黄昏のエルメリア小説

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巌刀

 月の明かりさえ届かないとある森の中──およそ知命(ちめい)に近く見える男がひとり、()いだ水面のごとき静けさで木の根元に腰掛けていた。

 黒い外套(がいとう)=裏地に青海(せいがい)()(ぬれ)()色の背広/左の腰に佩刀=群青の柄巻き×漆塗りの鞘/瞑想するかのように閉じられた双眸(そうぼう)──葦原八宮は()(きゅう)軍雲(むらくも)家当主軍雲(むらくも)巌刀(いわと)

 木々の隙間を風が微かに流れた。

 開かれた(まぶた)から蒼眼が覗く──(おもむろ)に立ち上がる巌刀=待ち人の到来をいち早く察知し刀の(つか)に右手を添える。

 静かな夜の森に異変──鳥が飛び立つ音/獣が茂みを掻き分け逃げる音/木の枝を折りながら徐々に近づいてくる、何者かの重い足音と荒い息遣い。

 やがて姿を現した待ち人──しかしその姿は人にあらず。

 十三尺はあろう筋骨隆々の巨躯/血のように紅い表皮/ギラギラと金色に光る双眸/頭部から伸びる一対の角/ぶっとい腕に握られたこれまたぶっとい金砕棒(かなさいぼう)宵凶神(よいのまがかみ)赤酷(しゃくこく)──御伽噺(おとぎばなし)に出てくる赤鬼そのものの風貌(ふうぼう)

 土草を踏みしめる音──()()()良く連続=(せわ)しくもなく/もったいぶっているわけでもなく──極めて自然な歩みで赤鬼の前に進み出る。

 何やら不愉快そうに唸った赤鬼=金砕棒を振り上げる──自分の進路を塞ぐ不敵で命知らずのちっぽけな人間を、己の内から湧き(いで)る衝動の赴くままに叩き潰さんと振り下ろした。

 その遥か先に小さく起きた風切り音+(つば)()り──金砕棒を握りしめた赤鬼の右腕の手首から先がすっぱり綺麗に消失=盛大な空振り。

 消えた右手を凝視し面白いくらいに愕然(がくぜん)とする赤鬼/柄に手を添えたままの巌刀──後方で轟音=()()()()()()()金砕棒が地面に突き刺さった音。

 赤鬼=激昂(げっこう)咆哮(ほうこう)/跳躍──巌刀を飛び越え金砕棒を回収/柄を握りしめたままの自分の右手首を乱暴にひっぺがし巌刀へ投擲(とうてき)

 柄に添えた巌刀の右手がブレる/また風切り音+鍔鳴り──巌刀の目前で赤鬼の右手が両断される/左右に別れて木に激突。

 間髪入れず赤鬼が肉迫(にくはく)/眉一つ動かさず見据える巌刀──金砕棒VS刀

 唸りを上げて横薙ぎに振り払われる金砕棒/風切り音×4──当たれば木端微塵(こっぱみじん)(かす)るだけでも大怪我必至(ひっし)の凶器が、巌刀に衝突するすんでのところで、おでん大根のように見事な輪切りとなってバラバラに四散。

 巌刀=五体満足無傷──鍔鳴り(カチン)=納刀。

 まさに妖術的所業──その実態は武闘派軍雲家のお家芸=抜刀・斬撃・納刀の一連の所作を目視困難な速度で行う変則的居合抜刀術──反射するだけの光も無い暗い夜の森の中では完全なる不可視の太刀筋と化す。

 

 


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