【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第八十話『天下無双』

 ―――― ハリー・ポッターを殺害すれば恩赦を与えます。

 

 アズカバンに現れた魔法省の役人の言葉に、囚人達は耳を疑った。

 外の情報を一切合切遮断されている彼らだが、その名前はよく知っていた。偉大なる闇の帝王を滅ぼした少年。アズカバンに収監されている囚人の多くは帝王の配下として暴れまわった死喰い人だ。彼らにとって、ハリー・ポッターは憎悪の対象であり、いずれ滅ぼすべき怨敵である。命じられるまでもなく、機会が巡れば必ず息の根を止めてみせる。

 けれど、魔法省がハリー・ポッターの殺害命令を下す理由が分からない。その上、彼を殺せば恩赦を与えるとまで言っている。

 

 ―――― 何を企んでいる!?

 

 ある囚人が叫んだ。

 明らかに異常だ。囚人達は役人を睨みつけた。

 すると、役人はクスリと微笑んだ。

 

 ―――― すべては偉大なる方の為です。

 

 その言葉に囚人達は色めき立った。

 偉大なる者。彼らにとって、それは一人の人物を示す言葉である。

 その上、ハリー・ポッターの殺害はその偉大なる方の為のものと役人は言った。

 囚人達は確信した。魔法省は既に帝王の手に落ち、我らは帝王のお役に立つ機会を与えられたのだ。

 

 ―――― 条件付きとなりますが、あなた方には杖を与えます。存分に暴れなさい。

 

 そう言うと、役人は囚人一人一人に誓いを立てさせた。

 

 《ハリー・ポッターを殺害せよ。それが果たされるまではアズカバンから離れる事を禁じる。使命が果たされた時、汝らをアズカバンより解き放つ。》

 

 囚人達は一人も疑念を抱かなかった。役人が掲げてみせた腕には帝王の印が浮かべ上がり、彼らの腕にも同時に印が浮かび上がった為だ。

 これは帝王の命令であり、果たさねばならぬ使命なのだ。

 雄叫びを上げる囚人達。

 役人はそっと彼らの下を離れた。

 

 第八十話『天下無双』

 

 ―――― 三分やろう。それまで、オレからは貴様らに攻撃を加えないと約束してやる。

 

 その言葉に、魔法省に対して怒りの声を上げようとしていた者達は言葉を失った。

 彼らだけではない。ハリー・ポッターをアズカバンに送り込むという暴挙に唖然としていた者、いい気味だと思った者、アズカバンの崩壊を予見した者、囚人だって生きてるんだ! 命はお前らの玩具じゃねぇ! と叫んでいたジャクソン、そして、魔法省の役人達、すべてが言葉を失った。

 彼は今、無数の吸魂鬼とアズカバンの囚人達に取り囲まれているのだ。まさに絶体絶命の窮地である。

 それなのに、彼の余裕は崩れず、あろう事かハンデを与えようとしている。

 

「無茶だ! ハリー!!」

 

 ドラコが叫んだ。

 

「そんな……、やめて!!!」

 

 ハーマイオニーは涙を溢れさせた。

 彼が最初から殺す気で戦えば、悪霊の火ですべてを焼き尽くす事が出来る。彼の攻撃を止められる者はアルバス・ダンブルドア以外にはいない。

 けれど、彼はハンデを与えた。一度やると言った事は必ずやる。それがハリー・ポッターだ。彼は本当に三分間攻撃をしないつもりなのだ。

 

「ハリー!! そんな奴等ぶっ殺しちまえよ!!」

「遠慮なんて要らないだろ!!」

「いくらなんでも相手を舐め過ぎだ!! ハンデなんて止めろ!!」

 

 ハリーの強さは誰もが知っている。けれど、彼は一度吸魂鬼の影響で倒れている。その事を知っている者達は焦燥に駆られながら必死に届かぬ叫び声を上げ続けた。

 

「……なんという事を」

 

 ダンブルドアは険しい表情を浮かべ、魔法省の役人達を見つめた。

 如何に脅威を感じていても、これはあまりにも卑劣で残忍過ぎる。

 

「校長! アズカバンに向かいましょう! これはあまりにも……!」

 

 スネイプの言葉に他の教師達も頷いた。

 ダンブルドアも頷きかけた。けれど、その前に立体映像を見ていた生徒達が騒然となり、教師達の視線も立体映像に注がれた。

 そして、彼らは目撃した。ハリー・ポッターという男の真髄を。

 

 ◆

 

 死喰い人達は一斉に杖を構え、呪文を唱えた。点である筈なのに、面として襲いかかってくる緑の閃光。

 麻痺呪文だとか、武装解除だとかのチャチな呪文は一切混じらない。曇り無き殺意の輝き、死の呪文(アバダ・ケダブラ)

