【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第六章『開催、三大魔法学校対抗試合』
第五十一話『シリウス・ブラック』


 白い光の中で意識が覚醒した。

 

「……どこだ?」

 

 見覚えがない。たしか、夏休みに入って、マクゴナガル邸に帰って来ていた筈だ。

 アルバムを見せながら思い出話に花を咲かせつつ、動物もどき(アニメーガス)の訓練に励み、疲れ果ててベッドに向かった。

 それが直前の記憶であり、次の記憶が今だ。

 

「ここは心の中だよ、ハリー」

「お前は……」

 

 聞こえてきた声の方に顔を向けると、そこには一人の少年がいた。

 嘗て、ハリーの親友であるドラコ・マルフォイの肉体に取り憑き、ハリーによって滅ぼされたヴォルデモートの分霊、トム・リドルである。

 

「あれ? もう少し驚くかと思ったんだけど」

 

 取り乱す様子を見せないハリーにトムは不満そうな表情を浮かべる。

 

「必要がない。一つの確証を得られただけだ」

「ふーん。予言を聞いて、ちょっとだけお節介を焼こうかと思ったんだけど、必要無かったみたいだね」

「いや、会えて嬉しいよ、トム」

「……おやおや、一年というのは思ったより長いみたいだ」

 

 ハリーの反応に対して、トムは寂しげに微笑んだ。

 

「どういう意味だ?」

 

 ハリーが問いかけると、トムは肩を竦めた。

 

「……ボクは時の止まった存在だ。君に敗北して、その事を思い知ったよ。だからこそ、敗者として表に出てくる気は無かった」

「出ようと思えば出られたのか?」

「簡単ではないけどね。ただ、次のボクには気をつけたほうがいい」

「……やはり、他にもいるのか」

「残りは四人だ。がんばれがんばれ」

 

 トムの言葉にハリーは「やれやれだぜ」と肩を竦めた。

 

「まあ、そっちはいい。それより、久しぶりにチェスを指さないか?」

 

 ハリーはどこからともなくチェスの盤を取り出しながら言った。

 

「順応が早いね」

「精神世界については本で読んだ事があったからな。要するに、この空間は夢だ。夢に制限はない。出来ると思い込めば、大抵の事を実現出来る」

「生と死の狭間と呼ぶ人もいるけどね。それにしても、《キングス・クロス駅》か……」

 

 トムは周囲を見回しながら呟いた。よく目を凝らせば、たしかにここは無人のキングス・クロス駅だった。

 

「ボクの世界もココだったよ。やはり、ボクと君は似ている。まあ、似ているだけだけど……」

「……っふ」

 

 ハリーとトムは時間を忘れてチェスに興じた。一進一退の攻防戦を繰り広げながら、ハリーは思う。

 

「トム。また、定期的に出て来い。そして、一緒にチェスを指そう」

「……気が向いたらね」

 

 チェスを動かす音が響き渡る。そして、その音は徐々に小さくなっていき、ハリーの意識は薄れていった。

 

「目覚めの時間だ、ハリー・ポッター。ボクのたった一人のお友達」

 

 第五十一話『シリウス・ブラック』

 

 夏休みに入っても、ハリーの忙しさは変わらなかった。

 昼間はマクゴナガルと共に動物もどきの訓練。夕方は新学期に向けた勉強。夜はダフネやニコラスと分担した研究だ。

 

「すまない、母さん。部屋に匂いが染み付いてしまうかもしれないが……」

 

 ハリーはマクゴナガルに対してだけ自らの研究について打ち明けていた。

 ロウェナ・レイブンクローが考案した卑劣な魔法である《血の呪い》。それをドラコの想い人であるアステリアが発症してしまっている事まですべてだ。

 卓越した魔法使いの一人である彼女の意見を聞きたかった事もあるし、家の中で闇の魔術に関する研究を行う理由も明かしておく必要があった為だ。

 

「構いませんよ、ハリー。むしろ、手伝える事があれば何でも言ってちょうだい。協力は惜しみません」

 

 血の呪いは不治の病の一種とされて来た。その解呪の為に奔走し、結果を出そうとしている息子に対して、マクゴナガルは誇らしい気持ちでいっぱいになっていた。

 危うい部分はあっても、その心根は非常に優しい少年なのだ。

 闇の魔術の中でも最も深い部分に触れようとしている事に不安を感じないわけではない。けれど、この子ならば間違えないだろう。マクゴナガルはそう信じた。

 

「ありがとう、母さん。ダフネやニコラス教授も今頃は頑張っている筈だ。ボクは必ずやり遂げてみせる!」

 

 そう言うと、ハリーは夕飯の皿を片付け始める。料理を作るのはマクゴナガルだが、片付けるのはハリーの仕事になっていた。

 マクゴナガルが魔法を使った方が早く終わるのだが、ハリーがやりたい事だったのだ。マクゴナガルはそんなハリーの気持ちを汲み取って、彼に任せる事にしている。

 

「……おばさん、元気かな」

 

 嫌っていた筈なのに、今では洗い物をする度にペチュニアの事を思い出すようになっていた。

 

 ―――― 汚れが残っているじゃない!

