【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第五十二話『暗黒の脈動』

 シリウス・ブラックがマクゴナガル邸に住むようになって一週間が経過していた。

 

「シリウス!! 何度言ったら分かるんだ!? 洗濯物は洗濯カゴに入れろ!!」

「シリウス!! また、ピーマンを残したな!? 好き嫌いをするんじゃぁないぜ!!」

「シリウス!! 掃除を任せたのに、なんだこれは!? 隅っこに埃が溜まっているじゃぁないか!!」

 

 ハリーの怒声が絶え間なく響き渡る。

 

「ひぃぃぃ、許してくれハリー!!」

「許さん!! 脱ぎ散らかした服を洗濯カゴに入れてこい!! それが終わったらピーマンを食え!! その後は掃除の仕方をはじめから叩き込んでやるからな!! 覚悟しておけ!!」

「ぎょえぇぇぇぇぇ」

 

 尻を引っ叩かれて、洗濯物を洗濯カゴに入れる為に居間を飛び出していくシリウス。

 マクゴナガルは目の前のあんまりな光景に目頭を押さえた。

 どっちが大人で、どっちが子供か分からない。さっぱり分からない。

 

「ファック!! アズカバンは監獄の筈だろ!? 監獄は囚人を更正させる為の施設だぞ!! それなのに、何を教えて来たんだ!?」

「……アズカバンは更正の余地もない凶悪犯を収容する施設なのよ、ハリー。更正プログラムなど無く、なにもさせない為に閉じ込めているだけの場所なの」

 

 マクゴナガルの言葉にハリーは表情を歪めた。

 

「……シリウスがちゃんとやってるか見てくる」

「ええ、お願いね」

「うん……」

 

 マクゴナガルは溜息を零した。

 シリウスは今年で34歳だ。それなのに、まるで子供のように振る舞う。

 

「……どうして、気付いてあげられなかったのかしら」

 

 一緒に暮らす前から考えていた事だ。

 教え子の無実を信じる事が出来なかった。冤罪に苦しんでいた彼を他の者達と一緒に糾弾し続けていた。

 

 ―――― アズカバンは更正の余地もない凶悪犯を収容する施設なのよ、ハリー。更正プログラムなど無く、なにもさせない為に閉じ込めているだけの場所なの。

 

 その説明は正しくない。アズカバンは囚人を吸魂鬼という怪物の餌にして、生きながらに殺す為の施設だ。

 そんな場所に十年も閉じ込められて、平気な筈がない。

 

「……シリウス」

 

 一緒に暮らし始めて、苦悩は際限なく深まっていく。

 マクゴナガルは彼が何をしても叱る事が出来なかった。ハリーが怒鳴るのは、彼女の代わりに叱る為だ。

 子供なのはシリウスだけじゃない。教師であり、寮監であった癖に、彼と向き合えないままの自分こそ、誰よりも子供だ。

 

「……愚かね、ミネルバ」

 

 今、この時、彼女は思い知っていた。

 何があっても生徒を信じ抜く。それこそが教師の義務であり、責任なのだ。

 それを放棄した結果がコレだ。

 眼の前に罪がある。

 まるで、輝かしい少年時代に戻ろうとしているかのようなシリウスの姿から目を背けそうになる。

 

「シリウス!! よく見たら、その服は昨日も着てた服じゃないか!! 今直ぐに脱げ!!」

 

 廊下からハリーの怒声が聞こえてくる。彼はシリウスと向き合っている。

 

「……向き合わなきゃ」

 

 マクゴナガルは何度も深呼吸を繰り返した。

 そして、過ちを犯した生徒を叱る時の表情を浮かべると、廊下に向かって歩き出した。

 

「シリウス・ブラック!! いい加減にしなさい!! 服は毎日替えるのです!! 常に清潔を心がける事は心身を健全に保つためにも重要な事なのですよ!?」

「ヒィィィィィ!!」

 

 マクゴナガルに叱られて涙目になるシリウス。その情けない姿に肩を竦めながら、ハリーは小さく微笑んだ。

 彼は何かの参考になるかと思って、子供の躾や教育に纏わる本をいくつか読んだ。

 そして、叱るだけではいけない事を学んでいた。

 アメとムチを使い分ける事が重要なのだ。

 

