目覚めた少年は、真っ白な部屋にて3人の大人と出会う。
そこから彼の絶望へと行く人生が幕を開けた。
これは、彼が如何にして死ぬかの物語。
白イ天井/部屋
目が覚めたら見覚えのない室内風景。
漫画とかでありそうな四角形の何も無い部屋。天井中央に丸型のLED照明があり室内を明るく照らしている。
キョロキョロと辺りを見渡しても何も無いが、唯一僕のそばに僕に繋がっているであろう点滴がある。それ以外はただ白いだけ。
「...どこ、ここ。」
どうしようもない不安感に襲われ、もしかしては自分自身が居ないのではないかという錯覚さえ襲ってくる。そんな理由からつい1人しか居ない空間で声を出す。時計も何も無いから時間がわからない。
今は何時だ、今は何年の何日だ。僕は一体何をしていたんだ。
僕は...誰だ?
頭で色々考える、しかし浮かぶのは疑問のみで答えなど全く出てこない。それにどうも動けそうな調子ではないし、どうしようもない時間を無駄に過ごすだけだった。
どれほど経ったか、どこかから聞きなれない機械音が響く。
なんと言うのだろう、扉が開く音か?
頭の悪い例えをするなら、カシューッと言う横にスライドしてそうな音だ。しかし、やはりそんなのを知っているような記憶は何処にもない。
「誰か、居るんですか?」
またも不安になり誰かがいるなら縋り付きたくて声が出た。答えは帰ってこない。誰もいないのか?
そう思った時、カツカツと硬い足音が3つほど。
視線をめぐらせる。右側の方に3人の人。
1人は女性、残る2人は男性だ。
男性の片方は白衣を着ており、眼鏡をしてスッキリとした顔立ちをしている。髪も綺麗な金髪で長すぎず短すぎずの程よいヘアスタイルでありながら、俳優にいそうな顔だ。体格から見るに、程よく鍛えられてもいるようだ。これでも既に印象は深いのだが手の甲から袖の内にかけてある長い傷が、分不相応と言うように目立つ。
もう片方の男は見た目的には年長者。中でも背は高く、身体付きも見た目年齢の割には程よく鍛えられて良い感じだ。口角が左に上がっており、僕でもわかるほど緩いオーラを放っている。髪は整っておらず肩あたりまで伸びてしまっている。それでも一応後ろで結っているらしい。顎には無精髭があり、イメージ的には適当そうな感じである。ここの制服であろう服も着崩している。
女性の方は、なんとも言えない厳しい目付きをしており。スレンダーな体型で立ち居振る舞いは堂々としている。隙が無さそうなイメージだ。髪は深い黒の中に淡い紫が微かにあり珍しい色合いをしている。背をきっちり伸ばして堂々としている故に厳格な意志を立ち姿だけで感じられるという錯覚すら覚える。
白衣の男が適当そうなおじさんに資料を見ながら何かを説明しているようだ。そのおじさんはヘラヘラしつつ頷いているが、どうも真面目に聞いている風には思えない。
一方女性は何も言わず何も聞かずただ一点を見ている。視線の先はおそらく僕に繋がれた点滴だ。何故見ているか、などの理由は見当もつかない。
話にケリが着いたのか、おじさんはヘラヘラとした表情を崩さずに白衣にひらひらと手を振りこちらへ歩みを進めてくる。
カツカツカツと足音が妙に響く。近づくにつれ鼓動が早くなる。
...怖い。どうしようもなく不安だ。
「もしもーし、起きてるかぁ?少年。」
「は、はい...」
恐る恐る、ゆっくりと返事をしてみる。
声を認識したおじさんは目を大きく開き更に胸を張った。
「おっ!起きてる起きてる!バイタルも安定してそうだな!よしよしよしよしっ!!」
「は、はぁ...」
な、馴れ馴れしい。予想以上に馴れ馴れしい。そしてうるさい...。
しかもなんか臭いんだけど。
「おーいセンセ、問題ねぇんじゃあないの?」
センセと呼ばれた白衣が顔を上げ眉間に皺を寄せる。仲悪いのかな?
