ロマンチストハートレス   作:なぁのいも

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今更ながら注意
この物語の指揮官は、性的被害者な彼とは違う人です!
物語の世界観はあっちのお話と共有しているだけです!わかり辛い説明ですいません!


想いの芽生え

 指揮官アレン・カーナーはヒーローになりたかった。

 

 それは、幼い頃に戦地に取り残された自分を救ってくれた五枚花弁のヒーローの様に。

 

 助けを求めている人が居たら駆けつけ、救い、そして、助けられた人が希望を抱いて、未来で人を助けるような希望を与えていく存在に。

 

 彼はその為にPMC、それも最大手であるグリフィンに入社した。

 

 今の世界は、国はELIDの対策に追われ、大都市や重要な商業区画の警備しか行っていない。その為、国の管轄外の地域は自治権が切り売りされ、PMCが主に統治や治安維持を行っているからだ。

 

 民間人の救助などは、国から依頼されその地区の自治を任されたPMCへと回される。

 

 彼の憧れるような人々に希望を与えられるようなヒーロー、それに近い存在になれそうなのがPMCであった。

 

 彼は懸命に働いた。鉄血の排除だけでなく、都市周辺の警備任務、別地区へと向かうキャラバンの護衛、民間人の救出任務、傷者の搬送、被災地向けの炊き出し、民間人向けの護身術の講習。

 

 グリフィンの仕事に小慣れてきた指揮官が後回しに、或いは新人へと回す仕事を彼は嫌な顔一つせず、寧ろ喜んで自ら受注した。

 

 彼や彼の戦術人形に向けて『ありがとう』と言ってくれた人々の笑顔は彼らの記憶に深く刻み込まれて次の行動への原動力となっている。

 

 そんな些細な任務にも目をかけてこなしていた彼の地位はグリフィンの指揮官の中でも高位のモノとなっていた。高い地位を持ち、更に多くの任務を任される。

 

 だが、それこそが彼の悲劇の幕が開ける原因となったのだ―――

 

 

 

 

 

「指揮官、本日の任務だ。最優先事項として頼む」

 

 廊下で出会った上級代高官キンバレーから任務の詳細が入れられた封筒を受け取る指揮官。

 

「はい。ありがとうございます」

 

 封筒を開き、数枚の書類を取り出して、簡単に内容に目を通す。

 

「……物資の護衛ですか」

 

「そうだ。今度の富裕層達の間で催しが行われるらしい。その為の物資の護衛だ」

 

「……なるほど。わかりました。手練れを揃えて護衛へとつかせます」

 

「ああ、頼むぞ。皆、君へ期待を向けてくれている。些細な事でも助けてくれるヒーローの様な存在だと」

 

「……そうですね。僕はヒーローになりたいのですからね」

 

 彼の上司であるキンバレーは、指揮官の理想に共感し、応援してくれている人物の一人。そんな人物が指揮官の肩に手を置いて真剣な眼差しで、揺れる彼の瞳を見つめる。

 

「君はその期待に応えれる、実力を持っている。もっと自信を持て」

 

「……ありがとうございます」

 

 激励の言葉を受け取った指揮官は表情を何とか取り繕う。キンバレーは満足した様に頷くと、彼の横を通り過ぎて立ち去った。

 

 指揮官は任務の詳細に再び目を通す。書いてあるのは確かに物資の輸送の護衛だけれども、物資の経緯、経路をみるとどうも正規的なそれには思えない。

 

 いや、わかってる。彼にも流石にわかってる。やろうとしているのは、企業と政治家の関係を取り持つ為の物資の横流しに近いことは。

 

 そして、それが、グリフィンと言う組織を維持するために必要な事であると。

 

 グリフィンとIOP社は蜜月の関係であり、IOP社は戦術人形を融通する代わりにグリフィンは戦術人形のフィードバックを送る。だけれども、それだけの援助だけでは、G&Kと言う巨大な組織を運営する為にはまだまだ足りない。もっと大きなパイプを形成し、安定した資金源を、スポンサーを確保する必要がある。

 

 ちょっと前の指揮官は、今ある任務に精一杯で会社の利益まで考える余裕は無かったが、今の指揮官の立場は違う。

 

