【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第五十五話『家族』

 クィディッチ・ワールドカップがいよいよ始まった。

 ハリー達は最上階貴賓席で試合を見ている。ワールドカップ開催までの間、無類のクィディッチ好きであるシリウスやマクゴナガル、ドラコによって知識を叩き込まれたハリーは選手一人一人を分析して、どちらが勝利するか予想しながら試合を楽しんでいる。けれど、これが中々に難しい。ホグワーツで行われる学生レベルの試合とは比較にならないからだ。一人一人の練度が桁違いであり、選手達は箒を自在に操り、弾丸の如くフィールドを駆け回る。

 

「すごい……、なんて凄いんだ!!」

 

 ドラコは興奮し切っている。その隣にはアステリアが座っていた。

 血の呪いの解呪について、まだ彼女には伝えていない。それを伝えるのは、ずっと研究を重ねてきた彼女の姉であるダフネの仕事だ。

 だから、ドラコはその事に触れないように彼女を口説いたのだ。そのあまりにも恥ずかしいセリフの数々をハリーとジニーは聞かなかった事にした。どうやら、これまでハリーに相談*1しながら考えてきた口説きセリフの出番が回ってきたらしい。

 結果、アステリアは頬を赤らめながらモジモジしつつドラコの隣に座っている。フレッドとジョージは目が点になっていたが、後でジニーが事情を説明してくれる事だろう。

 

「見ましたか、シリウス!! あの選手の巧みな箒捌きを!」

「先生! あっちの選手を見てくれ! ワンダフル!」

 

 シリウスとマクゴナガルは無類のクィディッチ狂い同士で目の色を変えながら試合に熱中している。

 

「……マクゴナガル先生って、あんな人だったか?」

「知らないのか? 先生は無類のクィディッチ好きなんだぞ」

 

 ルシウスとアーサーはマクゴナガル先生のテンションの高さについて囁き合っている。

 

「えっと、クアッフルはどこかしら……?」

「奥さん! あっちよ、あっち! ああ、今度はあっちですよ!」

「あら? あっち? え? こっち? あらまあ、どこかしら?」

「上です、上!」

 

 クアッフルを追えていないナルシッサにモリーは必死に教えてあげているけれど、ナルシッサのおっとりとした動きでは全く間に合っていなかった。

 

「親父達もお袋達もすっげー仲良さそうだな」

「いい事じゃないか、ロン」

 

 ハリーの隣に座っていたロンは自分の両親とドラコの両親が仲良く笑い合っている光景に苦笑していた。

 

「分かってるよ。ただ、ちょっと不思議なだけさ」

 

 ロンは選手の一人がクアッフルをゴールに叩き込むのを見つめながら呟くように言った。

 

「グリフィンドールとスリザリンは相容れない敵同士。マルフォイ家は悪の一族。そういう風に言っていた親父がその悪の一族の相手と打ち解けあっていて、グリフィンドールの僕とスリザリンの君も仲良くしている」

「……親しくなるのに、相手の立場など関係ないさ。重要な事は自分が気にいるかどうかだ。たとえ、相手が天下の大悪党だろうと、自分が気に入ったのなら仲良くなればいい。気に入らないのなら……、聖人だろうと嫌えばいい」

「相手がどうとか、周りがどうとか関係無いって事か……。君らしいね」

 

 第五十五話『家族』

 

 クィディッチ・ワールドカップは終結した。

 優勝はアイルランド・チーム。けれど、決勝でスニッチを獲得したのはブルガリア・チームのビクトール・クラムであり、その時のプレイを見た者達にとっての真の優勝者は彼だった。

 そして、翌日。

 ワールドカップの話題で湧いているイギリス魔法界に日刊預言者新聞の朝刊が届けられた。

 

「……ふん」

 

 ハリーは一面を飾っている二人の青年の姿を見て、つまらなそうに鼻を鳴らした。

 

