【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第五話『秘密の部屋』

 金曜日の午後は授業がなかった。ハリーは寝室で本を読みながらゴスペルとのお喋りに興じていた。

 ちなみにゴスペルはケージの中にいる。これが中々の優れもので、ケージ内の空気を常に最適な温度に調整してくれる。変温動物であるゴスペルにとって、気温は非常に重要だった。

 ハリーはゴスペルによりよい環境を提供してあげたかった。その為にかなりのガリオン金貨を消費した。

 二メートル四方のケージ内には小さな池があり、たくさんの植物が生えている。落ち着いて過ごせる隠れ家(シェルター)もそこかしこに設置されていた。ゴスペルは気分によって眠る時のシェルターを変えている。一番のお気に入りは植木鉢のような形のものだ。実は、それはハリーがこっそりダーズリー家の庭にある植木鉢の一つを失敬して作ったものだった。

 

『そう言えば、この壁の向こうって、どうなってるんだい?』

 

 ゴスペルは近くの壁に向かってチロチロと舌を伸ばしながら聞いてきた。

 

『壁の向こう? さあ、知らないな。なんで、そんな事を気にするんだ?』

『なんか、時々話しかけてくる野郎がいるんだよ。隨分と偉そうなヤツなんだ』

『話しかけてくるだって!? 君にか!?』

 

 ハリーは目を丸くした。ゴスペルは蛇だ。つまり、蛇か、蛇語を話せる類稀な才能を持った偉大な魔法使いとしか会話が出来ない筈だ。

 読んでいた本を放り投げて、ハリーは壁に耳を当ててみた。けれど、何も聞こえない。そもそも、スリザリンの寮は湖の底よりも下に位置している。壁の向こうにあるのは精々が配管ばかりで、後は土や岩だけな筈だ。

 

『本当なんだぜ! 今代の継承者だとか、秘密の部屋だとか、わけのわからない事をペラペラ喋ってくるんだ! 寝てる時にだぜ!? 勘弁してほしいぜ、まったく!』

『継承者? 秘密の部屋? なんだ、それ?』

 

 生憎と、ハリーの読んだ本の中にそんな名称は出て来た事が無かった。

 困惑していると、寝室にドラコが入って来た。

 

「やあ、ハリー」

「やあ、ドラコ」

 

 ドラコはクタクタに疲れていた。彼はクラッブとゴイルに宿題の事で泣き付かれていたのだ。

 

「終わったのかい?」

「全然。十回も繰り返し教えた事を初めて聞いたみたいな顔をしてくるんだ! やってられないよ……」

 

 どうやら、相当苦労したようだ。

 

「見捨ててしまえばいいじゃないか」

「……そうはいかない。誇りあるスリザリンの生徒が留年するなんて許されないからね」

 

 ハリーにはあんなにも愚かな木偶の坊にここまで固執する理由がさっぱり分からなかった。

 けれど、それを言うとドラコもハリーとロンの友情について文句をつけてくるからハリーは沈黙を選ぶことにした。

 

「それより、ゴスペルと話していたみたいだけど、どんな話をしていたんだい?」

 

 ドラコは興味深げに聞いてきた。

 

「……ああ、ドラコ。君は継承者だとか、秘密の部屋って聞いた事があるかい?」

 

 ハリーが問いかけると、ドラコは目を丸くした。

 

「それって、スリザリンの継承者の事かい?」

「知っているのかい?」

「もちろんさ!」

 

 ドラコはやや興奮した様子でハリーに《スリザリンの継承者》と《秘密の部屋》について語った。

 ホグワーツの創設者の一人であるサラザール・スリザリンは偉大なる魔法使いであると共に、生粋の純血主義者だったらしい。

 ホグワーツ創設時、彼はホグワーツに純血の魔法使いのみが通うべきだと主張した。けれど、その意見を他の創設者達は撥ね退けた。それが切っ掛けとなり、後に彼はホグワーツを永遠に去ったと言われている。

