【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第九十八話『生きる理由』

 ゴドリック・グリフィンドールは元気いっぱいな男の子だった。岩の下に潜んでいる虫を見つけると瞳を輝かせ、危ないと叱られても丘の上の教会の屋根に登って鳥の巣を観察した。

 彼が故郷の村に留まっていられたのは十歳までだった。村長であるヘルガから生きる為の術を学ぶと、彼は飛び出して行った。

 まだ見ぬ世界を識る為に、彼は大冒険に出掛けた。

 

 第九十八話『生きる理由』

 

「おおっ! 戦争だ!」

 

 戦場を見ると、彼はワクワクした。

 その時代の戦争は今よりもずっと小規模なもので、銃や戦闘機もなかった。

 最大の戦力は騎馬兵であり、歩兵は槍を主に使い、剣を握る者もいた。

 武勲を立てて成り上がる者もいて、腕に覚えのある少年達は一種の憧れを抱いていた。

 

「かっこいいぜ!」

 

 彼も戦場で武勲を得て、一軍の将になる事を夢見ていた。

 戦場を横目に、彼は走り始める。

 当時はドラゴンを始めとした魔法生物の隔離が万全ではなく、様々な所に強力な力を持つ魔法生物が跋扈していた。

 貴族と呼ばれるような力のある魔法使いの一族が主に討伐、監視を行っていたけれど、それでもすべてを管理する事など不可能なのだ。

 ゴドリックはそうした魔法生物を探しては討伐していった。

 

「トロールだな! 相手にとって、不足はない!」

 

 最初に討伐した魔法生物は小さな村を襲っていたトロールだった。鉄製の剣とヘルガから贈られた杖を握りしめ、彼はその首を落とした。

 救われた村の人々は彼を恐れたけれど、ゴドリックには人間的な魅力が備わっていた。彼と話していると、誰もが彼に惹かれていった。

 村で精一杯のもてなしを受けたゴドリックは次の冒険に向けて旅立っていく。

 次の相手は交尾の季節で気性が荒くなっているエルンペントだった。見境なく攻撃を仕掛けては、すべてを破裂させる強力な毒液を流し込み、人々はパニックに陥っていた。

 

「テメェの相手はオレ様だぜ!」

 

 ゴドリックという少年は戦う程に強くなっていく。

 ヘルガに教わった技術を自分なりにアレンジして、独自の戦闘技術として確立していった。

 魔力を盾のように使い、草を鋼鉄の撒菱に変え、遂にはエルンペントの討伐に成功する。

 

 それからも彼は戦い続けた。

 湖を我が物顔で支配して、近づく人や獣を引き摺り込んでいたケルピー。

 山奥の村で大量発生した噛み付き妖精(ドクシー)

 戦場跡を彷徨き回る赤帽鬼(レッドキャップ)

 次々に討伐して回る彼に、一人の貴族が声を掛けた。

 

「君の力を見込んで頼みたい事があるのだ」

 

 貴族はマンティコアの討伐をゴドリックに依頼した。

 人のような顔を持ち、サソリのような尾と獅子のような胴体を持つ怪物。

 その毒はあらゆる生物を即死させる事が出来る。その皮膚はあらゆる魔法を弾き返す。あまりにも強力で、凶暴な魔法生物だ。

 本来はギリシャに生息している筈の希少な生き物なのだが、貴族に不満を持つ者が送り込んできたらしい。その者はすでにマンティコアに殺されていて、このままでは被害が拡大する一方だと貴族は語った。

 ゴドリックは二つ返事で了承すると、マンティコアの討伐に向かった。

 恐るべき怪物との激闘は三日三晩に及び、緑豊かであった戦場は荒野に変わってしまった。

 その果てに、ゴドリックはマンティコアを討伐して、貴族は勇猛果敢に戦った彼を《荒野の勇者》と讃えた。

 