《アルバス・ダンブルドアの禁断の過去! 闇の魔法使い、ゲラート・グリンデルバルドとの秘密の関係! そして……!!》

 

 そのような見出しの下にはダンブルドアの過去を暴露する記事が載っていた。

 記者の名前はリータ・スキーター。

 

『この写真は若き日のアルバス・ダンブルドアとゲラート・グリンデルバルドのものである。善の体現者として知られる偉大なアルバス・ダンブルドアが悪の体現者として知られるゲラート・グリンデルバルドと如何なる関係であったのか、この写真を見ただけでも見識ある読者諸君ならば察しがつく筈だ』

 

 記事は短いながらも多くの情報が適切に纏められていた。

 ゲラート・グリンデルバルドの事、そして、アルバス・ダンブルドアの家族の事。

 どうやら、ダンブルドアには二人の弟妹が居たらしい。暴れ者で無思慮な弟であるアバーフォース。そして、もう一人は哀れな妹。

 何があったのかは省かれているが*2、アリアナは心を病み、オブスキュリアルを発症したオブスキュラスだったらしい。

 オブスキュラスである事が明るみに出れば、彼女は聖マンゴ魔法疾患傷害病院に死ぬまで幽閉されてしまう。その事を恐れた彼女の母は彼女を家の中に監禁した。けれど、それは彼女の幸福を願っての事だった。

 やがて、悲劇が起こる。アリアナはオブスキュリアルを暴走させ、母であるケンドラを殺害してしまったのだ。

 ケンドラ亡き後、アバーフォースは学校をやめて彼女の面倒を見る事をアルバスに進言した。けれど、アルバスはアバーフォースにキチンと学校を卒業するように諭した。自分が妹の面倒を見るからと……。

 けれど、彼は彼女を見捨てたのである。溢れる才能を妹の世話によって浪費させられているアルバスを哀れんだバチルダ・バグショットによって引き合わせられたグリンデルバルドと過ごす蜜のように甘い時間が彼から妹に対する関心を奪ってしまったのだ。

 妹の世話をすると言っておきながら、彼女の世話を面倒がり、碌でもない野望を企て始めるアルバスにアバーフォースは激怒した。

 そして、三人の男が怒りに任せて暴れまわった結果、哀れなアリアナの命は失われてしまった。

 

「……これは、ダンブルドアがグリンデルバルドに送った手紙か」

 

 記事の下にはダンブルドアがグリンデルバルドに送った手紙の写真が載せられていた。

 それは、彼がマグル支配に乗り出そうと企んでいた事を示す内容だった。

 

 《純血主義に対抗する者達の旗頭とされて来た男が過去に企てた悪しき野望の証明である》

 

 そう、手紙の下には注釈が載せられていた。

 

「……くだらんが、効果的な手を打ってきたな」

 

 ハリーはこれがヴォルデモートの分霊の打ってきた策略である事に気付いていた。

 精神の世界で再会したトムから聞いた話では、分霊は残り四人。その内の一人はワールドカップ初日にアステリアに憑依して、何故か自滅した。

 残るは三人。さすがに四度も失敗すれば学ぶのだろう。搦め手を使いだしたというわけだ。

 目的はダンブルドアの力を削ぐ事だろう。こんな内容の記事が出回れば、間違いなくダンブルドアの求心力は落ちる。

 

「加えるなら、こんな記事を堂々と出せる程度にヴォルデモートの手が魔法省内に伸びているという事になるな」

 

 トムは言っていた。

 

 ―――― 次のボクには気をつけたほうがいい。

 

 どうやら、今度の分霊は侮れないようだ。

 

「どうしたんだ? ハリー」

 

 声を掛けてきたシリウスにハリーは新聞を渡した。マクゴナガルもやって来て、二人は新聞の一面を見た。

 

「なっ、なんだこれは!?」

「そんな……、どうして!?」

 

 どうやら、マクゴナガルは記事の内容に心当たりがあったようだ。つまり、その内容は真実という事なのだろう。

 だが、そんな事はどうでもいい。

 