「バイタルチェックはしっかりと規定通りに行わなければなりません。ましてや寝覚めの少年に対し無責任に判断を下すことは出来ません。貴方は今後少年の所属する部隊の『隊長』という立場で立会命令が出ているのです。本来はここには入れないのですから、少々慎んでください。」
「あーあー、長ったらしい説明ご苦労さん。全く耳にタコだぜ。」
「真面目に聞く気は無いんですか...っと言っても同じですね。」
はぁあ、と長い溜息をもらす白衣。声からすると30丁度か20後半と言ったところか、若々しい声だ。
「おっセンセーよく分かってんじゃないのー。」
このおっさんに関しては一挙一動一言一句その全てから真面目さを感じない。しかも先程からヘラヘラした表情を崩さない。
そう思った矢先、おっさんは藪から棒に白衣に問を投げる。
「タバコいぃ?」
「ダメです。」
白衣の即答。こうかはばつぐんだ!
「あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「うるさいです、黙ってください。」
いやホントだよ。本当にうるさいなこのおっさん。ただでさえ音が反響する部屋で大声をあげるな。
「じょーだん。」
「忙しいので構ってる暇なんてないんです、次同じ事をしましたら追い出しますのでそのつもりで。」
「あいあい、わかりやしたよぉ...」
ボリボリと頭をかくおっさんとその近くで資料を確認している白衣。
2人は頻繁に言葉を交わしているが女性は無反応。ただ1人入口前に立っている。それに気づいた白衣は女性に強かに声をかけた。
「サレナ、貴女にも入室許可は出ています。これから教え子になるであろう少年のバイタルチェックは貴女にも最重要項目では?」
「私はここからでいい。声なら聞こえている。診断結果については後程資料を回してくれ。」
白衣は視線を下へ落として考える。対するサレナと呼ばれた女性は真っ直ぐ白衣を見つめたまま微動だにしない。まるで機械だ。
「.....わかりました。後に資料を回します。」
長考の末、白衣は渋々と女性に承諾をする。
女性は白衣に向き直り「申し訳ない」と綺麗な姿勢で頭を下げる。その動作に合わせて紫色の混じった黒髪がサラリと流れるように揺れる。停止しているだけでも目を奪われるのに、動作が加わるだけでそれはさらに目を引くほど綺麗に見えた。
そんな落ち着いた空気を乱すようにフラフラとおっさんが白衣の元へ歩んでゆく。
「ねぇまだぁ?早くしよーぜえ?」
白衣は顔を顰めておっさんを見る。奥にいる女性は無反応の様にも見えるが、一応眉間に皺が寄っているようだ。
「何にも話が進んでねぇぞお?」
「誰のせいだと思ってるんですか。」
「おいちゃん知らなぁい。」
あんたのせいだよ。と言わんばかりの形相をする白衣。意外にもユーモアのセンスはある様だ。
こちらとしては、この3人が目的を持って来たとは思えない。主にこの適当なおっさんのせいで。
白衣がこちらに歩み寄り寝転んでる僕の目を覗き込んだ。白衣の目はとても澄んだ空のような色をしており、僕は少しばかりその色に見とれる。
「具合はどうです?イチミヤくん」
「イチ...ミヤ...?」
聞きなれない名前だ。僕のことなのか?
白衣も少しばかり困った顔をして曲げていた腰を伸ばす。
「なに?どったの?」
おっさんの気の抜けた声がする。それを聞き流しながら白衣を見つめる。白衣は手を顎にあてて長考しているようだ。
「あの、どうしました?」
尋ねてみる。
白衣は視線を下へ向け僕を見る。
「君、自分の名前が分かりますか?」
...名前、そう言えば。僕ってなんて言うんだ?
