ダンスホールと化した大広間の中心で、ハリーはハーマイオニーの手を取り、その腰に手を回した。
妖女シスターズが奏でる物悲しい旋律に合わせて、ゆっくりと踊り始める。
「……歯を」
「え?」
「歯を小さくしたのか?」
「……う、うん」
ハリーは器用に踊りながら残念そうに目を細めた。
「そのままでもチャーミングだと思っていたのだがな」
「ななっ!?」
ハリーは曲調が変わると同時に彼女から手を離して、その腰と膝の裏を持ち上げた。
「きゃ!?」
「さあ、ここからは派手にいくぞ!」
ハーマイオニーを抱きかかえたまま回り始めるハリー。その隣ではクラムが対抗意識を燃やしてジニーを抱き上げていた。
徐々に観客達もダンスフロアに出て来て踊り始めている。
ハリーはハーマイオニーを降ろすと、彼女を情熱的に見つめた。
「ハーマイオニー、疲れてないか?」
「へ、へっちゃらよ!」
「そうか!」
妖女シスターズがテンポの早い曲を演奏し始めた。
ハリーは指を鳴らしながらハーマイオニーと距離を取り、彼女を挑発的に見つめる。
―――― 次は君から来い。
そう瞳で訴えられて、ハーマイオニーは覚悟を決めた。
情熱には情熱で返す。
ハーマイオニーはハリーに向かって跳んだ。抱きついてくるハーマイオニーを受け止めると、ハリーは彼女と一緒にクルクル回り始める。
「ハハッ! 負けないぜ、ハリー!」
すると、フレッドがアンジョリーナと共にハリーとハーマイオニーのダンスに対抗し始めた。
クラムとジニーも対抗意識を燃やし、フロアは三組のど派手なダンスに占領されてしまった。
曲調は更に変化する。
他の生徒達は時々パートナーを変えていたけれど、ハリーは最後までハーマイオニーと一緒に踊り続けた。
彼の瞳には彼女だけが映り、彼女の瞳にも彼だけが映っている。
「ハーマイオニー!」
「ハリー!」
情熱的に見つめ合う二人。やがて、最後の曲が奏でられた。
フロアの中心は彼らの専用ステージになっていた。誰もが彼らを見ている。心から愛し合っている男女。それも、魔法界で最も危険な男と女。
ある者は憧れて、ある者は恐れて、ある者は妬み、ある者は怒り、ある者は楽しそうに、ある者は微笑ましそうに、ある者は嬉しそうに見つめている。
遂に曲はラストに差し掛かる。スパートに盛り上がるフロアの中心で、ハリーの心もスパートを掛けていた。
ハーマイオニーの手を取って、クルクルと回し、その腰を支えて、大きく反り返させる。
そして、彼は言った。
「愛しているぞ、ハーマイオニー。心の底からな」
「ハリー……、わたしもよ」
曲が終わると共にハリーはハーマイオニーの唇を奪った。
第七十九話『アズカバンの囚人達』
ダンスパーティーの翌日、ハーマイオニーの髪はすっかり元に戻っていた。
けれど、彼女の顔を見るなり、「そっちも素敵だぜ」とハリーは囁きかけた。
「ダ、ダンスパーティーは終わったんだけど……」
「ああ、知っている。それより、隣に来い。スリザリンの席に座るのはイヤか? なんなら、オレがそっちに行こう」
あわあわしているハーマイオニーの手を取り、グリフィンドールの席に堂々と座るハリー。近くに居た生徒達は慌てて逃げ出し、コリンが呆れたように空いた席に座った。
「……ハリー、情熱的だね」
「当然だ。昨日、オレはハーマイオニーに《愛している》と言った。ハーマイオニーも《わたしも》と言った。つまり、これはもう恋人同士という事になるだろう? 恋人同士は一緒に居るべきだ。違うか? コリン」
「ぼ、僕にはちょっと早いかなー……。それより、昨日の写真が出来てるよ!」
「早いな!?」