 ―――― 拭きムラがあるわよ!

 ―――― 違う! ここは、こう!

 

 彼女の指導の賜物で、ハリーの家事のスキルは非常に高かった。ピカピカに磨かれた食器の数々にマクゴナガルからも満点を貰っている。

 

 食器洗いが終わると、ハリーは研究用に使わせてもらっている部屋に閉じ籠もる。そこには無数のビーカーやフラスコが並んでいて、大量の本と資料が並んでいる。

 羽ペンを手に取り、ハリーは実験を繰り返しながら結果を羊皮紙に書き込んでいった。

 

「……お?」

 

 ハリーが《635》という番号が刻まれたフラスコを振っていると、中に渦巻いていた黒いモヤが消えた。

 それはハリー達が待ち望んでいた反応だった。

 

「これだ!! よし、よし! よし!! いいぞ、ここまで来た!!」

 

 ハリーは早速新しい羊皮紙に文章を書き始めた。そして、急いで天井裏にあがった。そこには一羽の美しいシロフクロウがいた。

 

「ヘドウィグ!」

 

 それは今年の誕生日プレゼントとしてマクゴナガルが買ってくれたフクロウだった。ニコラスやダフネと高い頻度で手紙をやり取りする事になった以上、必要だろうと。

 数いるフクロウの中から彼女を選んだのも、名前を付けたのもハリーだった。

 美しくて聡明な彼女は毎回完璧な仕事をこなしてくれる。

 

「頼むぞ、ヘドウィグ。あと一歩のところまで来た」

 

 ヘドウィグが窓から飛び去っていくと、ハリーは笑みを浮かべた。

 フラスコの中にあった黒いモヤ。あれはダフネがアステリアから採取した血液からニコラスが取り出した《血の呪い》だ。

 そのモヤが消えた。それが意味するものは……、

 

「呪いの解呪自体は成功だ。その為に必要な成分も割り出せた。あとは、その成分が人体に及ぼす影響を精査して……。やはり、ニュートに協力を……いや、違うか」

 

 ハリーは深く息を吐いた。

 そして、呟いた。

 

「アルバス・ダンブルドア。ヤツに協力を求めるしかない」

 

 ハリーは渋い表情を浮かべた。

 それだけで、彼に対する憎しみと怒りを呑み込んだ。

 

「……大事な事はアステリアを救う事だ。その為なら、嫌いなヤツにだって頭を下げてやるさ」

 

 やると言った事はやる。それがハリー・ポッターの誇りだった。

 

 ◆

 

 翌日、戻って来たヘドウィグから受け取った手紙を読みながら朝食を食べる為にリビングへ向かうと玄関からノックの音が聞こえた。

 

「ハリー、出てくれるかしら?」

「構わないよ、母さん」

 

 手紙を仕舞いながら玄関に向かい、扉を開く。

 すると、そこには正装に身を包んだ背の高い男がいた。

 

「シリウス・ブラック!」

 

 目を丸くするハリーに対して、シリウスは「や、やあ、ハリー」と緊張した様子で挨拶をして来た。

 

「あの……、そのだね。きょ、今日は……、き、君に! 君に話をしたくて……」

 

 しどろもどろになっているシリウスにハリーはクスリと微笑んだ。

 

「フィフティ・フィフティでしたが、来ると思っていましたよ。どうぞ、あがって下さい」

「フィフ……?」

 

 シリウスは困惑しながらマクゴナガル邸の敷居を跨いで中に入った。

 

「お久しぶりですね、ミスター・ブラック」

 

 すると、マクゴナガルが彼を出迎えた。

 

「せ、先生。あの、ご無沙汰してます!」

「あなたの分も用意してあります。まずは朝食にしましょう」

「は、はい」

 

 ハリーに案内されて、シリウスは食卓に座った。

 

「母さんの料理は絶品だ。あなたも気に入る筈ですよ」

「……あっ、ああ」

 

 ハリーの言葉にシリウスは動揺した。

 

「なにか?」

「い、いや……、その……」

 

 シリウスは台所から料理を運んでくるマクゴナガルを見つめた。

 学生時代、彼女にはよく叱られていた。だから、正直に言えば苦手だった。

 