目を瞑って長考する。一つ一つ、頭の中の記憶の引き出しを開けていく。出生、家族、友人、住まい、恋人...。ダメだ、何故か人との繋がり部分とそれに関連した記憶だけがぽっかり抜けてる。何もわからない。分かるのは...憧れの様な物。夢?理想?目標?...呪い?
あぁ、これ以上考えても無駄だ。何もわからない。
「いいえ、わかんないです...」
「はぁ、そうですか...参ったな。」
白衣は俯き手で顔を覆う。それを隣から見つめるおっさんと後ろから見つめる女性。なんかよくわからない状況で参ってるのはこちらなんだが、あちらの都合にこちらの意思は無関係なのだろう。
ツカツカと足音が鳴る。女性が歩を進めたのだ。
白衣は視線を音の鳴るほうへ向ける。
「ルーク先生、彼は記憶が無いのか?」
「名前が分からないとのことです。記憶自体は分かりません。」
「ふむ。」
女性は僕に向き直りこちらを見つめる。
「故郷はどこだ。」
「は、はい?」
唐突だったが故に認識が遅れ間抜けた声が出る。
しかし女性は依然として表情を変えない。
「もう一度言う。故郷はどこだ。」
「わ、わかんないです。」
「質問を続ける。考えず、直感的に答えろ。」
なんて無茶な事...。
けれど相手はジョークを言ってる風でもなく、有無を言わせぬオーラが感じ取れた。僕は渋々と首を縦に振る。
すると白衣が女性の向かい側に回り込み僕を支えながらゆっくりと上体を起こしてくれた。
「サレナ、確認は任せます。」
その言葉を確認した女性も頷き質問を続けた。
「家族構成は?」
「分かりません」
「生年月日は?」
「いつかの寒い時期だった気がします。」
「友人は?」
「覚えてません」
「恋愛経験は」
「わかりません。」
「通った学校は」
「歩く距離が長かったことしか、わかりません。」
「次が最後だ。」
「はい。」
「お前、人を殺したな?」
「ーーーーッ!?」
驚き女性を見上げる。
女性の目は僕の目をしっかりと捉えているが、まるでさらにその最奥を見詰めている感覚すらある。そして何故か確信めいた言葉。
僕が...人を?そんな事...。
そこで一つ、何かの記憶の欠片と思わられる断片映像が映った。
それは主観。自分か他人か分からないが、恐らく自分。
視界に移るのはこちらの膝元までに降り注いだ血、その血は手にも点々とある。右手には
なんだこれ。そんな言葉と同時に胃液が喉元までせり上がってくる。
途端に我に帰り、お腹と口を抑えモノが出ないように必死でこらえる。
白衣は慌てた様子で背中をさすってくれた。気休めではあるけれど、随分と心が楽になる。
「反応から見るに心当たりはあるようだな。少なくともお前の無意識にはあるようだ。」
吐き気を堪え涙で潤んだ目で女性を捉える。
「そ、れは...」
否定しようと必死に声を絞るも声は出ない。それ以前に声が出る前にモノが溢れそうだ。
「否定はできない。お前の今の状態が最もな証拠だろう。」
「そん...な、こと...!」
強かに否定しようと声を必死に絞るがやはり出ない。
そんな僕に、女性は容赦はしないと言った様子で告げた。
「いいや、違わない。否定しようもない事実だ。『お前は人を殺した。』これは決して揺るがない事実だ。認めろ。」
息を呑むと同時に頭の中で次々と別の映像が断片的に映る。
それは小さいながらに影たちに犯される少女。
それは吊るされる人間だった肉。
ぶちまけられる内蔵。錆びた鋸で腕を断たれ泣き叫ぶ少年。
主観、ナイフで抉られる左肩。とても痛くて泣き叫んだ。
楽しむ様に嗤う影。うるさくて。
怖くて。辛くて。苦しくて。
ーーーーーーー消えろ。
