【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第六十三話『ダフネの覚悟』

 ハロウィンの夜、秘密の部屋には一匹の蛇と一匹の屋敷しもべ妖精がいた。

 蛇は黄金の光を発すると、美しい少女の姿に変わった。

 

「エグレ様。これがコーヒーで御座います!」

「……感謝する」

 

 エグレは緊張しながらマーキュリーからコーヒーを受け取った。

 一口啜ってみる。すると、途端に顔を歪めた。

 

「苦いは……、ダメだ。ちっとも美味しくない」

「も、申し訳ありません!」

「いや……、いい。ただ、甘いを食べたい」

「はい! こちらをどうぞ!」

 

 マーキュリーはクッキーを差し出した。すると、エグレは頬を緩ませた。

 

「クッキーは好きだ」

 

 人化の能力を得てから、エグレはマーキュリーに人間の食事を運んでもらっていた。

 蛇の時には存在しなかった味覚は新鮮な驚きと幸福をエグレに与え、同時にマーキュリーに喜びを与えた。

 実のところ、エグレが最も長く同じ時間を過ごしている相手は主人であるハリーではなく、マーキュリーだった。

 彼女はホグワーツが長期休暇に入っている間も毎日のようにエグレに食事を運び、一方的に魔法界の新着情報や面白いと思った噂話を語りながら秘密の部屋を掃除をしていた。

 会話が可能となった今、種族の異なる二匹は瞬く間に親友となった。

 

「マーキュリー。マスターが魔法界のチェスを持ってきてくれたのだ。一局、打ってみないか?」

「チェ、チェスでございますか? ルールは知っておりますが……」

 

 二匹はチェスに興じながら様々な事を話した。

 ホグワーツの事、ハリーの事、互いの事、これからの事など。

 

「……マーキュリー。恐らく、戦いの刻が迫っている」

「戦いの時……、闇の帝王の事ですね?」

「そうだ。遠からず、リドルは攻撃を仕掛けてくる事だろう。その時、我らはマスターを守らねばならぬ」

「心得ております、エグレ様。命を賭けて、お守りする覚悟は出来ております」

 

 マーキュリーの言葉にエグレは微笑んだ。

 

「素晴らしい……。やはり、貴様は格別な存在だ。だからこそ、我の事はエグレと呼んで欲しい。(ロード)は要らぬ」

「で、ですが……」

「我らに格差などない。貴様が魔法使い共の下僕であるように、我もマスターの下僕なのだ。どうか、対等な存在として接してもらいたい」

「……は、はい。分かりました、エグレ」

「感謝する、我が……、友よ」

 

 エグレは少しだけ頬を赤らめた。

 マーキュリーも頬を緩ませた。

 

「……マーキュリー。マスターを守る為には何よりも情報が必要だ。いつ何時、何が起ころうとも対処が出来るように、万全を期さねばならぬ」

「フィリウスとウォッチャーが常に情報を集めております。我らは常にホグワーツを清潔に保つ為に散らばっております故、異変が起きれば即座に感知する事が可能です」

「さすがだ。我も聞き耳を立てているが、それだけでは不足だと感じていた所だ」

「集めた情報は常に共有致しましょう」

「頼む」

 

 マーキュリーはチェックした。

 

「……その……、待ったはアリか?」

「一回だけですよ?」

「……ぐぬぬ」

 

 第六十三話『ダフネの覚悟』

 

 結局、ハリーはトーナメントに出場する事を諦める他無かった。

 ルールを破れば、ハーマイオニーに軽蔑される。十七歳未満は出場禁止である以上、どうにもならない。

 

「……ファック! 無駄遣いをして来たつもりはないが、グリンゴッツの金庫の中身は無限じゃない。エグレやゴスペルに最高の環境を用意し続ける為の出費と学費、その他を考えると……、やはり賞金が必要だったのだがな……」

 

 ニコラスやダフネとの共同研究でも、機材や材料などの調達の為に結構な額を出費している。

 自家発電の設備に金庫の金を使えば、いよいよ底が見え始めてしまう。

 

「なんとか、他に稼ぐ方法を探す必要があるな……」

 

 思いつくのはアルバイトだ。ホグズミード村でいくつか募集を行っていた事をハリーは思い出した。

 だが、学期中は週末しか行けない。それではまともに稼げないし、そもそも雇ってもらえない。

 

「たしか……、フレッドとジョージは悪戯グッズを売っていたな。オレも真似してみるか……?」

 

 試しに考えてみたけれど、生憎とハリーにユーモアのセンスは無かった。

 思いつくものはどれもナンセンスでつまらない。売れる気がしなかった。

 

「……うーむ」

 

 ハリーが唸りながら歩いていると、廊下の向こうからダフネが現れた。

 

