湖を挟んだ先に巨大な競技場が建造された。魔法による建築とはいえ、規模が大きく、マグル対策などにも時間を取られ、完成は第二回・ヒッポグリフレースの開催日直前まで掛かった。
ハリーを含めた参加者達は他の生徒よりも先に競技場へ立ち入る事を許され、その広大さに圧倒されていた。
「……凄いな、これは」
「本格的ですね!」
ローゼリンデも目を丸くしている。
「クィディッチ用の競技場より広いじゃないか!」
「あんな思いつきみたいな企画でよくこんな物を作ったわね……」
他の生徒達も唖然としている。
「最初は前回と同じくクィディッチ用の競技場で開催する予定だったんだ」
フレッドが言った。
「そうしたら、ルード・バグマンが《丁度いいからね》とか言って、新しい競技場の建設を発案したんだよ」
「それがトントン拍子で承認されちゃってさ」
ジョージとリーも僅かに困惑した様子を見せている。
「丁度いいって?」
エドワードが問いかけると、フレッド達は「分からない。教えてくれないんだ」と肩を竦めた。
「とにもかくにも、諸君!」
フレッドは運営委員長として、選手達に宣言した。
「レースは週末だ! 各自、体調を万全にして臨んでくれたまえ!」
第四十八話『開催! 第二回・ヒッポグリフレース!』
新たに生まれた競技場で、新たに生まれたホグワーツの行事に観客席は沸いていた。
なんと、このレースには生徒だけではなく、その家族も見学を許されていた。魔法省の役人も姿を現し、開会の宣言は魔法省大臣のコーネリウス・ファッジが務めた。
どうやら、このレースをいずれはイギリス魔法界全体で盛り上げて、国際化する計画まであるらしい。
魔法省ではヒッポグリフのブリーダーに求人を多数出しているそうだ。
「なんか、すげー事になっちまったな」
ヒッポグリフ達の飼育の責任者として、生徒達と共に会場へ入ったハグリッドが緊張した様子で言った。
「ここまでの規模になるとは、フレッド達も予想外だったらしい」
ハリーはファッジから賞状を授与された時のフレッドの顔を思い出して苦笑した。
代表者として彼が受け取ったのは魔法界に新しいスポーツを生み出した事を称える賞とホグワーツ特別功労賞だ。これらは最初の大会の参加者全員とハグリッドにも授与されている。
「さて、今年は優勝を取りに行くぞ」
去年はローゼリンデに優勝を譲る形になった。けれど、今年は遠慮も容赦も一切しない。
ハリーは牧場から連れてこられたヒッポグリフ達の中からベイリンを見つけてお辞儀をした。すると、ベイリンもすぐにお辞儀を返してくれた。
「頼むぜ、相棒」
「キュイ!」
他の選手達もそれぞれのヒッポグリフの下へ向かった。
この数ヶ月、毎日のように牧場でヒッポグリフと触れ合った彼らは自らの相棒に深い愛情を抱いていた。
共に戦う以上、負けたくない。それは全員が共通して抱く感情だった。
このレースには寮の得点が絡まない。将来的には絡む事になるかもしれないけれど、今年の勝者の栄光は自身と相棒にのみ与えられる。
「ば、バックビーク! がんばりますよ!」
「キュイ!」
前回の優勝者であるローゼリンデは優勝者の証として、ヒッポグリフの紋章が描かれた特別なマントを着せられている。
バックビークにも首から真紅に輝く宝石が掛けられている。
「パパ! ママ! デニス! 見ててよ! 僕、頑張るから!」
コリンはエスメラルダの傍で観客席に向かって大きく手を振っていた。どうやら、その方向に家族がいるようだ。
ハリーはふと観客席の一画に視線を向けた。
そこにマクゴナガルの姿があった。
「……母さん」
ハリーは拳を強く握り締めた。
勝ちたい。かっこいいところを見せたい。そう思った。
