【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第七十三話『トムとハリー』

 ハリーはシーザーの下を訪れた。たっぷりのブランデーと肉の塊をトランクからドサドサと出すと、シーザーは大いに喜んだ。

 これから、シーザーには答えの見えている選択を迫る事になる。

 ここに残るか、生息域に戻るかの二択だ。

 力で服従させた以上、彼は喜んで生息域へ帰る筈だとハリーは信じていた。そして、その事を深く悲しんでいた。

 

「……シーザー」

 

 ハリーはシーザーに触れた。

 ゴスペルやエグレのようには言葉を交わせない。けれど、シーザーの知性はハリーの言葉を確りと理解出来る。

 だから、意志の確認は簡単だ。いとも容易く出来てしまう。

 

「選んで欲しい。ここに居たいか? それとも、故郷に帰りたいか?」

 

 目をパチクリさせるシーザー。

 

「オレはお前の意志を尊重する。帰りたいなら、すぐにでも送り届ける」

 

 その言葉にシーザーは首を傾げた。

 

「シーザー。故郷に帰りたければ、頷いてくれ。それだけでいい」

 

 シーザーはハリーを見つめた。やがて、ゆっくりと首を横に振った。

 

「シーザー……?」

 

 頷くという言葉の意味を間違えているのか、それとも、頷くという動作を間違えているのか、ハリーには分からなかった。

 すると、ゆっくりとシーザーの後ろからエグレが姿を現した。

 

『マスター』

 

 エグレはシーザーを見上げた。

 

『見た通りだ。シーザーは故郷に戻る事を望んでいない』

『い、いや、しかし……』

『シーザーの意志を尊重するのでは無かったのか?』

『それは……、その通りだが、どうして……』

 

 ハリーはシーザーを不思議そうに見つめた。

 

『……さて、そこまでは我にも分からぬ。だが、シーザーはマスターの下に残る事を望んでいるようだ』

 

 ハリーは信じられない思いでシーザーを見つめた。

 そして、ゆっくりと頷いた。

 

「お前が……、そう望んでくれるなら」

 

 ハリーの言葉に満足したのか、シーザーは嬉しそうに吠えた。

 想定外の事に対して、ハリーは歓喜しながらも、どこか夢を見ているかのような気分になり、よろよろと城へ戻って行った。

 もう、空はすっかり暗くなっていた。

 

 第七十三話『トムとハリー』

 

 目が覚めると、ハリーは白い世界にいた。よく見れば、そこがキングス・クロス駅である事が分かる。

 ハリーはベンチで寛いでいるトムを見つけた。

 

「やあ、久しぶりだね」

「ああ」

 

 ハリーは手元にチェスを用意した。ここは生と死の境界であり、精神と物質の狭間にある世界。望む事で、あらゆる事を実現する事が可能だ。

 

「早速かい?」

「ああ、待ちかねていたからな」

 

 トムはクスリと微笑むとハリーの用意したチェスの駒を手に取った。

 

「ずいぶん、愉快な事になっているね」

「色々と、な。シーザー、かっこいいだろ?」

「うーん……、カッコいいと言えなくもないね」

「なんだ、微妙な反応だな」

「ちょっと大き過ぎるかなって……。恐らく、何らかの実験の副産物だろうね」

「実験の……?」

 

 トムはボーンを動かしながら頷いた。

 

「ハンガリー・ホーンテイル種は成体でも100フィート程度だ。それなのに、シーザーは300フィート近くもある。明らかに異常だよ。突然変異だとしても、あそこまで大きくはならない。明らかに人為的な手が加えられているね」

「人為的に……」

 

 ハリーはナイトを叩きつけるように進ませた。

 

「君は知らないのかもしれないけれど、魔法生物の研究は綺麗なものばかりじゃない。まあ、これは魔法生物に限らないけどね。生物のメカニズムを解明する為には、とにかく実験と解剖の繰り返しだ。時には人工的に交配する事もある」

「そんな事を……」

 

 ハリーは嫌悪感に顔を歪ませた。

 

「実に残酷で非道な行為だけど、それが人以外のモノに対してなら、誰もが仕方ないで済ませる。君だって、肉を食べるだろ? 殺す為に育てて、無慈悲に殺して、その肉に値段を付ける。そして、時には食べる事すらせずに捨てる。だけど、その事を厭う人間など早々いない。その延長線上のものだよ。仕方のない事さ」

「し、しかし……、シーザー……」

「シーザーを想うなら、彼の望み通り、ずっと傍に置いてあげる事だね。どうせ、生息域に戻ってもシーザーに居場所なんてない。人の手が加えられた動物は群れから弾き出される。あんな歪な巨体じゃ、尚更だよ」

 

 ハリーは無言でクイーンを動かした。

 

「君、魔法生物関係の仕事を目指してるんだろ? なら、そういう事も受け入れないといけないよ。生態を識る事は人間と魔法生物が共存する上で必要不可欠だ。それが如何に血に塗れていてもね」

「……善処する」

「うん」

 

 二人はそれからしばらくチェスの対局に興じた。

 一進一退の攻防。けれど、勝利の回数はトムが上回っている。

 

「……シーザーの事以外でも悩んでいるね」

「別に……」

 

 トムはやれやれと肩を竦めた。

 

「ここにはボクしかいない。どうせなら、すべて打ち明けてみなよ」

「……悩んでなんていない」

 

 頑ななハリーにトムはクスクスと笑った。

 

