とある休日の午後3時。静閑な室内に「カチャリ」と陶器の擦れる音が響き渡る。
晴れて人理継続保障機関フィニス・カルデアの新所長として就任することが決まった男、ゴルドルフ・ムジークは自他共に認める美食家である。よって3時のおやつは欠かせない。
今日は最近懇意にしてくれているNFFサービスのコヤンスカヤという女がお茶請けを持ってくるらしいが……

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ゴルドルフ・ムジークの風雅たるティータイム

コン、コンッ、とノックする音が聞こえる。彼女が来たのだろうか。ティーセットを磨きつつも扉の向こうへと視線を向ける。今日、彼女はどんな服装だろうか、どんな香水をつけているだろうか。想像に胸を膨らませ一言、

 

「入り給え」

 

白のスーツ、なんともいつも通りの服装である。香水、匂いもそんなに変わらない。彼自身としては、プライベートなお茶会に敏腕美人秘書が応じてくれたと足浮き立つ心地だったのだが、どうやらお相手はビジネス一辺倒らしい。ただ一つ、高級そうな紙袋を除いては。

そして、一番気になるその手提げの中身は……

 

「やあ、コヤンスカヤ君。忙しい中私のティータイムに付き合わせて申し訳ないね。今日は君がとっておきのお茶請けを持ってきてくれると言うから、楽しみにしていたよ。そこで早速なんだが…」

 

「お邪魔します、閣下。いつもNFFサービスのご利用、有難うございます。私も今日のティータイム、楽しみにしていましたのよ。」

 

今日のお菓子は……とわざとらしく勿体ぶって、包装箱の蓋に指を掛ける。蓋を止めてあるシールを優しく撫でるように、しかし残忍に抉るかの如く爪で切る。プツン、と音を立てて無残にもロックを解いてしまったケースからは蠱惑的な甘い香りが溢れ出て、彼の意外にもスッと伸びた鼻先を擽り、鼻腔へと滑り込む。

 

これはチョコレートの香りだろうか、少し刺激の強い甘さを感じる。それからラム酒、仄かな香りからしてあまりラム酒の効いていない、子供向けのものを買ってきたのだろう。まだ仕事が残っている私への細やかな気遣い、彼女のことは普段から信頼しているが、このようなところで外してこないあたり、やはり有能であることを認めざるを得ない。

 

それはさておき、この芳しさ、正直言って食において一番心ときめく瞬間であり、クライマックスの前座として申し分ない要素である。ヴィジュアルが無くとも、使われている素材や調味料、味、次から次へと脳裏に浮かんでは消えてゆく。

彼のCOOLな国、日本ではこのような留まり続けぬ儚さが美しいと言うが、分かる気がする。ああ、それこそこの部屋にマッチャがあれば…。あれは良い、チョコレートなら尚更。あの組み合わせを考えた日本人はきっと天才なのだろう。

しかし贅沢は言っていられない。ここは彼女に最高の一杯を贈らなければ。

 

「あら?もうお判りですか?流石、美食家を名乗るだけありますわ。そう、これは私の地元ロシアでは有名なソ連時代から続く菓子、その名も…」

 

「「カルトーシュカ」」

 

「だな!」

 

「……まさか名前まで知っておられるとは、意外でしたわ。そう、カルトーシュカ。閣下、こういうのお好きでしょう?」

 

「もちろん、勿論だとも!チョコレートと言うだけで胸が高鳴る。ましてや砕いたビスケット、香るラム酒、もう涎が溢れそうだよ。コヤンスカヤ君、わかっているじゃないか。そしてこの菓子に合う紅茶は……、アールグレイだな。少し味が強いだろうから、ミルクティーにしてマイルドに楽しもうではないか。」

 

ティーポットとカップをお湯で温めている間、彼女と世間話でもする。最近どうかね?商売の調子は。ええ、ぼちぼち、ですわ。などと言葉を交わす。そしてそのグラスの奥に隠す瞳をついつい追いかけてしまう。