「ヴォルデモートの策略だ。どうやら、またぶっ殺されたいらしい」

「ヴォ、ヴォルデモートだと!?」

「ど、どういう事なの!?」

 

 慌てふためく二人にハリーは笑いかけた。

 

「安心しろ、二人共」

 

 安心させる為に浮かべた笑顔は邪悪に歪んでいく。

 

「どうやら、先にダンブルドアを()るつもりのようだが、そうはいかない。アイツはオレが倒すんだ。誰にも邪魔なんてさせない。だから、先にボクが……、オレがヴォルデモートをぶっ殺す!!」

「は、ハリー……」

 

 殺意に満ちたハリーの表情を見て、シリウスはショックを受けていた。

 普段のハリーは厳しいながらも優しくて穏やかな性格だ。マクゴナガルから聞いた限り、ホグワーツでも後輩や魔法生物の面倒を熱心に見たり、ケルベロスが暴れた時もクラスメイト達を守る為に戦ったと聞く。

 理不尽を嫌い、他者の為に動く事が出来るヒーロー。その姿は、彼の両親の優れた一面を両立したものに見える。

 だからこそ、邪悪に嗤いながら殺意を振りまく今のハリーに大きな違和感を抱いた。

 

「ハリー。ヴォルデモートが動いているのが確かなら……、確かに恐ろしい事だ。だが、君がどうにかする義務はないんだ! ヴォルデモートの分霊が動いている事はわたしからスクリムジョールに伝えておくよ! だから、君は気にせずに学校生活を送るんだ!」

「ハァ……?」

 

 シリウスの言葉に、ハリーは首を傾げた。

 

「スクリムジョールに言って、それでどうなる? オレにとっては雑魚だが、その雑魚にいいようにしてやられている連中が動いたところで死人が出るだけじゃないか」

「い、いや、しかし……!」

 

 シリウスは恐怖に駆られた。

 このまま、ハリーがヴォルデモートとぶつかる事を止めなければ、取り返しのつかない事になるのではないかと思った。

 

「しかしだな、ハリー!! 君は子供なんだぞ!! それなのに、相手がヴォルデモートだろうと、人を殺すなど……! 君だって辛い筈だろう!」

「その心配なら必要ないぞ、シリウス。オレは既に四回殺してるんだ。もう、慣れた」

「慣れ……、た?」

 

 シリウスは愕然となった。そして、どうしてアズカバンなどに居て、ハリーの傍に居てやれなかったのかと悔いた。

 一人の人間を殺すだけでも、魂が引き裂かれる程の苦痛に襲われる。それを快楽だと宣う悪党もいる。

 けれど、ハリーは善人だ。心優しい少年だ。

 本当は苦しかったのだろう。辛かったのだろう。だからこそ、《慣れた》という言葉を口にした。

 慣れさせてなどいけない苦痛を、慣れるまで経験させてしまった。

 その事にシリウスは顔を歪め、ポロポロと涙を零し始めた。

 

「シ、シリウス!? どうしたんだ!?」

「ハリー……。ダメだ、ハリー。君はもう殺さなくていいんだ」

 

 シリウスはハリーを抱きしめた。そして、泣きながら叫ぶように言った。

 

「君に……、君にやらせるくらいなら、ヴォルデモートはわたしが殺す!!」

「なっ、何を言ってるんだ!? シリウス! 言っただろう! オレだから勝てるんだ! アンタじゃ、殺されるだけだ!」

「構わん!! その時はどんな手を使ってでも相打ちにしてくれる!! どうせ、アズカバンで屍になる筈だったんだ!! 真実を明らかに出来て、君に会えた以上、もう未練など無い!!」

「巫山戯るな!!!」

 

 ハリーはシリウスを力の限り殴りつけた。

 殴り飛ばされ、壁に激突するシリウス。その衝撃で近くの棚の上に置かれていた写真立てが落ちた。

 それは、ハリーとシリウス、マクゴナガルの三人でマクゴナガル邸の前で撮ったものだった。

 

