【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第八十六話『DEAD OR ALIVE』

 迫りくる炎の壁に悲鳴が上がる。

 

「落ち着くんだ!! これは悪霊の火だ! だが、ハリーの炎ほどではない!! だから、止められる!! 地面に杖を突き刺せ!!」

 

 ニュート・スキャマンダーの声に教師達と代表選手達の家族、そして、一部の勇敢な生徒達は一斉に杖を地面に突き刺した。

 

「フィニート!!」

 

 一斉に発動した魔法停止呪文(フィニート・インカンターテム)が干渉し合い、巨大な結界陣を形成した。

 炎は結界陣に阻まれ、それ以上内側には入って来れない。

 ニュートは嘗て、同じ方法で内側から外へ広がっていく悪霊の火を抑え込んだ事があった。

 

「……ニュート・スキャマンダーか」

 

 ヴォルデモートが睨みつけると、ニュートは懐から魔法薬を取り出して飲み干した。

 老いた姿では勝てないと判断して、ハリー達と冒険に出た時に使用した若返りの秘薬を使ったのだ。

 若返った彼に、ヴォルデモートは笑みを浮かべる。

 

「ハリー・ポッターとアルバス・ダンブルドア。この二人を抑えれば、魔法界は手に入れたも同然だと考えていたが、貴様が居たな。ゲラート・グリンデルバルドに幾度も辛酸を嘗めさせた英雄よ」

「……ヴォルデモート。ハリーをどこへやった?」

 

 静かな声で問い掛けるニュートにヴォルデモートは肩を竦めた。

 

「知らん。言っただろう? オレ様ではなく、別の分霊の仕業だ」

「……なるほど、ハリーの言っていた通りなんだね」

「なに?」

「分霊は単なるオリジナルのコピーじゃない。それぞれが個としての自我を持ち、行動している。その在り方はドッペルゲンガーというよりも兄弟に近い。近しくも遠く、自分同士であっても、相手の思考は分からない。君はヴォルデモートであって、ヴォルデモートじゃないんだね」

 

 ニュートの言葉にヴォルデモートは嗤った。

 

「確かに、オレ様と他の分霊は違う。オレ様の分霊箱は最後に作られたものだ。それも、ヴォルデモート卿の全盛期に作り出された。他のいずれの分霊も、所詮は未熟な頃のもの。オレ様こそが真のヴォルデモート卿なのだよ」

「ハリーは言っていた。日記の分霊はハリーと友達になりたがっていたと……」

「……未熟者め」

 

 ヴォルデモートは吐き捨てるように言った。

 

「僕はそうは思わない。彼は己の真の望みを識っていたんだ! 自分を識る者を未熟者とは言わない! むしろ、君こそが自分の望みから目を背けている未熟者だ!」

「なんだと!? 貴様、オレ様を未熟者と言ったのか!?」

 

 ヴォルデモートは激昂した。瞳を赤く輝かせ、ニュートを睨みつける。

 

「その通りだ、ヴォルデモート。君は孤独を恐れている。だから、死喰い人という集団を作った。だけど、死喰い人は君の乾きを満たすことは出来なかった。だから、君は渇きを満たす為に暴走してしまった!」

「巫山戯た事を言うな! オレ様が乾いているだと!? オレ様の望みは一つ! 魔法界を手に入れる事だ!」

「そうだ。それこそ、君が乾いている証拠だ、ヴォルデモート! 孤独を恐れて、君は他者を求めている! だけど、断言しよう! 魔法界を手に入れても、君の乾きは満たされない!」

「ニュート・スキャマンダー!! 貴様、オレ様を愚弄しているのか!? さっきから聞いていれば戯言ばかり!」

「耳が痛いだろう、ヴォルデモート。だけど、それは君が認めているからだ。僕の言葉が正しいと! だからこそ、僕は君に言う! こんな事は止めるんだ! 君は、その気になれば誰よりも魅力的になれる! それだけの力と頭脳、そして、カリスマを持っている!」