彼女は何時でも何処でも不思議な眼差しを見せる。まるでこことは違う別の世界を眺めているような、その山吹色の瞳の奥には人知の及ばぬ銀河の彼方が流れているようで。

窓から差し込む一筋の陽光がその睫毛を照らし、輝かせる。その姿は神々しささえ感じるほどに、美しい。

 

見惚れているうちに準備ができたようだ。お茶っぱを入れ、お湯を注ぐ。食器を並べる。ティーカップにソーサーを敷き、ティースプーンに角砂糖…は今回は要らないだろう。が、女性は甘いものに目がないと聞く。念のため、決して私が甘くしたいとかではなく、もし彼女が甘さが足りないと感じた時のために……。それからミルク、皿にカルトーシュカを乗せる。直接載せるのではなく、色紙を添えて。

黒と白のコントラストに紛れて淡いピンクがアクセントとなって見栄えが良い。これも彼女のルージュの色と合わせてある、なかなかに粋な計らいではないだろうか。

 

「閣下、そろそろ蒸らし終えたのではなくて?もしかして私に魅入ってしまいましたか?それはそれで有難いことです。」

 

そう言いながらポットの蓋をあけ、茶がらを濾す。勿論、彼女は敏腕美人秘書。ベスト・ドロップも逃さない。ポットの中を泳ぐようにスプーンでくるくると均一にする。

 

「さ、美味しいアールグレイの出来上がりですわ。頂きましょう?」

 

「ああ、そうだな。君が仕上げをしてくれたおかげか、いつもより香りもいいな。そしてこのカルトーシュカ、実に楽しみだ。」

 

もそり、と一口。カルトーシュカとは「ジャガイモ」の意味だが、なるほど、見た目だけでなく中身までジャガイモなのか。実際の食感は違えど、きっとこの感じを言葉に表すのなら「ホクホク」しているのだろう。

一絞りだけトッピングされたホイップクリームがビスケットの粒子を纏め上げ、滑らか、それでいて少しザラリとした口当たり。そこへさらに時折やってくるのが大粒のビスケット。この不規則な食感がなんとも楽しい。

そしてくどくなった口の中をゆったりとしたアールグレイのミルクティーが洗い流す。その後味は清涼でふんわりと薫るベルガモット。これがまた次の一口を求めて止まない真犯人である。

 

時計に目をやればもう3時半。時の流れは光陰矢の如し。それが美女とのティータイムなら尚更。実に風雅たるひと時であった。これほど美しい時間の使い方をしたのは久しぶりだろう。

 

「う〜ん、美味しいですわね。それに閣下、食器の目利きもできますのね。カップとソーサーにあるワンポイントの花柄、とても可愛らしくて3時のおやつにはぴったりですね。」

 

「ああ、それもソーサーの花柄はカップで隠れるところがミソでね、結構お気に入りのセットなのだよ。」

 

「今度、閣下とお花を見に行きたいものですね。」

 

「ああ、春になって、暖かくなったらどこかへ旅行しに行くのも悪くはないな。あと数日後には南極に籠らなければならないのだからな。」

 

少し悪戯な目線で彼女はゴルドルフを見つめる。その意味に気づいたのかお茶をむせて懸命に説明する。

 

「いや、こ…これはその……決して疚しい理由などは無くてね?!純粋に君と旅行に行って綺麗な花畑でも見られたらどれだけ楽しいかと思ったまで、であってだね……?!」

 

「ふふっ、わかっておりますわよ。閣下がそんなお人でないことは。それでは約束でしてよ?」

 

「ああ、勿論だとも。任せてくれ給え!」

 

商売相手としてかなり彼女へは信頼を寄せている。しかし、どこかぬらりくらりと掴めない部分に不安を覚えるのも男の性。彼女とのこの関係が来春まで保てば良いのだが……。まあ、今だけはその魅力に騙されていても、と彼女を送り、彼は扉を静かに閉めるのであった。

 

ゴルドルフ・ムジークの風雅たるティータイムは常に美味く・楽しく・美しく。今日も良い一皿、良い一杯を堪能できた。

 

 

さて、明日のメニューはどうしようかーー。

 

 


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