【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

40 / 145
第三十九話『スクールタイフーン』

 時を少し遡る。ジニー・ウィーズリーがドラコ・マルフォイを無人の教室に引きずり込んだ瞬間を見ていた者がいた。

 アステリア・グリーングラス。スリザリンの一年生である。

 

「……は、はしたないわ!」

 

 彼女は《間違いなく純血の血筋》とされる《聖28一族》であるグリーングラス家の末っ子だ。

 他の純血の一族がそうであるように、グリーングラス家も純血主義の思想を尊んでいる。彼女も例外ではない。

 純血主義を掲げる者達にとって、ドラコ・マルフォイという少年は特別である。

 ブラック家、レストレンジ家などと並ぶ名家の中の名家であるマルフォイ家の長男。いずれ、魔法界を背負って立つ存在と言っても過言ではない。

 その彼の不純異性交遊を目撃しては黙っていられない。

 

「だ、男女で誰もいない場所にひっそりとなんて……! きっと、中では今頃……! ああ、ダメよ! 止めなくてはいけないわ! で、でも、途中だったらどうしましょう……」

 

 アステリアには姉がいる。ドラコの同級生であるダフネ・グリーングラスである。彼女は今年で13歳。既に思春期が始まっていた。

 読書をこよなく愛する彼女は、最近になって恋愛を題材にした小説に目を通す事が増えて来ていた。

 恋愛小説には二つの種類が存在する。一つは男性向けのコメディチックであったり、おいろけ満載であったり、どこか現実離れした描写が多いものである。そして、もう一つが女性向けのリアルを追求したものである。

 男女の色恋に生じる生々しい感情がこれでもかと描かれている。そして、ほぼ必ずと言っていい程にセックスの描写が登場する。無論、ぼかされているが、子供向け(ティーンエイジャー)向けの小説にさえ登場するのである。

 思春期の少女にとって、性の知識は非常に関心の高いものである。ダフネもご多分に漏れず、小説の中に登場するワードがどんなものなのか興味を抱き、こっそり調べた。そして、母親はそんな彼女の性の芽生えを察して、彼女に正しい知識を与えた。

 ダフネは性知識という他言する事が恥ずべき事である秘密の知識を誰かと共有したかった。けれど、彼女の友人にその手の秘密を共有する事に長けた者はいなかった。だから、妹と共有する事にした。

 アステリアは姉からこれでもかという程の淫らな知識を与えられてしまい、すっかり耳年増になっていた。

 そんな彼女にとって、空き教室で男女が密会する事は、ほぼ間違いなくセックスをしている筈であるという結論に至ってしまうものだった。

 

「あ、あの子って、ジニー・ウィーズリーよね? 血を裏切る者、ウィーズリー。純血だろうと、マグル生まれだろうと、マグルだろうと見境なく盛るケダモノの一族! あの子の兄弟も七人いるそうじゃないの! な、七人も子供を作るなんて……、は、破廉恥だわ!!」

 

 顔を両手で多いながらイヤンイヤンと顔を振る彼女の姿は異様だった。

 近くを通り過ぎたレイブンクローの二年生の少女、ルーナ・ラブグッドはギョッとした表情を浮かべ、同じく近くを通り過ぎたハッフルパフの五年生のセドリック・ティゴリーは見てはいけないものを見てしまったような表情を浮かべながらコソコソと去っていく。

 そして、彼女がイヤンイヤンしている間にドラコはジニーの手を引きながら図書館へ向かって行ったが、その事にアステリアは気づかなかった。

 

「ええい、ホグワーツの風紀はわたしが守ってみせるわ!」

 

 その掛け声と共に空き教室に踏み込んだ彼女はもぬけの殻となっている教室に首を傾げた。

 

「およよ?」

 

 第三十九話『スクールタイフーン』

 

 ドラコとジニーの密会事件を目撃した翌日、彼女はこっそりとドラコを尾行していた。

 気分は姉が読んでいたギルデロイ・ロックハートの著書に登場する美しき暗殺者である。ちなみに作中の彼女はロックハートの心臓を狙ったつもりが自分のハートを射抜かれてしまい、すっかり恋する乙女になってしまうのだが、それはそれである。

 

「こ、これ以上、ジニー・ウィーズリーの好きにはさせないわ! ドラコ様の貞操……は、もう手遅れかもだけど、あの女の毒牙にこれ以上掛からないようにわたしが守って差し上げなくては!」

