【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第六十話『三大魔法学校対抗試合』

 天蓋を覆い尽くす紅蓮の業火に、大広間にいた全ての人間の動きが停止した。

 炎によって象られるバジリスク。それがハリー・ポッターの悪霊の火である事を知らない者は新入生のみ。

 糾弾していた生徒達は恐怖のあまり青褪め、椅子から転がり落ちた。ダンブルドアも目を見開いている。

 そして、注目が集まる中でハリーは悪霊の火を消して、叫んだ。

 

「やかましい!!! 鬱陶しいぜ、テメェら!!!」

 

 覇気を纏う怒声に生徒達は恐怖の表情を浮かべるけれど、パニックが起こる事は無かった。

 ただ、誰もが蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっている。

 

「ギャーギャーギャーギャー喚きやがって!!! ジジィの過去を暴くのがそんなに楽しいのか!? 寄って集って一人を攻撃するのが、そんなに楽しいのか!?」

 

 ハリーは糾弾していた生徒の一人を睨みつけた。

 

「おい、デイビット!!! どうなんだ? そんなに楽しかったのか?」

「ヒッ……」

 

 ハリーに名指しされたデイビット・コナーは膝から崩れ落ちた。

 

「アレクサ!!! 反抗しない相手を嬲るのが、そんなに気持ちよかったのか!?」

「わ、わたし……ちがっ……ちがうの……」

 

 アレクサ・リーンは涙を零しながら「ちがう……ちがう……」と首を横に振り続ける。

 

「ジョナサン!!! ハロルド!!! サリヴァン!!! シェーマス!!! ファルマン!!! 貴様等、今の自分の姿を見て、誇らしいか!?」

 

 ハリーの言葉に応えられる者などいなかった。

 恐怖によって身も心も縛り付けられている。

 

「かっこ悪いとは思わないのか!? グリンデルバルドと友情を結んだ事は確かなんだろう! だが、後にダンブルドアは奴と戦い、ヌルメンガードという要塞監獄にぶち込んでいるじゃぁないか!! 親友だった男を!!! その決断がどんなに辛いものか、想像出来んのか!? どうして、そんな決断が出来たのか、考えられないのか!? 後悔しているからだろう!! 間違っていたと気づき、正しい事をしようとしたんだ!!! だから、今ではマグルやマグル生まれの守護者と呼ばれるようになったんだって、少し考えれば分かる事だろう!? 貴様等はその程度の事すら気づけない程に愚かなのか!? 楽しそうに罵倒して、それで悦に浸る痴れ者共がァ!!!!」

 

 ハリーは親友であるドラコと戦った事がある。それは、彼の中にヴォルデモートの分霊が入り込んでいた為だ。

 あの時に感じた苦痛は計り知れないものだった。

 

「ゲラート・グリンデルバルドが闇の魔法使いだった事などどうでもいいんだ!!! そんな事はちっとも重要なんかじゃぁないんだ!!! 親友と戦って、傷つけて……、それがどんなに苦しい事か!!! 考えてから物を言え、馬鹿者共がァ!!!!!」

 

 下級生も上級生も、教師ですらもハリーの言葉に呑み込まれていた。

 アルバス・ダンブルドアも例外では無かった。

 

「……ハリー」

 

 まさか、彼がここまで激怒するとは思っていなかった。

 彼に憎まれている自覚はあった。それに、彼ならば自分の思惑に気づくと考えていた。

 けれど、非難する気など一欠片も湧かなかった。理解される筈のない感情を彼が理解したからだ。その衝撃はダンブルドアの思考を一時的に停止させる程だった。

 ゲラート・グリンデルバルドはダンブルドアにとって、敵対した今となっても掛け替えのない存在であり、親友だった。その彼と戦い、傷つけ、ヌルメンガードに収監している事にダンブルドアは深い悲しみを抱き続けている。

 心の奥底に仕舞い込んでいた彼の感情をハリーは理解したのだ。

 一方で、言いたい事を言い終えたハリーは全校生徒と教師陣を睨み回した後、椅子に座り直した。

 

「……ハリー、すまなかった」

 

 ドラコは静かに謝った。

 

「君が謝る事なんて何もないだろ」

「……そうだな」

 

 それでも、ドラコは謝りたかった。

 

 ―――― 親友と戦って、傷つけて……、それがどんなに苦しい事か!