 今の指揮官はグリフィンと言う組織を維持するための任務や、新たな関係構築のための任務に駆り出されることが殆どで、民間向けの任務にはよほどのモノでは無い限りは駆り出されることは無い。

 

 会社の責任を多くに背負う。なるほど確かにそれもヒーローなのかも知れないが――

 

「たっだいまーしきかーん!」

 

 書類を手に持ち思考を巡らせるのは、彼の夢の応援者である9が突如として彼の背中に飛びついて来た事で停止した。

 

「お、おわぁ!?」

 

「全く危ないでしょ9!」

 

 倒れ込んだ彼の背後からは、いう事を聞かない子供に言い聞かせるようなUMP45の声も。

 

「あはは……おかえりなさい9、45」

 

「ただいまー!」

 

「ただいま、指揮官」

 

 体が仰向けになるように動かすと、そこには指揮官のお腹に馬乗りになって満面の笑みを浮かべる9と腰に手を置いて呆れたように笑う45の姿がそこにはあった。

 

「9ったら任務中もずっと騒いでたのよ……。やれ映像の画質が良くなっただの、やれ集音性能があがっただの」

 

「だって、本当に見えるモノがすっごく綺麗になってるし、聞こえる音も凄くクリアになってるんだって!45姉も共有して体験してみたでしょ?!」

 

「別に、私と同じ位だと思ったけど……。指揮官、9の何か弄ったりした?」

 

 ジッと真偽を図るように様子を伺う9と、欲しかったオモチャを買って貰った子供の様にキラキラと星が零れるような視線を送る9。

 

 45からの差すような視線から逃れるようにブンブンと指揮官は首を振る。

 

「い、いえ、そんなことは!精密検査は命じましたが、仕様の変更は許可してませんよ!」

 

「ふーん……。やっぱり気のせいじゃないの?」

 

「そんなこと無いって!指揮官の顔もすっごく綺麗に映ってるよ!」

 

「はは……。僕の顔を見たって何もありませんよ」

 

 45の疑いの視線と、9の好奇の目から逃れる様に、指揮官は9をお腹の上から退かすとパンパンとズボンを叩きながら立ち上がる。

 

 顎に手を置いて指揮官の様子をジッと伺っていた45ではあったが、ふと視線の鋭さを解いた。

 

「あら、指揮官」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「痩せた?」

 

 それは何となく気づいたモノだった。彼の顔を見た瞬間、何となく出会った頃の彼の顔を参照してしまい、それと照らし合わせた結果出たものだった。

 

 それは筋肉がついたからと言うように引き締まったからという訳では無い。昔より彼の頬はへこみ、肌艶も悪くなっている様な気がしたのだ。

 

「ははっ……そうですかね?」

 

「そうだよ!指揮官、ちょっと痩せたよ!もう、元々細いんだからちゃんと食べないと!」

 

 9は指揮官の頬をチョンチョンと人差し指でつつく。彼の薄い皮膚はすぐ歯に到達し奥底にある硬い感触を彼女の指に返す。その感触が楽しくて、9は何度も何度も指揮官の頬っぺた越しに歯を突くのだ。

 

「んふふ♪えいっ!えいっ!」

 

「ふふっ、くすぐったいですよ9」

 

 そんな風にじゃれ合う二人の事を45は呆れたようにため息を吐き出す――視線は二人の事を羨ましがるように離すことが出来ないで。

 

「ちゃんと食べてね指揮官。私はヒーローの味方なんだから。味方になるべき人が居なくなったら、凄く困るんだからね?」

 

「そうだよ指揮官!私もヒーローの家族になるのが夢なんだから、ちゃんと食べてね!」

 

「……ありがとうございます二人とも」

 

 何処か寂しそうな表情を零す45と、心配そうに見上げる9に指揮官は微笑みを向ける。心配しなくても平気だと言うように。

 

 そう、普段ならそれで終わり。今回のは9からのスキンシップは何故か激しかったが、普段ならそれで終わり。45の表情が浮かないままなのを除けば。

 

「……それで、次の任務はそれ?」

 