「冗談じゃないぞ、シリウス!! アンタを死なせてたまるか!! アンタはオレの家族なんだ!! 奪わせないぞ、ヴォルデモートにも!! アンタ自身にも!!」

 

 掴みかかってくるハリーの言葉に、シリウスは表情を歪めた。

 

「それはこっちのセリフだ、ハリー!! お前はわたしの家族なのだ!! ヴォルデモートと戦うなど、人を殺すなど!! そんな余計なものを背負う必要はないんだ!! そんなものはわたしに押し付けろ!! その為にわたしがいるんだ!!」

「ウルセェ!! アンタに何かを押し付ける為に無実を証明したわけじゃない!! 十年もアズカバンに居たんだぞ!! アンタこそ、余計な事なんて考えずに趣味でも見つけて幸せに生きろ!! オレとヤツには因縁があるんだ!! 戦う理由があるんだ!!」

「そんなものがあってたまるか!! 因縁だと? 戦う理由だと? 違う、違うぞ!! 君にあるのはホグワーツで学ぶ事、そして、幸福になる義務だけだ!!」

 

 ハリーとシリウスが睨み合う。どちらも決して視線を逸らさない。

 互いに相手を思い合い、それ故に対立している。

 

「……そこまでにしておきなさい、ハリー。シリウス」

「で、でも!」

「先生! あなたからも言ってくれ!」

 

 マクゴナガルは大きく手を叩いた。

 

「ヴォルデモートなど放っておきなさい! どっちが行くのではなく、どっちも行かなくて結構です!」

「し、しかしな、母さん! オレが動けば被害は出ないんだぞ!」

「なりません!! あなたにはヴォルデモートなどよりも重要な事がいくつもある筈でしょ!」

「ゔぉ、ヴォルデモートより重要って……」

「ミス・グリーングラスの血の呪いを解呪したり、ミス・グレンジャーよりも優秀な成績を修める事! あなたが本当にやりたい事はこちらでしょ! そっちに集中なさい! それに、あなたもそろそろ恋愛の一つも経験してみなさい!」

「れ、恋愛って……、いや、そ、そういう話は別に……」

「そろそろあなたも年頃なのだから、気になる異性も居るんじゃない? わたくしも女性ですからね、アドバイスくらいはしてあげるわよ」

「か、勘弁してくれ!!」

 

 ハリーは逃げ出した。

 

「……まったく」

 

 マクゴナガルはやれやれと肩を竦めると、思いつめた表情を浮かべているシリウスを睨みつけた・

 

「さて、シリウス」

「なんですか……?」

「分かっていると思いますが、軽はずみな行動は慎みなさい。……あなたに何かあればハリーが悲しみます。もちろん、わたしも……」

「……はい」

「それと、あなたもそろそろ仕事を探し始めなさい。スクリムジョールが再就職について相談に乗ると言っていたではありませんか! それに、パートナーも見つけなさい! いつまで経っても結婚出来なくなりますよ!」

「ゲェェ、こっちにも来た!? か、勘弁してくれ、お袋さん!」

 

 シリウスは逃げ出した。

 

「……まったく、変なところが似てるんだから」

 

 割と真面目に恋愛相談に乗ってあげようと思っていたマクゴナガルはちょっとだけ拗ねた。

 

「ダンブルドアに会いに行ってみようかしら……」

 

 幸い、この家からホグワーツまでは徒歩でも行ける距離にある。マクゴナガルは出かける準備を始めるのだった。   

 嘗て、彼女は苦しんでいた時期に彼に助けられた。今度は自分の番だ。

 マクゴナガルは決意を固めた。

*1
ドラコが勝手に色々喋るのをハリーは聞き流していた

*2
これだけの記事を書いているリータが『あまりにも惨く、ここでは省かせてもらうが……』などと記している。


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