誰も居ない学園の厨房に三人の人影が有った。
一人はこの学園の古株教師の若かりし姿に似ていて、本人より大きい寸胴鍋を軽々とコンロに置き、丁寧に下処理した大量の鶏ガラに大量の香味野菜を投入して鶏ガラスープを作ったり、もう一つの寸胴鍋には一晩水に漬けた乾燥帆立の貝柱を漬けた水ごと投入して行きながらも熱した鍋の熱に汗を流し、その汗を拭い魅せる視線は彼女が現役選手だった頃の様に鋭い目付きで灰汁をすくっていた。
もう一人は、店主の妻でありながらも点心の命とも言える皮作りは最も力作業である事は見て判るが、特級点心師である彼女は元からの馬鹿力で練り上げながら大量の生地作りをしていた。しかし、今の時代は機械によりる作業が主流の中、生地だけは機械による作業を嫌い全て手作業で行なっていた。
それは、生地は点心の命であり職人による手の感触と経験が皮の出来を左右するからだろう。
その練り上げた大量の生地は饅頭や小籠包の皮にする為にの小分けにして用意した箱に入れて寝かせる様に布を被せてから彼女は一息を入れた。休憩後は、倉庫から大量の箱を抱えて来て小籠包と揚げ饅頭の具になる豚足から取ったコラーゲンや豚挽き肉、椎茸、筍、屑フカヒレ、香味野菜などを中華包丁を握って物凄い速さで大量に刻んでいく。
彼女が朝食のメニューに選び仕込みの真最中なのは点心係のメニューで人気がある小籠包や手軽に食べれる揚げ饅頭だ。
特に、揚げ饅頭は河北省などの寒い地方では屋台などでは人気のある家庭料理でもあるし、餡を皮に包んで置いとけば揚げるだけで、手早く出来たてを提供出来るメリットがあり、同様な理由で小籠包も小蒸籠に入れて置けば、重箱の様に重ね手軽に大量に蒸し上げられるからでもある。
そして最後は、店主である一夏は切株のように見えるまな板の脇には大量の野菜が入った段ボールと切った野菜を入れる為の大量の空の桶があって、大量の野菜の下処理中だが中華包丁を握り一心不乱に野菜を切り、切られた野菜はまるで意志があるかの様に桶へと飛んで行き放物線を描いて入って行く。
彼が作るのは、朝から出しても問題ない業火野菜炒めや回鍋肉などの炒め物係の定食や手軽な鶏ガラベースの中華粥などだった。
三人はひたすらに仕込みの真最中だと言えよう。
だが、学食は用意する量が大量であり、今の時間だが朝の三時を過ぎた時間から仕込み作業をしなければ間に合わないからでもある。
ただ、三人にしたら朝からの仕込み作業は迷惑この上なく、本来は学園長との話し合いで昼と夜だけだった筈が前日の寝る前になって急遽変更となり、学園長から朝食からやって欲しいと言われて朝の2時半に起きてからは軽い軽食で済ませ、ひたすら仕込み作業に追われて三人とも学園長に文句を言いたげだがそれすらも忘れてたのだ。
特に朝からの仕込み作業で不機嫌なのは出汁作りと付け合わせのスープの仕込み作業に追われているマドカだった。
スープを煮込み出汁を取るのに時間が必要だ。
だが、マドカは特級麺天師でありプロの料理人でもある。
7時から食堂が開く事を卒業生だから知っていた為に一応、三時から始めれば素材によっては間に合うだろうと思い、スープの出汁に選んだ出汁の具材は二つだった。
短時間で濃厚な出汁が取れる乾燥帆立の貝柱と鶏ガラだった。貝柱は鈴から聞いた夜に飛び出して、閉まる前のアメ横の乾物店から乾貨である大量の貝柱を購入して来て水洗いしてから寸胴鍋に入れて水に漬けて置き、鶏ガラは一度水洗いして血を洗い流す下処理してから使用している。
そして、灰汁を取りながら煮込み澄んだスープが出来ると火を止めて次の作業は麺づくりだった。
朝食で気軽に食べれる麺料理に選んだのは米粉から作るフォーだった。マドカは軽々と米粉の入った袋を担ぎ厨房に運ぶと米粉で半透明で綺麗で薄い麺を練りあげて作って行ったのだ。
本来、米粉を使った麺はベトナム料理の一部に分類されるが、中国の華南などの暑い地方では普通に屋台などで提供される大衆料理だ。
そして、付け合わせは偶然にも仕入れで入っていたパクチーを思い出して、屋台同様にシンプルに鶏ガラベースの塩味のスープに香味野菜のパクチーと鶏ガラを一緒に煮込みながら煮込んだ鶏胸肉のチャーシューを乗せるだけと思いついたのだった。後はお好みで入れたりする黒酢を用意するだけだけだった。
他にも、学園の料理人が仕入れてある麺を使っての帆立出汁の塩ラーメンや鶏ガラベースの醤油ラーメンを作れば大丈夫だろう。
五時になり、学園の料理人達が出社して他の料理の仕込みを始めようとするが三人が仕込んだ大量の料理を前に唖然としながら黙々と作業をするのは、この道のプロだと関心する三人だったし、仕込みの手伝いをしながらの交流も悪くないと思えたからだろ。
そして、7時になると学生や教師達が腹をすかしてぞろぞろと食堂に現れたのだ。
そうなると、食堂と厨房は戦場になる。
