【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第七十二話『ハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャー』

 ハーマイオニー・グレンジャーには不本意な二つ名がある。

 最近では、他校の生徒まで、自分を《女帝》と呼ぶようになった。

 

「まったく!」

 

 名前の由来は分かっている。《死の恐怖(グリム・リーパー)》と呼ばれる前、ハリーが《二代目、闇の帝王》と呼ばれていた頃の名残りだ。

 帝王すら恐れる者。そういう意味で女帝なのだと、いろんな人達のひそひそ話を聞くうちに知った。

 まったくもって、馬鹿げている。ハリーは闇の帝王などではないし、彼は彼女を恐れてなどいない。

 みんな、勘違いをしている。

 ハーマイオニーがハリーより上回っている点があるとすれば、それは学業の成績のみ。それだって、ほとんど互角で、大差などない。

 それ以外のあらゆる面で、ハリーはハーマイオニーを上回っている。

 そんな彼がハーマイオニーの言葉に対して、いつも素直な態度を取る理由は一つ。

 単純な話なのだ。ハーマイオニーは間違った事を言っていない。それだけなのだ。

 ハリーは決して理不尽な人間ではない。何が正しくて、何が悪い事なのか、その程度の事も判断出来ないような破綻者でもない。

 だから、理性的に、そして、論理的に話せば、彼は理解して、納得する。ハーマイオニー以外の言葉でも、彼はしっかり聞き入れる。

 それなのに、みんなは彼を恐れて、感情的になって、破綻した論理を口にする。だから、ハリーはハーマイオニー以外の言葉を何も聞き入れない風に見えるのだ。

 彼の在り方をちゃんと見ていれば分かる事なのに、簡単な事なのに、勝手に勘違いして、ハーマイオニーを女帝などと呼んでいる。

 ハリーは魔王などではない。ハーマイオニーと同い年の、少し無鉄砲で、熱くなりやすくて、だけど優しい男の子だ。

 

「ハリー!!」

 

 ハーマイオニーは、その事をみんなに知って欲しかった。だから、女帝と呼ばれても、みんなに畏れを抱かれても、大広間で朝食を食べている途中のハリーに堂々と話しかけた。

 

「ん?」

「禁じられた森に行くわよ!」

 

 ハリーは食べていたミートソースたっぷりのスパゲティをチュルンと呑み込んだ。

 

「いきなりだな」

 

 ナプキンで口を拭きながらハリーは素直に立ち上がった。その程度の事で大広間は騒然となる。

 その光景を呆れたように見ているスリザリンの面々。慣れ切っているのだ。ハリーはこういう人間であり、こういう反応が当然のものなのだと。

 彼の親友であるドラコも、彼自身でさえ、そういうものだと納得してしまっている。

 

「……もう!」

「どうした? 怒っているのか? ……何か、気に障る事をしたか?」

 

 本当に理不尽な男なら、こんな風に気を使える筈がない。

 

「別に! それより、ケンタウロスと話しに行くわよ! 水中人は言葉が通じるか分からないけど、ケンタウロスは英語が使えるみたいだし」

「ケンタウロスと……?」

 

 再びざわめく周囲をハーマイオニーは無視して大広間を出た。

 その後を慌てた様子で追いかけるハリー。

 その光景にドラコはやれやれと肩を竦めた。

 

「だから、君は特別なんだ」

「ドラコ・マルフォイ様……?」

「どうしたんですか?」

 

 ローゼリンデとアステリアが首を傾げる。

 

「なんでもないよ」

 

 ハリーは理不尽な人間ではない。けれど、誰に対しても公平なわけじゃない。

 ハーマイオニーの言葉をハリーが素直に聞くのは、彼女の言葉だからこそだ。

 同じ事を言って、同じようにハリーの耳を傾けさせる事が出来る者など、ほとんど居ない。

 その事を互いに分かっていない。

 

「ただ……、二人共鈍いんだなって」

 

 第七十二話『ハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャー』

 

