【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第四十二話『ルーナ・ラブグッド』

 ニコラス・ミラーはダフネ・グリーングラスが(したた)めた文章に目を通していた。

 内容は新薬の研究であり、《血の呪い》を魔法薬によって治療しようという試みだ。

 発想は悪くない。けれど、内容はあまりにも稚拙だった。修正するとなれば、彼女の文章は一文たりとも残らない。

 

「……だが、あの年齢にしては上出来だな」

 

 必死に研究したのだろう。おそらく、この文章をN.E.W.T試験で提出すれば、満点以上の点数をつけられるだろう。

 血の呪いについてもよく考察されているし、対処法として文章の中で立案されているものも完全な的外れとは言えない。

 これを聖マンゴ魔法疾患傷害病院の院長が見れば、何が何でも彼女を引き入れようとする筈だ。

 並の努力では足りない。それこそ、執念だろう。

 

「血の呪い。呪詛を遺伝させる極めて悪趣味な魔法だ」

 

 ニコラスは決して清廉潔白な人間ではない。むしろ、善悪であれば悪に傾いている。けれど、そんな彼であっても、この呪いには嫌悪感を抱かずにはいられない。

 死の呪文や磔の呪文以上に悪意に満ちている。

 何故なら、この呪いは受けた者の子々孫々に受け継がれてしまう。

 アステリアが発現したという事は、グリーングラス家とその近縁の血族が保菌している事は確定している。そして、その近縁の更なる近縁にも、その近縁にも……。

 たまたま直系のアステリアが発現したが、既に魔法界全体に伝染している可能性すらあるのだ。

 

「それは困るな」

 

 ニコラスは不快そうに表情を歪めると、ダフネの研究書に修正を加え始めた。

 正道を歩む者には思いもつかない理論を加え、高度な知識を交え、誰もが忘れている叡智を振り掛けていく。

 完成した文章は魔法薬学界に衝撃を与える内容となった。

 けれど、この文章に沿って作成した魔法薬であっても、完治させる事は出来ない。

 

「入り口は作った。後は貴様次第だ、ダフネ・グリーングラス」

 

 ニコラスは瞳を真紅に輝かせた。

 

「いずれ、俺様が支配する世界だ。古代の呪いになんぞ、穢されてたまるものか」

 

 そう呟くと、彼は穏やかな教師の仮面を被り直した。

 

「……さて、授業の準備をしなくてはいけないね」

 

 第四十二話『ルーナ・ラブグッド』

 

「機嫌直してよ、ハリー」

 

 フレデリカ・ヴァレンタインはカボチャジュースを渡しながら言った。

 

「そうだぜ、ハリー。仕方ないって」

「君より怖い存在は早々居ないんだよ。だって、それまで一番怖かったヴォルデモートを倒しちゃったんだから」

 

 ダンとエドワードの言葉にハリーは口をへの字に曲げた。

 

「黙れ! 別にボガートがボクに変身した事を気にしてるわけじゃない! そんな事は重要じゃない! 問題なのは、なんでだ!? なんで! ハーマイオニーに踏みつけられるんだ!?」

 

 ハリーが激昂した。けれど、それも無理のない事だと彼の周りにいた同級生達は誰もが思った。

 敢えて誰が悪いかと言えば、それはジャクソンだ。彼がよりにもよってハリーに化けたボガートをハーマイオニーに踏みつけさせるという暴挙に出たのだ。そして、その鮮烈過ぎるイメージに引き摺られ、ボガートがハリーに化けた生徒がリディクラスを唱えると、必ずハーマイオニーがハリーを足蹴にするようになってしまったのだ。

 ちなみに、ジャクソンの時、ボガートは彼のお母さんに変身した。ハリーではなかった。彼の後の生徒がハリーの《ぶっ殺す時の顔》を見て失神してしまった為に、代わりにリディクラスを唱えたのだ。みんな、思わず爆笑してしまった。ある意味、全員が同罪だった。

 

「おのれ、ジャクソン!!」

 

 ハリーは激怒した。けれど、ジャクソンの姿はどこにも無かった。彼の逃げ足には誰も追いつけないのだ。

 プリプリしているハリーをなんとか宥めようとドラコ達が苦心していると、そこに一人の少女が近づいてきた。

 

「ハリー」

 

 誰もが慌てた。今のハリーはちょっとの刺激で爆発しかねない。非常に危険なのだ。

 けれど、そんな周囲の空気を一切読まずに少女はハリーの下へツカツカと歩いていった。

 

「ん? ああ、ルーナか」

 

 ハリーはむっつりした表情を少し和らげた。

 そして、常に持ち歩いているトランクからドサッと大量の教科書を取り出した。

 

「おい、ルーナ。今後はあまり失くさないようにしろ。……というか、今までどうやって授業を受けていたんだ?」

「うーん、先生に予備の教科書を貸してもらったり、いろいろかな」

「……とりあえず、今後は気をつけろよ」

 

 ハリーがルーナに教科書を渡すと、彼女は少しよろめきつつ「ありがとう」と言った。

 その時だった。ハリーは大広間の空気が妙な事になっている事に気がついた。特にレイブンクローのテーブルがお通夜のように静まり返っていた。

 

「ん? どうしたんだ?」

 

 ハリーがキョトンとした表情を浮かべると、ドラコは天を仰いだ。フレデリカは「ありえない……」と言葉を無くし、エドワードとダンも「ウソだろ、おい」と目を見開いている。

 その様子を奇妙に思いながら、ハリーはレイブンクローのテーブルを見た。すると、数名の生徒がガタガタと震えていた。その内の二人はその場で吐いていた。

 

「……おい、ルーナ」

「なーに?」

「これは失くしたんだったよな?」

「うん、そうだよ」

 

 ハリーはルーナを見つめた。彼女も真っ直ぐにハリーを見つめ返した。

 

「そうか……」

 

 ハリーは再びレイブンクローの席を見た。

 彼の脳裏には、去年のハーマイオニーの言葉が蘇っていた。

 

 ―――― あなたの行動の愚かさは後の事を何も考えていない事よ!