「肩に力が入り過ぎじゃない?」
すると、いきなり肩をぽんと叩かれた。振り向くと、そこにはハーマイオニーの姿があった。
心臓がドクンと脈打ち、ハリーは慌てた。あまりにも心臓の音が大きすぎる。これではハーマイオニーに聞かれてしまう。そんなあり得ない妄想に取り憑かれた。
「へ、平気だ! それより、負けないぞ!」
ハリーは一方的に宣言すると、ベイリンを連れてゲートの方へ急いだ。
「……なによ、緊張を解してあげようと思ったのに」
ハーマイオニーは少し頬を膨らませると、自らの愛馬の頭に顔を寄せた。
「頑張りましょうね、ソフィーネ」
「キュウ!」
それぞれが士気を高めていると、空にいくつもの花火が上がった。
【さあ、いよいよ始まります! 第二回・ヒッポグリフレース!!】
会場に実況のリー・ジョーダンの声が響き渡る。
【今大会から、このレースは魔法省の正式な認可を受け、正式なホグワーツの新行事となります!】
競技場の中央に巨大な立体映像が浮かび上がる。
【このレースでも、前回同様に選手達はコース上に浮かんでいるリングを通り抜けながらゴールを目指します! そして、道中には前回と比べ物にならない規模の障害物が立ちはだかり、選手達の進行を阻もうとします!】
映像は競技場のマップだった。そこに黄金のリングが浮かび、様々な障害物の映像が現れる。
【更に特別な仕掛けも満載となっています! 果たして、前回優勝者のナイトハルト選手は王座を死守出来るのでしょうか!? さあ、選手達はそれぞれのヒッポグリフに乗って下さい!】
ハリーはベイリンに跨がりながらスタート地点である《ヒッポグリフの門》に向かった。
前回同様、ヒッポグリフの像が嘶いた瞬間にスタートとなる。
神経を研ぎ澄まし、スタートの瞬間を待つ。
【では、いよいよスタートです!】
リーの言葉と共に石像が嘶いた。
そして、一斉にヒッポグリフ達が動き出す。
この大会に参加した生徒の数は前回の数倍だ。百人近い生徒が応募して、三十人近い生徒が選手登録を行った。
三十頭のヒッポグリフが飛び交っても、この競技場はまったく狭く感じない。外観以上に内部の空間は広大なのだ。
【さあ、選手達が一斉に飛び出しました! おーっと、いきなりスターク選手のヴァーサとレイモンド選手のエカテリーナが先頭に躍り出まし……と思ったら! 来ました、我らがハリー・ポッター! 愛馬ベイリンと共にスターク選手とレイモンド選手を追い抜いていく! 更に、マルフォイ選手、グレンジャー選手、ジニー・ウィーズリー選手が続く! 更に、前回優勝者! ナイトハルト選手も追い上げ始めたぞ!】
先頭を駆け抜けながら、ハリーは最初のリングを見つけた。
「3つ!?」
ところが、リングは3つあり、真横に並んでいる。
【ハリー・ポッターが最初のリングに到達します! ここからがレースの本番! 選手は3つの内、一つのリングを選んで飛び込みます! そして、飛び込んだ先には――――!】
リーの言葉を聞き、ハリーは真ん中のリングへ飛び込んだ。すると、予想外の光景が広がった。
「なんだと!?」
リングの先に広がっていた筈の競技場ではなく、そこは森だった。巨大な樹木が立ち並ぶジャングルだ。
【ハリー選手がくぐり抜けたリングの先は密林ステージだ!! これこそが本レースの真骨頂!! 魔法省の技術の粋を集めて作り出した異空間です!! 選手はそれぞれのステージにあるリングをくぐり抜けて脱出し、競技場に戻らなければなりません!!】
「おいおい、凄いな!?」
ハリーは思わず感心してしまった。どうやら、リングの穴の先をそれぞれ異なる空間に繋げてあったのだろう。