 

 ふんすふんすと鼻息を荒くしながらコソコソとドラコの後をつける彼女の姿は実に異様だった。

 そんな彼女の姿を面白がったフレッドとジョージ、リー・ジョーダンが更に尾行を始め、何をしているのかとロンと友人のディーン・トーマス、シェーマス・フィネガンが後を追い始めた。

 そして、彼らは図書館にたどり着く。そこではハリーがいつものようにローゼリンデの勉強を見てあげていて、その隣にはドラコとジニーの姿もあった。

 

「これは、図書館デート!?」

 

 一年生の彼女は二年生のローゼリンデが三年生のハリーの配下という、ちょっとよく分からない関係である事を知らなかった。

 彼女にとって、ローゼリンデはハリーの交際相手という認識だったのだ。

 姉からは、ハリーが彼女の為に激怒して、一度はホグワーツが消滅する危機に陥ったという話を聞いている。

 アステリアは姉が物事を大げさに言う癖を持ってしまったのだろうと嘆きつつも、愛する者の為に怒りに燃える男というシチュエーションにちょっと憧れた。

 そんな彼女の視点では、これはまさに図書館を舞台としたダブルデートだった。

 だが、ここで彼女は恐るべき事を知る。

 

「あ、あの女……、ハリー様に色目を使っている!?」

 

 ドラコというものがありながら、彼女は明らかにハリーに対して頬を赤らめ、甘えるような仕草でしきりに話しかけていた。

 

「は、破廉恥だわ!!」

「……破廉恥って」

「しっかし……、これはまた……」

「ジニーがドラコと付き合いつつハリーに好意を向けてるって……。お兄ちゃん、ショック……」

「誰ですの!?」

 

 アステリアはいつの間にか背後にいたリー、ジョージ、フレッドに驚き飛び上がった。

 

「しーっ! 気づかれちゃうだろ!」

「これは大事件だぜ。慎重に捜査を進めないとな」

「ドラコと付き合ってるとか、親父が聞いたら卒倒するな」

 

 彼らは息を潜めながら四人を見ている。

 

「あ、あなた達、ケダモノ一族!? ま、まさか、わたしを毒牙に掛ける気なの!?」

「ちょっと、何言ってるかわからないな」

「さすがはスリザリンだぜ。今年もヤベーのが入って来たな」

「ヤベーとはなんですか!」

 

 アステリアが怒鳴ると、背後に図書館の司書であるマダム・ピンスが現れた。

 

「あなた達、ここは図書館ですよ!」

 

 四人はマダム・ピンスによって追い出されてしまった。

 

「あ、あなた達のせいですよ!? どうしてくれるんですか!? あの性欲の塊にドラコ様とハリー様が穢されてしまったらどう責任を取りますの!?」

「性欲の塊って……」

「穢されたらって……」

「百歩譲ってもハリーだぜ?」

「お黙りなさい! 現に、昨日! あの性欲魔神はドラコ様を無人の教室に引き摺り込んだのですよ!! ああ、お労しや……、ドラコ様。きっと、裸に剥かれて、あんな事やこんな事を……」

 

 イヤンイヤンと頬を赤らめながら悶えるアステリアにフレッドとジョージ、リーはドン引きした。

 

「……って、引いてる場合じゃない! 無人の教室に引き摺り込んだって、それ本当かい!?」

 

 ジョージが聞くと、アステリアは大きく頷いた。

 

「嫌がるドラコ様を無理矢理引き摺り込んだのです! そして、ドラコ様の服を毟り取り、白磁のような肌に舌を沿わせながら、あの女は……!」

「いやいやいやいや!!」

「待て待て待て待て!!」

 

 フレッドとジョージは恐怖の表情を浮かべながら図書館の扉をみた。

 

「ま、マジかよ……。我が妹はそんなにも肉食系だったのか!?」

「やべーよ。母さんに何て言えばいいんだよ!?」

「大変な事になったな……」

 

 戦慄の表情を浮かべる三人と未だに妄想で悶ているアステリア。

 そんな四人の下にロンとディーン、シェーマスも合流する。

 

「どうしたの?」

 

 ロンがあまりにも混沌とした状況に首を傾げると、フレッドとジョージは見たことがない程の真剣な表情でロンに言った。

 