「はい。物資の護衛です。どうやら、富豪の間で催しが行われるみたいで、そのための物資を守ってほしいとの事です」

 

「偉い人達って言うのは飽きないわね。どうしてそんなにパーティーをしたがるのかしらね」

 

「また護衛かー。張り合いが無いなー。前みたいな救援の任務とか無いかなー」

 

「ははは……。張り合いがないという事は平和という事ですよ。僕達にとってはその方が……いい……」

 

「指揮官……?」

 

 段々と言葉じりが小さく窄んでいく指揮官に首を傾げる9と、沈んでいく表情をじっと睨みつける様に見つめる45。

 

 二人に心配をかけないようにするために、指揮官は再び表情を取り繕う。

 

 その姿をみた45は呆れたように息を一つ。

 

「……わかった。護衛のメンバーは私と9、416とG11、後はもう一人精鋭を選べばいい?無傷で届けて欲しいって言う、いつもの要望でしょ?わかってるわ。行くよ9」

 

「あっ、引っ張らないでよ45ねぇ!とりあえず、行ってくるね指揮官!」

 

「……はい。お願いしますね」

 

 依頼の詳細が書かれた資料を指揮官からぶんどると45は9の手を掴んで引きずりながら指揮官の脇を通って去っていった。

 

「どうしたの45姉?なんか機嫌悪い?」

 

「わからない……。でも、なんか息苦しいのよ。今はあそこに居たくはない」

 

 去りゆく二人に手を振って見送ると、ふと廊下の窓ガラスに映る自分の姿を見つめる。

 

 二人からは痩せたのかではないかと言われた。自分自身の事なのにあまり意識はしてなかった。確かに心なしか、顔の線が細くなった気がする。腕を見ると血管の透け具合も少し前よりかは透けて見えるようになった気もする。

 

 ちゃんと食べてと二人から言われはしたが、最近は食が細くなった気もする。

 

 それは、激務でまともに食事を摂る時間が無いからという訳でも無い。

 

 彼が即座に思い浮かぶ理由と言ったら、ただ一つ。

 

「今の僕は……本当にヒーローになれているのしょうか……?」

 

 窓ガラスに手を置いて、細くなった自分へ向けて細く息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 指揮官は責任のある立場になる事が出来た。そうすれば、より多くの任務に手を伸ばせると。より多くの人を救う事が出来るんじゃないかと。そう言った目標を抱いて邁進した。

 

 けれども、責任のある立場についた今になってわかった。その考えは浅はかであったと。

 

 彼に与えられた任務の殆どはグリフィンに対する莫大な利益が絡む案件だ。

 

 それは、富裕層の為の物資の輸送、グリフィンのスポンサーを務める重要人物の護衛、果ては――グリフィンに融通を利かせる人物のために政敵の排除に関する裏取引。

 

 新人であった頃には予想だにしなかった様な、グリフィンの裏を彼は任されることになってしまったのだ。

 

「凄いぞ指揮官!このままトップに上り詰めることが出来れば、確実にヒーローになれる!」

 

 彼の上級代高官キンバレーは嬉々として任務を持ってくる。それも全て、指揮官の為に。彼が立場を上げる度に、どんどん受注できる任務は増える。勿論、彼の裁量で判断できる事は増えていく。キンバレーも融通を利かせて重要な任務を自分に回してきてくれる。

 

 けれども今の彼は――彼の望んだヒーロー像そのものと言えるのだろうか?

 

 今の彼もある意味でヒーローであると言えるのかもしれない。だけれども、彼にはこう感じていた。自分はグリフィンにとって都合のいい存在と言う意味でのヒーローでしかないのでは?と。

 

 指揮官の食はどんどん細くなってく。思い悩む時間も増えていったから。今の自分はかつて憧れた五枚花弁のヒーローの様になれているのかどうかと。

 

 富裕層へと物資を届ける度に彼は思ってしまう。この物資があれば、この食料があればもっと救える人が居るのではないかと。護衛の関係で何度か富裕層の催しに参加した事はあったが、殆どの参加者は飲みも食べもしておらず、ずっと自分の利権のための話し合いに興じていたから。

 

