【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第七十六話『議論 -SCRUM- 』

 魔法法執行部の部長、アメリア・スーザン・ボーンズは大会議室に入った。そこは、まるで戦場の如くピリピリとした空気に満たされていた。

 現在、魔法省は真っ二つに割れている。ハリー・ポッターの排斥派と擁護派だ。

 その対立は、三大魔法学校対抗試合の第一試合で排斥派の中の過激派が行った暴挙によって一気に激化している。

 このままでは魔法省内部で戦争になってしまう。その事を案じた上層部が話し合いの席を設けた。

 最も公平な魔女と呼ばれる彼女は、どちらの派閥からも信頼されている為に今回の議会における議長に任命された。

 彼女が議長席に座ると、いよいよ議論がスタートした。

 

 第七十六話『議論 -SCRUM- 』

 

 木槌を叩くと共に両陣営が手を挙げる。アメリアはまず擁護派の人間を指名した。

 

「―――― 闇祓い局局長、ルーファス・スクリムジョール。どうぞ」

「ありがとう、議長。さて、この場で魔法生物規制管理部部長、エイモス・ティゴリー氏に質問がある。三大魔法学校対抗試合の第一試合において、ハリー・ポッターが対峙したハンガリー・ホーンテイル種。あのような複数の成人した魔法使いにも対処困難な特殊個体を学生に差し向けるなど、どういうおつもりなのか……、お答え願えるかね?」

 

 獅子の如き鋭い眼光は排斥派の一人であるエイモスを貫いた。

 

「―――― 魔法生物規制管理部部長、エイモス・ティゴリー。どうぞ」

「……あ、あれはその……」

 

 エイモスは青褪めていた。矢面に立たされているが、彼は唆されるままに判を押しただけなのだ。

 

 ―――― 部長、ハリー・ポッターに対して、生半可なドラゴンでは試練になりません。折角の息子さんの晴れ舞台をハリー・ポッターのワンマンショーにされては堪らないでしょう? ここは我々が研究している特殊個体を使いましょう。 

 

 ハリー・ポッターは危険な存在だ。息子の通う学校にあのような男が在籍している事にエイモスは恐怖を感じていた。けれど、殺そうとまでは考えていなかった。

 ただ、一方的な試合になって、ハリー・ポッターのワンマンショーになり、息子の活躍が目立たなくなる事が我慢出来なかった。だから、ちょっとだけ苦戦してもらおうと、それだけの事だった。

 

「エイモス・ティゴリー。答えなさい」

 

 アメリアは木槌を叩きながら言った。

 

「あ、あれは……、あれは――――」

 

 その時だった。急にエイモスの思考が靄に包まれた。

 そして、言おうとしていた言葉とは別の言葉が口から飛び出した。

 

「……私が命じました。ハリー・ポッターは危険過ぎる。排除するべきだと判断したのです。その為に実験課が生み出した特殊個体を差し向けました。これは全て、魔法界の未来の為なのです!」

 

 その言葉に擁護派の魔法使い達から怒号が飛んだ。

 

「ふざけるな!! 貴様の勝手な判断で未成年の子供を殺すつもりだったのか!?」

「貴様の行為は殺人未遂だ!! アズカバンでの終身刑に値する行為だぞ!!」

「静まりなさい!!!」

 

 アメリアは木槌を強く叩いて黙らせた。

 

「意見がある者は挙手を!」

 

 その言葉と共に一斉に手が挙がる。

 

「―――― ホグワーツ魔法魔術学校理事、ルシウス・マルフォイ。どうぞ」

「感謝する」

 

 ルシウスは怒りに燃えた目でエイモスを睨みつけた。

 

「未成年の子供に対して、明確な殺意を抱いた挙げ句、卑劣な手段で罠に陥れる。その所業は残忍極まりなく、悪辣であると言えるでしょう。更に、あのような制御不可能な生物をろくな対策も講じずに解き放った行為自体に問題があると考えます。人的被害が出なかった事はまさに奇跡であり、ハリー・ポッターは多くの人命を救った英雄であると言えます。……排斥派諸君はハリー・ポッターを危険視しているそうだが、どちらが危険分子であるかは此度の一件で明確になった。違いますかな?」

 

 ルシウスが言葉を切ると、排斥派が手を挙げた。

 

