「誰なの!? っていうか、どうして放置してるの!?」
ハーマイオニーの言葉は大広間の全員の心の声を代弁していた。
「いや、トーナメントにはオレも出たかったからな。出させてくれた礼に見逃してやろうかと……」
「捕まえなさい!! 今すぐに!!」
「いや、しかしな……」
「ハリー……、今すぐよ」
据わった目で言われて、ハリーはやれやれと肩を竦めた。
「まったく、我儘な女だぜ」
そう言うと、ハリーはハーマイオニーから視線を外して、ある一点を見つめた。
「……そういう訳だ、死喰い人。オレをトーナメントに出場出来るようにした褒美に見逃してやるつもりだったが、そうもいかなくなった」
ホグワーツの生徒の多くがこの後の展開を予知した。
今この瞬間ならば占い学で100点を取れるに違いないと確信した。
「やれやれだぜ。オレがダラダラ喋っている間に逃げ出せばいいものを、悠長に構えているお前が悪いんだぜ?」
ハリーの視線の先にいる人物は表情を歪めた。
「安心するがいい。殺しはしない。貴様には聞かないといけない事もあるからな。まったく、泳がせてから捕まえる予定だったのだが、仕方ない。今から貴様をぶっ潰す!」
第六十七話『敵』
「覚悟はいいな?」
その言葉と共にその人物は慌てたように立ち上がった。
「もう遅い。マーキュリー!!」
バチンという音と共に、その人物――――、バーテミウス・クラウチの背後にマーキュリーが姿を現した。
「どこに逃げるつもりですか?」
咄嗟にクラウチは杖を向けたが、その杖は明後日の方向に飛んでいき、直後、マーキュリーは彼の懐に入り込んだ。
バチンという音と共にクラウチとマーキュリーがハリーの眼の前に現れる。
「バーテミウス・クラウチ。貴様にはこの呪文をくれてやる。《
ハリーが呪文を唱えると、クラウチの両腕と両足がゴムのように変化した。
骨が無くなってしまったのだ。
「き、貴様! わたしはバーテミウス・クラウチだぞ! こ、この様な真似は許されんぞ!!」
「うるせぇよ。それより、記憶を暴かせてもらうぞ。レジリ――――」
「坊ちゃまに手を出すな!!」
ハリーが杖を振り上げた瞬間、バチンという音と共に一体の屋敷しもべ妖精が姿現した。
「屋敷しもべ妖精だと!?」
その屋敷しもべ妖精はハリーに向かって手を向けた。その間にマーキュリーが割り込む。二体の間で見えない力同士がぶつかり合い、その衝撃で二体は共に吹き飛ばされた。
マーキュリーはすぐに態勢を整えると、襲撃してきた屋敷しもべ妖精を攻撃する。
「偉大なるハリー・ポッター様を攻撃するとは!!」
その叫び声と共に次々とバチンバチンという音が鳴り響いた。
大広間中に無数の屋敷しもべ妖精が現れた。その全員が怒りに表情を歪めている。
「屋敷しもべ妖精の身でハリー・ポッター様に手を出すとは!!」
「許さぬ……、許さぬぞ!!」
フィリウスとウォッチャーも怒りのオーラを撒き散らしている。
「だ、黙りなさい!! わたくしは坊ちゃまをお守りするのです! わたくしは坊ちゃまの忠実な屋敷しもべ妖精、ウィンキーです!」
自分を取り囲む怒りの形相の屋敷しもべ妖精達に対して、ウィンキーは一歩も退かなかった。
クラウチを守る為、彼女は多勢に立ち向かおうとしている。
「……ハリー・ポッター様に仇なすつもりならば容赦はしません」
そう呟くと、マーキュリーはウィンキーに襲いかかった。飛びかかり、見えない力の波動を彼女に向ける。
「ウィンキーは坊ちゃまを助けるのです!」
ウィンキーも対抗した。そのぶつかり合いに、周囲にいた生徒達が悲鳴を上げる。他の屋敷しもべ妖精達が二体の戦闘の余波から生徒達を守っているけれど、二体が次々に力をぶつけ合う音と衝撃に生徒達は恐怖を駆り立てられたのだ。
二体の妖精は共に互いを殺そうとしている。忠誠を誓った相手を傷つけられた者同士、怒りに燃えている。
「……二人を止めなければ」