 この人物は護衛する価値があるのだろうか?基地と言う閉鎖的な空間にいる指揮官でも噂話は聞いた事がある。今の時世において情報は何よりも武器となるため常日頃集めてるくらいだ。護衛した人物の黒い噂を何度も訊いた事がある。本当に守る価値があるのかと任務を受けながら自問自答したことは何度もある。

 

 この政敵は本当に排除するべきなのだろうか?グリフィンにとって都合が悪いと言う理由だけで消していい人達なのだろうか?消した人物にも仲間や家族がいる。生き残るためではなく、利権のために消すことに罪悪感を覚えない彼ではない。

 

 自分がやっている事は、本当に憧れたヒーローの様な行動と同じ物と言えるのだろうか?

 

 ずっと、ずっと、彼は思い悩んで苦しんで、それでも、ヒーローになると言う目標に向けて、何度も自分に言い訳をしながらも立ち上がった指揮官は――

 

「あっ……」

 

「「指揮官!」」

 

 ある日、唐突に変調をきたして倒れてしまった。

 

 

 

 

 

 まばゆい光を感じ、指揮官は重く閉ざされた目蓋を持ち上げる。ぼんやると焦点が合わない視界に映ったのは、彼の手を握って今にも泣きそうな表情を浮かべる9と、同じように瞳を潤ませている45。

 

「ナイ……ン……ヨン……ゴー……?」

 

「「指揮官……」』

 

 指揮官かの呼び声で二人は一も二も無く、ベッドに委ねられた彼の身体を抱きしめた。

 

「バカッ……!バカッ……!」

 

「よかった……!よかった……!」

 

 はしたなく鼻を鳴らして自分に抱き付く二人。二人の疑似感情モジュールの処理が追いついてないのか、二人からは疑似涙液が漏れ出てしまっていて、冷たい液体が彼の胸元を濡らしていく。

 

 その液体は、布団で温まっていた体を即座に冷やしてしまう位に冷えたモノ。しかし、二人の感情を読み取った指揮官には、それがとても崇高なモノで温かいモノのように感じ取れた。

 

「ありがとう二人とも……」

 

 指揮官は二人の感情のあらぶりが納まるまで、二人の細い体躯を抱きしめ返した。

 

 

 

 感情が落ち着いた二人は、指揮官が突如倒れて医務室に運ばれた、体調に大きな異常はなく一日安静にしていれば問題ないと診断されていること、どうしてこんなになるまで相談しなかったのか、ちゃんと食事はとっていたのか等の文句を交えて伝えた。

 

 二人からの苦言を苦笑いをして受け止めつつ、指揮官は何度も謝罪と反省を繰り返しながらも、彼は改めて二人が優しい子であることを再確認した。

 

 9は自分の変化に最初に気づいてくれた。変化に気づいてくれたという事は、自分に興味と感心、それと信頼を置いているから気づいたのだ。

 

 45もそっけない態度をとりつつも、ずっと指揮官のことを手伝ってくれた。彼が痩せ始めたのに気付いたのもずっと彼の身を案じていたからこそだろう。

 

 そして、二人は自分の為に泣いてくれた。自分が倒れたときには心配し、大事は無いと言われても傍に居続け、起きるまで待ってくれた。

 

 そんな子達が優しくないなんて、指揮官は口が裂けても言える筈が無いだろう。

 

 だから、だからこそ、指揮官は口にしてしまったのだろう。信頼している二人の前だからこそ。

 

「45、9」

 

「うん?」

 

「なぁに?」

 

 指揮官は一度口を紡ぐ。これは本当に言っていいことなのだろうかと。この言葉を口にするのは、応援してくれる人たちに対して、裏切りになってしまうのではないかと。

 

「僕は……」

 

 でも、それでも、指揮官は口にしたかった。言いたかった。伝えたかった。もう一人で抱え込むのは無理だった。これ以上はもう、限界だった。

 

「僕は……僕の望んでいたヒーローになれていますか?」

 

 儚く弱弱しい笑みを浮かべながら投げかけられた問いに、二人は表情を暗くして口を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眠りにつきたいと言う彼の願いを聞き届けた二人は医務室から出て宿舎へと向かっていた。