消えろ...消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろーーーー
ーーーキエロ。
ブツリッ。頭の中で何かが断線する。
真っ暗で何も見えない。怖い。
まるで知らない所で置いてけぼりにされたような大きな不安感。どこまでも広がる虚無が僕の心をさらに崩して行く。立っているのか、浮かんでいるのか、寝転んでいるのか。感覚も何も無くてわからない。このまま消えてなくなるのは簡単なんだろうな。
そう思うと、目の奥が熱くなって、ポロポロと涙が流れた。
怖いよ、誰か、助けて...こんなの、耐えられるわけが無いじゃないか...。
....突然、ふんわりと暖かく懐かしい感覚がした。いい香りがする。
そんな事を考えてると安心してきて、自然と言葉が零れた。
「...母さん?」
そう言って直ぐに違う人だと認識する。自身が質問をしていた女性に抱きしめられている。誰かに抱きしめられたのはいつぶりだろうか。
それも僕はわからない。けれど確かに感じた事のある温もりだ。
「男が泣いていいのは3回までだ。その1回をここで使うな。」
女性がゆっくりと優しく頭を撫でる、先程の質問時とは違った色の声。優しい色の声。暖かくてとても安心する響き。目を瞑り、しばらく全身の力を抜き身体を預ける。女性は優しく静かに「大丈夫、大丈夫だ...」と赤子を宥めるかの様に僕の身体を包んだ。
心が落ち着いてきた頃、男性の声が耳に届いた。
「サレナ、そろそろ。」
白衣のささやかで静かながらに強かな声だ。
「あぁ、わかった。」
女性はそれに返答し、僕に回していた腕を解く。
ほんの少しだけ名残り惜しさを感じたが、先程までは無かった確かな安心感は胸に残っている。
白衣は僕の目を見つめてからニコリと笑みを浮かべ頷いた。
「先程よりは精神状態は安定しているようですね。」
「えぇ、まぁ。」
「ふ、曖昧な返答ですね。しかし目を見ればわかる。」
「目を、ですか?」
「目は口ほどに物を言う、では無いですが、心の状態というのも割と現れるものなんですよ。」
「そうなんですか。」
「まぁ、あくまでも予測の域です。確実にわかるのなら苦労はしませんよ。」
白衣は苦笑いし溜息をつきながらメガネを押し上げ位置を戻すと背筋を伸ばし改めてと言わんがばかりの真剣な顔をする。
「だいぶ遅くなりますが自己紹介をしましょう。」
「あ、はい。」
白衣はゴホンとわざとらしい咳払いをしてから僕に目を合わせる。
「私はルーク。ルーク・アークレシス、と申します。君の担当医として選抜されました、今後ともよろしくお願いします。」
と、綺麗に頭を下げる。礼儀の見本と言うのはこんな感じなのかな。
「こちらこそ、よろしくお願いします。ルーク先生」
僕も負けじと頭を下げる。しかし、記憶が曖昧なため自己紹介までは出来そうにない。これはなかなか、もどかしい気もする。
「君の事は既に軍で調べさせてもらいました。自己紹介等々はせずとも構いませんよ。」
「え、軍?」
軍というあまり聞かないはずの言葉に疑問を覚える。
なぜ軍隊?子供一人くらい警察に預ければ良いのでは...?
一つ考えれば疑問はまた一つ生まれ更に疑問を深めた。
ダメだ、埒が明かない。とりあえず今は彼らから聞き出せる。疑問はいくらでもある。まずは...自分の情報が欲しい。僕は何者なんだ?
「申し訳ないですが、質問にはお答え出来ないのです。」
「は.....え?」
なぜ、まだ何も言ってない、考えただけだ。
単純に困惑した。予測?いや、予測ならそこまで確信めいた言い方はしない。いや出来ないはずだ。彼は今、僕が何を言おうとしていたのか知っていた?そんなことありえない。
「言いましたよね?目を見ればわかると。」
目?嘘だろ...?