 

 ハリーはドラコと戦った時、友情を失う覚悟を決めていた。

 けれど、覚悟を決めたからと言って、苦痛を逃れる事は出来ない。

 あの時のハリーは苦しかったのだ。辛かったのだ。だからこそ、余計にダンブルドアに対する糾弾が許せなかったのだと、ドラコは気付いていた。

 

「……親友と傷つけ合うなんて、最悪だ」

 

 ドラコは反対の立場になった時の事を想像して、吐き気を覚えた。

 どんな理由があっても、絶対にやりたくない事だ。

 そんな事を親友にさせてしまった事を謝りたくなったのだ。

 そして、そんな事をしなければならなかったダンブルドアに、彼は初めて同情した。

 戦って、傷つけて、監獄で苦しめ続ける。それがどんなに悲しくて、辛い事か想像してしまったのだ。

 そして、ドラコのつぶやきは静まり返った大広間によく響いていた。

 

「……校長先生、ごめんなさい」

 

 誰かが言った。

 

「よく……、考えもしないで……、すみません」

「そうですよね……、親友だった人と……、ごめんなさい」

「わたしだって、メアリーとそんな事になったら……」

「ごめんなさい、ダンブルドア先生……」

 

 口々に謝る声が響き渡る。

 ダンブルドアを傷つけていた事に気付いたのだ。

 そして、その光景はダンブルドアの心を揺さぶった。

 許される筈のない過去を許されたのだ。その衝撃はダンブルドアに一滴の涙を零させた。

 それを見た生徒達は息を呑んだ。

 

「……ああ、すまんのう。じゃが、謝る必要などない。わしが過去に過ちを犯した事は事実なのじゃ。許されない事を企み、育むべきではない友情と絆を手にしてしまった。わしを責める事は正しい行いじゃ」

 

 ダンブルドアは言った。けれど、それで彼を責める気になる者など、もう居なかった。

 むしろ、その一貫した潔い態度に尊敬の念を深める者が大多数だった。

 

 そして、その光景を見ていたハーマイオニーはスリザリンの席に座るハリーの後ろ姿から視線を逸らす事が出来なくなっていた。

 城に入る前に、彼がダンブルドアを憎んでいる話とその理由を聞いたからこそ、彼の力強い言葉、そして、怒りの根底にある思い遣りと優しさに胸を高鳴らせていた。

 

 ダンブルドアは過去に悪の魔法使いと友情を結び、過ちを犯した。

 けれど、彼は最後に正しい道を選び取った。

 その為に親友を傷つけるという、最も過酷な選択を選んだのだ。

 他の事などどうでもいい。それこそが彼の過去の中で最も重要な点なのだ。

 

 第六十話『三大魔法学校対抗試合』

 

「……さて、話を元に戻そうかのう」

 

 ダンブルドアは朗らかに言った。

 

「勿体ぶるのは()そう。喜ぶべき事に、今年、ホグワーツでは『三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)』が開催される事が決まったのじゃ!」

「なんだって!?」

「本当に!?」

 

 グリフィンドールの席からフレッドとジョージの歓声が聞こえた。ムードメーカーの二人が口火を切った事で、興奮が瞬く間に伝播していく。

 さっきまでの空気を払拭しようという意志を感じた。

 

「三大魔法学校対抗試合……?」

 

 ローゼリンデが首を傾げた。

 

「たしか、本で読んだ事がある。ヨーロッパにはいくつか魔法学校があるんだが、その中でも規模の大きい3つの魔法学校が共同で行うイベントだ。ダームストラング専門学校、ボーバトン魔法アカデミー、そして、ホグワーツ魔法魔術学校。それぞれの学校で選ばれた代表選手は魔法能力、知識、そして、勇気を問う3つの課題に挑むんだ。勝者には優勝杯と賞金が与えられる。たしか、十二世紀頃から始まった伝統だな」

「たしか、最後に行われたのは200年前だったね。試合中に相次いで代表選手が死亡したそうだよ」

「し、死亡……」

 

 ローゼリンデは青褪めた。

 

「おい、ドラコ……」

「おっと、すまない」

 

 ローゼリンデを怖がらせてしまった事に気付いて、ドラコは頭を下げた。

 

「まあ、復活させる以上は安全対策を万全に講じているという事だろう」

「しかし、かなり大掛かりなイベントになるな。クィディッチやヒッポグリフレースはどうなるんだろう?」

 