 

 お互い、何も話題を振ることなく、互いに何も語ろうとすることは無く、自分達の足音だけが響く廊下を。

 

 二人は知ってしまった。指揮官が抱えていたものを。指揮官はずっと悩んでいたのだろう。今の自分が、かつて二人に打ち明けたヒーロー像に沿ったものであるのかを。

 

 今の指揮官が請け負っている任務の殆どは、富裕層の為に他の層の幸福を後回しにするような任務。富裕層を守る為に他の民間人の事を後回しにするようなものばかり。

 

 昔のように幾分か責任が軽かったのなら、任務のリソースを民間人向けのモノへと割いても(時と場合によるが)厳重注意だけで済んだだろう。

 

 しかし、今の彼は責任の重い立場にいる。任務を放棄するような真似は許されない。彼が任務に対する責任を放棄すると言うことは、グリフィンの信頼を大きく落としてしまう。

 

 そんなマネは、誠実な彼は出来る筈が無い。

 

 彼のなりたいヒーローとは、困っている人の元に駆けつけて助けられるようなヒーロー。それも民間人にとっても身近にあるような。

 

 富裕層へと贈られる物資はその他の層へと渡る事はまずない。例え、富裕層に達にとって必要な量の物資であったとしても、その物資でどれだけの民間人が助けられるのか、そう言う風に考えてしまったのだろう。

 

 そして、グリフィンにとって邪魔になる人間を排除するような任務も彼は本当は受けたくなかったのだろう。確かに、その人間を排除することで助かる人間はいるのかもしれない。しかし、戦争や抗争によって仕方なく殺すのとは違い、もしかしたら死ぬ必要が無かった人間なのかもしれない。

 

 指揮官は苦悩しながらも突き進んでい居たのだろう。今の今までずっと。多くの人を助けたいと思ってヒーローに憧れた彼が、一部の人の幸福の為に戦う。そんな理想と現実の乖離が彼をずっと蝕んでいたのだろう。

 

「はぁ……」

 

 45は一つ息をつく。指揮官の背負っていたモノの重さは、彼女の想像を絶するものだった。思えば、彼が痩せ始めたと感じた時点で、彼に今は留まろうと言っておくべきだったのだろうか?いや、それでは遅い。それより前から、彼の昇進をどこかで遅らせることが出来れば、今の彼はこんな事にはならなかったのではないか?いや、グリフィンは指揮官不足だ。いずれ彼が今のポジションに収まってた可能性は高い。じゃあ、なにが――

 

「ねぇ45姉」

 

 負のスパイラルに囚われ、自分を責めていた45に救いの手を差し伸べるように9の声が45の頭に浸透する。

 

 45が歩みを止めて振り返ると、そこにはいつものようにニコニコと笑みをたたえている9が居た。

 

「なぁに?」

 

「45姉は、指揮官のことが好き?」

 

「うぇぇ!?」

 

 予想だにしなかった言葉。45は自分の頬の温度が急激に上がったのを自覚した。

 

「な、何でそんな事を聞くのよ?!」

 

「いいから答えて」

 

 9は45の手をとって、ジッと彼女の瞳を見つめる。この質問から逃げる事は出来ないし、許さないと9の目と体がそれを表している。

 

 頬の熱が伝染し、そのまま顎へ額へと伝染しどんどん上昇していくのが感じる。

 

 指揮官のことをどう思ってるか?改めて意識してみると何だかとても気恥ずかしく感じる。彼の顔を思い出してしまうだけで、また体の排熱量が上がってしまいそうな、機関部の活動が一気に上がったりするような、或いは内蔵されてるCPUが一気に疑似感情モジュールの演算処理に追われるような。彼女の電子頭脳に記録された言葉では言い表せないような状態になってします。

 

「45姉。私はね、指揮官のことが好きだよ」

 

 迷い何かを言葉にしようとしては口を閉じるを繰り返す姉に、妹は姉と同じようにほんのりと頬を染めながらも自分の気持ちをはっきりと口にした。

 

「それは……家族として?」

 

