【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第六十二話『炎のゴブレット』

 ハロウィンの日、ハリーは秘密の部屋にいた。人化したエグレの能力を確認する為だ。

 

「……深く考えずに見てしまったが、眼球の封印が解けているな」

 

 裸を気にしている場合では無かった。真紅の瞳を何の対策もなく見てしまった。バジリスクの魔眼は見ただけで命を奪う強力な力を持っている。もしかしたら死んでいたかもしれない事実にハリーは顔を引き攣らせた。

 

「問題無い。この姿はあくまでも仮初のもの。この眼球は義眼のようなものだ。我が魔眼は未だに封印状態にある」

 

 エグレは流暢に語った。元々、千年以上の蓄積によって人語を理解していたエグレは一晩で発声をマスターしたようだ。

 

「だが、使おうと思えば使えるぞ。それに、この状態ならば魔眼の威力を調整出来る。この義眼をレンズのように使う事で石化に留める事が可能だ」

「それは便利だな」

 

 魔眼を封印無しに停止する事も、加減する事も可能になった。

 それだけでも素晴らしいが、今のエグレは身体能力も優れている。

 あくまで、エグレは人間の姿になっているだけだ。その正体はバジリスクであり、その肉体は純粋な人間とは比較にならない程の強度がある。

 人間が同じ行動を取れば、全身が砕ける事になる程の動きも可能だ。

 

「この爪に見える物は牙だ。毒を通す事が出来る」

 

 手の先の黒い爪のようなものをエグレが見せてくる。鋭く尖る白いソレが黒く染まった。

 

「内蔵も人間とは異なるようだな。筋肉も人間とは明らかに異なっている」

 

 ハリーはエグレの腕に触れながら言った。

 見た目は人間だが、中身は全く違う。

 

「……一番近いのはロボコップだな」

「ロボコップ……?」

 

 ハリーが思い浮かべたのはバーノンが見ていたロボコップというアメリカの映画だ。

 見た目は人間のようでいて、中身は殆どが機械の刑事だ。

 

「映画……。機械の人間……。興味深いな……」

「今度、観てみるか?」

「いいのか?」

「ああ、その姿ならば問題無いだろう」

 

 蛇の姿では秘密の部屋から中々連れ出す事が出来なかったけれど、人間の姿ならば問題ない。

 

「家までの道中は人間の姿で居てもらう必要があるが、家では元の姿に戻っても構わないだろう。一緒に映画を観よう」

「悪くないな」

 

 ハリーはテレビとビデオを買うための予算がいくらになるかを考えた。そして、そもそもマクゴナガルの家に電源コードがあるのか調べる必要がある事を思い出した。

 

「……シリウスや母さんは当てにならん。自家発電の設備が必要か……? その為にかかる費用を考えると……」

 

 ハリーは「よし!」と手を叩いた。

 

「なんとしても三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)に参加する必要が出て来たな……」

 

 トーナメントでは莫大な賞金が出る。エグレやゴスペル、マクゴナガル、シリウスと家で映画を観る為にはその賞金がどうしても必要だ。

 

「……いや、無理をする必要は無いぞ?」

「安心するがいい、エグレ。ダンブルドアが対策を施すらしいが、必ずやトーナメントに参加して、賞金を頂戴してみせる! フッハッハッハッハッハ!!」

 

 エグレは蛇の状態に戻ると呆れたように主を見つめた。

 

『あまり無茶をしてくれるなよ、マスター……』

 

 第六十二話『炎のゴブレット』

 

 秘密の部屋を後にすると、城内はすでに豪華な飾り付けに彩られていた。廊下には様々な怪物の剥製が並び、天井を見上げると蝙蝠が羽ばたき、様々な調度品に命が拭き込まれ、近寄る生徒の前でおどけて見せている。

 ハロウィンパーティまでたっぷり時間がある。ハリーは久しぶりにのんびりとした時間を過ごす事にした。

 廊下を歩いていると、物陰や脇道に何かの気配を感じた。チラリと視線を向けると、手の平サイズの妖精が居た。ハリーの視線に気付くなり隠れてしまう。別の場所には別の妖精。

 去年までとは力の入りようが明らかに違う。今日、トーナメントに参加する二校が来るからだろう。

 しばらく歩いていると、目の前の扉が勝手に開き、動く階段の前に出た。吹き抜けになっているフロアを縦横無尽に飛行する影がある。何だろうかと目を向けると、顔の無い鳥や蝙蝠だった。階段を登ると、またもや扉が勝手に開く。どうやら、今日のホグワーツは全ての扉が自動ドアになってしまっているようだ。