「―――― 魔法ゲーム・スポーツ部職員、レイモンド・カーティス。どうぞ」

「ルシウス殿! 話をすり替えないで頂きたい! 此度の一件、たしかにティゴリー氏の行動には問題点がある。しかし、ハリー・ポッターが危険である事に変わりはない! むしろ、特殊個体のハンガリー・ホーンテイルを無傷で圧倒し、従えた事は彼の危険性の証明に他ならない! また、彼の精神性についても試合時に発動した彼の悪霊の火が物語っている! あの呪文の性質上、その威力は彼の内面にある負の感情の大きさを示している!」

 

 すると、今度は擁護派の手が上がった。

 

「―――― マグル製品不正使用取締局局長、アーサー・ウィーズリー。どうぞ」

「そちらこそ話をすり替えるな!! 明確な殺意の下に動いた者と身を護る為に動いた者! どちらが悪かは明白だ!!」

「―――― 魔法事故惨事部部長、セシリア・リズヴェット。どうぞ」

「殺意を問題視するならば、ハリー・ポッターは既に殺人行為を行っています! 一年生の時、彼は闇の魔術に対する防衛術の担当教師であるクィリナス・クィレルを殺害しているじゃない!」

「―――― 国際魔法法務局局長、フラット・ライド。どうぞ」

「相手は死喰い人だぞ! しかも、その後頭部にはヴォルデモートのオリジナルが取り憑いていたのだ!! ヴォルデモートの討伐を悪と言うつもりか!?」

「―――― 魔法運輸部部長、ユリーナ・ワトソン。どうぞ」

「問題視するべきは十歳の若さで殺人に手を染めている事ですわ! 彼は正義の為ではなく、若さ故の衝動に身を任せて人を殺したのです! 相手が誰かなど、この際、問題ではないのですよ!」

「―――― 魔法試験局局長、グリゼルダ・マーチバンクス。どうぞ」

「それはあなたの私見です! ハリー・ポッターの行動理念は常に光と共にある!」

「―――― 国際魔法法務局職員、リザ・エスメラルダ。どうぞ」

「愚かな事を! 彼の問題行動の数々をご存知ではないのですか!? 校内でバジリスクを徘徊させ、悪霊の火を放つ! 彼はホグワーツの生徒達から《死の恐怖(グリム・リーパー)》と呼ばれているのです! 子供達が死の恐怖を味わうなど、もってのほかです!!!」

「―――― 誤報室室長、マイケル・マーベリック。どうぞ」

「彼はバジリスクを完全な制御下に置いている! 彼がニュート・スキャマンダーと共同で発表した論文を読んだ事が無いのかね? 更に、彼は悪霊の火も完璧に制御しているのだ!」

「―――― 存在課課長、ジーン・マクギリス。どうぞ」

「制御が出来ているからどうしたというのだ!? 彼はヴォルデモートや死喰い人に関係なく、教師や生徒を脅すために悪霊の火を発動させた事が幾度もある!!」

「―――― 魔法警察部隊隊長、ロヴェルタ・ハーゴン。どうぞ」

「その時の事は彼の後輩が残酷な虐めにあっていて、それが原因だと報告を受けている!」

「―――― 魔法大臣付上級次官、ドローレス・ジェーン・アンブリッジ。どうぞ」

「わたくしが聞いた話によれば、虐めと言っても、それは哀しいすれ違いがあってのもの。いじめを受けていた少女は……なんと言いますか、他者とのコミュニケーション能力に著しい欠陥を抱えているそうですから。実際には、それほど重大な問題では無かったのです。それなのに闇の魔術を行使して人を脅すなど……、あまりにも軽率で、身勝手だと言わざるを得ませんわ」

「―――― 魔法法執行部副部長、パイアス・シックネス。どうぞ」

「ミス・アンブリッジ! 虐め問題について軽率な発言は控えるべきと進言致します。加害者にとっては僅かな悪ふざけでも、被害者にとっては重大な心的苦痛を味わうもの。むしろ、ハリー・ポッターは被害者の立場になって考える能力を持っている事を重視するべきでしょう!」

 

 排斥派も擁護派も譲る気は一切なく、議論は延々と続いた。

 その終わりの見えない話し合いに一石を投じたのは魔法事故惨事部部長・カープ・ロドリゲスだった。

 彼は排斥派の側に立っていたが、青褪めた表情で言った。

 