 そう、いつも9が言っている家族としての好き。それなら45にもある。だけれど、今彼女の中を占めている想いはその言葉だけは言い表すことが出来なくて。だから、縋るように9に聞いてしまった。

 

「そうだけど、そうじゃないかも」

 

「どういうこと」

 

 9が軽く迷い、自分の想いを何と当てはめていいか軽く悩んで出た言葉は、

 

「うーん……多分、恋とか愛ってやつじゃないのかな!」

 

 恋と愛、と言う短い言葉だった。

 

「恋……?愛……?」

 

 その言葉に居抜かれた様に45は自分の胸を押さえる。まるで、自分の求めてた言葉をいい当たられてしまったかのように。

 

「45姉はさ。指揮官といると楽しい?」

 

「もちろん楽しいわよ。からかい甲斐があって――」

 

「そうじゃなくて、純粋に楽しい?」

 

「……うん」

 

 いつもの自分を取り繕うとした45ではあったが、9の純粋な瞳に気圧されて俯き加減で頷く。

 

「私が指揮官に抱き付いた時、どう思ってた?」

 

「正直、かなり羨ましいと思った事はあるわ……」

 

「指揮官と食べる御飯は?」

 

「うーん……よくわからないけど、すごく美味しいと感じる時はあった。決まった分量で決まった調理がされてるから、味なんて大して変わる筈が無いのに」

 

「指揮官が悲しそうな時は?」

 

「……私の中で異常な冷却がされてる位に私も冷たくなって胸が張り裂けそうになって……辛くて……」

 

「指揮官が嬉しそうなときは?」

 

「私もなんだか嬉しくて、ついつい笑ったりして」

 

「指揮官の笑顔は?」

 

「……笑ってる指揮官は好きよ」

 

「ずっと、笑っていてほしいって思う?」

 

「思う……私達の傍で私達と一緒に……!」

 

 その瞬間、45の中で莫大な熱が生まれる。自分の身体を内側から溶かすような、自分をジワジワト焼こうとするような熱が。

 

「はぁ……」

 

 発火しそうな体から熱を追い出す為に45は自然と息をつくが、それは逆効果。彼女の中に入り込んだ空気が身体の隅々まで行き渡り、熱が急速に浸透していく。

 

 でも、その熱に不快感を覚える事は決してない。自分が自分で無いような、別の存在に作り替えられるような恐怖をその熱が生まれた瞬間に感じたが、それすらも遠い過去の様に感じる。

 

 確かに今の自分の身体は熱い。もし、人間が触れたら火傷してしまうのでは無いかと思ってしまう位に。

 

 だけれども、この熱は45にとって異物では無い。何故なら、この熱は体を溶かそうとしているくせに、45の身体が求めてる温かさを持っているから。

 

 9は握っていた45の手を離す。45は頬の火照りを確かめるように、自分の両手を頬に当てる。

 

「9……私……」

 

 自分の手で持ち上げられた彼女の顔は、

 

「指揮官に恋してるのかも……愛してるのかも……」

 

 どこか自信なさげに呟く45の頬はほんのりと色づき、金色の瞳は熱で蕩けそうな位に潤んでいた。

 

 彼女は機関部が発する強い鼓動に耐え切れなくなって思わず胸を押さえる。そうでもしないと自分の中に押さえつけていた何かが胸の内から零れ出て、溢れて、自分が自分で無くなってしまいそうで、怖くて仕方が無かったから。

 

「私……変よ……。一回、9と感覚を共有した日から本当は変になってたのよ。だって、急に青空が綺麗に見えたり、音が透き通って聞こえたり、指揮官のことがとっても気になったり。変よ……。だって、私に使われてるパーツは何も変わってないのに……!」

 

 戸惑い、頭を振る45を9は抱きしめる。その光景は、いつもの姉と妹の立場とは逆になっている。

 

「あっ……」

 

 45は9の胸から響く鼓動に耳を澄ます。トクン、トクンとまるで心音の様に人工血液を全身へと巡らせる9の機関部。彼女の機関部のリズムの速さには覚えがある。

 

「私と同じ……」

 