「黙れ、スキャマンダー!! まずは貴様から始末してくれる!!」

「認めるんだ、ヴォルデモート! 君の望みを!」

「黙れ!!」

 

 ヴォルデモートは杖を振り上げた。

 

「この分からず屋め!」

 

 ニュートも杖を構えた。

 

 ◆

 

「ど、どうする気なのだ、スキャマンダー」

 

 対峙する二人を見つめながら、スクリムジョールは呟いた。

 ヴォルデモートには呪文が当たらない。それでも、ハリー・ポッターならば何とかするかもしれないが、自分達には対抗する術が思い浮かばない。

 

「とにかく、我々は結界陣の維持と子供達の保護に動きましょう! 既に結界陣が一部崩れかけています」

「そ、そうだな」

 

 エドワード・ウォーロックの言葉にスクリムジョールは頷いた。対抗策が浮かばない以上、今はニュートに任せるほかない。

 スクリムジョールはガウェインとロジャーの遺体をアネットに運ばせ、他の闇祓いに陣を維持する為に魔力を使い果たしてしまった生徒と交代させた。

 

「……クソッ。まだ……、出来る」

「休んでおきなさい。君はよくやった」

 

 その少年はドラコ・マルフォイだった。ニュートの声に真っ先に反応してフィニート・インカンターテムを発動させていたのだ。

 他にも、結界陣の維持の為に力を使い果たした生徒の多くはハリーと親交を持っていた生徒が多かった。

 

「……やはり、ハリー・ポッターこそが我らの希望なのだな」

 

 けれど、彼はここに居ない。恐らくは、彼も戦っている。

 

 ―――― 覚悟を決めるのだ。ここで命を使い果たしても、彼らを守るのだ!

 

 スクリムジョールは逃げ遅れている生徒を必死に競技場の中央に集めた。そして、ニュートとヴォルデモートの戦闘の余波から必死に彼らを守り続けた。

 

 ◆

 

 アルバス・ダンブルドアは思考を巡らせていた。ヴォルデモートに魔法が効かない理由は分かっている。彼は魂の状態で立っているのだ。よほど、多くの魂を吸い上げたのだろう。実体化して、魔法を操る事も可能なようだ。そして、呪文を撃たれた時は実体化を一時的に解除する事で無効化している。これではまともな手段では滅ぼす事が出来ない。

 

「じゃが、依り代もなく魂だけで遠くまで移動する事は不可能な筈じゃ」

 

 ダンブルドアは競技場内に忍ばせていた不死鳥の騎士団に命令を下した。 

 分霊箱の本体、あるいは依り代となっている人間を見つけ出す。それが出来れば、彼を倒す事が出来る。

 

「……さて」

 

 ダンブルドアは歩き始めた。押され始めたニュートに加勢する為に。

 そして、不死鳥の騎士団が本体を見つけ出すまでの時間を稼ぐ為に。

 

「来たな、ダンブルドア!」

「……トムよ。わしが相手じゃ」

 

 ダンブルドアは油断なく杖をヴォルデモートに向けた。

 

「先生……」

「共に戦おう、ニュート」

「……はい!」

 

 二対一となり、それでも優勢はヴォルデモートのままだった。なにしろ、彼には魔法が効かない。

 どうやっても勝てない相手に、それでもダンブルドアとニュートは奮闘した。

 けれど、時の女神もまた、彼に微笑んだ。

 

「……どうやら、勝敗は決したようだな」

 

 遂に、炎の壁を阻んでいた結界陣が壊れてしまった。維持していた者達が限界を迎えてしまったのだ。

 それでもスクリムジョールとスネイプ、シリウス、マクゴナガルが必死に止めようとフィニート・インカンターテムを発動しているが、彼らも限界が近い。ジリジリと壁が迫って来ている。

 

「さあ、選択の時だ! アルバス・ダンブルドア! このままでは全員が死に絶える事になるぞ!」

「トム……、お主は」

「自害しろ、ダンブルドア! 貴様が死ねば、悪霊の火を止めてやる!」

「き、貴様、ヴォルデモート!!」

 