ハリーは焦りの表情を浮かべながら杖を握り締めた。だが、二体の動きは激しく、下手に介入すればどちらも傷つけてしまう。
かと言って、手をこまねいているわけにもいかない。
屋敷しもべ妖精に罪などない。ウィンキーは己の主人の為に戦っているのだ。多勢に無勢と分かっていても、輝かんばかりの覚悟を示している。そんな彼女をマーキュリーに殺させるわけにはいかない。
『……マスター』
すると、ハリーの足元からエグレの声が聞こえてきた。どうやら、この下にエグレの通れる管が通っていたようだ。
『行ってくれるか? エグレ』
『無論だ』
誰もが二体の屋敷しもべ妖精の戦いに注目する中でハリーは呪文を唱えた。すると、即座に人間状態に変身したエグレが生徒達の合間を駆け抜け、一気に二体の間に割り込んだ。
「すまないが、眠ってもらうぞ」
エグレが睨むと、それだけでウィンキーは小さな悲鳴と共に動かなくなった。体が石のように硬直した彼女を抱き上げる彼女に誰もが戸惑っている。
スリザリンの制服を着ているが、それが誰なのか誰にも分からなかった。
「……マーキュリー。マスターは屋敷しもべ妖精同士で傷つけ合う事を望んでいない。お前に苦しんで欲しくないのだ。分かるな?」
「わたしは……」
落ち込むマーキュリーの頭を撫でると、エグレはハリーの下に戻った。
「ありがとう」
ハリーはウィンキーをエグレから受け取ると、大切そうに抱えた。
主人の為に命を賭けた彼女には相応の敬意を払うべきだと思ったからだ。
「さて……」
ハリーは気を取り直して踏みつけ続けていたクラウチを見下ろした。
「レジリメンス」
数秒、ハリーは意識をクラウチの中に潜り込ませた。
すると、ある程度の深度へ至った時、彼の前に黒い髪の美丈夫が現れた。
『……やはり、クラウチは失敗したか』
『ヴォルデモートか……』
これまで出会ってきた分霊達やオリジナルとは明らかに違う。
けれど、ハリーは一目で彼がヴォルデモートであると確信した。
『やはり、優秀だな。ハリー・ポッター。ヴォルデモート卿を三度滅ぼした少年よ』
『御託はいい。掛かってくるならさっさとしろ。歓迎してやるぜ』
『生憎だが、それは俺様の役目ではない』
そう言うと、ヴォルデモートは徐々に姿を薄れさせ始めた。
『だが、貴様が勝ち続けるのであれば、いずれ相見える事になるだろう。楽しみにしているぞ』
ヴォルデモートの姿が完全にかき消えた後、ハリーはクラウチの精神世界の中で呟いた。
『……つまり、そういう事なんだな』
それからしばらくクラウチの思考を漁った後、ハリーは現実世界に戻った。
エグレはマーキュリーと共に姿くらまし、他の屋敷しもべ妖精達も居なくなっていた。
そして、凍りついていた大広間の全員の前でハリーはクラウチを蹴っ飛ばした。
「もったいないけど、これで一発だな」
ハリーは仰向けにしたクラウチの口にダリアの水薬を一滴飲ませた。
「は、ハリー……?」
戸惑うハーマイオニーの前でクラウチの顔が変化し始めた。
「な、なに!?」
「ポリジュース薬だ。死喰い人は息子の方だった」
完全に姿が変わった後、スクリムジョールが部下と共に駆け寄ってきた。
「ハリー・ポッター!」
スクリムジョールはハリーの足元に転がる男の顔を見て目を見開いた。
「……バーテミウス・クラウチ・ジュニア!」
「ポリジュース薬で変身していたんだ。父親は彼のカバンの中に監禁されている。一応、生きているようだ」
「分かった。ガウェイン!」
「ハッ!」
スクリムジョールはガウェインに指示を飛ばすと、ハリーを見つめた。
「……何故、彼が死喰い人だと?」
「気付いたのはマーキュリー達だ。彼らは常にホグワーツに散らばっている。彼らの情報網を甘く見たコイツの落ち度だな」
「なるほど……」
ハリーはクラウチの頭から足を退けた。
「その屋敷しもべ妖精も預かろう」
「……彼女はこの男の為に戦っただけだ」