「うん。私も45姉と同じ位、ドキドキしてるんだと思う。私もね、指揮官のことを想うとこんなにもドキドキしちゃうんだ。自分でも恥ずかしくなちゃうくらいに」

 

 45は9の胸に顔を寄せて、彼女の鼓動に身を任せる。自分と同じように、自分と同じ好きな人を想う事で高鳴る妹の心音に。

 

 自分は変だと彼女は思った。何故なら、疑似感情モジュールにここまでの感情を再現することなんて出来るとは思ってなかったから。こんな自分が自分で無くなってしまう位に怖くて莫大な感情を、味わう事になるなんて、45は想定して無かったから。

 

 でも、自分の想いに名前がついた。そして、それを分かち合う存在がいる。それが45にはとても心強いモノだった。

 

「変よ……。やっぱり私達。9、あなた、『ゲルダ』から変なウィルスを貰ったんじゃないの?」

 

 『ゲルダ』。それは幼い少女を模した鉄血人形。研究施設跡を転々とし、データを回収しまわっていた工作員型の戦術人形として確認された個体であり、二人が破壊し分解して中のデータを持ち帰ろうとした人形。

 

 その人形にウィルスが仕込まれてたんじゃないかと震える声で疑う45を9は笑い飛ばす。

 

「あはは、貰ってないよ45姉。だって、検査に何の異常も無かったんだし」

 

「そうよね……」

 

「45姉はあの作戦の前のバックアップを基にして、前の自分に戻りたい?」

 

「……嫌よ」

 

「そうだよね。私も戻りたくない。戻れない」

 

「うん。無理、こんな感情を知る前に、私は戻れない……」

 

 自然と45の腕は9の背中に回されて、9の身体を強く強く抱きしめる。同じ感情を深く深く共有するかのように。

 

 二人は目を閉じてお互いの呼吸と鼓動を共有する二人。二人の抱擁はお互いの鼓動の高ぶりが治まるまで、ずっとずっと続いていた。

 

 

 

 

 お互いに気持ちを共有し、鼓動が治まった頃合い。二人はどちらからともなく抱擁を解いた。

 

 二人の表情には陰りが無く、そこには晴れ渡るような微笑みがそこにはあった。

 

「45姉」

 

「うん」

 

「私、指揮官の事が好きだよ。だから、これ以上指揮官の辛そうにするの見てられない」

 

「うん……」

 

「だからさ、指揮官と一緒に逃げちゃおうよ。ここから。グリフィンから。ここにはもう、指揮官の求めてるヒーロー像は無いよ」

 

「そうね……。そうしたいけど……。出来ると思う?」

 

「うん。まず無理だね。だから、家に帰って二人で考えよう!」

 

 9は45の手を取り、跳ねるようにして宿舎に向かって駆けだす。

 

「ちょっと9!」

 

「レッツゴー!」

 

「もう、仕方ないんだから!」

 

 9を咎める45も、咎められた9もその表情は陰りは無く、二人は笑顔で満ちていた。

 

 

 

 

 

 その日の晩になるまで、散々指揮官と共にグリフィンから逃げる方法を考えたが、結局いいアイディアは出なかった。

 

 グリフィンの暗部に関わる任務を任されてる指揮官は退職を簡単には許されないだろう。それにもし、退職を許されたとしてもいつの日か彼を消すためにグリフィンが動くかもしれない。彼はグリフィンと言う会社が揺らぐ真実のいくつかに関わっているのだから。だから、指揮官だけでここを離れても意味が無い。ここを離れても指揮官を確実に守ってくれる存在が傍に居なければ。

 

 45と9もグリフィンから脱走するのは一筋縄ではいかない。いつ、どこにいるか把握できるように彼女達にはタグが埋め込まれていて指揮官と共に逃げれたとしても自分達のせいで脱走した後の保証が出来ない。それに、この基地の管理下に置かれている限り、そもそも彼女達は自由に外出する事だって出来ない。彼女達もこの基地と言う枷と檻を何とかして脱獄する必要がある。

 

 武器と暴力を使ってこの基地の職員を恫喝すれば簡単に事をすすめれるかも知れないが、流血してまで得た自由を指揮官が望むだろうか。

 