「ハリー!」

 

 ダフネは駆け寄ってくるなりハリーの手を掴んだ。

 

「なんだ!?」

「一緒に来て! ニコラス先生が呼んでるわ! いよいよ最終段階よ!」

「本当か!? よし、急ごう!」

 

 ハリーはダフネと共に走り始めた。手を取り合ったまま……。

 

 ◆

 

 ニコラス・ミラーの研究室に入ると、そこには山積みの研究資料と無数のフラスコに囲まれた家主の姿があった。

 

「先生! ハリーを連れて来ました!」

「ああ、ありがとう」

 

 ニコラスはデスクに置かれた一本の試験管を二人に見せた。

 

「これが試作品だ。理論上、《血の呪い》を破壊しながら、人体に対する影響を極限まで抑えられる筈だ」

「……これがあれば、アステリアは助かるんですね!」

 

 ダフネは涙を零しながら笑顔を浮かべた。

 

「……だが、臨床試験を行っていない。いきなりアステリアに投薬するわけにはいかないだろう」

 

 ハリーの意見にニコラスが頷いた。

 

「元が猛毒だからね。迂闊に実験する事は出来ない。だが、この薬は血の呪いに限らず、人体の内部に留まるタイプの魔法効果を打ち消す事が出来る。呪詛に対して言えば、これは万能薬だ。聖マンゴ魔法疾患傷害病院に依頼してみるのも手だな。回復が見込めなかった呪詛の被害者を対象に、使ってもらえる可能性がある」

「……で、でも、それって」

 

 ダフネは青褪めた。

 

「新薬の開発には人体実験が必要不可欠だ」

「でも……、もしも毒性が残っていたら……」

「ああ、その時は投与された者が死亡する可能性がある」

 

 ダフネは自分達が作り出した薬品が人を殺してしまう可能性に恐怖した。

 

「ダフネ。君の妹を救うためには、この魔法薬を使わなければならない」

 

 ニコラスは言った。

 

「厳しい事を言うが、これは君が始めた事だ。わたしも、ハリーも、君に力を貸しているに過ぎない。この魔法薬はあくまでも君の物なのだ」

 

 そう言って、ニコラスは試験管をダフネに渡した。

 

「君は選ばなければならない。この薬を使わないまま死蔵するか、臨床試験無しに妹に投与するか、臨床試験を行って完成させるか……」

「先生はどうしたらいいと思いますか……?」

「決めるのは君だ、ダフネ・グリーングラス。君が選ばなければならない。わたしは道を示すのみだ」

「……で、でも」

 

 ダフネは懇願するようにニコラスを見つめた。

 けれど、彼は視線を逸らす事なく言った。

 

「……言い方を変えよう。わたしには正しい道を示す事が出来ないのだ」

 

 彼は僅かに目を細めた。

 

「だが、君ならば選ぶ事が出来る。黄金の如く輝く正しき道を。妹を救いたいと願い、懸命に努力を重ねた君だからこそ、わたしやハリーは心を動かされた。あと一歩なのだ、ダフネ。勇気を出すのだ。覚悟なら、とうの昔に決めていた筈だろう」

「わ、わたしは……」

 

 俯き、苦悩するダフネをハリーは黙って見つめていた。

 ニコラスの言う通り、答えを出すのは彼女だ。ハリーとニコラスに出来る事は彼女の選択を見守り、助ける事のみ。

 

「……わたし、は! だったら!」

 

 ダフネは顔を上げた。その表情には、覚悟が滲んでいた。

 

「わたしが飲みます! 先生! ハリー! わたしに呪いを掛けて下さい! その後に飲んで、わたし自身で臨床試験を行います!」

 

 ニコラスは瞠目した。

 その選択肢は彼が提示しなかったものだ。

 自分なら絶対に選ばない選択肢だから、彼は提示しなかった。

 

「……見事だ、ダフネ・グリーングラス。君は……、実に勇敢だ」

 

 ニコラスは慄くように呟くと、彼女から試験管を取り上げた。

 

「だが、君に何かあれば……、それこそ取り返しがつかない。君が飲むのは却下だ」

「ええっ!? わたしが選ぶべきって言ったの先生ですよ!?」

「あれは……、まあ……、うん。とりあえず、もう少し他の方法を探ってみよう」

「先生!?」

 

 どうやら、ニコラスにはダフネと違って覚悟が定まっていなかったようだ。

 その光景にハリーは苦笑した。

 

「なら、オレの案を聞いてみるか?」

「案……? なにか考えがあるの?」

「ああ……。一つだけ……、だが、確実だ」

 

 ハリーは言った。

 

「とりあえず、校長室に行くぞ」


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