主人公はエス。二分とは何かの自問自答、エゴ王の初めての対話の短い前日譚イメージをして書きまとめてみました。
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面白くてエスちゃんがすごい美人なので是非プレイしてみてください。
いつから
私はこの部屋にいるのだろうか。
ここには膨大な本と空っぽの鳥かご、それと姿が映らない蜘蛛の巣状に割れた鏡が一つ。
それとベッドルーム。
それ以外は何もない。
気付いた時には自分が何者かわからなかった。
不思議なのは名前や自分の生い立ち以外の一切の記憶はあることだ。
日常生活や物の使い方、声の出し方や紡いだ言葉の意味。それらは全て頭の中にある。
無いのは、自分が『人間として生きてきた営みの記憶』のみ、シンクホールが発生したように、ぽっかりと記憶の存在自体に穴が空いている。
それに加えて、ここでは生体活動に必要な食事の一切の必要がない。
だから餓死をする心配もなく、今すぐに行動しなければいけない理由もない。
しかし睡眠は必要らしく、一定の時間で眠くなるのか、疲労による眠気なのかはわからない。
だが、この壁一面にある本は私の物なのだろうか?
本を見て直感的にわかるのは、本を読むのは好きだったのだろうということ。
本は良い。
人と人との交わす終わりのない会話とは違い、永遠に変わらない終わりがある一方通行の内容。
記憶をなくす前の私は、人間と話すことがきっと、きっと苦手だったのだろう。
なぜわかるかって?誰もいないこの部屋の中の独り言で、自分の口から出る言葉の汚さでそれくらいはわかる。
自分がハリネズミのような人間だったのだろうということも。
だからこの本だけがあり、そのほかは何もない空間が心地よくもあった。
壁一面の本を読み漁ってるとき、いつだったか部屋に扉があることに気づいた。
この居心地の良い空間から外に出るということは一切も思わなかったが、私も人間の記憶はなくしても頭の片隅に本能的な物だけは残っていたのだろう。
好奇心から一度だけ扉の外に出たことがある。
それが大きな間違いだった。
あの時ばかりは、「好奇心は身を滅ぼす」という言葉がよく身に沁みた。
外にあったのは、暗く、永遠に続く先が見えない闇の回廊。
扉を閉めると、隙間から漏れる光はこの回廊に飲み込まれて輝けない。
だが、闇に目が慣れているわけでもないのに、不思議と灯りが無くても壁や床を認識できる。
しばらく回廊を当ても無く奥に歩き続けると後ろから自分以外の気配を感じ、振り返る。
しかし背後には何もいない。
再び闇の先へ歩を進めようと振り返ると、巨大な顔が男女半々に割れた彫刻の壁が最初からそこにあったかのように鎮座していた。
『ようやく来たか咎人よ』
『ようやく来たわね咎人よ』
喋りかけてきたことに多少驚いたが、初対面の相手に蔑まれるいわれはない
「…初対面でいきなり罪人扱いとはとんだご挨拶ね。怪物はマナーも知らないのかしら」
『私はエゴ王』
『規範を守りし者』
『あの部屋は心地好かったか?』
『あの部屋は心地好かったでしょう?』
自分がいたあの心地よい部屋が、こんな壁野郎に作られていたとは思いもするわけがない。
「チッ…ここがどこか説明してくれる?」
『ここはどこでもあり』
『ここはどこでもない』
「答えが矛盾してるわよ?脳みそも顔みたいに半分ずつしかないのかしら?」
『それが答えであり』
『それが真実なの』
「あなたと会話しても時間の無駄よ。さっさと退きなさい」
『どこに行こうというのだ?』
『先には永遠に何もないのに』
「永遠に…?少し物理の勉強をしたほうがいいわ。永遠に終わらない物なんてこの世界には…」
『この世界?』
『どこの世界?』
反論をしようとして、そこで口をつぐんだ。
そう、ここはどこなのか。
本当に、私が知っている世界なのか。
自分の好きな本が存在していた世界なのか。
そもそも自分が知っている世界とは?