 その時にサラザールはホグワーツのどこかに《秘密の部屋》と呼ばれる空間を隠したという。真の継承者が現れた時、彼の悲願を彼に代わって遂げられるように、彼は《恐怖》をその部屋に封じ込めたという。

 

「その部屋はどこにあるんだ?」

 

 ハリーが聞くと、ドラコは「知らない」と答えた。

 

「誰も知らないんだ。歴代の校長や好奇心旺盛な生徒達が躍起になって探しても、だーれも見つけられなかったそうだよ。けど、五十年以上前に一度だけ開かれた事があるらしい。その時、確かに《穢れた血》が一人死んだそうだ」

「一度開かれたって事は、まったくの出鱈目ではないという事か」

「おそらくね」

 

 ハリーは少し考えた後、休日の過ごし方を決めた。

 

「よし! 探そう!」

「え?」

 

 ドラコは呆気にとられた。

 

「探すって、まさか?」

「秘密の部屋だ。決まっているだろう?」

「いや、君、話を聞いていたのかい? 誰も見つけられなかったんだよ? 歴代の校長を含めて、だーれも」

「ああ、五十年以上前に開いたヤツ以外はな」

 

 ハリーの言葉にドラコは「あっ」と目を見開いた。

 

「サラザール・スリザリンと言えば、パーセルマウスだったらしいじゃないか。そして、ボクもパーセルマウスだ。どうだい? ボクなら見つけられると思わないか?」

「本気なのかい?」

「もちろんさ。どうだい? 一緒に探すかい?」

 

 ドラコは少し考えた後にうなずいた。

 

「うん。面白そうだ」

「そう言うと思っていたぜ、チーム結成だ」

 

 ハリーは指を鳴らすとケージからゴスペルを出した。

 

『一緒に来てくれるよな?』

『もちろんさ、相棒』

 

 ハリー、ドラコ、ゴスペルはスリザリンの寮を飛び出した。

 

「それで、どうするんだい?」

「ドラコ、捜査の基本を教えてやる」

 

 第五話『秘密の部屋』

 

 ハリーはドラコと共に図書室へやって来た。目的の書棚は直ぐに見つかった。

 

「日刊預言者新聞のバックナンバー?」

「五十年前、穢れた血が死んだって言っただろ? 学校で死人が出たならニュースになっている筈さ。まずは正式な年代と日付を調べる」

「……思ったより地道な作業だ」

 

 ドラコはハリーに付き合ってしまった事を後悔し始めた。

 

 それから丸一日掛けて、ハリーとドラコは新聞のバックナンバーを丁寧に調べ上げていった。ゴスペルはとっくにハリーのローブの中で居眠りを始めていた。

 そして、ドラコは思わず「あった!!」と叫んでしまい、司書のマダム・ピンスに凄まじい目つきで睨まれてしまった。

 

「こ、ここだよ」

 

 ドラコはささやき声で言った。彼の指さした記事には、マートル・エリザベス・ワレンという少女の死亡に関する内容が記載されていた。

 日付は1943年の6月13日だ。二階の女子トイレで死亡している所を発見されたらしい。

 

「他にホグワーツでの死亡事故は見当たらないし、ビンゴだな」

 

 ヴォルデモート全盛期や、それより以前の闇の魔法使いであるゲラート・グリンデルバルドが暗躍していた時代の新聞には死亡のニュースがいくらでも見つかったけれど、その時代の死亡のニュースは彼女の一件のみだった。

 

「二階の女子トイレか……」

「女子トイレがどうかしたの?」

 

 新聞を畳もうとしていると、いきなり背後から声を掛けられた。

 振り返ると、そこにはハーマイオニーの姿があった。

 

「なんでもない」

 

 ハリーが言うと、ハーマイオニーは目を細めた。

 

「ハリー。わたし、三時間程前から図書館で勉強していたの。その間、あなた達がずっと新聞と睨めっこをしていた事にも気付いていたわ。何を調べていたの?」

 