 一歩踏み出すと、今度は床が動き出した。自動ドアの次は動く歩道というわけだ。足を止めると、辺りから不思議な歌が聞こえて来た。歌い主は子供のようなソプラノボイス。陽気で愉快な歌詞を元気一杯に歌っている。

 

「おいおい、ホグワーツはいつからテーマパークになっちまったんだ!?」

 

 大広間に着くなり、ハシャギ回るフレッドとジョージと出会った。

 足下には異形の生き物達が走り回っている。壁を見ると、黒い何かが這い回っている。まるでサメかイルカのような形の黒い影だ。

 背中には大きな瞳があって、キョロキョロと辺りを見回している。

 ふと、怪物と目が合った。すると、驚く程のすばしっこさでハリーの目の前まで来ると、黒い影が壁からヌッと伸びて来た。

 

「なんだ……?」

 

 訝しんでいると、影は手の形になり、掌から四角い箱がゆっくりと浮かび上がって来た。箱は勝手に開き、中から白いハトが飛び出して来た。

 目を丸くすると、怪物は楽しそうにハリーを見つめ、去って行った。

 すると、ハトが何かを落とした。一瞬、糞を落とされたのかと慌てたが、落ちてきたのは帽子だった。

 骸骨の模様が描かれた黒いニット帽だ。ハリーは折角だからと被ってみる事にした。

 

「おぉ……、骸骨が異様に似合うな」

「さすがは俺達のハリーだ!」

 

 フレッドとジョージは指の先でクルクルとコウモリの刺繍と黒猫の刺繍がそれぞれ施されている三角帽子を回しながら言った。

 二人とトーナメントの事を話しながら、ハリーはパーティーのスタートを待った。

 しばらくすると、次々に生徒達が大広間に雪崩込んできて、ハリーはフレッドとジョージに分かれを告げてスリザリンの席へ向かった。

 誰もが大広間の異様な飾り付けに夢中になっている。その中にはドラコとアステリアの姿もあった。

 全員が着席すると、ドンという大きな音がした。かと思えば、突然頭上に大きな垂れ幕が現れた。グリフィンドールの席の上には赤地に金の獅子の模様が描かれた垂れ幕。レイブンクローは青地にブロンズの鷲。ハッフルパフは黄色に黒い穴熊。スリザリンは緑地にシルバーの蛇。教職員用のテーブルの頭上にはホグワーツの紋章だ。

 

「諸君!!」

 

 バタンと大きな音を立てて、大広間の扉が開いた。

 扉の向こうには教師陣が立ち並んでいる。

 先頭はダンブルドアだ。

 

「これより、ボーバトン魔法アカデミーとダームストラング専門学校からのお客様方をお迎えする!! 各寮の生徒達は先生方や監督生の指示に従い、整列してわしに付いて来なさい!!」

 

 ダンブルドアの言葉に生徒達は慌てて動き始めた。

 

「慌ただしいな、まったく……」

 

 ハリーもドラコやアステリア、ローゼリンデと共に立ち上がった。

 

「一年生が先頭だ!!」

 

 監督生が指示を飛ばしている。学年ごとに並び終えると、各寮が一斉に歩き出した。

 学校を出て、禁じられた森の方に歩いて行く。空は既に真っ暗だ。

 満月の銀光が眩く大地を照らす中、一同はその時を待った。

 

「さあ、ボーバトンの代表団がおいでのようじゃ!!」

 

 ダンブルドアの声に誰もが周囲を見回し始めた。けれど、馬車道の向こうからは何も来る気配が無い。禁じられた森からは獣の唸り声だけ。湖は沈黙を保っている。

 空を見上げた生徒だけがその存在に真っ先に気付く事が出来た。

 

「アレを見ろ!! ドラゴンだ!!」

 

 上空を指差す一年生の声に皆の視線が上空へと向けられる。

 銀に輝く月に黒い影が浮かび上がっている。巨大なソレは一見すると確かにドラゴンにも見える。

 

「違う!! アレは……、家だ!!」

 

 二年生の誰かが悲鳴を上げた。確かに家にも見える。

 けれど、違う。アレこそがボーバトンの代表選手団。彼らの乗る天馬に引かれた超巨大馬車だ。金銀に輝く巨大な天馬が巨大な屋敷を引いて速度をグングン上げながら迫って来る。

 阿鼻叫喚の叫びの中、馬車はホグワーツの敷地の真上を翔け抜けていった。

 着陸の瞬間、大地が揺れ動いた。一年生達の多くは立っていられずに転んでしまった。凄まじい衝撃と共に降り立った馬車からは一人の少年が飛び出してくる。少年は金色の踏み台を引っ張り出すと優雅に飛び退いた。