 そもそも、指揮官をこの基地から逃げるように説得しないといけないのだ。このままだと、良い様に利用されるだけされて指揮官が壊れてしまうと。

 

 やることは山積みだと、再確認すると、二人はお互いの寝具に身を預ける。

 

 灯りを消し、いざ睡眠に移行しようとしたところで、

 

「9」

 

 9は45に呼び止められた。

 

「どおしたの45姉?」

 

「……いい方法思いついたかも」

 

「それって、この基地の人間が傷ついたりしない方法?」

 

「うーん。ある意味で傷つくかも知れないけど。でも、傷つくのは人間じゃない」

 

「ふんふん。じゃあ、どんな事をするの?」

 

「それはね」

 

 あくどい表情を浮かべながら、9に耳打ちする45。45の案を聞いた9の寝ぼけ眼は一気に見開かれた。

 

「なるほど!それは面白いアイデアだね!」

 

「そう。だから、必要なモノを考えましょう」

 

 二人は再び部屋に光を灯し、爛々と輝く瞳でアイディアを書き綴っていく。二人の夜更かしはまだ終わりそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、制圧した鉄血の司令部にて

 

「9、この人形の無線の規格と周波数、それと回線の解析をお願い」

 

「はーい……。お、出た出た。これは当たりだね」

 

「じゃあ、私に繋いで」

 

「はいは~い♪」

 

「ハローハロー。あなたがここら辺一体を統治してる鉄血の指揮官機?」

 

『っ!?お前達は!』

 

「そう怯えないで平気。私達は、404のとは違うから」

 

『……何故、私達の回線に紛れ込めたのだ』

 

「そんな事、別にどうだっていいでしょ。それより、私達と取引しない?」

 

『取引だと?ハッ!グリフィンと手を組んで欲しいとでも言うつもりか?』

 

「幾らかは当たり。手を組んで欲しいのは、私とUMP9とだけ」

 

『どういうつもりだ?』

 

「潰して欲しい部隊がいる。近々、この区画でグリフィンによる大規模な掃討作戦が行われる。その中で、助っ人として彼女達が呼ばれる事になっている。そいつらを潰して欲しい。出来る限りの情報とそれと、彼女達が持ち得るであろう戦術も特別にレクチャーしてあげる」

 

『ほう……?私達に助っ人を潰して欲しいと?お前達が情報を横流ししてまで潰したいと言うのはどの部隊だ?』

 

「……404小隊」

 

『何だと!』

 

「あなたには404小隊を潰して欲しい。彼女達のモデルは量産型とは違って特別な機能とパーツが多いから、復元するのには時間がかかる筈。あの部隊を潰すことが出来れば、鉄血も行動しやすくなるんじゃないかしら?」

 

『何故お前達が404を潰そうとしている?訳がわからない……』

 

「何故って、そんなの簡単な話よ。――『自由』を得るためよ」




その頃、居住区内の移民街にある極東風の屋敷にて

「じいちゃん」

「なんだ?」

「五枚花弁のヒーローって知ってる?」

「……さぁ、知らんな」

「そっか……。前の戦争の時にあちこちの戦地に行っては色んな人を救助した凄い人らしいんだけど」

「……第一ソイツはヒーローなんかじゃない」

「うん?」

「祖国を捨てた自分が何も出来ない存在だと認めたくなかっただけだ」

「ははっ、なんだよじいちゃん。よく知ってるじゃん」

「……さぁな。そういう話を聞いたことがあるだけだ」

「やっぱり有名な話なんだ」

「……それよりお前、グリフィンに就職が決まったらしいじゃないか。おめでとう」

「あぁ、ありがとうじいちゃん。まさか、指揮官の適性が余裕でパス出来るなんて」

「お前はやれば出来る子だからな。成し遂げれると思ったよ」

「ははっ、お世辞はよしてくれって。私がグリフィンの試験を受けるって言った時、『ぼんやりとしたお前が突破できるのか』って言ってたじゃん」

「そうだったか?」

「うん。そうだよ」

「そうか。でも、やれば出来る子だと思った事は間違いないぞ。だから、頑張れよ」

「うん。ありがとう。じいちゃん」

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