【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第四十九話『ハーマイオニー・グレンジャーは思春期である』

 ハーマイオニー・グレンジャーは愛馬であるソフィーネと共に2つ目のリングから飛ばされた迷宮ステージを攻略しながら、レースのスタート前の事を思い出していた。

 ハリーと短いやり取りを交わした後、ソフィーネと共に《ヒッポグリフの門》へ向かおうとした彼女を呼び止めたのはジニーだった。

 

「ジニー! どうしたの?」

 

 ハーマイオニーは喜色を浮かべた。

 これまで、彼女はジニーに何度も話しかけてきた。

 ハリーが後輩のローゼリンデに勉強を教えてあげている姿を見て、無性に羨ましくなり、少なからず接点を持っているロンの妹に目をつけたのが始まりだった。

 ところが、何度声を掛けても冷たくあしらわれてしまった。

 ハリーのように先輩風を吹かしてみたい。後輩の面倒を見てあげたい。勉強を教えてあげたい。

 そうした欲望は、徐々に彼女と仲良くなりたいというものに変わっていった。

 それなのに、彼女はあろう事か、ハリーに勉強を見てもらうようになった。あの時はショックのあまり真っ白になったものだ。

 そんな彼女が自分から話しかけてきてくれた。ハーマイオニーは有頂天になっていた。

 頬を緩ませ、瞳を輝かせ、ジニーの次の言葉を待っている。

 

「あなたには負けないから!!」

「へ?」

 

 ハーマイオニーは目を点にした。そんな彼女に、ジニーは苛烈な眼光を向け続けている。

 

「……今日、わたしは優勝する! そして、ハリーに告白するわ」

「ハリーに……?」

 

 ハーマイオニーは困惑した。

 以前、アステリア達から彼女がドラコに恋心を抱いているという話を聞いた。その時は人の恋路を邪魔するなど言語道断だと叱りつけたものだ。

 

「ジニー……。あなた、ハリーが好きなの?」

「そう聞こえなかったの?」

「う、ううん。そう聞こえたわ」

 

 ハーマイオニーは妙な焦燥感に駆られた。今にも走り出したくなる衝動を必死に抑えながら笑顔を取り繕う。

 

「う、上手くいくといいわね」

 

 ハーマイオニーが言うと、ジニーは更に眼光を強めた。

 

「……ハリーは上を見続けているわ。だから、彼に見てもらうには、どんな形であれ、彼を超えないといけない。このレースで優勝すれば、彼はわたしを見てくれる」

「ジニー……」

 

 ハーマイオニーはジニーの本気を目の当たりにして息を呑んだ。

 ジニーは愛馬であるヴァイロンと共にハーマイオニーに背を向ける。

 

「ハリーはわたしのものよ」

「……ジニー」

 

 取り残されたハーマイオニーはすぐに動くことが出来なかった。

 

 ―――― どうして、わたしにそんな事を言うの?

 ―――― どうして、わたしに敵意を向けるの?

 ―――― どうして? どうして? どうして?

 

 ハーマイオニーには分からなかった。

 

 ―――― どうして、わたしは焦っているの?

 

 そうしている間にも、レースのスタートの時間が迫っていた。

 ソフィーネが嘶きながら彼女の背中を押す。

 

「……わたし、どうして」

 

 ソフィーネに押されながら《ヒッポグリフの門》に向かう最中、ハーマイオニーは思った。

 彼女の恋心は本物だ。だったら、応援してあげるべきだ。

 多くの人が彼を恐れているし、実際、彼は過激な人だ。だけど、同時に努力が出来る人であり、誰よりも優しい人だ。

 後輩の勉強を見てあげたり、ヒッポグリフやバジリスクの世話をしたり、毎日一生懸命に誰かのために動き続けている人だ。

 それで倒れても、彼は自分の為に動いたのだと言って、倒れた自分を情けないとまで言った。

 彼なら、ジニーを幸せにしてあげられる。そう確信が持てる。

 