 ニュートは血相を変えた。そうしている内にも、炎の壁は迫って来ている。マクゴナガルが倒れ、次にスクリムジョールが倒れた。

 残されたシリウスとスネイプは必死に抗おうとしているが、もはや誰の目にも限界である事が見て取れる。

 

「気張れよ、セブルス!! テメェ、教師だろ!! 生徒を守れ!!」

「黙れ、ブラック!! 貴様にセブルスなどと気安く呼ばれたくない!! 貴様こそ、気合を入れろ!!」

 

 やがて、その二人も魔力を使い果たしてしまった。意識が飛び、それでも彼らは立ち続けていた。炎の壁が彼らに迫っている。

 

「……ここまでか」

「先生!?」

 

 ダンブルドアは苦しげに呟くと、杖をニュートに渡した。

 その行動が示す意味をニュートとヴォルデモートは同時に悟り、一方は絶望し、一方は笑みを浮かべた。

 

「勝った!! トドメだ、喰らえ!! アバダ――――」

 

 そして――――、

 

 第八十六話『DEAD OR ALIVE』

 

 不思議だった。紅蓮の業火に焼かれているのに、まったく熱を感じない。だけど、地面を焼けているようだ。その地面も熱を発している筈なのに、熱を感じない。

 その奇妙な状況に、ハリーはクスリと微笑んだ。

 

「……ロゼ」

 

 彼女はハリーを殺そうとした。けれど、本心では殺したくなど無かった。だから、彼女の悪霊の火はハリーを燃やすべき対象ではないと判断したのだ。

 彼女の炎の中でハリーは深く後悔した。彼女が殺したいと言うのなら、殺されても構わないと思った。だけど、彼女が殺したくないと思っているなら、殺されるわけにはいかない。

 

「覚悟を決めろ、ハリー・ポッター」

 

 ハリーは呟いた。

 この絶望に打ち勝つ為には覚悟が要る。覚悟が無ければ、この暗闇の世界を照らす事は出来ない。

 ローゼリンデの笑顔を見る。その為に、ハリーは歯を食いしばり、決意を固めた。

 

「オレはロゼを倒す! そして、元凶たるニコラス・ミラーをぶっ殺す!!」

 

 ―――― ようやくか、ハリー。だったら、決めちまえ。

 

 ハリーの杖は地面と共に焼き尽くされてしまった。けれど、アズカバンの囚人の杖はハリーと共に残されていた。彼は杖を掲げて叫んだ。

 

「エクスペクト・フィエンド!!」

 

 蒼き龍が紅蓮のドラゴンを噛み砕き、そのまま天に昇っていく。その光景にローゼリンデは目を見開き、そして、無傷のハリーを見つめた。

 

「……ああ、やっぱり。わたしはダメな子ですね」

「ああ、全くだ。覚悟しろ、ロゼ! お仕置きの時間だ!」

 

 蒼龍が降りてくる。彼女の悪霊の火を完全に噛み砕き、そのまま彼女を呑み込んだ。

 ハリーは歯を食いしばった。彼女に杖を向けるだけでも苦しくて堪らなかった。

 

「……ハリー、ありがとう」

 

 最後にそう呟くと、彼女は意識を手放した。

 ハリーは悪霊の火を解除すると、無傷で眠る彼女の頭を優しく撫でた。

 

「帰ったら、五時間くらい説教するからな。覚悟しておけよ……」

 

 そう言うと、彼はローゼリンデに盾の呪文を施して立ち上がった。

 

「……さて、そろそろ出て来たらどうだ?」

「気付いていたか……、さすがだな」

 

 墓場の影からゆっくりと姿を現したのはホグワーツ魔法魔術学校の変身術の教師であるニコラス・ミラーだった。

 ヴォルデモート卿の分霊であり、ローゼリンデをハリーに差し向けた張本人だ。

 

「覚悟はいいな? 貴様はぶっ殺す!」

「……やれやれ、結局は自分で戦わなければ未来は得られないという事だな」

 

 二人は同時に杖を構えた。


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