昨日、深夜までカメラマンとしての仕事を全うしていたコリン。一体、いつの間に現像したのだろうかとハリーは目を丸くした。
「まさか、寝ていないのではないだろうな?」
心配そうに見つめるハリーにコリンは笑った。
「マーキュリー達が手伝ってくれたんだ。だから、僕は今朝仕上がりを確認しただけだよ。ほら、ハリーとハーマイオニーの写真」
ハリーはコリンから写真を受け取ると、満悦の笑みを浮かべた。
「素晴らしい……。素晴らしいぞ、コリンよ! それでこそ、オレのコリンだ!」
ハリーはハーマイオニーの可憐な姿を激写した写真を大切そうにローブに仕舞い込みながら言った。
「……その、オレのコリンはやめてくれないかなーって」
「不服か!?」
「いや、不服っていうか……」
コリンは遠くから突き刺さる視線に胃を痛めていた。ハリーが《オレの》と付けて呼ぶ相手はローゼリンデとコリン、そして、ハーマイオニーだけだ。
「そ、そうだ! もうすぐ第二の試練だよね? 内容は聞いてるの?」
「知らん」
「そうなんだ……。でも、どんな試練でもハリーならへっちゃらだよね!」
「当然だ! 優勝したら、コリンにはピカピカな最先端のカメラを買ってやるぞ! 楽しみにしておけ! フッハッハッハ!」
高笑いをするハリーの横でハーマイオニーは真っ赤になっていた。
恋人同士。ハリーの口から放たれた言葉を彼女はゆっくりと呑み込んでいった。
◆
クリスマスを境に、ハリーは放課後の勉強会でハーマイオニーを隣に座らせるようになった。そして、度々二人の世界を作ってはみんなを呆れさせた。
いつしか、ジニーは来なくなり、ダフネもニコラスと新薬の研究に勤しみ始めて離脱し、エドワード達も気を利かせて別のテーブルで勉強する事に決めた。
残ったのはドラコ、アステリア、ローゼリンデ、コリン、ルーナ、ロルフのみだった。
それも、一月が経過するとルーナとロルフが別のテーブルで専門分野の勉強に集中するようになり、コリンはジニーに連れ去られた。
同じテーブルで勉強していても、ハリーはハーマイオニーに夢中で、ローゼリンデとアステリアの勉強はドラコが一人で見る事になった。
「……やれやれだな」
恋は人を変える。ハリーに悪気は無いのだろうが、あまりにもハーマイオニーの事ばかりに意識を向け過ぎだ。
ローゼリンデが時折寂しそうに二人を見ている。ドラコは少し可哀想になった。
とは言え、付き合い始めたばかりのカップルの間に水を差すのも気が引ける。
仕方なく、ローゼリンデを気にかけると、今度はアステリアが拗ねてしまった。ままならないものだとドラコは溜息を零した。
◆
ハリーがハーマイオニーに夢中になっている間にいよいよ第二の試練の日がやって来た。
前情報は何もない。第一の試練の後、卵に次の試練のヒントが隠されていると言われたのに、その卵を翌日に回収されてしまったのだ。
「一応、卵のヒントは水の中から何かを探すって感じだったけど……」
セドリックのつぶやきに「そうなのか?」とクラムは目を見開き、フラーも「一日でトいたのでーすかぁ!?」と驚いた。
「でも、ここは競技場だね」
集められたのはクィディッチ用の競技場だ。
会場の中心には4つの円柱が並べられていて、その上に第一の試練で獲得した卵が乗せられている。
その遥か天上には巨大な立体映像が浮かんでいた。
「なにをするのでしょーう?」
フラーが首を傾げると、バグマンが拡声呪文で喋り始めた。
『みなさま! いよいよ、第二の試練が始まります! これより、代表選手達にはそれぞれのステージをクリアして頂きます!』
「ステージ?」
クラムは首を傾げた。
『ルールはシンプル! 第一の試練でそれぞれが手に入れた卵は