「シリウス」

 

 ハリーは穏やかな口調で鼻を啜っている34歳に話しかけた。

 

「もっと確りしてくれないと、一緒に行けなくなるぜ?」

「一緒に……? グスン、どういう事だ?」

「ドラコが招待してくれたんだよ。クィディッチ・ワールドカップにボク達三人を」

「クィディッチ・ワールドカップだって!?」

 

 シリウスは飛び上がった。泣き顔が一転して笑顔になり小躍りを始めた。

 

「凄いぞ!! クィディッチ・ワールドカップ!! 素晴らしい!!」

 

 彼の嬉しそうな顔を見て、ハリーは頬を緩ませた。そして、厳しい表情を浮かべた。

 

「いいか、シリウス。大人としての分別を身につけるんだ。それが出来なきゃ、誘ってくれたドラコのメンツを潰しかねないからな。連れていけなくなるぜ?」

「そんな!? み、身につけてみせるとも! だから、どうか! どうか、連れて行ってくれ!! 頼むよ、ハリー!! クィディッチ・ワールドカップなんだ!!」

 

 神に祈るように両手を合わせて懇願してくるシリウスにハリーは溜息を零した。

 先は長そうだ。

 

「やれやれだぜ」

 

 第五十二話『暗黒の脈動』

 

 クィディッチ・ワールドカップ。それは四年に一度の魔法界最大のイベントだ。

 今回で422回目の開催となる世界選手権に世界中の魔法使い達が関心を寄せている。

 

「……さて、待ちかねたぞ」

 

 男はワールドカップの会場前に広がるテント村を歩いていた。

 誰も彼もが浮かれている。

 警戒心の欠片もない顔で数日後に迫るワールドカップの開催を待ち望んでいる。

 

「ここだな」

 

 木陰にひっそりと佇んでいるテントの中に入る。すると、中には一人の若者がいた。

 男の顔を見るなり、彼は頭を垂れた。

 

「我が君……。お待ちしておりました」

「バーテミウス・クラウチ・ジュニアよ。首尾はどうなっている?」

「万事抜かり無く進んでおります。父と私が成り代わっている事に気付く者は一人もおりません」

「結構……。ハリー・ポッターの擁護派と排斥派の動向はどうなっている?」

「裏切り者のルシウスとアーサー・ウィーズリーが擁護派の旗頭として先導しております。排斥派はその勢いに押され、徐々に数を減らしている……、という事になっております」

 

 クラウチは微笑んだ。

 

「しかし、真実は違います。排斥派の勢力は徐々に広がっております。そして、時が来るのを待っております」

「素晴らしい。素晴らしいぞ、クラウチよ。俺様の命令を貴様は忠実に、そして、完璧に遂行してみせた。褒めてやろう」

「有難き幸せに御座います、偉大なるヴォルデモート卿」

 

 ヴォルデモートは満足そうに笑みを浮かべる。

 その肉体は若々しく、そして、強大な魔力を纏っている。

 

「この肉体にも馴染んできたところだ。手間暇をかけた甲斐があったというもの」

 

 その肉体は偉大なる闇の魔法使い、ゲラート・グリンデルバルドのものだった。

 嘗て、世界を震撼させた魔人。そして、アルバス・ダンブルドアによって、彼自身が建造した私設監獄である《ヌルメンガード》に収監されていた男。

 ヴォルデモート卿が《蘇りの石》と呼ばれる秘宝を依り代に作り上げた分霊箱の分霊は、長い時間を掛けてヌルメンガードの看守や役人、果ては囚人に至るまで全てに魂の一部を注ぎ込んだ。

 彼らを操り、外部に悟られないようにグリンデルバルドと接触した。

 老体でありながら、強固な自我を持つ彼をヴォルデモートは丁寧に壊していった。記憶を漁り、拷問に掛け、彼の肉体を手に入れる事に成功した。

 未だに外ではしゃいでいる者達が呑気な顔でいられるのも、グリンデルバルドがヌルメンガードから姿を消している事を誰も知らないからだ。

 