「そうか……。なら、話を変えよう。ニコラスの姿を見て、人に物を教える事に興味が出たんだ。何か、魔法の事で聞きたい事はない?」

「ニコラスって……、お前……」

「もう、君は気付いているんだろ? 彼はボクだよ。もっとも、肉体は別人のものだけど」

 

 サラッと打ち明けられた事実にハリーは驚きこそしないものの、呆れた様子を見せた。

 

「一応、アイツは隠してるんじゃないのか? 教えていいのかよ……」

「別に、ボクはアイツの味方じゃないからね」

「お前なんだろ?」

「そうだよ。だけど、違う。オリジナルとボクの考え方が違うように、ボクとアイツの考え方も違う。アイデンティティっていうのは、環境や出来事次第で幾らでも変わるんだ。幼い頃の悪童が、大人になったら立派な聖人になっている。逆に、幼い頃は天使のように優しかった子が、成長して悪魔のような人物になる事もある。同一人物であっても、ボクとアイツは既に別人なのさ」

「そういうものか……」

「それが分かっているから、君もヴォルデモートだと知りながら、アイツを野放しにしてるんだろ?」

「……別に」

「君、このボクやクィディッチ・ワールドカップの時に現れたボクの事を考えて、迷ってるんだろ? 本当に倒すべき相手なのかどうか……」

 

 ハリーは押し黙った。

 

「教えてあげるよ、ハリー。君はアイツを倒すべきだ」

「お前……」

 

 ハリーはトムを睨みつけた。

 

「ボク達はヴォルデモートなんだよ、ハリー。君にとって、許してはいけない敵なんだ」

「お前、変だぞ。なんで、自分を……」

「……君のせいじゃないか」

 

 トムは言った。

 

「この世界で再会して、今もずっと……、君はボクを友として接してくる。本当……、勘弁してくれよ……」

 

 苦しそうに、トムは顔を右手で覆った。

 

「君の人生を歪めたのはボクだ。君からお父さんとお母さんを奪って、ダーズリー家で過ごす原因を作ったのはボクなんだよ、ハリー……」

「……ったく」

 

 ハリーはやれやれと肩を竦めた。

 

「友達になりたいと先に言ってきたのはお前の方だぞ」

「分かってる……、分かってるよ……。だけど、本当に友達になるなんて……、そんなの……」

「ごちゃごちゃ言うなよ、トム。オレは……、ダーズリー家を恨んでいる。ダンブルドアやヴォルデモートも恨んでいる」

 

 その言葉にトムは表情を歪めた。

 

「だけど、不思議なものだ」

 

 ハリーは言った。

 

「恨んでいるのに、ペチュニア叔母さんには幸せになって欲しい。バーノンとダドリーにも、忌々しいが……、それでも不幸になる事を望めない。ダンブルドアに対しても、オレ以外の奴がアイツを傷つける事が……、許せない」

「……複雑なんだね。でも、ヴォルデモートは違うだろ?」

「ああ……、そう思っていた。だから、オリジナルは言い訳も聞かずに滅ぼしたし、お前の事も……」

 

 ハリーは苦悩の表情を浮かべた。

 

「だけど、オレはお前を嫌いになれない。クィディッチ・ワールドカップの時のアイツも……、アイツはアステリアを救う為に自ら死を選んだ。ニラコスと接して、ダフネを思いやる姿やダリアの水薬の為に懸命な姿を見て……、憎んだままでは居られなくなった……」

「それは……、間違いだ。ハリー、他の誰を許しても、ヴォルデモートを許してはいけないよ。ダーズリー家やダンブルドアとは違うんだ。ヴォルデモートは悪なんだ。そして、その悪意が君を……」

「それでも……、オレはニコラスが今のままなら……、倒す気はない」

「ハリー……」

 

 トムはハリーを責めるように睨み、そして、溜息を零した。

 

「……話を戻そう。君には力が必要だ。だから、ボクが識る限りの力を君に与えるよ」

「トム……?」

 

 トムは言った。

 

「まず……、君が望んでいた悪霊の火の更なる進化について。これは問題無いよ。次からは君の望んだ通りに発動する。理由は説明しなくても分かるだろ?」

「……ああ」

「それから……、そうだね。君、空を自由に飛びたくない?」

「空を……?」

 

 トムは微笑みながら立ち上がった。そして、ゆっくりと浮遊を始めた。

 

「《死の飛翔(ヴォルデモート)》。そう名付けている。呪文は必要ない。魔力を制御するだけだ。動物もどき(アニメーガス)になれる程の技量があれば、そこまで難しくないよ。なにせ、幼少期の魔法使いは誰もが一度は体験している」

「魔法ではなく、魔力を使った技術なのか?」

「その通りだよ。幼少の魔法使いは呪文など使わなくても瞬間移動や治癒術、空中浮遊を使う。ボクの場合、そういう事をホグワーツに来る前から意図的に出来ていた。その技術を研鑽して、完成させたものがコレさ」

「なるほど……」

「一朝一夕で身につくものではないけど、練習しておけばいざという時に役に立つはずさ。友達としての贈り物だ。有効に活用してくれたまえ」

「ああ……、ありがとう」

 

 ハリーは目が覚めるまでトムから《死の飛翔(ヴォルデモート)》の手ほどきを受けた。

 

「ああ、最後に一つ言っておくよ」

 

 意識が遠のき、意識が現実世界で覚醒する寸前にトムは言った。

 

「君の場合、恋愛は直球勝負がベストだよ。好きなら好きって、ハッキリ伝えてあげなよ」

「おまっ……」

 

 そして、ハリーは起きた。

 

「……ったく、アイツ」

 

 ハリーは小さく笑った。


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