「目を見ればわかると言うのは心の状態の事ではないんですか?」
率直に疑問を声にする。
「貴方は先程『目は心の状態が多少現れる』と言っただけだ。何も『目を見れば考えてる事までわかる』とは言っていないはずです。」
「ふむ、頭の回転は悪くは無いですね。」
ルーク先生は答えず、まるで遊んでるかのように明るい笑顔を見せる。流石に今見せられると何かムカつく。
「では、君の診察がてらその疑問に関することに対してはお答えしましょう。」
「.....そりゃ、どうも。」
またひとつ笑みを浮かべたルーク先生は伸ばしていた背を曲げて楽な姿勢を取った。論議は出来ると言うサインか?明らかに僕の言葉を待っている。それなら遠慮はしない。
「ではまずは、先程の『目』についての答えをください。」
相手は頷きわざとらしい咳払いをまたひとつ。
「私はコトワザと言うのが好きでしてね。多少かじっているんです。」
「...は?」
何が言いたいのか分からない。答えがそのまま返ってくる物だと思っていた。しかし相手は笑みを浮かべたままこちらを見ている。
...いや、観察しているのか。
「悩んでるようですね?頑張ってください、考えれば答えはすぐ出ますよ。」
なるほど、要は僕の記憶力を確かめようとしているのか。
良いさ、ならそれに答えてやる。
僕は目を伏せ、口元に掌をあてる。思い出せ、彼は先程なんと言ったか。
『彼は先程【コトワザが好き】と言った。コトワザとは、東洋のどこかで使われていたはずだ。それがどう【目】に結びつく?』
彼は未だに笑顔を崩さない。楽しんでいるのか?いや、そんな事はどうでもいい。僕にとってこれは無駄な時間にも思えるが、彼にとってはこれが『診察』なんだろう。
僕は外に逸らしていた思考を内側に戻す。
『東洋のコトワザ。目を見ればわかる。心の状態がわかると言った後か?いや...その前だ。【目は口ほどに物を言う】...!』
ハッと顔を上げる、確かに考えればすぐわかった。
「なるほど。【目は口ほどに物を言う】ですか。僕の考えが声として口から出る前に、貴方は僕の目を見て心の状態と自身の発言により思考を予測した。」
「ほう、それはなかなか至難の業ですよ?それが私にできると?」
疑問を口にしているだけなのに声色は楽しそうだ。
「ええ、貴方はそれが出来ます。」
彼の目を見る。口元は笑みを浮かべているのに目は鋭く真剣だ。
僕の言葉を待っているのだろう。
「僕は、貴方は軍医であり衛生兵でもあると考えるのです。」
「ほう、それはなぜ?」
「貴方の手の傷、それは戦闘行動によるものと推測します。少なくとも手術等でその傷は出来ない。」
もう一度彼の表情を伺うと雰囲気が少し明るく変わっていた。まるで大好きな物語を親に読み上げてもらっている子供のような明るい雰囲気。
心が踊っている?と言うのだろうか。
「ふむ、面白い。着眼点は悪くないし、推論もなかなか興味深いです。しかし、仮にこれが戦闘行動による負傷だとすると、どうなのですか?それは先の話と関連があるのですか?」
「あります。相手を静かに観察するほどの集中力と予測の的確性。貴方の得意分野はさしずめ計算と言った所でしょう。そして計算能力に長けていてかつ戦地に送られた兵士の治療と防衛をする兵士と言うのは、軍と言う組織において必要不可欠では?」
「私は医者です故、集中力と予測能力は必要不可欠。何も兵士だからというのは無理があるのでは?」
「いいえ、そうでも無いです。少なくとも貴方の目は『人を治すためにあるものでは無い』のでは無いですか?」
また空気が凍る。そりゃそうか、いきなり突飛なことを言われたらそうもなるよね。仕方ないか。
周りを窺うと、女性は今まであんまり変えなかった表情を驚きの色で塗り替えている。おっさんは今にも笑いだしそうな顔だ。この人の辞書に真剣という文字は無いのだろうか。
言われた本人もだいたい女性と同じような表情をしている。ということは、少し度の過ぎた解でも通じているのか?
