それが起きたのは、パラオの観艦式が終わった数日後のことだった。
パラオ泊地の軍港に、一隻のタンカーが停泊した。それ自体は、普段と何ら変わらない。燃料の補給のために、艦隊の護衛付きで入港してきた。だが、護衛の艦隊は一切無し。更には、タンカーには人の姿が一人も無かった。
そのタンカーは、パラオ泊地から遠く離れた海域を漂っていたのを、パラオ泊地の艦隊が発見。曳航してきたのだ。
パラオ泊地の憲兵隊が調査した結果、内部で銃撃戦が起きたことがわかった。それも、大分激しい戦闘で、かなりの血痕が見つかった。
だというのに、死体が見つからなかった。
船籍から、本来はトラック泊地に向かうタンカーだと分かった祐輔は、トラック泊地に連絡。引き取ってもらうことにしたが、調査は続行することにした。
「……この血の量だと、最低でも数十人は負傷したのは確実……けどその人達は何処に行った? 避難舟が使われた形跡も無いのに……」
祐輔は首を傾げながらも、ある船室に入り、違和感を覚えた。
「……この船室……少し狭いな……」
その部屋は二人部屋なのだが、広さは大体9畳より少し狭い位だ。確かに船というのはスペースが限られてるので、共用スペース等は狭く設計される。
だが、幾らなんでも狭すぎる。そう判断した祐輔は、近くに居た憲兵を呼び、改めてその船室を調査した。
そして、調査していた時、憲兵が
「提督殿。この電灯、動きます!」
と壁の電灯のアームを動かした。その直後、その電灯横の壁が動き、隠し棚が現れた。その中には、液体が満たされた大量の瓶があった。
「これは……」
「……夕張さん、大至急タンカーに来てください。調べてほしいものが」
憲兵は驚き、祐輔は無線で夕張を呼んだ。そして調査の結果、驚くべき物だった。
「
「はい……それも、かなり高濃度の物です……これ程の濃度、使ったら……使われた相手はかなりの禁断症状に悩まされます」
拘束具。通称、フェッター。
数年前から出回り始めた薬物で、これを注入された相手は忠実に命令を守り、通常を越えた身体能力を発揮する。しかし副作用として、戦闘によって相手を殺したり破壊した場合は快楽になり、薬物が切れると耐え難い激痛と余りの高濃度を注入すると注入された相手の意志を無くしてしまう。
このフェッターは、人間だけでなく艦娘にも効果が有る。勿論だが、大本営はフェッターの使用を禁じており、もし使用が判明したら極刑の適用すら有り得る程の重罪である。
「……高濃度のフェッターが、トラック泊地行きのタンカーから見つかった……出港元と最終の行き先は?」
「……出港元はボルネオ島……最終は、ブルネイ泊地です」
ボルネオは日本帝国が確保しているインドネシアの資源地で、ブルネイは最前線の一ヶ所だ。そして両方共に、戦果が高い艦隊が常駐している。
いるのだが、ここ最近は更に高い戦果を挙げていると報告が挙がっていた。更にあることを思い出した祐輔は
「……大淀さん、至急大本営の長官に繋いでください」
「分かりました」
その二ヶ所の提督は、主義者ではないが、艦娘を軽視している派閥の提督だ。
そして、十数分後
『フェッターとはな……』
「は……大至急報せねばと思い、秘匿回線を使いました」
祐輔の報告を受けて、十蔵は両手を組んで唸り始めた。はっきり言って、十蔵としては頭の痛い話であった。
『まさか、まだ製造法を知ってる輩が居るとはな……』
フェッターだが、約二年程前に帝国が世界各地にあった製造拠点を一斉に攻撃し徹底的に破壊。その後、製造法も全て破壊した筈であった。
『榊原提督……今回の件、知ってるのは?』
「は、当泊地所属の一握りの憲兵隊と極一部の艦娘のみです」
『分かった……今回の件、特務憲兵隊を動かす。場合によっては、貴様の艦隊にも要請を出すかもしれんが……』
「最後まで、付き合います。此度の件は、自分としても許しがたい案件です」
祐輔の言葉に満足したのか、十蔵が頷いたら通信は切れた。祐輔は椅子に座ると、空を見上げ
「……嫌な予感がする」
と呟いた。