「……あ、あの皆さん。一度冷静になって考えて頂きたいのですが」

 

 彼は言った。

 

「そもそもですね……? ハリー・ポッターをどうやって排斥するつもりなのですか?」

 

 その言葉に誰もが押し黙った。

 

「ハ、ハリー・ポッターは例のあの人すら手も足も出なかった少年です。その上、バジリスクとホーンテイルの特殊個体を従えた今、その攻撃力は計り知れないものがある。よ、擁護するわけではありませんが……、あんな化け物にどうやって立ち向かうと……? 下手に手を出せば、それこそ取り返しがつかない……。我々は全員殺されますぞ……!」

 

 応えられる者など居なかった。擁護派の半数以上はそれが分かっているからこそ排斥派を止めようと必死になっていたのだ。

 大の大人がこぞって名前すら呼べない程に恐れた男をいとも容易く滅ぼしてしまった少年。その時点で、結論は決まっている。

 どんな手段を講じても、ハリー・ポッターは排斥など不可能。ならば、彼に睨まれないように大人しくしているべきなのだ。

 

「―――― 魔法大臣付上級次官、ゼノ・プルウェット」

「だからこそ、今しかないのだ!!!」

 

 彼は吠えるように言った。

 

「今ですら危険な男がこれ以上力を得る前に滅ぼさねばならぬ!!! 彼は子供だ! だからこそ、まだまだ成長の余地を残しているのだ!! 早急に手を打たねば、それこそ取り返しのつかない事になる!!!」

 

 その言葉に排斥派の魔法使い達の表情は強張った。

 今の段階ですら、既に天災の如き力を持っている怪物が更に力を増していく。その恐怖に、彼らは正気を失いそうになる。

 そして、それは擁護派の多くも同様だった。恐れたからこそ擁護派に回った者達も未来に絶望し、叫びだしそうになっている。

 

「だ、だからこそ! 我々は彼が健全に成長出来るように見守るべきなのだ! 第二のヴォルデモートではなく、第二のアルバス・ダンブルドアになるように!!」

「馬鹿な!! そのダンブルドアも、嘗てはマグル支配に乗り出そうとした前科があるのだぞ!! 今も野心を持っていないと、何故言える!?」

「ダンブルドアはゲラート・グリンデルバルドと親密だった!! 善人の皮を被りながら、裏では悪辣な事を企んでいるかもしれない!!」

 

 もはや、議長であるアメリアの声も届かなかった。議論は崩壊し、排斥派も擁護派もハリー・ポッターの更なる成長を恐れた。

 気がつけば、擁護派は僅かになり、多くの者が魔法契約に縛られたトーナメントの間に始末するべきだという主張を支持し始めた。

 

「ふざけるな!!! そんな卑劣な真似は許さんぞ!!!」

「黙れ、マルフォイ!!! そう言えば、貴様はヴォルデモートの腹心だったな! 今度はハリー・ポッターに恭順して甘い汁を吸うつもりか!!」

「な、なんだと!? わ、わたしは――――」

「駄目だ、ルシウス!」

 

 反論しようとしたルシウスの手をアーサーが引いた。すると、ルシウスが直前まで居た場所に呪文の光が飛んできた。

 

「なっ!?」

 

 絶句するルシウスと共にアーサーは他の擁護派と共に会議室を飛び出した。

 

「何をしているんだ!? 奴等はハリー・ポッターを殺そうとしているのだぞ!! 止めねば!!」

 

 血相を変えるルシウスにアーサーは「無理だ!!」と叫んだ。

 

「奴等は正気ではない!! 恐怖に呑まれている……」

「しかし!!」

「分かっている!! 分かっているが、今は他に出来る事をしていくしかない」

「他に……?」

「とにかく、ハリーを守るんだ。その為に行動するんだよ」

「……ああ、そうだな」

 

 ルシウスは深く息を吐くと微笑んだ。

 

「そうだ……、守るのだ。我々の手で!」

 

 ルシウスの言葉にアーサーは「ああ!」と微笑んだ。

 握手を交わす二人に他の擁護派の魔法使い達も決意を固めていた。

 

「多勢に無勢だが、少数だからこそ出来る事もある」

 

 スクリムジョールは言った。

 

「迅速に動くとしよう」

 

 その言葉に誰もが頷き、そして行動を開始した。


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