ハリーはつまらなそうに鼻を鳴らした。
ヒッポグリフレースの時のダリウスの反応から、もっと過激な内容を予想していたからだ。
拍子抜けしながら、ハリーは一番手であるセドリックの試練を立体映像越しに見守った。
セドリックが運ばれた先は密林だった。捜し物には困難な場所だけど、特に障害らしきものもなく、セドリックは魔法を駆使してアッサリと移動キーを発見して戻って来た。
「……えっと、これで終わり?」
ものの数分で試練を終えたセドリックはキョトンとした表情を浮かべている。観客達も第一の試練に比べて、あまりにも難易度の下がっている第二の試練に戸惑っていた。
続いて、クラムの番だ。クラムは雪山に飛ばされたけれど、彼の通っているダームストラング専門学校は極寒の地にある魔法学校だ。むしろ、そこはホームグラウンドだった。
吹雪が障害として立ち塞がったけれど、クラムも苦戦らしい苦戦はしなかった。
「馬鹿にしているのか……?」
クラムはセドリックと顔を見合わせると首を捻った。
「つぎはわたーしのばんですね!」
フラーは前の二人の結果を見て、すっかり油断した表情を浮かべながら卵に触れた。
彼女が飛ばされたのは水の中。さっきまでとは難易度が跳ね上がっていたけれど、フラーはパニックになる事なく頭部を魔法の泡で包み込んだ。
そして、すぐに移動キーを見つけ出す事に成功した。
「わたーしのときだけむずかしかったでーす!」
びしょ濡れになって戻って来たフラーは不満を口にした。
「……さて、オレもさっさと終わらせるか」
ハリーは呪文で服を乾かしているフラーの横を通り過ぎ、自分の卵の前に立った。
「さてさて、少しは楽しませてくれよ?」
そう呟くと、彼は躊躇いなく卵に触れた。
その瞬間、世界は渦を巻きながら流れていき、ハリーの足は地面を離れた。
回り続けること数秒の後、景色が回転を止めて定まった。
「……ほぅ」
そこは雷鳴が轟く絶海の孤島だった。その中心には巨大な建造物が聳えている。ハリーはその屋上に立っていた。
注目するべきは島の周囲を飛び回る吸魂鬼達の姿だ。
「アズカバン……。ここがオレのステージか」
ハリーは一度、吸魂鬼の影響を受けて倒れた事がある。魔法省はその情報を掴んでいたのだろう。
なるほど、ダリウスが焦っていた理由も頷ける。
「だが、舐めるなよ? 吸魂鬼如きにいつまでも……、ん?」
飛び交う吸魂鬼達を睨みつけていると、不意に下へ降りる階段の扉が開いた。
そこからゾロゾロと見窄らしい姿の人間達が現れる。
「……なるほどな」
間違いない。彼らはアズカバンの囚人達だ。牢獄に入れられている筈の彼らが揃って杖を握っている。
どうやら、立ち向かうべきは吸魂鬼だけではないらしい。現れた囚人達の数は百を超えている。誰も彼もが殺意を滾らせ、ハリーを睨みつけていた。
「ハリー・ポッター!!!」
囚人の一人が叫び声を上げた。恐ろしい形相の女だ。
「貴様を殺す!!」
その言葉にハリーは嗤った。
この島では姿くらましを使えない。マーキュリーを呼べば、その限りではないかもしれないが、ハリーにその気はない。極力、彼女を危険に晒す事はしたくないからだ。
「面白い。向かってくるなら構わない。歓迎してやるぞ」
百を超える囚人と無数の吸魂鬼に取り囲まれながら、その笑みを更に深め、ハリーはゆっくりと歩き出した。
そして――――、
「三分やろう。それまで、オレからは貴様らに攻撃を加えないと約束してやる」
「なんだと!?」
ハリーは彼らを挑発した。邪悪に嗤いながら、更に彼は言う。
「命を賭けろ。あるいは、届くかもしれんぞ? オレの命に」
その言葉に囚人達は一斉に襲いかかって来た。