 その絶望の光景を前に、ハリーの余裕は崩れない。杖を地面に向けると、そこから無数の花が咲き乱れ、彼の姿を覆い隠した。

 直後、そこに緑の閃光が殺到する。舞い散る花々を見て、囚人達は歓喜する。

 

「やったか!?」

 

 誰かが言った。花吹雪と煙のせいでよく見えない。けれど、誰もが勝利を疑っていなかった。

 あれほどの数の死の呪文、如何に運が良くても避けきれるものではない。

 当たれば即死。それこそが死の呪文の恐ろしさだ。

 やがて、花弁は地面に落ち、煙は風に飛ばされて消えていく。

 そして、そこにあるべきハリーの死体を確認しようと目を細めた囚人達は驚愕した。

 

「い、いない!?」

「どこに行った!?」

「馬鹿な!! 逃げる場所などない筈だ!!」

「姿くらましか!?」

「馬鹿言うな! ここでは姿くらましが出来ないんだぞ!!」

 

 慌てふためく囚人達。

 

「―――― 一分経過。おいおい、モタモタしていて、いいのかい?」

 

 その声は囚人達の真ん中から聞こえた。

 いつ現れたのか、彼の前後左右にいる囚人達すら分からなかった。

 気付いた時には、彼はそこに居た。

 

「ハ、ハリー・ポッター!! 覚悟!!」

 

 近くの囚人が死の呪文を唱える。けれど、呪文が放たれた直後、彼は姿を消していた。彼の代わりに、別の囚人の命が緑の閃光によって消えた。

 

「なっ!?」

「どこに行った!?」

「こっちだ」

 

 囚人の肩に手を置いて、ハリーは微笑んだ。

 

「どうした? 殺すのだろう? 頑張れ頑張れ!」

「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」

 

 死の呪文が乱れ飛ぶ。けれど、放たれた時には既にハリーの姿は無く、当たるのは別の囚人ばかり。

 

「おいおい、酷い事をするな! 仲間同士で殺し合うなんて、ナンセンスだぜ?」

 

 再び現れるハリーに囚人達は漸く彼の異常性に気づき始めた。

 

「は、離れろ!! 距離を取りながら攻撃するのだ!!」

「―――― 二分経過だ。後一分だぜ?」

 

 ようやく、囚人達はチームワークを発揮し始めた。油断を捨て、死の呪文以外の魔法を使い始める。

 

「蛇だ!! 奴は動物もどき(アニメーガス)だ!!」

 

 一人の囚人が叫んだ。

 ハリーが姿を消しては現れる。その答えを遂に見つけ出した。

 彼は蛇に変身していたのだ。最初の死の呪文を回避した時も、花に隠れて、彼は足元のパイプに逃げ込んだのだ。

 

「大正解だ! さあ、残り時間は少ないぞ!」

 

 嗤うハリーに囚人達は呪文を次々に放つ。死の呪文の数は少ない。

 元々、死の呪文は一発だけでも酷く消耗する魔法だ。既に、殆どの囚人が死の呪文を放てなくなっていた。

 

「面白くなって来たじゃないか」

 

 ハリーは迫りくる魔法に杖を向けた。そして、次々に反対呪文を放っていく。

 

「殺せ!!」

 

 囚人の女が叫ぶ。

 同時にハリーの死角に回り込んだ囚人が石化呪文を唱えた。けれど、ハリーは見えていない筈なのに、飛んできた魔法を反対呪文で撃ち落とした。

 

「なぁっ!?」

 

 驚くべきは見えていない呪文を撃ち落とした事だけではない。彼は反対呪文を放つ時、口を動かしていなかった。

 無言呪文を使ったのだ。

 

「喰らえ!!」

「死ね!!」

 

 次々に囚人達が呪文を撃ち込むが、その尽くを撃ち落とし、ハリーは笑う。

 

「一斉に撃ち込め!!!」

 

 取り囲み、一斉に呪文を放つ囚人達。

 そして、ハリーは言った。

 

「―――― 三分。時間切れだ」

 

 そして、彼は一人の囚人に武装解除を放ちながら飛んだ。

 

「……は?」

「え?」

「なっ!?」

 

 囚人達は目を見張った。

 彼らだけではない。立体映像を通して、その光景を見ていた誰もが息を呑んだ。

 

「と、飛んでいる……?」

「箒もなく……、飛んでいる!?」

 