そして、異空間と言っていたが、おそらくはハリーやニュートのトランクのように極大に拡張された空間なのだろう。
面白いとハリーは嗤った。
「燃えてくるじゃないか!!」
ハリーは木々に隠れたリングを見つけ出すと、そこにベイリンと共に飛び込んだ。すると、少し離れた場所に新たなリングが出現する。
前回のレースでは最初からすべてのリングは浮かんでいたが、今回のレースではリングを潜る毎に次のリングが出現するらしい。
「いくぞ、ベイリン!」
「キュイ!」
◆
ハリーが次々にリングを超えていく一方で、ローゼリンデは右のリングから峡谷ステージに入っていた。
横幅が狭く、リングを辿るのは簡単なステージだ。
けれど、時折上から下から突風が吹き荒れる。
「だ、大丈夫です、バックビーク! 風を読んで、切り抜けるんです! あなたなら出来ます!」
ローゼリンデの言葉にバックビークは勇ましく嘶く。
去年の彼女からは想像も出来ない頼もしさをバックビークは感じていた。
そして、バックビークは彼女の指示通りに風を読みながら次々にリングを超えていく。
◆
左のリングに飛び込んだドラコを待っていたのは洞窟ステージだった。
【おーっと、ドラコ選手! ハズレを引いてしまったようです! リングにはそれぞれ難易度が設定されていて、運が良ければ簡単なステージのみをすいすい進めますが、運が悪いと難しいコースが次々に襲いかかってきます!】
「クソッ、負けてたまるか!」
洞窟ステージはとにかく狭い。更に鋭い石柱があちこちに生えていて、それを避けるにも神経を使う。
更に分かれ道がいくつもあり、リングの光を見て瞬時に道を選択しなければならない。
たしかに、ハズレと呼ぶに相応しい高難易度のステージだった。
「お前なら行ける! ヘルガー!」
「キュイ!」
ドラコは神経を研ぎ澄ませ、クィディッチの特訓で磨き上げた動体視力を駆使しながら愛馬であるヘルガーと共にリングをくぐり抜けていく。
◆
観客席では選手達の動向を競技場中央の立体映像で見る事が出来た。
「中々に盛り上がっていますな!」
ファッジは隣の席のダンブルドアに言った。
「生徒が主体となって盛り上げる。素晴らしい事じゃ」
「然り! 来年の例のアレにも流用出来るからとバグマンに提案され、承諾した甲斐がありましたな!」
興奮した様子でレースを見るファッジ。けれど、その表情はある映像を見て渋いものに変わった。
「……ところで、どうなのですかな? あのハリー・ポッターは」
「どうとは?」
「惚けんでくれ……。彼を問題視する声は以前より少なくなっているとは言え、未だに多い。特に二年生の生徒の保護者から彼を糾弾する内容の手紙が毎日のように届いておる。去年の事、マクゴナガル先生が責任を取ったが、それで終わりというわけにはいかん。その事はあなたも分かっている筈だ」
「……あの子は大丈夫じゃよ」
ダンブルドアは言った。
「あの子はお主や他の多くの者が思っている以上に真っ直ぐな子じゃ」
「そうとは思えん。よりにもよって、校内で悪霊の火を使ったのですぞ?」
「感心はせんが、あれは慕っておる後輩の為に怒ったが故の行為じゃ。あの子が本気で怒る時はのう、あの子が大切にしておる者が傷つけられた時なのじゃ」
「そうだとしても!」
「……あの子はヴォルデモートにはならぬよ。それは確信を持って断言しよう」
「信じろと……?」
「左様じゃ、ファッジ。誓いを立てても良い。あの子は悪には染まらぬよ」
ファッジは疑わしげにダンブルドアを睨みつけた。
けれど、やがては深くため息を零し、肩の力を抜いた。
「信じますぞ」
「ありがとう」
二人は再びレースに視線を戻した。