 尋ねながら、彼女はハリーが畳もうとしていた新聞の記事に視線を落とした。

 そして、「あら、マートルの記事じゃない」と言った。

 

「知っているのか?」

 

 ハリーは目を丸くした。

 

「ええ、知っているわ。《嘆きのマートル》よ」

「なんだそれ?」

「二階の女子トイレで暮らしているゴースト。いつも嘆きの声を上げているから嘆きのマートルと呼ばれているのよ」

 

 ハリーはドラコを見た。ドラコも目を見開いている。

 

「おいおい、歴代の校長達は相当な無能なんじゃないか?」

「とりあえず、行ってみようか」

 

 頷き合うと、ハリーとドラコは図書室を飛び出した。

 すると、何故かハーマイオニーまでついてきた。

 

「なんでついて来るんだ!?」

「あなた達、女子トイレに入るつもりなの? 男子なのに?」

 

 そう言われて、ハリーとドラコは表情を引き攣らせた。興奮していて、そこの所に意識が向いていなかったのだ。

 

「あら、廊下の真ん中で何をしているのですか?」

 

 そこにマクゴナガルまで現れた。

 

「先生! ハリー達が女子トイレに入ろうとしているんです!」

「おまっ!?」

「おい待て!!」

 

 ハーマイオニーの爆弾発言にマクゴナガルは思わず噴き出した。

 

「じょ、女子トイレに? そこの二人が?」

「誤解です、先生!」

「重大な勘違いが起きています!」

 

 ハリーとドラコは必死だった。女子トイレに入ろうとした男子生徒。そんな噂が流れたら、それこそ未来はお先真っ暗になってしまう。

 

「何が勘違いなのよ! 二階の女子トイレに行こうとしてたじゃない!」

「黙ってろ、グレンジャー!」

「それ以上喋ったら呪いをかけるぞ!」

 

 ハリーは頭を抱えそうになった。屈辱的な噂が流れる事も嫌だったけれど、それ以上にマクゴナガルに誤解されて失望される事が嫌だった。

 

「秘密の部屋を探していたんですよ、先生」

 

 仕方なく、ハリーは白状した。

 

「秘密の部屋ですって!?」

 

 ハーマイオニーが目を見開いたがハリーは無視した。

 

「秘密の部屋? 何を言っているのですか、ミスター・ポッター」

 

 ハリーと呼んでくれない事に少しの不満を感じながらハリーは言った。

 

「歴代の校長すら見つけられなかった秘密の部屋を発見すれば、それこそ大手柄だ! 一発で偉大な魔法使いの仲間入りじゃないですか」

「えっ、そんな理由だったのかい!?」

 

 ドラコはショックを受けた表情を浮かべた。

 

「他に何があるんだ?」

「いや、スリザリンの継承者として……ああ、うん。あんまり君と大差無かった」

 

 ドラコの言葉に肩を竦めながらハリーはこれまで手に入った情報から、二階の女子トイレが秘密の部屋と関係しているのではないかと推理した事を語った。

 すると、マクゴナガルは難しい表情を浮かべた。

 

「秘密の部屋はあるかどうかも定かではないものです」

「でも、実際にマートルは殺されてます」

「それは……」

 

 マクゴナガルはしばらく唸った後に「わかりました」と言った。

 

「これから、共に向かいましょう。そして、そこに仮に秘密の部屋の手がかりがあったのなら、ダンブルドア校長に話を通す事にします」

「待って下さい! それじゃあ、ダンブルドアに手柄を取られるじゃないですか!」

「そんなみみっちい事をダンブルドア先生は致しません! いいですか? 仮にです。仮に秘密の部屋が実在した場合、そこには危険が潜んでいるのです。極めて危険な何かが」

「そんなの怖くありませんよ! それに、そこはスリザリンの継承者の為の部屋なのでしょう? パーセルマウスのボクは間違いなく継承者になれる筈だ! だったら危険な筈がない!」