 禁じられた森は大きく形を変えた。

 特殊個体のハンガリー・ホーンテイル種であるシーザーの炎は通常個体と比べ物にならない高温と射程を持ち、森の一部を灰燼に帰した。

 一キロ四方の広場が生まれ、そこにニュートとスネイプ、ケトルバーンがシーザーの為の環境を整備した。

 戦いの余波で抉られ、形を変えた湖から水を引いて水場を作り、広場の端に柵を設けた。もっとも、そんな物が無くとも近づくものはネズミ一匹いないだろうが……。

 

「よっ! シーザー!」

 

 シーザーの領域の前を通る時、ハリーは気軽に声を掛けた。すると、シーザーは嬉しそうに尻尾を振った。

 サイズが小城クラスでなければ可愛らしい仕草だが、それによって烈風が巻き起こり、大地が鳴動する。

 

「……改めて見ると、本当に大きいわね」

「ああ、かっこいいぜ!」

 

 ハリーは目をキラキラさせながら言った。

 その姿にハーマイオニーはクスリと微笑んだ。

 

「……ドラゴンなんて、ホグワーツに来る前はお伽噺の存在だと思ってたわ」

「オレもだぜ。バジリスクとか、ケルベロスとか、本当に居るなんて思わなかった」

「分かるわ、それ! そもそも、魔法が実在する事自体、本当にびっくりしたもの!」

「それな! 初め、母さんの事を頭のおかしいやばい奴だと思ったもんだぜ」

「あはは……、実はわたしも……」

 

 談笑しながら、二人はケンタウロスが集まっている場所へ向かっていく。

 彼らは常にホグワーツを睨んでいるから、大体の場所は分かっていた。

 

「それで、何を話すんだ?」

 

 ハリーが聞くと、ハーマイオニーは言った。

 

「もちろん、シーザーの事よ! この森は元々彼らのものなのよ? いきなり問答無用で占拠するなんて、怒ってあたりまえじゃない!」

「うっ……、それは……、まあ」

「シーザーにとっても、敵意を向けられ続けるなんて哀しいし、辛い事だわ! だから、ちゃんと話し合うべきなのよ! 一緒に暮らす事を許してもらうの!」

「……ああ、そうだな。それは……、大切な事だ」

 

 素直に聞き入れるハリーにハーマイオニーは微笑んだ。

 そして、ハリーは彼女の笑顔に少し赤くなった。丁度禁じられた森に入った事で、彼は暗闇が顔色を隠してくれる事に感謝の念を抱いた。

 

「……そこで止まれ、ハリー・ポッター」

 

 しばらく歩くと、不意に暗闇の向こうから声を掛けられた。

 姿を隠しているが、恐らくはケンタウロスなのだろう。

 二人が立ち止まると、再び声が響く。

 

「何をしに来た……? 我々を滅ぼすのか……?」

「違う。謝りに来た。それと、頼みがある」

「謝りに……? ハリー・ポッターが我々に謝罪するというのか……?」

 

 どうやら、一人ではないようだ。暗闇のあちこちから息を呑む音が聞こえる。

 ハリーはゆっくりと頭を下げた。

 その隣でハーマイオニーも頭を下げる。

 

「すまなかった。森を焼く事は本意では無かった。許して欲しい」

「お願いします! ハリーに悪気は無かったんです!」

 

 二人の態度に声の態度が僅かに変わった。

 

「まさか……、謝られるとは思わなかった。それに、君はあのドラゴンを森に住まわせた。我々にとって、重要な事は森を焼かれた事よりも、あのドラゴンなのだ」

「それについて、頼みがある。どうか、シーザーが森に棲む事を許して欲しい」

 

 その言葉に森のあちこちから怒号が飛んだ。すると、「静まれ!!」という力強い声が響き、静まり返った。

 

「……すまない。だが、君の要求には頷けない。分かると思うが、我々にとって、ドラゴンは脅威なのだ。彼の挙動一つで森が燃え、大地は揺らぎ、大気が乱される。いつ噴火するかも分からぬ活火山の火口で生きる事を想像してみて欲しい。我々にとって、今の森はそういう場所なのだ」

「シーザーは僕の許可なく暴れたりはしない。挙動による振動や突風については……、なんとか対策を練る。だから、どうか……」

 

 更に深く頭を下げるハリーに声は困った様に唸った。

 

「……君に譲るつもりは無いというわけか」

 