 彼は戦った。

 時には人以外の生き物を救う事もあった。

 小鬼(ゴブリン)の国を襲ったドラゴンを討伐した時、小鬼の王であるラグヌック1世は彼の為に一振りの剣を拵えた。

 けれど、その剣のあまりにも見事な出来栄えにラグヌック1世は剣をゴドリックへ渡す事を惜しみ、取り返そうと家来を差し向けてきた。

 ゴドリックも剣を気に入っていて、返す気はなかった。

 

「この剣はオレ様の物だ。次は容赦しないぜ? ラグヌックに言っときな」

 

 グリフィンドールの剣を手に入れたゴドリックはより一層強大な力を身に着けた。

 向かう所敵なし。万夫不当の男。勇猛果敢な戦士。

 彼は多くの人々から讃えられた。

 ところが、彼は不満を抱き始めていた。強く成り過ぎたのだ。もはや、魔法生物では相手にならない。

 彼が次に選んだ相手は人間だった。以前から彼の存在を知り、声を掛け続けていた王の要請に応える形で、彼は兵士になった。

 まさしく一騎当千。一人で戦場の天秤を傾ける程の力を持つゴドリックに、敵対する王は様々な策を弄した。それはゴドリックに満足感を与えた。

 力で及ばずとも、知力で立ち向かってくる。それこそ、人間だけが持つ強さなのだとゴドリックは歓喜した。

 けれど、彼の力は強過ぎた。如何なる策略も力ずくで粉砕される。

 彼を前にした兵士は誰もが恐怖の表情を浮かべ、悪魔と呼ばれるようになった。

 やがて、戦う前に降伏する国が現れ始めた。

 仕えていた国があと一歩でイングランドを統一するという時、ゴドリックは国を離れた。

 

「……もっとだ。もっと強い奴がどこかにいる筈なんだ」

 

 ゴドリックは弱い者いじめがしたい訳ではなかった。

 より強い相手と戦い、より強くなりたい。

 

 そんな時だった。彼の耳に《湿原の蛇王》と呼ばれる悪魔の存在の話が届いた。

 馴染みの貴族に話を聞けば、かの王の支配領域には無数の蛇がいて、その蛇は視線を交わすだけで人の命を奪い去るという。

 ゴドリックは嬉しくなった。まだ見ぬ強敵が存在してくれている事に感謝した。

 居ても立っても居られずに彼は湿原を目指す。それまでに斬り続けたモノ達の力を使えば、千里の距離も一瞬で走破する事が出来る。

 視線を交わせば殺されると聞いていた彼は瞼を閉ざし、音と風の感覚を頼りに突き進んでいく。

 襲いかかってくる蛇を斬り続けていくと、その男はゴドリックの前に現れた。

 

「……それ以上、ボクの家族を傷つけないでくれないかな」

 

 哀しそうに蛇の死骸を拾い上げる彼に、ゴドリックは狼狽えた。

 貴族や語り人から聞いた話では、彼は邪悪な存在である筈だった。悪魔と呼ばれる程の……。

 けれど、蛇の為に涙を零した彼をゴドリックは邪悪とは思えなかった。

 

「ご、ごめん……」

 

 咄嗟に謝ると、蛇の王は目を丸くした。

 

「……どうやら、単なる不埒者では無いようだね」

 

 ゴドリックは蛇の死骸を拾い上げる王を手伝った。

 死骸を一処に集めると、王は呪文を唱えた。すると、蛇の死骸は大地に溶けるように消えていった。

 それが彼なりの弔いなのだろうとゴドリックは悟った。

 

「君はここに何の為に来たんだい?」

 

 弔いを終えると、王はゴドリックを湿原の奥地に誘いながら問い掛けた。

 

「……アンタと戦いたくて」

「それで、ボクの家族を斬り殺したのかい?」

「すまない……。襲われたものだから……」

「彼らは君の殺意を感じ取ったんだ。ボクを守ろうとしてくれたんだよ。エス、イズィー、アウェルス、ヘミルーナ、ポラルッツ、バヘン、オーゴード、ウロ、マスリン。みんな、優しい子達だった。ウロなんて、生まれて一年と経っていない」