「私の目は、人を治す目ではない?どういう事ですか…?」
「さっき目を見て思ったんです。この目はどちらかと言うと『遠くにいる対象を見る目』だと。」
「はぁ...?」
「つまり、医者として表舞台にはいますが、衛生兵じゃなく医者として治療のため戦地に駆り出された時、貴方は敵から拠点の防衛をしなければならないはず、敵が気づく前に遠方からスナイプする方が余程向いているのではないかと。」
「...ほう、続けてどうぞ。」
「では。貴方のその演算能力は恐らくずば抜けている。周囲の状況を常に把握し空気の流れを常に感じ取る。様々な環境で気候や風向き、質量に合わせ標的の頭を的確に撃ち抜くのは正しく『至難の業』であり、そもそも熟練のスナイパーでもそれは難しいはず。」
ここでもう一度、慎重に相手の表情を窺う。
彼は笑顔で目を瞑り、静かに何かを考えている様子でそのまま僕の方へ声を出した。
「驚きました、寝覚めにしてその頭の回転と想像力。お世辞じゃなく、本当に素晴らしい。」
「という事は、正解ということですか?」
質問するとルーク先生は目を開け、笑顔のまま問いへの回答をする。
「いえ、正しいか正しくないかは論点ではないです。私が知りたかったのは君の頭の回転の速さですから。」
と、屈託の無い笑みをこぼすルーク先生。その答えに僕は唖然とし、伸ばしていた背を曲げて力を抜く。今までの問答は僕にとっては無意味であったということだ。しかし担当医である彼にとっては『少年の頭は通常生活に置いて特に支障がない』という大きい意味を持つ事になるのだと思う。
「ユニークな発想の推理、中々楽しかったですよ。...まぁ、私個人として言わせてもらうのは。『君が信じた答えこそが正解』ということです。」
「.....はい?」
「文字通りです、他意はない。」
と、またしても笑顔。その笑顔が語るのは本当に他意が無いということ。こんな笑顔を見せられたんじゃ、不満も出てきやしないと言うものだと、僕も釣られて笑みを零してしまった。
「...さっ、検診はこれで終わりにしましょう。」
「え?身体の健康とかそう言うのは...」
「ん?あぁ、終わりましたよ。君が推理を述べてる間にサレナがメモをしてくれたので。」
ルーク先生はイタズラをする子供のような無邪気な顔でメモを取るジェスチャーをする。やはり、ユーモアセンスは結構あるみたいだ。
そんなルーク先生の後ろから女性が歩み寄って来てメモ用紙を数枚渡す。疑問なのは機材を通さずどう見たか、と言うのだが。それも察知したのかルーク先生が説明を始めた。
「ええと、機材がないと言うよりはそのベットそのものがスキャニング機能を搭載しておりまして、レントゲンを撮るにしても身体の検診をするにしてもこのベッドひとつで十分なんです。」
「そうなんですか...って納得しにくいですが...。それ、一般にも普及してるんですか?」
「いいえ、していません。これは国連が試験的に運用しているものでー...」
「一々そんな無駄なこと話しても時間がダラダラすぎるだけだろぉ?!」
突然響く無駄に大きく締まりのない声。黙りこくっていたオッサンが高らかに声をあげたのだ。
「うるさいぞ!!」
すかさず女性がつっこみを入れ、バシンッと頭をはたきオッサンを睨み付ける。
確かにうるさいから僕もルーク先生もノーコメントで反応せず、無言のまま向き合う。
「まあまあ、落ち着けよみんな。俺はまともだぜ?」
「嘘つけ。」
「嘘ですね。」
ルーク先生と女性が声を揃えて静かに否定をする。
「俺の信頼なさスギィ!!」
だろうなあ、うん。
冷ややかな目で見つめられているオッサンは不服そうな顔をしつつ僕に歩み寄り、僕の横で立ち止まってニカリと明るい笑みを浮かべつつ腰に手を当て大袈裟に胸を張る。
「少年、君はこれから大きな選択をし、大きく成長してて行くことだろう!」
「はぁ、急に何でしょう...。」
「反応うっすいなおい。」
えぇ、なんだよホントに...。
僕が困惑の表情を浮かべていると、オッサンは頭をぼりぼりと掻きながら溜め息をつく。
「まあ、お前さんはこれから普通には暮らせないってこった。」
「まあ、そうでしょうね。」
キョトンとするオッサン。周りの人達も僕の言葉に興味を示しているようだ。そんな周りの反応に僕も思わず首をかしげる。
「え?だって先程ルーク先生が貴方に『隊長としてーー』みたいなこと言ってたじゃないですか。...違うんですか?」
「あ?え?あぁ、合ってる。俺がお前さんを世話する隊長、って言われた。」
えぇ、なんなんだこの人、気が抜けるなぁ。だ、大丈夫だよね?