 ドラコが疑問を口にすると、丁度、ダンブルドアがその説明を始めた。

 

「非常に残念な事じゃが、寮対抗クィディッチ試合は今年は取り止めじゃ」

 

 その言葉にドラコを含めて、クィディッチのチームメンバー達はガックリと肩を落とした。

 特に今年から大英雄マーカス・フリントからキャプテンの地位を譲り受けた新キャプテンのグラハム・モンタギューは非常に悲しそうだった。

 

「じゃが、ヒッポグリフレースは今年も開催予定じゃ。第三回となる今年のレースでは、去年以上の盛り上がりを見せる事じゃろう。出場を希望する者は早めに運営委員に伝えるように」

 

 ヒッポグリフレースはまさかの開催だった。

 

「……ッハ! 今年もオレとベイリンが勝利を掴んでやるぜ」

「今年はクィディッチの試合が無いんだ。その分、ヒッポグリフレースでは全力を出せる。今年の優勝は僕さ」

 

 ハリーとドラコが火花を散らせると、アステリアが「わ、わたし、ドラコ様を応援します!」と顔を真っ赤に染め上げながら叫んだ。

 その声があまりにも大きくて、大広間中の視線がドラコとアステリアに集まった。

 

「あ、ありがとう……」

 

 ドラコも真っ赤になった。

 

「……これでオレが勝つと、なんか……変な空気になりそうだな」

「あ、あはは……」

 

 ハリーがこっそり言うと、ローゼリンデは苦笑いを浮かべた。

 

「ヒッポグリフに青春と情熱を燃やすのは大変に結構な事じゃ!」

 

 ダンブルドアが言うと、クスクスという笑い声があちこちから響き渡った。

 

「さて、トーナメントの方に話を戻そうかの。すべての諸君がホグワーツに優勝杯をもたらそうと熱意を抱いているじゃろう事は承知しておる。しかし、参加する三校の校長、ならびに魔法省としては、今年の選手に年齢制限を設ける事で合意した。ある一定の年齢に達した生徒だけが……要するに十七歳以上じゃが、代表選手として名乗りあげるを許される」

 

 その説明に大広間中で怒りの声が上がった。さっきまでのダンブルドアに対する気遣いが吹き飛んでしまったらしい。

 ダンブルドアはそうしたガヤガヤ騒ぎに負けないように声を大きくした。

 

「我々が如何に予防措置を取ろうとも、やはり試合の種目は危険で難しいものじゃ。故に必要な措置であると判断したが為なのじゃ。六年生や七年生より年少の者が課題をこなせるとは考え難い」

 

 その言葉に一部の生徒がブーイングを飛ばした。

 

「大人がこぞって勝てないヴォルデモートを何度も倒してるハリーはどうなるの!?」

「ケルベロスと戦える奴だぞ!」

「バジリスクを従えてるのよ!?」

「ハリーより強い奴なんて、七年生にも居ないだろ!!」

 

 ダンブルドアは少しだけ言葉をつまらせた。

 

「……まあ、たしかにそうだよな」

「ハリーが代表選手に選ばれたらホグワーツの圧勝よね」

「知能は学年一だし、魔法力はスリザリンの継承者だし、ヴォルデモートやケルベロスと一騎打ち出来るハリーより勇敢な人って……?」

 

 ハリーは恥ずかしくなって頭を抱えた。

 

「ああ、でも……、ハリーを出すのは……、ちょっと反則じゃね?」

「ヴォルデモート倒す人と戦わされる他の代表選手が可哀想だよね……」

「バジリスク従えてる人と戦うのはちょっと……」

「ケルベロスと真っ向勝負する奴に勝てるわけないだろ!!」

「せっかくのトーナメントがワンマンショーになっちゃうしねー」

「うん、仕方ないか―」

「ハリーは出ちゃダメだよねー」

「ハリーを例外にするとダンブルドアの意見も一理ある……?」

 

 ハリーはちょっと悲しくなった。

 

「でも、ハーマイオニーもいるぜ?」

「女帝を出すとか、ハリーと大差ない反則だろ!」

「ハリーでも勝てないだろ!! いい加減にしろ!!」

 

 ハーマイオニーもグリフィンドールのテーブルで突っ伏した。

 結局、なんだかんだで年齢制限については受け入れられたのだった。


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