【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第六十四話『お姉ちゃん』

「どうするつもりなの?」

 

 校長室に向かいながら、ダフネが問いかけた。

 ニコラスは薬の改良を行う為に研究室に残っていて、今はハリーと二人っきりだ。

 

「不死鳥の力を借りる。エグレによると、ダンブルドアはフォークスという名のフェニックスを飼育しているそうだ。それに、可能ならばニコラス・フラメルの賢者の石から抽出される命の水を貰えないか交渉しよう。どちらもバジリスクの毒に対抗し得る程の強力な治癒力を有している」

「なるほど! 毒性を消すのではなく、毒で死ぬ前に癒やしてしまうわけね!」

「その通りだ。ニコラス教授が可能な限り毒性を抑えているからな。残っている微量の毒素が全身に行き渡る前に不死鳥の涙や命の水を飲ませれば洗い流せる筈だ」

 

 話している内に二人は校長室の前に辿り着いた。

 

「……えっと、どうやったら入れるのかな?」

 

 扉の前にはガーゴイルが鎮座している。合言葉を言わなければ、ガーゴイルは何人(なんびと)も校長室へ立ち入る事を許さない。

 困った表情を浮かべるダフネにハリーは微笑みかけた。

 

「レモンキャンディーだ」

「知ってるんだ!?」

「エグレが常に最新の合言葉を把握してくれている」

「……さ、さすがね、ハリー」

 

 ガーゴイルが飛び退き、姿を現した螺旋階段を登っていくと、二人は校長室に足を踏み入れた。

 中に入るなり、ダンブルドアは困った表情を浮かべていた。

 

「ハリー……。あまり、盗み聞きは関心せんぞ……」

 

 ハリーは聞こえないフリをした。

 ダンブルドアはやれやれと肩を竦めた。

 ダフネは申し訳なさそうに縮こまった。

 

「さて……、わしに用があるのかね?」

「ああ、不死鳥の涙と命の水を貰いたい。母さんから聞いているだろ? ダフネの《血の呪い》を解呪する魔法薬が完成した。今、ニコラス教授が最終調整を行っているが、毒性を完全に排除出来ている確証がない。だから、臨床試験のリスクを下げる為にその二つが必要なんだ」

「なんと、完成したのか!」

 

 ダンブルドアは目を見開いた。

 

「ああ、ダフネの発想の勝利だ。頼む、ダンブルドア。アステリアを救いたい。ダフネの本懐を遂げさせてやってくれ」

 

 そう言うと、ハリーは深く頭を下げた。その行動に、ダンブルドアとダフネは息を呑んだ。

 ダフネもハリーとは研究を通じて長い時間を共有して来た。だからこそ、彼がダンブルドアに対して負の感情を抱いている事を知っていた。

 それに、プライドの高いハリーは自分が真に認めた相手以外に頭を下げる事を良しとしない。

 そのハリーがダンブルドアに頭を下げた。その意味を二人は正確に理解した。彼はプライドよりも、アステリアを救う事を優先させたのだ。

 

「ハリー、頭をあげなさい」

 

 ダンブルドアは微笑んだ。

 嘗て、彼はハリーの心に漆黒の意志を感じ、警戒していた。彼の憎悪と憤怒はいずれ、第二のヴォルデモート卿となるのではないかと。

 けれど、ハリーはホグワーツで過ごす内に他者への慈悲と献身の心を手に入れた。

 今や、心に巣食う暗黒を呑み込む程の黄金の意志を抱くに至った。

 

「もちろんじゃよ、ハリー。もちろんじゃ。協力は惜しまぬ。フォークスの涙は少し難しいが、命の水ならばストックがある。早速持っていこう」

「……感謝する」

 

 第六十四話『お姉ちゃん』

 

 アステリア・グリーングラスは《血の呪い》を受けて生まれてきた。そんな彼女に対して、善良な両親は罪悪感を抱き続けて来た。

 血の呪いを受けた者は短命を宿命づけられる。血を遺す事も許されない。

 まるでガラス細工を扱うように接する両親に、アステリアは物心ついた時から申し訳無さを感じていた。

 少しでも二人の心労を減らせるように、必要以上に明るく振舞い続けて来た。

 その光景を、彼女の姉は歪だと感じた。間違っていると思った。

 

 ダフネ・グリーングラスが血の呪いの解呪に挑む事を決意したのは、彼女が五歳の時の事だった。

 他の同年代の子供達が絵本を読んでいる時に、彼女は必死に文字と言葉を学んだ。

 同世代の子供達がようやく勉強を始めた頃、彼女は様々な専門書に目を通していた。

 彼女は天才ではなかった。ただ、妹が無理をしなくてもいいように、長く生きて、幸せになれるようにしてあげたかった。

 その為に難解な本を必死になって読み解き、時には知恵熱に苦しめられながら知識を蓄えていった。

 彼女がホグワーツに入学する時、漸く糸口となる発想を閃く。それは、呪詛を魔法薬によって癒やすという発想だった。 

 勉強から研究に変わり、彼女はその過程で多くの成果を生み出していた。それこそ、ニコラス・ミラーという男に擬態しているヴォルデモート卿の関心を引くほどの内容だった。

 そして、彼女の研究は遂に完成に至る。

 

 その姉の頑張りをアステリアは傍で見続けて来た。

 寝る間も惜しみ、いつも部屋に篭って研究を重ねる姉。密かに覗き込んだ彼女の表情は鬼気迫る恐ろしいものだった。

 けれど、姉として彼女に接する時、ダフネはいつでも優しかった。

 

 ―――― アステリア! お姉ちゃんがケーキ焼いてあげる!