不安になるようなオッサンの回答に周りの人も溜め息。
そんなこともにする素振りを見せず、のんきにあくびをするオッサン。本当に大丈夫だろうな...。怖いんだけど。
「まあ、そんなことより自己紹介よ!」
いや気にしろ、してください頼むから。などと心で思いつつ、オッサンの言葉を待つ。
彼はオホンッとわざとらしい咳ばらいを一つして、肩の力を少し抜いた。
「俺はレイヴス。レイヴス・シュヴァリエだ、よろしくな少年!」
「あ、はい。よろしくお願いします。」
あれ?意外と普通の自己紹介だ...。
「ふふん、意外とまともだと思ったろ?」
「...はい。」
「正直だなおい。」
「隠す必要がないですから。」
「むむむ、さてはお前さん、効率主義ってやつか?」
「知りません。」
「えぇ...まあ、いいや。あ、俺のことはまあ、タイチョーとかレヴィさんとか適当に呼んでいいからのぉ。」
「あ、はい。わかりました、隊長。」
「うむ!」
まあ、悪い人じゃないのは確かか。
隊長は意気揚々に女性へと向き直り「お前も自己紹介したらぁ?」とやはり気の抜けるような声で言う。
女性はムッと顔を少しこわばらせて眉間に皺を寄せる。
「...そう、だな。うん、そうする...。」
っと、少し考えるような間があったが、スッと決断する女性。
隊長は僕に手を振りながら離れていき女性と場所を交代する。女性は僕の横に立つと毅然とした態度で僕な目を見つめる。
ちょっと、怖いかも。
「私はサレナ。お前の指導員だ。」
「えと、よ、よろしくお願いします…。」
「うむ。訓練の日程は後でレヴィ隊長と共に私の所へ来てくれ。そこで詳しい説明をする。」
「は、はい、わかりました。」
「以上だ。これからよろしく頼むぞ。」
女性はくるりと背を向けるが歩を進めずに思いついたように立ち止まり、半身をこちらに向ける。
「わ、私のことは、教官と...さ、サレナさんとで分けてはくれないか?」
「...?えっと。」
「ここには、休みだって、しっかりある...。業務時間外は、その...な、名前で、呼んでくれまいか...。」
あ、なるほど。そういうことか。
しかし、妙に歯切れが悪いがどうかしたのだろうか。耳が少し赤い。...熱か?