 すると、戸口の先から次々に青いローブを着た生徒達が姿を現した。最後のとても美しい女生徒が出て来た後、ピカピカの黒いハイヒールを穿いた巨大な女性が現れた。

 ハグリッドやダンブルドアに匹敵する長身の女性。彼女こそ、ボーバトン魔法アカデミーの校長オリンペ・マクシームだった。

 ダンブルドアの拍手を皮切りにハリー達は一斉にボーバトンの代表団に向けて歓迎の拍手を送った。

 

「お会い出来てまっこと嬉しいですぞ、マダム・マクシーム。ようこそ、ホグワーツへ」

「ダンブリー・ドール。おかわりーありませんーか?」

 

 深いアルトボイスでマクシームは言った。英語を喋りなれてないようで、発音がところどころ間違っている。

 

「上々じゃよ」

「わたーしのせいとーです」

 

 マダム・マクシームが巨大な手で生徒達の事をダンブルドアとハリー達に紹介した。

 ボーバトンの生徒達はみんな震えている。この寒空の中、薄い絹地のローブ一枚では無理も無い。それに、男子も女子もホグワーツを不安そうに見つめている。見知らぬ土地で心細いのだろう。

 

「カルカロフはまだでーすか?」

「もう直ぐの筈じゃ。外で待ちますかな? それとも……、中で暖を取りますかのう?」

「あたたまりたいーです。でも、ウーマが……」

「そちらは我が校の優秀な森番が喜んで引き受けてくれるじゃろう」

 

 ダンブルドアはニュートやケトルバーンに挟まれているハグリッドにウインクして見せた。

 マクシームは始め少し不安そうにしていたけれど、暖を求めて生徒達と共に城の中へ入って行った。

 それから十分ほどして、突然雷鳴が轟いた。何事かと思って空を見上げると、湖から巨大な水柱が立ち上がる。

 滝の如く降り注ぐ大量の水の向こう側から漆黒の船が現れた。まるで幽霊船のような姿をした船が岸に到着すると、船のあちこちに火の手が上がった。火事かと思ったら、それは松明の灯りだった。

 船の扉が開くと、タラップが降りて来て、船員が下船して来た。彼らは一様にモコモコした毛皮のマントを身に纏っている。

 

「ダンブルドア!!」

 

 一人銀色の毛皮を身に纏った男が最後に降りて来ると、ダンブルドアと抱擁の挨拶を交わした。

 

「しばらくぶりだな!! 元気だったか? ずいぶんと苦労しているそうじゃないか!」

「ほっほっほ、元気一杯じゃよ。カルカロフ校長」

 

 ダームストラング専門学校の代表団の登場。彼こそがダームストラングの校長、イゴール・カルカロフ。痩せて背が高く、髪は銀色だ。

 ダンブルドアと握手を交わすと、彼もマダム・マクシームのように自分の生徒達を紹介した。

 ダームストラングの代表団と共に城に戻り、大広間に入ると、大広間にはボーバトンとダームストラング用の席が追加されていた。垂れ幕も二つ追加されている。

 それぞれの学校の紋章が記された垂れ幕の下の席に両校の生徒達が座り、カルカロフとマクシームは教員用の席に着いた。

 全員が着席するのを見計らったかのように大広間の扉が大きく開き、その向こう側から一人の男が現れた。

 

「バグマンだ」

 

 現れたのはヒッポグリフレースの時に忙しなく動き回っていた魔法省の役人、ルード・バグマンだった。

 色鮮やかなローブを身に纏い朗らかに微笑んでいる。

 彼は背後に数人の魔法使いを引き連れていた。彼らは巨大な物体を大広間へと運び入れた。

 教員テーブルの前までソレを運んでくると、バグマンは大きく腕を広げた。

 

「諸君!! ご存知の方もいらっしゃるかと思うが、私は魔法省魔法ゲーム・スポーツ部部長のルード・バグマンだ!! ボーバトンの代表団の皆さんとダームストラングの代表団のみなさんは到着早々でお疲れでしょうが、今宵は特別な夜です!! もうしばし、意識を現実の世界に留めて頂きたい!!」

 

 バグマンは大袈裟な動作でボーバトンとダームストラングの生徒達に顔を向け、胸を大きく逸らした。

 

「時は来た!! 参加する魔法使いは三人!! されど、彼らの勝利は即ち各校の生徒達全員の勝利である!! 彼らの敗北は即ち各校の生徒達全員の敗北である!! さあ、選ばれし者達よ!! 今、ここに君達の命運を分ける運命の【炎のゴブレット】をお披露目しよう」