「……母さんと呼んでいるんだね」

「ええ、当然でしょう。ボクにとって、母さんは唯一無二の家族だ」

 

 その言葉にシリウスは「ち、違う!!」と叫んだ。

 そして、目を丸くするハリーにすまなそうな表情を浮かべた。

 

「お、大声を出してすまなかった。だ、だが、唯一無二じゃ……、き、君にはリリーというお母さんがいて、ジェームズというお父さんが居たんだ」

「……知ってますよ」

 

 シリウスの言葉に、ハリーは肩を竦めた。

 

「だけど、彼らと言葉を交わした記憶もないんだ。ボクにとって、彼らはマーリンやサラザールと変わらない。名前を覚える価値のある存在だという事は認めるけれど、それだけだ。本の中の偉人と変わらないんだ」

「……そんな事はない」

 

 ハリーは目を見開いた。

 シリウスは泣いていたのだ。

 

「し、シリウス……?」

「君のご両親は君を愛していたんだ。マーリンが君を愛するか? サラザールが君を愛するか? そんな筈はない! 彼らは君を知らない! だけど、ジェームズとリリーは君を知っている! 愛していた! 君の家族として……、確かに存在していたんだ」

 

 鼻水を啜りながら、シリウスは頭を深く下げた。

 

「お願いだ……、ハリー。ジェームズとリリーを居なかった事にだけはしないでくれ。君と先生の絆を否定する気は無いんだ。事情を聞いたんだ。君が先生を母と慕っている事も知っているんだ! それでも、どうか……、どうか! お願いだ……、お願いだよ、ハリー・ポッター」

 

 大の大人が子供に泣きながら頭を下げている。

 その光景にハリーはため息を零した。

 シリウス・ブラックという男について、マクゴナガルからよく話を聞いていた。

 父であるジェームズの無二の親友であり、兄弟のように仲が良かったという。その男が罠に嵌められ、十年以上も冤罪でアズカバンに収監されていた。

 そんな男が泣きながら懇願してくる事が両親の存在を無かった事にしないで欲しいというものだった。

 

「……わかった。分かったから、泣かないでくれよ」

 

 ハリーはハンカチをシリウスに渡しながら言った。

 

「あなたは……、凄いな」

「……ハリー?」

 

 ハリーは彼の記憶を開心術で暴いた。だからこそ、彼が抱いていた思いを知っている。

 彼を嵌めたピーター・ペティグリューに対する怒りは、その大部分がジェームズとリリーを裏切り、死に至らしめた事に対してだった。そして、ハリーを一人にする原因となった事だった。

 自らの不幸に対する怒りなど、それに比べたら些細なものだった。

 

「あなたはボクの後見人だったと聞きました」

「……ああ、そうだよ。もし、君が現状に不満があるなら……、君と……いや、なんでもない」

 

 シリウスは寂しそうに微笑んだ。

 

「君はマクゴナガル先生との生活に満足しているんだな。……心から」

「ええ、不満などある筈がない」

「そうか……、それは素晴らしい。君が幸福であるなら、それ以上は望まないよ。さっきの事も……、忘れてくれていい。すまなかったよ、癇癪を起こして」

「……忘れない。忘れたくても、忘れられないよ」

 

 ハリーはクスリと微笑んだ。

 

「ハリー……」

「母さんと話したんだ。あなたの事を」

「わたしの事を……?」

 

 ハリーはマクゴナガルを見た。すると、彼女は微笑みながら頷いた。

 

「一緒に暮らしませんか? まあ、ボクは夏休みが終わったらホグワーツに向かう事になるけど……」

「い、一緒に……? わたしが……?」

 

 シリウスは信じられないという表情を浮かべた。

 

「あなたを孤独にしたくない」

 

 ハリーの言葉にシリウスは呆然としながらマクゴナガルを見た。

 

「……ミスター・ブラック。わたしとハリーはあなたを歓迎します。幸い、部屋も空いていますからね」

 

 シリウスは口をパクパクさせた。

 何か言おうとしている。けれど、言葉が出てこない。

 

「改めて言います、シリウス・ブラック。一緒に暮らしましょう」

 

 ハリーが手を差し伸べると、シリウスは震えながら手を取った。

 

「……あ、ああ、一緒に暮らそう。ハリー」

 

 シリウスは顔をくしゃくしゃに歪めながら言った。

 そして、涙を流した。

 十年以上に及ぶ孤独から解放され、止めたくても止まらなかった。

 そして、マクゴナガル邸の一室に新しい看板が掛けられた。

 

 《シリウスの部屋》

 

 そう刻まれている。


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