急な変更の為にメニューの数を少なくしたが、学園の食堂に中華料理店織斑が来ていると話を聴きつけた学園にいる生徒は二つの意味で歓喜して食堂に押し寄せたのだ。
二つの意味は一つは中々、外出届けで許可が降りずに食べに行けずにいて学園に来てくれた歓喜が理由なのと、二つ目は引退したとは言え世界大会を二連覇を達成し、2代目ブリュンヒルデの織斑一夏とタッグトーナメントで無敗のタッグパートナーである織斑鈴音を生で見たいからだろう。
無論、大事な事だから書くが、中華料理店では名物であり畏怖の対象である『空飛ぶお玉』を知らずに騒いだ生徒は問答無用で飛んで来たお玉と静かに食事中の千冬姉の出席簿の餌食となったのは言うまでもない。
騒げば二人のブリュンヒルデの餌食になるからと騒がずにいた生徒や教師が食券を買えば厨房の電光掲示板には既に大量のオーダーが入る。それを見ながら注文を捌いていく三人。
中華以外で作る料理人達まで忙しくなるのだ。
そして、忘れがちだが最近はクラス対抗戦が終わった時期でもありデザートのフリーパスで鈴が作る杏仁豆腐の数種類やマンゴープリンに桃饅頭は料理店の人気デザートである為に、これが食べられる一隅のチャンスと大量注文が来てたりと更に戦場化したのだ。
そんな戦場を混沌の渦にするべく、値段が高額な7800円のお任せ定食を頼んだ阿呆が数人がいた。
言わずとも判るが、一人は学園長だった。
お任せ定食は数が限定でありながらも、その日仕入れた海鮮だったり山の幸を使った贅を尽くした限定の定食である。
この料理は一夏達が学生時代にも存在していて、2500円の高級幕の内弁当がそれにあたるのだった。
そして、限定定食で仕入れたのはフランス産オーマル海老、カナダ産ブラックタイガー海老とキングサーモン、スウェーデン産の山苺など多岐に渡る。
一応、昼用に中国からは角煮に使う金華豚のバラのブロックや焼売用に卵付きの上海蟹や皮蛋を取り寄せている。
相当楽しみにしていたと断言出来る程にニコニコ顔でカウンターに食券を渡して居たのだ。
「一夏君、お任せお願い」
と食券を持参して来る刀奈。
注文された以上、作るしかない。
今日のお任せ定食のメニューはオーマル海老のエビマヨ炒め、フカヒレスープ、海老炒飯、山苺をジャムにして杏仁豆腐に添えたボリュームある内容にお茶には中国産の花茶と呼ばれるお茶で、耐熱ガラス製の急須に入れたお湯の中で咲く花と淹れたお茶の二つを楽しめる高級茶が付くのだ。
仕入れの関係から限定二十食のみ。
刀奈に仕上げたお任せ定食を渡すと業火野菜炒め定食を抱えた簪と一緒に食べ始めたが、ハムエッグセットを持つナターシャ先生もご一緒だったようだった。
三人が去り、未だに来ないのは十夏に千秋にレナスにオーロラの四人だった。
「一夏、馬鹿娘共が来ないわね‥‥」
「ん?そうだな。早くこないともうすぐ閉まる時間だな‥‥」
「あっ!?
そう言えば、馬鹿娘共の部屋って一夏が卒業まで使ってた部屋だってオータムか言っていたわね‥‥」
「まさか…」
「そのまさかね‥‥‥」
「二人共、パパっ子だからな。
想像はしたくないが、鈴の想像通りだろうな‥‥」
変なスイッチが入っただろう馬鹿娘共に夫婦二人で溜息を吐いて、鈴は仕事用のエプロンを外して寮へて走って行ったのだ。
「全く、馬鹿娘が!!
アタシだって、学生時代は一緒の部屋に成れなかったどころか、一夏のベッドをクンクンスカスカしたかったわよ!!
一緒の部屋に成れた、箒、シャル、ラウラ、刀奈は狡いわよ!!
今度は、馬鹿娘!?
あぁぁぁ!!
ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!」
ただ、廊下の壁を蹴り壊す鈴の怒りと呪詛の呟きは聞かなった事にして置こう。
俺だって、命だけは大切だからだ。
場所は変わり生徒寮の1025室
変態暴走機関車状態の馬鹿姉妹は自宅の両親のベッドから拝借した毛布に包まりクンクンスカスカをしていた。
彼女達もクラスメイトに言えないが最早変態である。
弁明も出来ないこの状況を初めて見るレナスとオーロラは頭を抱えるのだった。
「あっ、いい‥‥パパの使ってた寮部屋‥‥」
「うん、分かる‥‥自宅から通学だったら味わえない‥‥」
「お姉ちゃん、こんな匂いに包まれたら■■■■したくなるよね?」
「千秋、生々しいわよ‥‥‥でも、判る‥‥」
「二人を停めて起こさなくて良いのか?」
「う〜ん‥‥無理」
「なら、着替えて逃げるか?」
「そうね‥‥‥‥」
私とオーロラは諦め、着替えて部屋から逃げ出したのだった。途中、馬鹿二人の母親である鈴音さんとすれ違いはしたが気にしないで置こう。
だって、寮部屋から聞こえて来る怒声は紛れなく
「何時まで寝てるのよ!!この馬鹿娘がぁぁぁぁぁ!?」
「「ひゃァァァァァァ!?」」
鈴音さんに叱られる二人の悲鳴だからだろう。