 その言葉にハリーは顔を顰めた。

 下手に出ているようで、ハリーは彼らに不本意な要求を飲む事を強制している。

 その事をハリー自身も分かっていた。だからこそ、何も応える事は出来なかった。何を言っても言い訳にしかならないからだ。

 

「お願いします! シーザーは決してあなた達を傷つけません! その為にわたし達は全力を尽くします! だから、どうか!」

 

 ハーマイオニーは懇願するように叫んだ。その様子に、声は不思議そうに問いかけた。

 

「君は……?」

「わ、わたしはハーマイオニー・グレンジャーです! ハリーのと、友達です!」

 

 暗闇で自分の顔色がバレない事をハーマイオニーは必死に祈った。

 

「……ハリー・ポッター。そして、ハーマイオニー・グレンジャー。我々にあなた達の要求を跳ね除ける力はない。ハリー・ポッターがその気になれば、我々など抵抗する間も与えられずに絶滅してしまう」

「そ、そんな事、ハリーはしません!!」

「それでも、出来る事は事実だ、ハーマイオニー・グレンジャー。封を開けば猛毒が吹き出て、一面を覆い尽くす瓶を想像してみてくれ。例え、封がされていて、解かれる事がないと分かっていても、恐れずにはいられない」

「でも!!」

「我々は君ではない。彼を信じる事は出来ない」

「そんな……」

 

 悲しそうに俯くハーマイオニーに、ハリーは表情を歪めた。

 

「……何か、妥協案は無いか?」

「我々の要求は変わらない。言葉を話せぬ他の動物達も同じだ。棲家を追われ、恐怖の日々を送る事を受け入れる事は出来ない」

「そうか……」

 

 ハリーは己の短慮を悔いた。禁じられた森が燃えてしまったけれど、それならばその場所をシーザーの棲家として利用しよう。

 その程度の浅い考えだった。禁じられた森を棲家としていた動物達の事を何も考えていなかった。けれど、シーザーの巨体では、他に窮屈な思いをしなくていい棲家を用意する事は難しい。

 それこそ、別の森を焼いて、別の動物達を棲家から追い出すしか方法がない。

 

「ハリー・ポッター。ドラゴンにはドラゴンの生息域がある筈だ。そこに戻すわけにはいかないのか?」

「それは……」

 

 それが一番正しい事だと、ハリーにも分かっていた。

 シーザーと一緒にいたい。それはハリーの我儘だ。シーザーが心から望んでいる事ではない。

 

「オ、オレは……」

 

 離れたくない。だけど、己の我儘の為にシーザーを仲間のいない地に縛り付け、禁じられた森の住民達に苦痛を与え続ける事は間違っている。

 我欲の為に間違っている事を為す。それは悪の所業だ。

 

「……そう、だな」

 

 ハリーは悲しそうに表情を歪めた。

 

「オレは……、間違っている。一緒に居たいなど……、オレの我儘だ。すまなかった……、オレの我儘に君達を巻き込んで……」

 

 別れを決断する苦しみは身を引き裂かれる程だった。

 それでも、間違った事は出来ない。他ならぬ、ハーマイオニー・グレンジャーの前では、正しい道を選ばなければならない。

 

「……ち、ちがっ、わたし、こんなつもりじゃ」

 

 ハリーの苦しみに満ちた顔を見て、ハーマイオニーは青褪めた。

 彼を苦しめたかったわけではない。ただ、ハリーとシーザーが幸福になれるように考えた事なのだ。

 その結果が彼らの離別などと、そんな事は望んでいなかった。

 

「いや……、彼らの言う通りだ。どうかしていたのはオレだ。君にも感謝している……、ハーマイオニー。いつも、君はオレを正しい道へ導いてくれるな」

 

 ハリーは今一度ケンタウロスの声の方角を見つめた。

 

「すまなかった。シーザーは……、元の棲家に帰す」

「……何故だ」

 

 ハリーの言葉に声は動揺したように言った。

 

「君ならば、力で我らを従える事も出来る。……何故、そうしない? 君が望むなら、叶えられぬ事などないのに……」

「オレは……、ただ……」

 

 ハリーはハーマイオニーを見つめた。

 

「ハリー……?」

 

 いつからだろう。

 元々、ホグワーツに来る前のハリーは正しい事に拘りなど無かった。

 ―――― ヴォルデモートの名前が霞んで消える程の男になる!!

