「兄ちゃん、兄ちゃん。耳寄りの情報があるねんけど」
いつものように周子がお昼時から少し外して店に襲来し、いつも通りにアイドルが食べてはいけないであろう量を食べ終わった時、周子がイイ笑顔を浮かべながら仕込み中の俺に話しかけてくる。
「なんだ? お前がその笑顔の時はろくなことじゃない時の方が多いが」
「いやいや、きっと兄ちゃんも気になることやでなんせ美優さん「よし、話を聞かせろ」食いつきが良すぎやで兄ちゃん」
「俺が美優の話に食いつきがよくなるなんて今更だろう」
周子の呆れた視線をものともせずに堂々とする俺。恋人のことを知りたいと思うことは至極当然だろう。
そして周子は嫌な感じな笑みを浮かべる。
「美優さんウェディングドレス着るってさ」
周子の言葉は俺の耳を通って脳に到達するが、理解を拒否する。
え? 美優がウェディングドレスを着る? それって結婚するってこと? いやでも俺まだプロポーズできてないしまさか向こうのご両親の『孫まだ』コールに負けて実はお見合いをしていて相手が悪い人じゃなかったから結婚を決めたってこと? 俺にだけまだ伝わってない感じ? それって俺捨てられたってこと? それってつまり俺と美優の仲も終わりってことか?
「お〜、凄まじいまでの絶望の表情やな」
「周子……」
「なんや兄ちゃん」
「俺、ちょっと奥で首吊ってくるわ。レンネンカンプ上級大将みたいに」
「銀英伝ネタを挟んでくるあたりに余裕があるように見せかけているけど、全く余裕がないな、兄ちゃん」
とりあえず周子にぶっかけられたお冷で頭は物理的にも冷える。
「それで? どういうことだ?」
「兄ちゃん、眼怖いで」
「怖くもなるだろう。場合によっては封印してある愛車を出して夜の首都高を190kmで突っ走らないといけなくなる」
「あのモンスターマシン、まだとってあるんか……」
周子のどこか戦慄した表情を無視しながら俺は先を促す。
「そんな難しい話やあらへんよ。ただ単にブライダルのお仕事が入ってそれでウェディングドレスを着るだけや」
「仕事でか。ビビらせんな」
俺の言葉にイヤーな笑みを浮かべる周子。
「兄ちゃん、そんなに落ち着いていられるんか? 仕事とは言え美優さんがウェディングドレスを着るんやで? しかも隣には兄ちゃんとは比べものにならないくらいのイケメンモデルさんが立っとるんや。そしてそんな美優さんの表情は満面の笑み」
「aaqs.;;:aef,;r:ea:awkfewjfporejgopsp;kekwwjioeuifnfkasndarlkn!!!!」
「あかん、兄ちゃんがバグった」
許せん、許せんぞイケメンめ!! 他のアイドルなら許すが美優を侍らせるだと。そんな不届き千万な者は俺の包丁で速やかに刺殺せねばなるまい。
「周子」
「なんや」
「相手のモデルを教えろ。いますぐに棺桶に突っ込んでやらねばならない」
「う〜ん、なんで兄ちゃんは美優さんに関することだとこう、ヤンデレチックになるんやろな。過激派やで」
「それが愛だからさ」
「愛、怖いわぁ」
カラカラと笑う周子だったが、すぐに楽しそうな笑みになる。
「兄ちゃん、モデルやらへん?」
「は?」
周子の言葉に俺は呆気に取られた言葉を返すことしかできなかった。
「ここでいいのか……?」
あのあと当然のように周子に無理だと言ったのだが、周子の「美優さんのウェディングドレス姿見たくはないんか? これは貴方にとって悪い取引ではないと思いますが?」という言葉によって陥落した俺は指定された日に式場にやってきた。
今回の仕事は式場のPRらしく、その宣伝写真の撮影らしい。そこにクソ素人な俺を放り込んでどうすんだと思うが、周子に「美優さんの隣で立っとるだけでええから」という説明になっていない説明で俺はここまでやってきてしまった。
いや、俺も素人が突然モデルの仕事をするのはどうかと思うんだが、周子が「ウェディングドレス姿の美優さんと一緒になれるチャンスやで? もしかしたらプロポーズもできるかもしれへん」という言葉に拒否する術はなかった。
今回はキチンと指輪も持ってきている。いつチャンスがあっても大丈夫!!