「それなのに……、どうして?」

 

 ハーマイオニーは泣きそうになった。

 どうしてか分からない。

 ただ、ジニーの恋を応援する事が出来なかった。

 

「キュイ!」

 

 ソフィーネが嘶く。ハーマイオニーはハッとした。スタートが迫っている。

 

「……わたしは」

 

 まるで、背後から恐ろしいものが迫ってきているかのような焦燥感に襲われながら、彼女はソフィーネに跨った。

 そして、前方にハリーの姿を見た。その少し後ろにジニーが居るのを見た。

 その光景を見たくなくて、彼女は視線を逸した。

 

「……なんで?」

 

 見たくないと思った理由が分からなかった。

 そして、分からないまま、レースはスタートした。

 

 第四十九話『ハーマイオニー・グレンジャーは思春期である』

 

 迷宮ステージは高い生け垣に囲まれていた。1つ目のリングのステージとは難易度が雲泥の差で、リングを潜る以外にも数々の試練が待ち構えていた。

 分岐がいくつもあり、そこにたどり着く前に空中に光の文字が浮かんでくる。それは謎掛けだった。その答えこそ、リングのある正解の分岐を示すのだ。

 

「《星の輝きを辿るもの、もっとも熱き道を征け》……、星の輝きを辿るのは大地の事、その最も熱き道は太陽が真上に来る十二時の方角! つまり、真正面!」

 

 四ツ辻になっている分岐の真正面を選び、進んでいく。すると、そこにはリングが浮かんでいた。

 

「……こんな謎掛けなら簡単に分かるのに」

 

 分からないのは自分の心。

 考えて、考えて、考え抜いて、それでもわからない。

 

 ―――― あなたはジニーを応援するべきよ。

 

      出来ないわ――――。

 

 ―――― 出来る筈よ。ハリーなら彼女を幸せにしてくれる。

 

      そうかもしれない。でも……――――。

 

 ―――― 彼女の幸福以外に考えるべき事はある?

 

      それは……、ハリーの幸福……――――。

 

 ―――― ハリーだって、彼女なら支えてあげられる。

 

      でも……、でも……、でも……――――。

 

 ―――― あなたは何に悩んでいるの?

 

「分からない。分からないのよ!!」

 

 ハーマイオニーは叫んだ。そして、リングを超えた先は元の競技場だった。

 残るリングは一つ。競技場の中央に浮かぶ立体映像には現在の順位が表示されていた。

 一位はジニーだった。

 

「ジニー……」

 

 ハーマイオニーは二位だった。そして、三位はハリー。

 

「ハーマイオニー!」

 

 背後から、今は聞きたくない声が聞こえてきた。

 

「……は、ハリー」

「クソッ! ジニーは更に先を行っているのか!? 負けないぞ、ベイリン!!」

「キュァ!!」

 

 ハリーは燃えるような眼差しを彼方に向けた。そして、ハーマイオニーを追い抜いた。

 その時、彼は彼女を見ていなかった。

 ジニーの声が脳裏に響く。 

 

 ―――― ハリーは上を見続けているわ。だから、彼に見てもらうには、どんな形であれ、彼を超えないといけない。このレースで優勝すれば、彼はわたしを見てくれる

 

 今、ハリーは彼女の言う通り、彼女を見ている。

 いつも、自分(ハーマイオニー)に向けている眼差しを彼女に向けている。

 それが堪らなく嫌だった。

 

「ソフィーネ!!」

「キュイ!!」

 

 気づけば、ハーマイオニーはソフィーネと共にハリーを追いかけていた。

 

「ソフィーネ、ベイリンの背後に!」

「キュイ!」

 

 ソフィーネはハーマイオニーの命令に従い、ハリーの愛馬であるベイリンの背後に回った。

 

「ハーマイオニー!?」

「今よ、ソフィーネ!!」

 