 

 歴史上のどんな偉人にも、どんな犯罪者にも、誰にも負けない男になると、No.1になる為ならば、悪の道でも歩み切ってみせると誓っていた。

 それなのに、今では……。

 

「……ハーマイオニー」

 

 心臓が高鳴った。

 ホグワーツに来て、様々な出来事を経験して来た。

 秘密の部屋を見つけ出し、エグレと出会い、ヴォルデモートを倒した。

 ドラコに取り憑いたトムと戦い、悪霊の火を会得した。

 ハリーの歩んできた道は、まさに波乱万丈だった。

 その中で彼を変えたもの……、それは――――!

 

「オレは……、君に嫌われたくないんだ」

「は、ハリー!?」

 

 いきなりのハリーの言葉にハーマイオニーは目を丸くした。

 周りのケンタウロス達もざわめいた。

 

「そうだ……、それが理由だ! オレが正しい道に拘るのは、君が正しい人間だからだ! だから……、オレは君が居る限り、道を誤るわけにはいかないんだ」

 

 ハーマイオニーは暗闇でも隠せない程に真っ赤になった。

 

「それが理由だ、ケンタウロス」

「……愛故か、なるほど。君は彼女の為ならば自らの望みすら捨て、正しい道を歩むという事か」

「そうだ!」

 

 その言葉にハーマイオニーは目を回しそうになった。

 愛。その言葉は彼女の心を大いに揺さぶった。

 

「……ならば、我々も彼女を信じてみよう」

 

 ケンタウロスは言った。

 

「へ?」

 

 ハーマイオニーはキョトンとした。

 

「ハリー・ポッターが我欲よりも優先する者。まさに、楔石となり得る者。君が居る限り、ハリー・ポッターは誓いを守るだろう。だからこそ、これは契約だ。君が存在する限り、ドラゴンの居住を認めよう。けれど、君が居なくなれば、その時こそドラゴンには立ち退いてもらう。それで構わないか?」

「……いや、しかしな。シーザー自身の意志もある。やはり、生息域に帰すべきだと……」

「それは君達で決めるがいい。我々の意志は既に告げた通りだ」

「わ、分かった! ありがとう、ケンタウロス!」

 

 シーザーの意志次第となるが、ケンタウロス達はシーザーの居住を認めてくれた。

 その事にハリーは喜び、感謝の気持ちをハーマイオニーに示そうとした。すると、彼女はギクシャクした動きでハリーから離れた。

 

「は、ハーマイオニー……?」

「よ、良かったわね、ハリー! あ、あとは……えっと、シーザーの意思確認ね! そ、それはそれとして用事を思い出しちゃった! わ、わたし、先に帰るわ!」

「えっ!?」

 

 ハーマイオニーは脱兎のごとく走り去って行った。

 

「あ、あれ……?」

 

 ハリーはこの時になって、ようやく自分の言動を振り返った。

 

 ―――― オレは……、君に嫌われたくないんだ。

 

 ケンタウロスの言葉が脳裏に響く。

 

 ―――― ……愛故か。

 

 そして、自分の返答を思い出す。

 

 ―――― そうだ!

 

 ハリーは真っ赤になり、そして、青褪めた。

 

「ほあぁぁぁぁぁぁあああああああああっ!?」

 

 無自覚だった。これでは殆ど告白したようなものだ。

 そして、ハーマイオニーは逃げていった。

 

「ま、待ってくれ、ハーマイオニー!!!」

 

 ハリーは慌てて彼女を追いかけた。

 

「ち、ちげーんだよ!! い、今のはそういうんじゃなくて!!」

「お、追いかけて来ないで、ハリー!!」

「グホッ!? い、いや、だから、だから……、話を聞いてくれぇぇぇぇ!!!」

 

 そして、ハリーは不覚にも躓いてしまった。転ぶハリー。走り去るハーマイオニー。

 その無様な姿を通りがかりの生徒達はバッチリ目撃した。

 そして、彼らは思う。

 

 ―――― やっぱり、ハリーよりハーマイオニーの方が……。

 

 ハーマイオニーの女帝の二つ名は不動のものとなるのだった。


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