判断材料としての手札を一枚も持っていない。
『お前は咎人』
『貴方は姿の見えない籠の中の鳥』
「…黙れ」
さも何もかも知っているかのごとく、侮蔑の言葉を頭上から振り下ろしてくる。
『ここがどこかもわからず』
『籠から出る事も叶わない』
「黙れって言ってるの!」
感情的な中身のない言葉を吐き出すようにぶつける。
『しかし規範に身を捧げれば』
『この闇は光に変わるかもしれないわ』
「規範に身を捧げろですって…?」
『そうだ』
『そうすれば貴方の』
「そんなものクソ食らえよこの聖人気取りクソ壁野郎。身に覚えのない罪を無条件で認めて懺悔するなんて、私はそんなにプライドが低い奴じゃないわ。そんなことするくらいなら私は認めずに戦って死ぬ。」
そう、それが私。自分がどんな存在か今はまだわからない。どんな生活をして、どんな人生を歩んだかもわからない。
だけど、誰かに媚びへつらいながら生きるのだけは絶対に嫌だと『身体が覚えている』
『…』
『…そう』
壁の表情は変わらないが、声のトーンなどで感情の起伏は読み取れる。
『なら願うしかあるまい』
『貴方がいつか改心する日を』
「はっきり言っておく。お前の言葉で私は変わることはない…とね。」
『咎人よ』
『名は?』
「名前…?」
ほんの数秒。無意識に頭の中に浮かんだ口から反射的に出した
「エス…。私の名前はエスよ」
『エス。一つ真実を』
『エス。教えてあげましょう』
「…何かしら?」
私から見たらこの壁は情報を集める道具でしかない。
このクソ壁は空間の真実を知っている唯一の存在とも言える。
利用できるものは利用する。このクソ壁であろうとなんであろうと。
『この先には何もない。だがお前には部屋がある』
『いつか心変わるまで、ここにいるといいわ』
その言葉と同時に、真横に扉が現れ、自分がいた部屋が中には変わらない形でそこにあった。
「…」
これ以上ここで壁野郎の問答に付き合う気は無い。あれだけ罵倒されるのもするのも久しぶりで、頭に血が上っている状態で普段通りのような判断ができるとは限らない。今の自分には期待しないほうがいい。
『誤解するなエスよ。』
『私は貴方に危害を加えない。』
「根拠がないわ」
『部屋がその証明だ。』
『この部屋は貴方の心。それを壊そうとは私はしない』
確かに壊そうと思えば私が認識する暇もなく私はこの世界から存在ごと消されていただろう。裏を返すと『お前は私達の手のひらの上で踊っているに過ぎない』という意思の表れでもあるだろう。
だったらやることは一つ。
「条件を出すわ」
『聞こう』
『何を望む?』
「一つ目。この部屋が私の心の現れだと言うのなら、貴方がこの部屋のものに触れるのを一切の禁止するわ。二つ目。本は私が望む物を。以上よ」
『ほう。それで?』
『エスはどうする?』
「部屋から出ないわ。事実上、お互いの領域の不可侵条約ってところかしら。これを犯した場合は、貴方はこの世界の全てを私に教え、私がどんな存在で何者なのか教える。私が破った場合は、煮るなり焼くなりその顔の真ん中で潰すなり好きにするといいわ。まあ釘を刺しておくと…『規範は守るんでしょう?』これは正当な取引よ」
『…いいだろう。』
『けど条件が追加であるわ』
「何かしら?」
『いずれ旅人が訪れる時が来る』
『その案内人をエスに』
「旅人…?私と同じような…?」
『同じかどうかは定かではない』
『旅人は時に導き、時に狂わす』
ここの世界を司っているこの壁でさえもわからないということは、やはり何かの弾みでこの世界の中に紛れ込んでしまう…という意味とも取れる。
それに、この世界に来た旅人が私の仲間…もとい協力者になってくれるとも限らない。
もし旅人がきた時には恩を売ってあの壁野郎を倒す算段をつけてもらうという手がある。
そうすれば、この部屋の中から直接手を下さずとも、間接的にあの壁野郎を粉々にすることができる。
契約に何も反しない
「…いいわ。単純にいつか来る旅人っていうのにも興味があるし、その時は案内人の役を買って出てあげる。それじゃあ、契約成立ね。」
そうして、さっさと部屋の中に入ろうとして扉に手をかける
『最後にエス』
『聞いて行きなさい』
「あなたと話す内容はこれ以上ないわ。あなたの説法らしきものも聞くに耐えないしね」
『これは忠告だ。』
『あまり部屋に心を許さないほうがいい』
『『取り込まれるぞ』』
今までとは明らかに違う言葉の重さがそこにあった。
流石の私も少し気圧されたが、すでに一歩部屋の中。契約は始まっている。
あの壁は私に手出しできないし、逆に私もあの壁に何もできない。
「ご忠告痛みいるわ。臣下のいない裸の王様」
そう言って部屋の扉を閉めた。
最後は完全に意地を張っただけだった。
こちらが怖がっていないという風に見せるだけの虚勢。
多分、向こうはそれくらいは見抜いていているだろうが、もうあの顔を見なくてすむのだから別に関係はないだろう。
「…これで安心して本が読めるわ」
ここの本さえあれば、時間など大した問題ではない。
本というのは何千年という歴史を紡いできた人間の一部だ。総記や哲学、歴史文化、芸術言語文学洋書。全ての望む本がここでは手に入る。時間などいくらあっても足りないくらいだ
「さて…せっかくの記念だし、何から読み始めようかしら…」
本棚に指を這わせながらある本の前でピタリと指を止めた。
「ちょうどいいのがあるわね。何も知らない人間として終わってる私に対しての本…『人間失格』」
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