 ベイリンの背後に回った事で彼を風よけに使い、ソフィーネは僅かに体を休め、体力を回復させた。

 そして、一気に翼をはためかせ、ベイリンの前に躍り出た。

 

「なんだと!?」

「ツール・ド・フランスを見たことがないの? ハリー」

 

 ハーマイオニーはハリーにウインクすると、目の前のリングをくぐり抜けた。

 最終ステージは吹雪が吹き荒れる雪原ステージ。

 視界はほとんど利かない。

 

「進んで、ソフィーネ! 最初のリングを見つけるのよ!」

「キュイ!」

 

 視界の利かない吹雪の中を闇雲に飛ぶなど自殺行為でしかない。

 上下左右から襲いかかる強風の為に飛ぶ事自体も難しい。

 それでもハーマイオニーは前へ進む事を選びぬいた。答えの見えない問題に挑む勇気を示した。

 その心にソフィーネは応える。

 

「キュィィィッ!!」

 

 力強く翼を羽ばたかせ、吹雪を物ともせずに進んでいく。

 すると、少し先に赤い髪の少女の姿が見えた。

 

「ジニー!」

「ハーマイオニー!?」

 

 ジニーの前にはリングが浮かんでいる。

 

「ソフィーネ!!」

「キュイ!!」

 

 一気に加速するソフィーネ。ハーマイオニーに横に並ばれた事でジニーは動揺した。

 

「あ、あなた……」

「負けないわ、ジニー!」

 

 ハーマイオニーの言葉にジニーの目の色が変わる。

 

「ヴァイロン!!」

「キュァァァ!!」

「ソフィーネ!!」

「キュィィィ!!」

 

 二人と二頭は同時に1つ目のリングをくぐり抜ける。すると、少し先に次のリングが現れた。

 

「勝つのはわたしよ!!」

「負けないわ!!」

 

 二つ目のリングも同時に潜る。すると、3つ目のリングの間にジャック・フロストが出現した。

 ソフィーネやヴァイロンの背中に乗ったり、ハーマイオニーやジニーの視界を塞ごうとしてくる。

 

「蹴散らしなさい、ヴァイロン!!」

「突き進んで、ソフィーネ!!」

「キュァァァァッ!!」

「キュィィィィッ!!」

 

 ヴァイロンとソフィーネの嘶きにジャック・フロスト達は怯えて離れていった。

 そして、二頭は再度同時にリングをくぐり抜ける。その次も、その次も、そして、最後のリングも同時に抜けた。

 

【戻ってきました!! いよいよ、ゴールは目前!! 先頭はグリフィンドールのジニー・ウィーズリーとハーマイオニー・グレンジャー!! その後をスリザリンのハリー・ポッターが追う!! ドラコ・マルフォイ、ローゼリンデ・ナイトハルト、フレッド・ウィーズリー、セドリック・ディゴリー、チョウ・チャンも次々に続いていく!!】

 

 リーの実況通り、ゴールは目前に迫っている。

 

「ヴァイロン!!」

「ソフィーネ!!」

 

 ジニーとハーマイオニーは互いを睨みつけた。互いに退かず、覇気と覇気をぶつけ合う。

 

「邪魔しないで、ハーマイオニー!! わたしはハリーが好きなの!! このレースで勝って、彼にわたしを見てもらうの!!」

 

 ジニーの叫びに、ハーマイオニーは少しずつ、自分の心を理解し始めた。

 どうして、彼女の恋を応援出来ないのか。

 どうして、彼女と彼が一緒に居るのが嫌なのか。

 どうして、彼女に負けたくないのか。

 

 ―――― ああ、そうか。

 

 どうして、彼女が自分に敵意を向けたのか。

 どうして、彼女が自分に宣戦布告したのか。

 

「ジニー!!」

 