「ニワトコの杖の在り処。アルバス・ダンブルドアの弱点。知りたい事はすべて、この肉体が教えてくれた。おまけに、愚かなニュート・スキャマンダーのおかげで若返りの秘薬を手に入れる事も出来た」

 

 サラザール・スリザリンのロケットを依り代としている分霊から伝えられた情報を下に、彼はニュート・スキャマンダーとハリー・ポッターの旅を監視していた。

 そして、ジェイコブ・コワルスキーというマグルの老人と接触し、彼が次の旅の時に使うための秘薬の一部を掠め取る事が出来た。

 その一部を改良し、グリンデルバルドの肉体を若返らせる事にも成功した。

 

「ハリー・ポッターはヤツに任せるとして、俺様はアルバス・ダンブルドアを殺す事に専念するとしよう」

「例の記事もワールドカップの終了と共に掲載される手筈になっております」

「フッハッハッハ! ヤツが守ろうとしている者達によって、ヤツの力は削ぎ落とされる。そして……、ヤツはヤツが守ろうとした者達に殺される事になる。これ以上に愉快な事はない」

 

 ヴォルデモートは瞳を赤々と輝かせながら哄笑した。

 

「……ああ、愉しみだ」

 

 ◆

 

 指輪の分霊が動き始めた頃、ロケットの分霊も動き出していた。

 

「……ハリー・ポッター。やはり、優秀だ。よもや、これほど早くに結果を出すとは」

 

 髪をかき上げ、傍らでアルバムを開きながらうたた寝しているローゼリンデの頭を撫でる。

 

「これならば、ダフネ・グリーングラスの研究の完成も近い。良い暇つぶしになった」

 

 瞼を閉じる。すると、瞼の裏には教師として過ごした日々の思い出が浮かび上がってくる。

 無垢な信頼を向けてくる生徒達。

 

「……悪くはなかった。だが、全ては紛い物だ」

 

 そもそも、ニコラス・ミラーなどという男は存在しない。

 その男は、本当の名をヴィルヘルム・ナイトハルトという。ローゼリンデの兄であり、顔をマグルの整形外科によって変えられた存在だ。

 魔法で変えれば痕跡が残るが、マグルの形成外科による整形ならば魔法的な痕跡は残らない。

 そして、魔法省の内部に忍び込んだクラウチの手によって、ニコラス・ミラーという男の過去は捏造された。

 

 ロケットの分霊は、ヴィルヘルムの肉体に魂の一部を埋め込み、遠隔から操っていた。

 彼にとって、ホグワーツでのニコラスの生活はマグルの世界のテレビゲームをプレイしているようなものだった。

 多少の感情移入はあっても、それだけだ。

 そして、彼自身も気付いていないが、このやり方によって、彼はハリーの感知を逃れていた。

 ハリー・ポッターは彼自身も気づかぬ内に分霊箱にしてしまった存在であり、彼の中の分霊は常に他の分霊と引き合っている。それ故に、日記の分霊はその正体を暴かれた。

 けれど、彼がニコラスに埋め込んだ魂の断片はあくまでも一部であり、引き合う力も弱かった。それこそ、ハリーがその引力を自覚出来ないほど、微弱なものだった。

 

「……ローゼリンデ」

「ん……んん、トム……?」

 

 眠そうに、ぼんやりとした声を発するローゼリンデに分霊は囁きかける。

 

「わたしのローゼリンデよ。いよいよだ。時は近づいている」

 

 その言葉に、ローゼリンデはハッと目を見開いた。

 そして、表情を歪めながら涙を零し始めた。

 

「……ローゼリンデ。わたしにはお前の助けが必要なのだ。やってくれるね?」

「はい……。もちろんです」

 

 涙を流しながら、ローゼリンデは深く頷いた。

 

「……あなたは、わたしが生きている理由ですから」

「その通りだ、ローゼリンデ。君はわたしが居るから生きられる。君の未来は……、君の今は……、君の幸福はわたしが作り上げた幻想でしかない。その事を忘れてはいけないよ」

「はい……」

 

 分霊は微笑みながら彼女を抱きしめた。

 

「ハリー・ポッターを殺すのだ。そして、その肉体をわたしに献上するのだ」

「……かしこまりました」


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