「なりません! いいですか? 仮に秘密の部屋を見つけた場合、ダンブルドア先生の判断を仰ぐ事なく行動する事は許しません!」

 

 ハリーは不満だった。それはマクゴナガルが一切褒めてくれない事だった。誰も見つけた事のない秘密の部屋を発見したのだから、凄いの一言があってもいいのではないかと思った。

 

 それから、ハリーとドラコ、ハーマイオニーはマクゴナガルに先導されながら嘆きのマートルのいる二階の故障中という看板が掛けられた女子トイレに向かった。

 

「いいですか? あまりジロジロと余計なものを見ないように。ここは女子トイレなのですから」

 

 あまり女子トイレである事を強調しないでほしいとハリーとドラコは思った。非常に居心地が悪かった。

 

【ここは女子トイレよ?】

 

 ゴースト特有の耳障りな声が響いた。ふわふわと眼鏡を掛けた少女のゴーストが降りてくる。

 

「こんにちは、マートル」

 

 マクゴナガルが声を掛けると、マートルは不愉快そうに顔を歪めた。

 

【ふん! なによ、先生なんて! わたしが悲惨な目にあっていてもなーんにもしてくれなかった人たち! 死んで清々したって笑ってる人までいたわ!】

「なんですって!?」 

 

 まるで怒鳴ったかのようにマクゴナガルは叫んだ。

 あまりの迫力にハリーとドラコ、ハーマイオニーは揃って跳び上がり、マートルもトイレにぽちゃんと落ちていった。

 

「教師が! 生徒が死んで清々したと! 笑ったと! そんな愚か者がいたのですか!?」

 

 迫力は消えるどころかどんどん増していく。マクゴナガルは心から怒っているようだった。

  

【い、いたわよ! 嘘じゃないわ! わたしの為に泣いてくれた人なんて、だーれも……】

「そんな事はありません! あなたの御両親がどれほど嘆かれたか! ……ええ、あなたの死や、あなたに対する不当な行為の数々を止められなかったことはわたし達教師の怠慢である事は認めます。あなたの恨みを受ける義務があるとも。ですが、誰も悲しまなかったなどという事はありません!」

【な、なによ……。ふん! 教師なんて嫌いよ!】

 

 そう捨て台詞を吐くと、マートルはトイレの中に落ちて消えた。

 マクゴナガルはきゅっと唇を噛みしめると、涙を零した。

 

「先生、これを」

 

 ハリーは咄嗟にハンカチを渡した。

 そして、ドラコと共に調査を開始した。今はあまり声を掛けない方がいいと思ったからだ。

 ドラコも何も言わなかった。

 

「……水が出ないな」

 

 ドラコは一つだけ水の出ない蛇口を発見した。そして、その近くを念入りに調べているとゴスペルが目を覚まし、『ここに何かあるぜ』と小さく引っ掻いたような傷を見つけた。よく見ると、それは蛇を象った模様だった。

 

「ビンゴ」

 

 ハリーはドラコと拳をぶつけ合った。試しに『開け』と言ってみると、蛇口が眩い白い光を放ち始めた。勢いよく蛇口が回転を始め、その次は洗面台そのものが動き出した。洗面台が地面に吸い込まれていき、そこに大人一人が楽に通れそうな太いパイプがむき出しとなった。

 

「……ダンブルドア先生に判断を仰ぎます」

 

 マクゴナガルは緊張した様子で言った。けれど、ハリーは聞いていなかった。歴代の校長の誰もが発見出来なかった秘密の部屋をわずか一日で発見してみせた。

 その興奮が彼の背中を押した。

 

『いくぞ、ゴスペル!』

『おうよ、相棒!』

「お、お待ちなさい! ハリー!」

 

 マクゴナガルの声が遠ざかる。ハリーは太いパイプを滑り降り、そして、ホグワーツの地底深くへ潜り込んでいった。


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