「寮に戻るんだ」

「お前にはまだ……、早過ぎる」

「え? なにが?」

「ハッ!? 気がつけばケダモノ一族に取り囲まれている!? わ、わたし、どうなっちゃうの!?」

「いや、どうにもなんねーよ」

 

 彼らが騒いでいると、図書館の扉が開いた。

 

「騒がしいわね、どうしたの?」

 

 出てきたのはハーマイオニー・グレンジャーだった。

 

「あ、あなたは! ハーマイオニー・グレンジャー!?」

「そ、そうだけど……?」

 

 いきなりフルネームを叫ばれて、ハーマイオニーはたじろいだ。

 

「ね、姉さんに聞いたわ。マグル生まれなのに、いろいろ凄いと噂のあの!」

「えっ!? 噂!? なにそれ、わたし知らないんだけど!? 何か噂されてるの!?」

「ああ、まあ、スゲーもんな」

「ホグワーツのヤベー奴ランキングでトップだもんな」

「なにそのランキング!? っていうか、トップ!? ハリーじゃなくて!?」

 

 ハーマイオニーの言葉にフレッドとジョージ、リー、ロン、ディーン、シェーマスは顔を見合わせて肩を竦め合った。

 

「だって、去年、あの暴走ハリーを止めたんだぜ」

「あのハリーに《鳴いてごらんなさい》なんて言う女だぜ?」

「もう、ぶっちぎりのトップだったよ」

「最近はハグリッドとケトルバーン先生もランクインしたけど、それでも一位だったよね」

「そうそう、女帝とか言われてるしね」

「知らないんだけど!? わたし、そんな話知らないんだけど!? っていうか、女帝!?」

 

 混乱しているハーマイオニーの手をアステリアが掴む。

 

「ハーマイオニー様!」

 

 純血主義者のアステリアは迷う事無くマグル生まれのハーマイオニーに(ロード)を付けた。

 

「どうか、お力をお貸し下さいませ!」

「様はやめて!? た、助けて欲しいなら力になるけど……」

「さすがは女帝様!」

「女帝もやめて!?」

 

 ハーマイオニーの悲鳴が響き渡った。

 

 ◆

 

 その一方、外でそんな風に大混乱が起きているとも知らずに図書館の中の四人は平穏な時間を過ごしていた。

 

「ところで、ロゼ。最近はどうだ? 何か困った事はないか?」

 

 ハリーが問いかけると、ローゼリンデは笑顔で「大丈夫です」と答えた。

 

「最近は苦手だった変身術も上手く使えるようになったんですよ! さすがはト……、ニコラス先生です!」

「……ニコラスか」

 

 ハリーはすこし面白くなかった。彼女の口から出る《さすが》という言葉は自分の為だけに使って欲しかった。それに、マクゴナガルの頃は出来なかった事がニコラスに変わった途端に出来るようになったというのも不満だった。

 

「凄い先生です、ニコラス先生!」

 

 ローゼリンデはやたら嬉しそうにニコラスの名前を口にする。

 ハリーは渋い表情を浮かべた。

 

「そ、そうか、まあ……、それなりに優れているとは思うが……なんというか、まあ、冴えない男だしな」

「ニコラス先生は冴えなくなんてないです!」

「なっ!?」

 

 ハリーは目を見開いた。

 ローゼリンデがハリーに反論したのだ。それは彼女と出会ってから初めての事だった。

 

「ニコラス先生は素敵な方です」

 

 ハリーはショックを受けた。

 慌てて、自分とニコラスのどっちが素敵か聞きそうになる程に焦った。

 けれど、そこでニコラスと答えられると自分がどうなってしまうか分からなかったので必死に堪えた。

 

「……と、ところで、ロゼ」

「はい! なんですか?」

「……こ、今度、ホグズミードに行くんだ。お土産は何が欲しい? 言ってみろ。なんでも買ってきてやるぞ」

「えっ!? いえ、そんな……」

「遠慮するな! なんでもいい! 欲しい物を言うんだ! これは命令だ!」

「ほえ!? えっと、では……、では……、えっと、あの!」

 

 そんな二人の様子をジニーは羨ましげに、ドラコは呆れきった表情で見ていた。

 

「むむ……!」

「……ハリー、必死だな」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。