 

 王の言葉はゴドリックの心を突き刺した。

 

「……すまない」

「謝っても、彼らは帰ってこないよ。死は停滞であり、先に進む事も、後へ戻る事も叶わない。死を与えるという事の意味を、君は知ったほうがいいな」

 

 容赦のない言葉にゴドリックは俯いた。

 

「誰よりも強くなりたいのなら、その事から目を背けてはいけないよ」

「なんで……」

「ボクは人よりも多くの声を聞く事が出来るんだ」

 

 王は立ち止まった。彼の前には小さな家があった。

 

「客人を招くのは久方ぶりだな。歓迎するよ、ゴドリック・グリフィンドール」

「……オレはアンタの名前を知らないんだが?」

 

 不満そうな表情を浮かべるゴドリックに、王は微笑んだ。

 

「サラザールだ。サラザール・スリザリン。それがボクの名前だよ」

 

 中に入ると、不思議な香が漂っていた。ゴドリックはヘルガの家を思い出した。

 

「ヘルガ・ハッフルパフか……」

「知っているの?」

「会ったことは無いけどね。ボクが生まれる前から、彼女は存在している」

「そんな年寄りには見えなかったぞ?」

「見えないだけだ。魔法使いなら、珍しくもない。ボクだって、もう百年は生きているよ」

「百年!?」

 

 ゴドリックは目を丸くした。

 当時、人は40年も生きられれば大したものだとされていた。

 100年も生きる者などいない。それに、サラザールの容姿はどう見ても20を数える程度に見えた。

 

「魔法使いが死ぬ時は、生きる意味を失った時なんだよ。生きる意味がある間は死なないんだ」

 

 サラザールはゴドリックを見つめた。

 

「君は……、このままでは死んでしまうな」

「え?」

「君は生きる意味を見失いかけているね。だから、ボクの下へ来たんだろう?」

「オレ様は別に……。ただ、強い奴と戦いたいから……」

「だけど、君より強い者は居なくなってしまった。君の願いは叶ってしまった。終わりへ辿り着いた今、君には進むべき道がない。そして、一度得た力を手放す事は本意ではあるまい? 戻る選択も取れない君に在るのは停滞だよ。停滞とは、死だ」

 

 ゴドリックは顔を伏せた。

 認めたくなど無かった。もう、自分よりも強い相手などいない。そんな事、ありえない。まだまだ、世界には強い敵がいる筈だ。

 

「ああ、いるよ。だけど、君は最強なんだよ。だって、君はどんな相手にも勝てるようになる。戦う程に強くなる君は、どんな相手にも負けない。その事を君は理解してしまった。だから、もう終わりなんだよ」

「オ、オレ様は……」

 

 震えるゴドリックの肩をサラザールは撫でた。

 

「君に必要なモノは強さの理由だね」

「強さの……?」

「そうだよ、ゴドリック。最強の力を何の為に振るえばいいのか? それが分かれば、君の時は再び動き出す」

「何の為に振るうのか……」

「難しく考える事はない。君はボクに謝った。ボクの家族を殺した事が悪い事だと思ったんだよね?」

「あ、ああ……」

「ならば、君には力を振るう指標のようなものが心のどこかに在るんだよ。それが何か、考えてみるといい」

「オレの……」

 

 ゴドリックは深く考え抜いた。

 己が歩んできた道を追想しながら、生きるための理由(こたえ)を求めた。

 楽しかった事、嬉しかった事を思い浮かべてみる。

 そこには人々の笑顔があった。

 

「……困っている人を助けたい」

 

 ゴドリックは呟いた。

 

「それが君の生きる理由かい?」

「ああ、そうだ!」

 

 ゴドリックの脳裏にはヘルガが寝物語に聞かせてくれた偉大な英雄の物語が浮かんでいた。

 弱き者を守り、強き者には立ち向かっていく。

 それこそが正しき道であり、ゴドリックは正しき道を歩みたいと思った。

 