 

 バグマンの合図と共に運び込まれた物体に掛けられていた布が取り払われた。ソレは宝石が散りばめられた大きな木箱だった。

 

「代表選手となる者が挑むは三つの試練!! この試練に挑む者に求められるのは魔力の卓越性!! 果敢なる勇気!! あらゆる謎に挑む論理と推理力!! その資格ある者を選び抜く!! この!! 炎のゴブレットで!!」

 

 バグマンが杖を振るうと、木箱の蓋がゆっくりと軋みながら開き始めた。中から現れたのは大きな荒削りの木のゴブレット。一見すると見栄えのしない杯だが、その縁からは溢れんばかりの青い炎が踊っている。

 

「資格を有し、我こそは! という生徒は24時間の内にゴブレットに名前と所属校名をハッキリと明記した羊皮紙を入れるのだ!! さすれば、ゴブレットは相応しき三名の勇者の名前を返すであろう!!」

 

 バグマンの演説に学校の垣根を超えて、すべての生徒が喝采をあげた。

 ゴブレットは玄関ホールに置かれ、ダンブルドアによって年齢線を引かれる事になる。

 17歳に満たない者は何人足りとも立ち入れない強力な結界のようだ。

 

「ッハ! 結界如き、打ち破ってやるぜ」

「え? 君、出場する気なのかい?」

 

 ドラコは目を丸くした。

 

「ああ、当然だ。優勝して、賞金を手に入れる!」

「賞金!? 君、お金が必要なのかい?」

「ああ、家に自家発電の機械とテレビとビデオを導入しないといけなくなってな。幾ら掛かるか分からんが、莫大な金額が必要になる筈だ。だからこそ、オレはトーナメントに出場し、他の代表選手を全員まとめて叩き潰す!」

「じ、自家発電……? それに、テレビとビデオって……?」

「マグルの機械だ。エグレと一緒に映画を観る約束をしたんだ。約束というものは互いの事を信じ合う事で初めて成立するものであり、違える事を許されないものだ。だから、オレは絶対に賞金を手に入れる。年齢線だと? ッハ! そんなチャチな魔法はオレの悪霊の火で真正面から破壊してやるぜ!」

 

 ハリーは邪悪に嗤った。

 そして、いつの間にか大広間が静まり返っていた事に気付いた。

 

「……ん? あれ? どうしたんだ?」

「あー……、ハリー。すまぬが、年齢線を破壊するのはやめてくれぬかのう……?」

 

 ダンブルドアは気まずそうに言った。

 

「何故だ!? 貴様の魔法を破壊出来るなら、十七歳で無くとも問題ない実力があると分かるだろ!」

「ハリー……、そういう問題じゃないと思うんだ」

 

 ドラコは呆れたように言った。

 そして、ホグワーツの生徒や教師達の反応に戸惑っているボーバトンやダームストラングの生徒達を除いた全員の視線がハーマイオニーに向けられた。

 その視線の意味を正確に読み取った彼女は深く息を吐いて立ち上がった。

 

「ハリー!!」

「なんだ?」

 

 ハーマイオニーは言った。

 

「十七歳未満の生徒は出場禁止! それがルールなのよ! ルールを破る事はいけない事! その程度の事、あなたなら分かる筈でしょ!」

「だ、だが……!」

「だがもしかしも無いの! 年齢線を破壊するのは禁止よ! 定められたルールを破るなら、わたしはあなたを軽蔑するわ!」

「なっ……!?」

 

 ハリーは言葉を失った。

 あまりの衝撃に膝から崩れ落ちそうになった。

 

「……わ、分かった! 年齢線を破壊するのはやめる! だ、だから……、軽蔑するのはやめろ!!」

 

 ハリーはちょっと必死だった。

 

「わ、分かってくれればいいのよ……」

 

 ハリーの反応にハーマイオニーは少し戸惑いながら満足したように微笑んだ。

 ハリーとハーマイオニーが座り直すと、一斉に拍手が起こった。

 

「さすがだぜ、ハーマイオニー!」

「あのハリーがあっさりと……!」

「やっぱ、格が違うぜ!!」

 

 ハーマイオニーは顔を引き攣らせながら望まぬ称賛を受け流すのだった。

 

「でも、やっぱハリーとハーマイオニーは出ちゃダメだよな」

「ああ、やっぱヤバイぜ、あの二人」

 

 ―――― わたしを一緒にしないで!!

 

 ハーマイオニーの悲痛な心の叫びは誰の耳にも届かなかった。


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