵なのだと思いながら描くんだ!」

 

 ニコラスの言葉には不思議な力があった。

 誰もがやる気に満ち溢れた表情を浮かべながら筆を取っている。

 

「感性を磨くんだ、諸君!」

 

 ◆

 

 スケッチが終わると、ニコラスはキャンバスをスケッチしたものに変身させるように言った。

 すると、実技が苦手なエドワードや変身術が不得意なダフネ、あらゆる成績がどん底のクラッブ、ゴイルまでもが完璧に変身させる事に成功した。

 授業が終わると、生徒達は興奮した様子で教室を出て行く。

 ハリーは少し面白くなかった。ニコラスの授業の質が非常に高かった事は業腹ながらも認めていたけれど、マクゴナガルの授業よりも上だとは思いたくなかったし、誰にも思われたくなかった。

 

「……フン」

 

 ハリーはニコラスをこっそり睨みつけた。

 やはり、見た目は冴えない男だ。取るに足らない存在だと全身でアピールしているような男だ。

 ハリーはニコラスから視線を外すと、次の魔法生物学の授業に向かって行った。新学期に入って、最も楽しみにしていた授業だ。

 

「ニュートやハグリッドも授業を手伝っていると聞いたからな。楽しみだ」

*1
クィディッチで使う競技用のボール


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