「オレは人を助ける為に力を振るう! オレ様は英雄になる!」

 

 生きる理由を見出した彼の瞳には活力が漲っていた。

 

「良い答えだね。これで、ようやく君に仕返しが出来るよ」

「え?」

 

 サラザールはゴドリックが使うものよりも長い杖を掲げた。

 

「死にゆく者を痛めつける事は信条に反するが、生きる者に対してならば躊躇いはない。ゴドリック・グリフィンドール。よくも、ボクの家族を傷つけてくれたね」

「サ、サラザール!?」

「安心していいよ。もう、蛇はみんな逃してある。木々も、魚も、蛙も、虫も、妖精達も」

 

 ゴドリックは家の外へ吹き飛ばされた。すると、そこは泥濘んだ土だけが広がる殺風景な景色に変わっていた。

 

「え? え? え? これ、どうなってるんだ!?」

「魔法だよ。100年も生きていると、こういう事も出来るようになるんだ。さあ、杖と剣を抜くといい。今の時点では、ボクは君よりも強いよ」

 

 サラザールの言葉にゴドリックは困り果てた。

 

「……オレ、アンタとは戦えないよ」

「どうして?」

「だって、アンタは悪い人じゃない。アンタを傷つけたら、英雄にはなれないよ」

「これでもかい?」

 

 サラザールは杖を天に掲げた。すると、杖からは紅蓮の大蛇が飛び出した。雲海を泳ぐ、巨大な龍が首をゴドリックに向けて伸ばしている。

 

「戦わなければ、君は死んでしまうよ?」

「……なら、死ぬよ」

 

 ゴドリックは言った。

 

「アンタを怒らせたのはオレだ。だから、オレは受け止めないといけない」

「そうか……」

 

 サラザールは杖で地面を突いた。

 すると、炎の龍は掻き消え、湿原は元の姿を取り戻した。

 

「あれ? なんで……」

「君が見ていた景色は幻だよ」

「え?」

 

 サラザールは微笑んだ。

 

「君が死の恐怖に負けて、己が手にした理由(こたえ)を手放すなら、君は遠からず死ぬ。だから、少し試させてもらったよ」

「……性格悪いな、アンタ」

 

 サラザールは意地悪そうに微笑んだ。

 

「さて、家に戻ろう。君に客が来ているようだ」

「え?」

 

 ゴドリックが振り返ると、そこには二人の女性が立っていた。

 どちらも目を瞠るほどに美しい人だった。

 

「ヘルガ!?」

 

 ゴドリックは目を丸くした。

 

「お久しぶりですね、坊や。そして、《湿原の魔法使い》」

「懐かしい呼び名だね。今は《湿原の蛇王》とか、《蛇の王》と呼ぶ人の方が多いのに」

「流行りには疎いもので」

 

 ヘルガがクスクスと笑うと、サラザールも愉快そうに笑った。

 二人は互いに見つめ合う。

 

「……心を閉ざしていますね」

「お互い様だろう?」

 

 微笑み合う二人にゴドリックは困惑しながらヘルガが連れて来た女性に声をかけた。

 

「よう! オレ様はゴドリック・グリフィンドールだ。アンタは?」

「わたくしの名はロウェナ・レイブンクローです。なるほど、あなたが噂に名高き《荒野の勇者》ですか」

「そういうアンタの名前も聞いた事があるな。《彷徨う救い主》って、アンタの事だろ?」

「……そう呼ぶ者も居ますね」

 

 彷徨う救い主。それは貴族が付けたものだ。何度か、彼らに声を掛けられた事があった。

 

「ゴドリック・グリフィンドール。あなたの力をわたくしに貸して下さいませんか?」

「力を?」

「ええ、共に学び舎を築きましょう」

「……学び舎?」

 

 ゴドリックは戸惑った。


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