「え? しゅ、周介さん?」
「お〜っす兄ちゃん、速いやん」
俺が覚悟完了していると後ろに停まった車から降りて来たのは美優と周子。なぜか美優が驚いた表情になっている。
「な、なんで周介さんがここに?」
「え? 周子に美優の相手役をやれって言われたからだけど?」
「え?」
「え?」
俺と美優がお互いにクエスチョンマークを飛ばしながら首を傾げる。
「は〜い!! 兄ちゃんと未来の義姉さんに対する周子ちゃんのサプライズです!! 今回の男性モデルは兄ちゃんにやってもらいます!!」
「え? で、でもプロデューサーさんとかから了承もらっているんですか?」
「もらっとるよ。ちなみにモデル部門のプロデューサーは昔、兄ちゃんをスカウトして見事に玉砕食らったって言っとたな。そんなことあったん?」
周子の問いに俺も首を傾げて昔を思い出す。すると一件だけ心当たりがある。
「あれか? ひょっとして専門時代に『モデルに興味はありませんか?』って来た人か? そん時は危ない仕事だろうと思って断ったけど」
「その人ってサングラスかけて見た目は完全にヤクザな人やった?」
「そうだったな」
「うん、その人やな」
どうやら当時そっち系の人だと思った人は本物であったらしい。
「ま、それじゃあ仕事のメンツも集まったことやし、行こか」
「あれ? 周子も着るのか?」
「私も着るで。どうや、兄ちゃん。おとんより先に妹の晴れ姿が見れるで?」
「相手がいるんだったらキチンと俺に紹介するように」
「なんだかんだで周介さんも周子ちゃんのこと大好きですよね」
美優の苦笑しながらの言葉がとても印象的だった。
「お〜、素人さんとは思えないくらいビシッっと決まってますね。流石は塩見周子ちゃんのお兄さんですね」
「はぁ、どうも」
とりあえず撮影用のタキシードに着替えたらスタッフさんに言われた一言である。褒められても俺はどこに出しても恥ずかしくないちょっと料理が上手いだけの素人だ。
「お〜、兄ちゃん、なかなか決まっとるやん」
「周子もな」
「今回は兄ちゃんと美優さんはペアで撮影されるけど、私とも撮ってもらおか」
「いいな。それでおとんに『俺たち結婚しました』ってメール出すか」
「おとんだったら『うちに挨拶来てないぞ!! どうなってるんだ!!』って怒りそうやな」
怒るポイントはそこではないと思うが、残念ながら塩見家は普通ではないのできっと周子の言っている方で怒るのだろう。
俺と周子の漫才のような会話(しかし格好はタキシードとウェディングドレスである)を聞いて笑っているスタッフ達。
「あ、あのお待たせしました……」
「!?」
「兄ちゃん、超反応すぎるで」
美優の声が聞こえた瞬間に俺は超反応で美優の方を見る。周子のツッコミは無視一択である。
そこにはいたのは純白のAラインで肩がむき出しのベアトップ。まさしくウェディングドレスの正統派と言ったドレスを身に纏った美優。
「ど、どうでしょうか?」
美優の恥ずかしそうな言葉に俺は何も言えない。言えるわけがない。これはたとえ万の言葉を並べても美優の美しさを表現するに値しない。
だから、俺は絞り出すように口を開く。
「とても……とても綺麗だ……」
俺の言葉に恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに笑う美優。
あれ? これチャンスじゃね? 二人とも結婚式の格好をしているという点だけ除けばプロポーズのチャンスじゃね。
止めてくれるなよ、咲良!! と内心で叫びながらポケットに入っている指輪を取り出す。
取り出す……
取り……
(ふわァァァァァァぁ!!!! 着替える前のジャケットのポケットだったぁァァァァァァ!!!!!)
「あ、あれ? どうしました周介さん!?」
「気にしなくてええよ、美優さん。どうせまたチャンスをフイにしただけやから」
ちなみにその後の撮影は順調に行き、美優のウェディングドレス姿の写真を俺はもらうことに成功した。
ちなみにおとんに周子と『俺たち結婚しました』メールを送ったところ『初孫の名前は考えておく』という返信をもらった。そうじゃねぇだろ。
塩見周介
周子ちゃんの兄だから地味にイケメン。言動で三枚目。昔はよくモデルやアイドルにスカウトされていたそうである。今回もアタックチャンスをミスる周介くん。お前はいつプロポーズしてくれるんだ。
三船美優
恋人と一緒にブライダルの仕事ができて幸せ。当然のように飲み仲間にその情報を知られて盛大にからかわれて顔を真っ赤にする。
塩見周子
珍しく兄に完全アシスト決めたつもりが、まさかの兄空振りで本気で呆れる。
190kmでるモンスターマシン
周介くんの愛車。昔はよくこの車で助手席に美優さんを乗せて湾岸ミッドナイトをしていたらしい。
塩見家
きっと普通じゃない。
そんな感じでウェディングドレス回でした。なぜウェディングドレス回かと言いますと、『5月何もネタねぇよ。どうすんべぇ』を作者が悩んでいたら、作者がやっているソシャゲで花嫁ガチャが来たためです。だから美優さんのドレスも適当。ドレスの種類なんか知らんぜよ……
あ、周介くんの愛車はワイルドスピードに影響を受けてます。きっとニトロとか詰んでる。