そう思いつつも、とりあえず返事をする。
「わかりました、教官。」
「うむ、助かる...」
区切りの良い所でルーク先生が椅子から腰を上げ、手を一つ叩き全員の視線を集める。
「さあ、今日の検査兼顔合わせは以上で終わりとしましょう。」
そう告げると、隊長の首がガクリとうなだれる。
何か嫌な予感がして緊張していると、ルーク先生も何かを察知したのか隊長から距離をとる。すると直後
「おうおう!そーしようぜぇ!!」
と、大きな声が鼓膜を破らんとするよう突き刺さる。
そう、隊長がいきり立っているモンキーのような大きな声をあげたのだ。
「レヴィ隊長!うるさいぞ!」
「サレナ、気持ちはわかりますが、貴女も相当声が大きいですよ?」
「む...す、すまん、つい。」
そろそろ怒りが沸点近くまで来ていたのであろう教官も大きな声を上げルーク先生から注意を受けてしまっている。
まあ、そうなるよね...。
教官をなだめ終わったルーク先生はこちらへ向き直り、淡々とした感じで僕に話を始める。
「君は明日からは正式な軍人としての扱いを受けることと思います。ので、レヴィから案内を受けて部隊の人との顔合わせとサレナからの訓練の説明を受けたらしっかりと休むようにしてください。軍人に自らなるというよりも強制入隊ということになりますが、扱いは変わりません。理不尽なことではありますが、どうか受け入れてください。でないと余計に苦労しますから...」
「はい、わかりました。」
「現在の時間は13時21分。活動停止時間まではたっぷりとありますので、慌てなくても大丈夫ですからね。」
「そうそう、まあ気を張らずに行こうぜ?気楽になぁ!」
「ということで、終わりにしましょうか。私はこのまま上層に検査報告をしてきますので、皆さんも各自での作業に戻ってください。」
そう言い終わるとルーク先生は返事を待たずに早足で部屋を後にした。
「相っ変わらずな仕事っぷりだこと...」
「だな。...では私も失礼しよう。」
「おう、おつかれちゃん。」
「あぁ、お疲れ様。」
ルーク先生同様、教官も真っ直ぐに出口へ向かい、部屋を後にする。
「さぁて少年、立てっか?」
「え、えぇ。多分...」
「おっしゃ!支えてやっから、ゆっくり立ってみようぜ?」
「は、はい。」
少し不安に思いつつも、隊長が差し出した手をおそるおそる掴む。そして、ゆっくり、ゆっくりとベッドから降りて行く。
足を床につけ少しずつ足に体重を乗せる、自然と手を握る力が強くなるものの隊長は何も言わずに優しく僕を支えてくれている。
ついた足からひんやりとした感覚が伝わり身体がブルリと少し震える。そこにまた体重を乗せる。
ベッドの軋む音と共に全身に力が入り、自然と目が閉じる。
「....よっし、よく頑張ったな。」
優しい隊長の声がした。足には重い感覚がある、懐かしくも感じる感覚。ゆっくり目を開けると、視線が人の首元を映していた。
視線を下げる、映ったのは床についてる僕の足。そしてようやく脳が立っているのだと認識する。
...あぁ、立ててるのか、僕。
喜びに少し頬を緩ませ、視線を上げ隊長と目を合わせる。
「...は、はい。ありがとうございます。」
「うん!良いってことよ!!」
隊長が笑顔で僕の肩を優しく2度叩く。
「さ、腹ぁ減ったろ?俺もペコペコだぜ。だから一緒に食い行くか!」
「はい!」
「よっしゃ!部隊のみんなと顔合わせも兼ねてたんと食べるか!」
そいじゃあ、と隊長はポケットから紙切れを出す。
「ほいこれ。」
首を傾げながら紙切れを受け取り、隊長に視線を戻す。
「なんでも、名前がわかんねえなら軍人としてのコードが必要だと、さっきサレナが考えてくれたそうだ。」
そう言うと隊長は下手くそなウィンクをして、開けてみろと僕に促す。
僕は頷き促されるまま、手にある紙を開く。そこには、僕の
僕は、それを愛おし気に読み上げた。
「...Ichiya,(一夜)。」
さらにその下には[
「てなわけだ、まあ、これから頼むぜ?...一夜!」
そうして隊長と共に部屋を後にする。それと同時に僕の軍人としての生活が幕を開けた。
プロローグ公開後色々見直しながら第一話書いていましたが、色々忙しくてなかなか納得の行く形で終われませんでしたが、遂に納得の行く形にできました。
大変時間がかかってしまい誠に申し訳ないです。
ここから本編となります、どうぞお楽しみください。