「分かっているとも。だが、彼女は重要な情報を握っている可能性が高い」
ハリーが渡すのを躊躇っている事に気付いたスクリムジョールは微笑んだ。
「安心しなさい。話を聞くだけだ。手荒な真似はしないと約束しよう」
「……お願いします。石化はダリアの水薬で解除出来る筈です」
「ありがとう。……それにしても、ポリジュース薬にも効果があるとは」
スクリムジョールはハリーから受け取ったダリアの水薬を感心した様子で見つめた。
「さて、この男はわたしが連れて行こう。ダリウス! エドワード! お前達も来い!」
いつの間にか近くに来ていた二人の闇祓いが頷きながらクラウチの体を持ち上げた。
「うげっ、こいつの腕と足、キモい事になってんな!?」
「……これは動きを封じるには悪くないな。骨を消滅させているのか」
ダリウスは嫌そうな表情を浮かべ、エドワードは感心しているようだ。
「ヴォルデモートの分霊が動いているなら、コイツを捕まえても安心は出来ない。君ならば大丈夫だろうが、油断はするな」
スクリムジョールの言葉にハリーは微笑んだ。
「ああ、もちろん」
そんなハリーの背中をスクリムジョールは叩いた。
「よし! では、君も代表選手の待機部屋に向かうがいい!」
「了解!」
ハリーは未だに状況を飲み込みきれていない生徒達の合間を縫って、教員席の後ろの扉へ向かった。
彼が去った後、大広間は大騒ぎとなった。
「クラウチが死喰い人!?」
「いや、息子って言ってたよ!」
「ヴォルデモートの分霊が動いてるってマジかよ!?」
「トーナメントに罠が仕掛けられてるって言ってたよね!?」
「っていうか、屋敷しもべ妖精怖すぎね!? あんなに居たの!?」
「前も思ったけど、屋敷しもべ妖精ってヤバイんじゃない!? 一瞬で捕まえてたじゃない!」
「てか、あの女の子誰だったんだ!?」
「いつの間にかいなくなってたよね!?」
「おいおいおいおい、今年もホグワーツはヤベーな!」
「ホグワーツっていつもこんな感じなのかい?」
「このスリルこそホグワーツだぜ!」
「ジャクソン! ダームストラングの人達に変な事教えないで!」
「いや、間違ってなくね……? 毎年こんなもんだろ」
「ヴォルデモート何回目だよ!? そろそろ懲りろよ!」
「っていうか、トーナメントの優勝者はもうハリーで決定じゃね?」
「セドリック……、良い奴だったぜ」
「セドリックを勝手に殺すな!!」
「優勝はセドリックだ!」
大騒ぎの大広間。そんな中、ハーマイオニーはダフネと見つめ合っていた。
「……ダフネ」
「なに? ハーマイオニー?」
ハーマイオニーは聞きたかった。
―――― ハリーはずっとわたしと一緒に居たのよ。
―――― 夜中もずっと一緒だったもの。
―――― 片時も離れなかったわ。
あの言い回しは明らかに誤解を招くものだった。
ただ一言、《研究の為に》と言えばいい事なのに、彼女は言わなかった。
その理由が知りたかった。
「……あなた、ハリーが好きなの?」
口から飛び出たのは、もっと直球な言葉だった。
その言葉にダフネは目を丸くした。
そして、クスクスと微笑んだ。
「うん、好きだよ」
あっさりと彼女は言った。
「でも、LOVEじゃなくて、LIKEの方。わたしが愛しているのは――――」
ダフネの言葉にハーマイオニーは目を見開いた。
「……それ、結構な茨の道じゃない?」
ハーマイオニーの言葉に「だよねー」とダフネは困ったように言った。
「でも、頑張るよ! だから、ハーマイオニーも頑張ってね」
「……うん」
ハーマイオニーはグリフィンドールのテーブルに戻っていった。
そして、ダフネが自分の席に戻ると、ニヤニヤした表情のパンジー・パーキンソンが待ち構えていた。
「聞いちゃった!」
「パ、パンジー……」
「うふふ、詳しく教えなさいよ、このこの!」
他人の色恋に興味津々なパンジー。そんな彼女にダフネはやれやれと肩を竦めた。