 

 既に彼女の未来を諦めていた両親とは違う。

 ダフネは彼女の未来を信じていた。だからこそ、彼女はアステリアが間違った事をしたら躊躇なく叱った。

 

 ―――― アステリア! つまみ食いなんてダメでしょ! 夕飯が食べられなくなっちゃうわよ!

 

 彼女はいつでもアステリアを見守っていた。

 ダフネのお菓子作りを彼女が手伝おうとした時の事だ。アステリアは少しだけ、材料の切り方を間違えた。それで、「あっ」と声をあげた。

 すると、ダフネは血相を変えた。

 

 ―――― 大丈夫!? アステリア、怪我をしてない!?

 

 そのあまりの必死な形相にアステリアはおかしくなって笑ってしまった。

 

「……お姉ちゃんが」

 

 アステリアはそんな姉の事が大好きだった。

 

「お姉ちゃんがハリー様と手を繋いで走ってた!!!」

 

 その姉がハリーと手を取り合って満面の笑みを浮かべながら走っている光景を彼女は目撃した。

 よく、彼と彼女が一緒にいる光景を目撃して来た。だからこそ、『もしかして……?』と思う事は多かった。

 これは決定的だとアステリアは確信した。

 

「お姉ちゃん……! お姉ちゃん……!!」

 

 いつでも自分の為に頑張ってくれる姉。

 

 ―――― アステリアはショートケーキが好きよね! また作ってあげるわ!

 

 いつでも自分の好きな物を作ってくれる姉。

 

「お姉ちゃんはハリー様が好きなんだ!!」

 

 アステリアは大喜びだった。

 いつでも自分自身の事を二の次に考える姉の好きなものが判明したのだ。

 これまで、ロクに彼女の為に出来た事などなかった。だからこそ、アステリアのテンションは天井知らずに爆上がりした。

 

「こうしちゃいられない!!!」

 

 スタコラサッサとアステリアは廊下を駆け抜けていく。

 そして、彼女はグリフィンドール寮の前までやって来ると、近くを歩いていたグリフィンドール生に言った。

 

「フレッドとジョージ、リーを呼んで下さい! 緊急事態なのです!」

「えっ!? 君、スリザリンだろ?」

「いいから早くして下さい!!」

「わ、わかったよ!」

 

 しばらくすると、フレッド、ジョージ、リーの悪戯トリオが寮から出て来た。

 

「緊急事態って何事だ!?」

「ドラコが浮気したのか!?」

「ジニーがハリーを押し倒したのか!?」

「どれも違います!! これより、お姉ちゃんとハリー様をくっつける為に作戦をスタートします!! 協力してもらいますよ!!」

 

 アステリアの言葉に三人は一瞬考え込んだ。

 そして、彼女の言葉の意味が理解出来た瞬間、目を丸くした。

 

「ええっ!?」

「ハリーとダフネを!?」

「おいおいおいおい、ジニーとハーマイオニーに殺されちまうよ!!」

 

 三人が悲鳴を上げた。すると、アステリアはウルウルと瞳を潤ませ始めた。

 

「協力してくれないんですか……?」

「うぐぅ……!」

「だ、だって……」

「ジ、ジニーとハーマイオニーが……」

 

 三人は板挟み状態だった。

 彼らはジニーとハーマイオニーがハリーに好意を寄せている事を知っている。

 その様子を見て賭けたりちょっかいだしたりと楽しんでいた。

 けれど、それは無関係な第三者で居られたからこそ出来た事だ。ここでアステリアに協力すれば、ジニーとハーマイオニーに恨まれる。

 兄として、そして、ホグワーツの生徒として、睨まれてはならない者に睨まれる事になる。

 

「お願いします! わたし、お姉ちゃんには幸せになってもらいたいんです!!」

 

 アステリアは涙零しながら懇願した。その姿にフレッド達は困り果てた。

 そして、睨み合う事十分。

 フレッド達は根負けした。

 

「イエス……、イエスだ、ボス」

「分かった! 俺達の負けだ!」

「……ハァ、協力するよ」

 

 三人の言葉にアステリアは満面の笑みを浮かべた。

 

「わーい! よーし、ミッションスタートですよ!」

「こうなったらやってやるぜ!」

「はっはっは、ホグワーツ炎上待ったなしだぜ!」

「先に謝っとくぜ、みんな! ごめんよー!」

 

 ◆

 

「……ダ、ダフネがハリーを!?」

 

 ハーマイオニーはアステリア達の会話を廊下の隅で聞いていた。

 はじめから盗み聞きをするつもりだったのではなく、廊下を歩いていたら偶然ハリーの名前が聞こえて隠れてしまったのだ。

 

「もしかして……、ハリーって、結構モテてる……?」


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