 

 ルーナはあそこでガタガタ震えている生徒達に教科書を隠されたのだろう。

 その生徒達を脅すのは簡単な事だ。けれど、それをルーナは望んでいない。

 自己満足の為に彼女が望まない事をするのは間違っている。

 そうと分かっていても、ハリーは苛立った。もともと、機嫌は最悪だったのだ。今にもプッツンしてしまいそうだった。

 

「ハリー、ありがとう」

「は?」

 

 いきなりお礼を言われて、ハリーは戸惑った。

 

「アンタ、やっぱり優しい人なんだね」

 

 そう言うと、ルーナは一冊の雑誌を取り出した。《ザ・クィブラー》というタイトルだ。

 

「これにナーグルやしわしわ角スノーカックについて載ってるの」

「……ありがとう、ルーナ」

 

 ハリーは彼女からザ・クィブラーを受け取ると、怒りを呑み込んだ。

 年下である筈の彼女に、ハリーは尊敬の念を抱いた為だ。彼女には、どこかニュートのような気高さを感じた。

 

「なあ、ルーナ。少し、付き合ってくれないか?」

「いいよ」

 

 彼女の二つ返事にハリーは微笑みながら立ち上がった。

 

「よし、ついて来い」

 

 ハリーはルーナを引き連れて大広間を出て行った。ザ・クィブラーの記事を読みながら、目的の場所へ向かっていく。そこはニュートの部屋だった。

 

「やあ、ハリー」

 

 部屋に入ると、ニュートの他にも小柄な体躯の生徒がいた。

 

「こんにちは、ニュート。お取り込み中でしたか?」

「構わないよ。丁度、君に紹介したいと思っていたんだ。孫のロルフだよ。イルヴァーモーニーに通う予定だったんだけど、わたしがホグワーツで働く事になった関係で入学先を変えたんだ」

「ニュートの……」

 

 ハリーはロルフを見た。穏やかで、優しい眼差しの少年だ。小柄に見えたのは猫背だからで、実際には年相応の背丈らしい。

 彼にはニュートの面影がたしかにあった。

 ハリーは少し複雑な感情を抱きつつも笑顔を浮かべてロルフに握手を求めた。

 

「ハリー・ポッターだ。君の祖父君には大変世話になっている。よろしく頼むよ」

「お爺ちゃんからいっぱい話を聞いてます。こちらこそ、よろしくお願いします。ロルフ・スキャマンダーです」

 

 ロルフははにかんだ笑みを浮かべた。ハリーはその笑顔を見ていると、心のもやもやが晴れた気がした。

 

「それで、ハリー。そちらは?」

「ルーナです。ルーナ・ラブグッド。彼女からナーグルやしわしわ角スノーカックについて聞きまして、ニュートにも話を聞けないかと思い、来ました」

「ナーグル?」

「ヤドリギに棲んでるんだよ。悪戯好きなの」

 

 ニュートは困惑の表情を浮かべた。

 

「ヤドリギに棲むナーグルだって? 初めて聞いたよ」

 

 魔法生物学の権威であるニュートの言葉にルーナは「でも、いるもん」と言った。

 

「疑っているわけではないよ、お嬢さん」

 

 ニュートは腰を曲げながら柔らかい笑顔を浮かべて言った。

 

「興味深いんだ。どういう生き物なのか、詳しく教えてもらえるかい?」

 

 ニュートは目をキラキラさせながら問いかけた。

 まるで、新しい発見を喜ぶ子供のようだ。

 

「お爺ちゃんが知らない魔法生物なんて、凄い! 僕にも聞かせて!」

「いいよ」

 

 ルーナは嬉しそうにナーグルとしわしわ角スノーカックについて語った。

 

「パパは見た事あるって言ってたの。だから、アタシも探してるんだ」

 

 ハリーとロルフはナーグルとしわしわ角スノーカックについて議論を交わした。

 

「おそらく、見つけるには何らかの条件が必要なんだと思います」

「セストラルのような生態なのかもしれないな。彼らは死を識る事で視えるようになる」

「僕も同意見ですよ! ただ、ヤドリギは神聖な植物ですから、死とは別のものだと思います」

 

 議論を交わす二人の少年と、それを嬉しそうに見つめる少女。

 彼らを見つめながら、ニュートも自分なりの考察を脳裏で展開していた。

 魔法生物とは、まさにファンタスティックな存在なのだ。

 どんなに突飛な生態の生き物であっても、あり得ないとは言い切れない。

 雷雲の中に棲むもの、氷を泳ぐもの、鏡の向こうに潜むもの、無形のもの、それこそ何でもありなのだ。

 人間の常識では計り知れない未知。その魅力に惹かれたからこそ、ニュート・スキャマンダーは魔法生物学の権威となった。

 この世で最も魔法生物に精通している彼だからこそ、自分の知らない魔法生物がまだまだたくさん存在している事を識っていた。

 

「よーし! もうすぐクリスマス休暇だ! みんな、一緒にナーグルとしわしわ角スノーカックを探しに行ってみないかい?」

「行きます!」

「行く!」

「行きたい!」

 

 子供達の元気な返事にニュートは相好を崩した。

 久しぶりの冒険に胸を踊らせ、折角だから古くからの親友も誘おうと考えた。


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