海底基地から帰って、2日後。
「立つなら、ゆっくりね」
「はい……!」
ハルファスの補助に頼りながら、秋月はゆっくりとベッドから床に立ち、足に力を込めて立ち上がった。
最初はハルファスが脇に腕を入れて補助していたのだが、ハルファスもゆっくりと腕を抜いた。
すると確かに、秋月はちゃんとその両足で立っていた。
「ちゃんと、歩ける……!」
「おめでとうございます。少しの間は、明石さんの所に行って診察を受けてくださいね」
「はい! 妹達共々、ありがとうございました!」
ハルファスの言葉に、秋月は嬉しそうに頭を下げた。
海底基地から救助された秋月だが、秋月の他に照月と初月が居た。
そちらはまだ歩けはしないが、車椅子で既に鎮守府に引き渡している。二人は時々エウクレイデスに来てもらい、診察する予定になっている。
「後は金剛さんですが……」
「あ、彼女でしたら……」
「此処に居マース!」
引き取りの為に来ていた祐輔が問い掛け、ハルファスが返答しようとした時、元気な声が聞こえて、祐輔は声が聞こえた方に振り向いた。
そこには、見事に仁王立ちしている金剛の姿があった。
「お元気そうですね。良かった」
「ハーイ! スピリッツの方々には、良くしてもらいました!」
祐輔の言葉に、金剛は元気よく返答した。
すると、ハルファスが
「後三名、まだ治療中の艦娘が居るのですが……どうやら、楠原前提督の時に余程酷い扱いをされたのか……」
「トラウマ……ですか……」
祐輔の言葉に、ハルファスは辛そうに頷いた。
これは逮捕し尋問し、さらに調査したから分かった事だが、楠原は一部の艦娘を性奴隷のように扱っていた事が分かり、飽きたりしたら轟沈した事にして売り払っていた事が分かった。
恐らく、トラウマになっているのはそういう艦娘なのだろう。
トラウマの治療は非常に困難を極め、下手な事をしたら逆効果になりかねない。
祐輔は数秒間黙考し
「……お願いがあります」
とハルファスに告げた。
数分後、エウクレイデスの医務室。
その椅子に座り、パソコンをウイングゼロが操作していた。そうして、隔離部屋に居る艦娘達を見てタメ息を吐いた。
するとドアが開き、ハルファスと祐輔が医務室に入った。
「提督殿……」
「ウイングゼロさん。彼を、中に入れてあげてください」
「しかし……彼女達は……」
ハルファスからの頼みに、ウイングゼロは躊躇った。
ウイングゼロの見立てでは、今隔離部屋に居る艦娘達は男性へのトラウマがあると見ている。
最悪、祐輔を見た瞬間に精神の均衡が崩れてしまう可能性すらあった。
「お願いします……」
祐輔が頭を深々と下げながら頼み込み、ウイングゼロは数秒間悩んだ。
そして、隔離部屋に入るドアの前に立ち
「危険と判断しましたら、すぐに止めさせていただきます」
「はい。構いません」
祐輔はそう言って、近くの机の上に拳銃と軍刀を置いた。これで、完全に非武装だ。
それを見たウイングゼロは、パネルを操作しドアを開けた。最初にウイングゼロが入り、僅かに遅れて祐輔が入った。その瞬間、中に居た艦娘達はビクッと震えた。
その反応に祐輔は、男である自分よりも提督という存在だと思った。
祐輔はなるべくゆっくりと足音をたてずに、その艦娘達。
潮、浦風、村雨、名取の四人に近づいた。
潮や名取は気弱な性格だが、浦風と村雨は本来は明るい性格で、浦風は世話好き。村雨はコミュニケーション能力が高い艦娘だ。
そんな村雨と浦風の二人でさえ、祐輔を見て震えている。
「初めまして……僕の名前は、榊原祐輔です……今はこのパラオの指揮を執っています」
「榊原提督って……確か……」
「横須賀の提督さん……じゃろ……?」
祐輔の説明を聞いて、村雨と浦風が祐輔を見た。
どうやら、祐輔の事を知っていたようだ。
「はい。前は確かに、横須賀で指揮を執っていました。しかし、楠原前提督が逮捕された為に、長官からの指示で僕がパラオの提督になり、復興を始めました。その業務の中には楠原前提督の悪行の調査と……皆さんのメンタルケアも含まれています」
「メンタル……ケア……?」
祐輔の言葉を、名取がおうむ返しに呟いた。
「はい……つまりは、精神への働きかけ……と言うんでしょうかね……まあ、僕が言っても信じられないでしょう……まず、僕は貴女方の帰還を祝福します……よく、帰ってきました……しばらくはゆっくりと休んでください……動けるようになるまで、貴女方に出撃命令は一切出しません」
祐輔がそう言うと、四人は驚きの表情を浮かべた。
楠原は艦娘達が損傷していようが、お構い無しに出撃させ、無為に何人も轟沈させた。それを四人は知っているからの反応だ。
「僕は、貴女方に敬意を表します……貴女方のおかげで、僕達人類は瀬戸際でしたが、息を吹き返し、反撃出来るようになりました……感謝しています……」
祐輔はそう言って、潮の両手をゆっくり優しく包みこむように握った。最初はビクッと震え、体を硬くした潮だったが、祐輔の手から伝わる温もりに、両目から涙が流れ始めた。
「もし、僕にしてほしい事があるなら……僕に出来る範囲になりますが、何でもしましょう……約束します……皆さんの為に手を尽くします」
祐輔はそこまで言うと、潮の頭を撫でてから浦風の両手を同じように包みこみ
「僕は皆さん一人一人の意志を尊重し、個性を受け止め、好きなように過ごしてほしいと思います」
頭を優しく撫でた。
次に村雨の両手を包み
「希望するなら、学校に行く為の手配や、鎮守府内に工房を建てたり……研究室を用意するのも構いません」
村雨の頭を撫でた。
今しがた挙げた例は、実際に祐輔がやった支援である。艦娘も生きてるのだから、好きな事をさせてあげたい。
それが、祐輔の考えである。
最後に祐輔は、名取の両手を包み
「本当に、よく帰ってきてくださいました……お帰りなさい」
と優しく言いながら、名取の頭を撫でた。
お帰りなさい
言葉としては、何ら変哲もない日常会話の一つだろう。しかし、その言葉に四人はまず自分達が鎮守府に帰ってきた、という実感が湧いた。
そして次に、優しく出迎えられた事で祐輔は信じられると思い、四人は祐輔に抱き付いた。
最初は驚きの表情を浮かべた祐輔だったが、すぐに四人の頭を順番に撫でながら
「お帰りなさい……」
と呟いた。