 ハリー・ポッターは自らの杖を右手に、奪った杖を左手に構えて空にいた。箒もなく、落ちる様子もなく、浮遊している。

 その光景に誰もが唖然となる中、それまで静観していた吸魂鬼達が動き出した。

 彼らが無思慮に近づけば、囚人達まで力を失ってしまう。

 それでは意味がないと、囚人達に恩赦を持ち掛けた役人は吸魂鬼に最初の内は動かないよう言い含められていたのだ。

 

「……やるなら、第一の試練でやるべきだったな」

 

 ハリーは言った。

 そして、右手の杖を掲げて唱えた。

 

「エクスペクト・パトローナム!!!」

 

 それは、彼の得意とする呪文とは似て非なるモノ。

 負の感情を餌とする悪霊の火ではない。

 正の感情を活力とする守護霊の呪文。

 白き光がアズカバンを眩く照らしていく。吸魂鬼達は悲鳴を上げた。襲いかかってくる白き光の獣に次々と蹴散らされていく。

 光の獣の正体は雄々しき角を持つ牡鹿だった。

 

「……感謝するぜ、ハーマイオニー」

 

 ハリーに守護霊の呪文を伝授したのは他ならぬハーマイオニー・グレンジャーだった。

 彼女はハリーとドラコと共に秘密の部屋を見つけ出した時、引率していたミネルバ・マクゴナガルから守護霊の呪文の存在を教えられ、ハリーに対抗する為に会得した。

 その呪文を使うには幸福な記憶や感情が必要となる。 

 守護霊を発動させるに足る程の幸福も、彼は彼女から与えられていた。

 全身を満たす程の絶大な正の感情。彼女と愛し合う関係になった事が彼に守護霊の呪文の発動を可能にした。

 

「さて、そろそろ終わらせるか」

 

 そう言うと、ハリーは地上の囚人達を見下ろした。

 

 ―――― ああ、終わらせよう。

 

 誰にも聞こえない声にハリーは頷き、そして、囚人の一人から奪い取った左手の杖を彼らに向けた。

 守護霊の呪文は未だに発動中であり、一度に二つの呪文は発動出来ない。それは右を向きながら左を向くようなものであり、囚人達の一部は馬鹿にしたように笑った。

 けれど、ハリー・ポッターの異常性に気付いた一部の囚人達の顔には絶望が広がっていた。

 

「覚悟は良いな?」

 

 ハリーは唱えた。

 

「エクスペクト・フィエンド」

 

 不可能である筈の同時発動。それも、守護霊の呪文とは相反するものであり、守護霊の呪文と並び、高難易度とされる術だった。

 紅蓮の龍がアズカバンを呑み込んでいく。

 白き牡鹿が天を駆け、紅蓮の龍が大地を焦がしていく。それは、まるで天国と地獄。

 囚人達は炎の中で悲鳴を上げ続けた。吸魂鬼達は必死に逃げ惑った。

 その中心でハリー・ポッターは邪悪に嗤う。

 

「フッハッハッハッハ!! オレを倒したければ、この程度では足りんぞ!!」

 

 やがて、アズカバンが崩れていく。

 

「ハーッハッハッハッハ!!!」

 

 遂に、アズカバンは完全に溶けて無くなった。けれど、そこには裸の囚人達が残っていた。

 全身に火傷と大怪我を負っているが、それでも生きている。

 囚人達は苦痛に苛まれながらも戸惑った。そして、そんな彼らを尻目に焔龍は天に登っていく。そして、光の牡鹿に蹴散らされ、逃げ惑い、弱り切った吸魂鬼を次々に呑み込んでいく。

 すると、龍を象る炎の色が紅から蒼へ変化した。

 蒼炎の龍は天蓋の如き雲を砕き、やがて消滅した。

 雲が無くなった事で、アズカバンの跡地には陽光が降りてくる。そこにハリーは降り立った。

 誰も動けなかった。杖は服と共に焼き尽くされ、彼らには抗う術など残っていなかった。

 

「……さて、移動(ポート)キーはコレだな」

 

 真なる悪霊の火は燃やすべきモノだけを燃やす。囚人の命と移動キー。これだけを悪霊の火は対象外とした。

 

「あばよ」

 

 ハリーは囚人達に笑いかけると、移動キーと共にホグワーツへ戻って行った。

 

 ◇

 

 その光景を彼女は満足気に見つめていた。

 

「素晴らしい! 素晴らしい成長振りです!」

 

 歓喜の声を上げているのは、アズカバンの囚人達に恩赦を持ち掛け、吸魂鬼を言い含めた魔法省の役人だった。

 

「ハリー・ポッター。偉大になるのです! この英国(くに)だけに留まらず、この世の全てをあなたのモノに! 《偉大なる王》よ! 《完璧なる魔法使い》よ!」

 

 幸せそうに、彼女は微笑んだ。


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