 分かった。

 あの時、ショックを受けたのはジニーがハリーに取られたからじゃなかった。

 きっと、分かっていたのだ。彼女をずっと見ていたから、彼女が彼に対して何を思っているのか、本当は分かっていたのだ。

 分かっていたけど、分かっていなかった。

 その気持ちは彼女にとって、あまりにも未知のものだったから。

 女帝などと呼ばれて、友達もロクに作れなくて、勉強は出来ても、その気持ちがどんなモノなのか分かっていなかった。

 

 あの時、ショックを受けたのはハリーがジニーに取られるかもしれないと思ったからだ。

 

「わたし、わたしね!」

 

 疑問が晴れた事で、彼女は自然と笑みを浮かべていた。

 勝ち誇ったものではなく、好戦的なものでもなく、ただ純粋に嬉しそうに、彼女は理解した心を言葉にしようとした。

 

「わたし、ハリーの事が――――」

「ベイリン!!!」

 

 当然だが、二人の少女が互いを睨み合っている間もレースは続いている。ゴールは目と鼻の先。彼女達が互いの事ばかり意識している間に、後続のハリーはスパートを掛けていたのだ。

 ハーマイオニーとジニーの目が見開かれる中、ハリーのベイリンはヴァイロンとソフィーネを追い抜いた。そして、そのままゴールへ飛び込んだ。

 

【ゴール!! ハリー・ポッター、怒涛の追い上げでハーマイオニー・グレンジャーとジニー・ウィーズリーをごぼう抜きだぁぁぁぁ!! 優勝はハリー・ポッターです!!!】

「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 両手を上げて勝利の雄叫びを上げるハリー。その後ろで、ジニーとハーマイオニーの表情は死んでいた。

 

「……あ、アンタのせいよ!! わたし、あとちょっとで優勝出来たのに!!」

「わ、わたしのせいじゃないわよ!! ちゃんとレースに集中していなかったあなたのせいよ!!」

「アンタがとんでもない事言おうとしたからでしょ!?」

【おーっと、同着二位のハーマイオニー選手とジニー選手、なにやら揉めています!! しかし、ハリー・ポッター、まったく気にしていません!! よっぽど嬉しかったのでしょうか!? シャドーボクシングをしております!!】

 

 レースが終了して、優勝者のハリーに初代優勝者のローゼリンデが《ヒッポグリフの紋章のマント》と《ヒッポグリフの首飾り》をハリーとベイリンにそれぞれ受け渡す間もハーマイオニーとジニーは睨み合っていた。

 その様子にビクビクしているローゼリンデ。けれど、ハリーは一切気づいていなかった。優勝した事実が嬉しかったのだ。彼は差し出された首飾りをベイリンに着け、マントを羽織るとローゼリンデを抱えあげた。

 

「わわっ、ハリー・ポッター様!?」

「ロゼ、折角だ!! 優勝者同士で写真を撮ろう!! コリン!!」

 

 ハリーは浮かれていた。コリンを呼び寄せてローゼリンデと共に写真を撮り始める。

 その姿にジニーとハーマイオニーはむむむと頬を膨らませた。

 

「ハリー!! 一位と二位でも写真を撮るべきだわ!!」

「そうよそうよ!!」

「おっと、それもそうだな!! よし、撮るぞ!!」

 

 そう言うと、ハリーはジニーとハーマイオニーの肩に手を回した。

 二人が真っ赤になっている事にも気づかずに、ハリーは巨匠ロックハートから伝授された最高の笑顔をコリンのカメラに向けた。

 そして、コリンは「あっ……」と何かを察した。そして、三回シャッターを切った。

 

「さすがです、ハリー!」

「フッハッハ! そうだろう、そうだろう! フッハッハッハ!」

 

 コリンの言葉にふんぞり返り、鼻の穴を膨らませるハリー。そして、彼は今度はベイリンと写真を撮り始めた。

 ハリーが満足するまで、コリンはシャッターを切り続け、それが終わると、彼の元には二人の少女が近づいてきた。

 

「……写真、わたしにも頂戴ね」

「綺麗に現像してね」

 

 二人の言葉にコリンはやれやれと肩を竦めながら頷いた。


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