「いいところですね」
「そうだなぁ」
美優の言葉に俺は頷く。
現在、俺と美優はとある温泉街に来ていた。いつか約束していた旅行である。そうは言っても俺は個人営業とは言え飲食店の店長、美優は最近売れ始めたアイドルである。休みが被ることは全くない。
いや、個人的には美優のためならいくらでも店は臨時休業にする覚悟なのだが、その話を美優にしたらマジトーンで「絶対にダメです」と怒られたのだ。
なのでようやく休みが重なった今回、温泉にやってきたのだ。今は無料で入れる足湯に二人で浸かりながらのんびりと行き交う人々を眺めていた。
俺は微笑みながら温泉街の風景を眺めている美優をみる。優しげな瞳に、優しい雰囲気。変装のつもりなのかメガネをかけている。
そんな美優が俺の視線は気づいたのか俺を見上げてきた。
「どうかしましたか?」
「いや、変装するんだったら電車じゃなくて俺の車で来ればよかったんじゃないか?」
俺の言葉に美優は優しげな表情からしっかりとした表情になった。
「いいですか、周介さん。アクセルを思いっきり踏み込んだら200kmを超える上に、ニトロを使ったら300kmを叩き出すロードスターを公道で走らせたらいけないんです」
「そんな馬鹿な」
俺の愛車は公道で走らせてはいけない代物だったのか。
「けど学生時代に美優も愛車の助手席に座っていたじゃないか」
俺の言葉に美優は困ったような表情になった。
「私の両親が車にあまり乗らなかったのもあって、私の車のイメージは周介さんの車なんです。ですから社会人になってから仕事などで乗った車に驚きましたよ。すごい遅いんですから」
「やっぱり車は200km超えないと駄目だよな」
「周介さんは道交法を学びましょう」
「失礼な。免許を取ったんだからしっかりと学んでいるさ」
「それじゃあきちんとそれを生かしてください」
美優の言葉にぐうの音もでない。自分でも道交法をぶっちぎっている自覚はあるのだ。でも俺は改めない。捕まっていないしな!
「そろそろ宿に戻るか」
「あ、その前にお土産を見てもいいですか」
「構わないとも」
美優のお願いを断るという個人的憤死案件なので、美優のお願いは即座に肯定する。
持ってきていたタオルで足を拭き、靴を履いて二人で手を繋いで歩き出す。最初はメガネだけの変装で大丈夫なのかと思ったが、周囲の観光客も美優のことをアイドル・三船美優だと気づいた様子はない。
待て、それは美優の美しさが一般に周知されていないということでは? 美優の恋人としてそれは許されるであろうか? いや許されない。
「? 周介さん? どうかしましたか?」
「……美優」
「はい、なんですか?」
美優のとても綺麗な微笑み。これを知らない即ち世界の損失である。
「とりあえず美優の美しさを群衆に知らしめるにはどうしたらいい?」
「あの……どういう発想でその考えになったかわかりませんけど、私は周介さんが知ってくれていたらそれでいいですよ?」
美優の『貴方だけでいい』発言に顔が真っ赤になる俺。美優も自分が言ったことを自覚したのか顔を真っ赤にしていた。
「……お土産買うか」
「そ、そうですね」
二人して顔を赤くしながらお土産物屋に入る。普段だったら空気を破壊してくる周子もここには不在。周子や高垣さん、川島さん達にも頻繁に言われるが、俺と美優が醸し出す付き合いたての中学生カップルみたいな空気はなんなんだろうか。いや、付き合い始めたのは中学生からだから成長していないと言えばいいのだろうか。
顔を赤くしたカップルという不審者を暖かく迎えいれてくれた店主に感謝しつつ、俺と美優はお土産を物色する。
「う〜ん、瑞樹さんには温泉成分が入ったコスメとかですかね。早苗さんと楓さんは地酒でしょうか……志乃さんと礼子さんはどうしましょうか……」
「なぁ、美優」
「周介さん、誰に対してのお土産かわかりませんけど、木刀は相手に迷惑なだけだから辞めましょう」
「いや、柄の部分に『ラスベガス』って掘って周子へのお土産にしようかと思ったんだが」
「どういうことですか……!?」
美優の驚愕顔が印象的だった。
宿に戻り、晩御飯を食べて部屋に備え付けの家族風呂に二人で入る。
「綺麗な夜空ですね」
「ああ、そうだな。来てよかった」
俺の言葉に美優は微笑みながら手を握ってくる。
それから俺たちの間には沈黙が流れる。沈黙が苦痛になるほど浅い付き合いではない。
「……いつもありがとうございます、周介さん」
「うん? 何の話だ?」
俺は本気で何に感謝されたのか理解できなかったのだが、美優は微笑みながら言葉を続ける。
「いつも私のワガママを聞いてくれて、です。今回の旅行だって私のワガママですから」
「何を言ってるんだ。俺だって美優と一緒に旅行に行きたかったからな。全然ワガママなんかじゃないさ」
俺の言葉に美優は俺の肩に頭を預けてくる。俺は美優の頭を撫でながら口を開く。
「それに俺は美優の言うことをワガママだと思ったことはないよ。美優が楽しくなってくれたら俺も楽しい。美優が嬉しいなら俺も嬉しいからな」
俺の言葉に美優はクスクスと笑う。
「周介さんは本当に変わりませんね。昔から優しい周介さんのままです」
「周子からは『体は大人、頭脳は子供の逆コナンくん』って馬鹿にされるけどな」
俺の言葉に美優は少し表情を曇らせる。
「私、昔は周子ちゃんに嫉妬していたんです」
「それまたなぜだ?」
美優は俺の肩に頭を乗せながら言葉を続ける。
「私は父親の仕事の都合で転校ばっかりでした。せっかくできた友達ともすぐにお別れで、周介さんとお付き合いするまで本当に仲の良い人なんてできなかったんです。だから周介さんから告白された時は嬉しかったですけど、すぐにお別れしちゃうだろうなと思ったんです」
「残念だったな。俺は遠距離くらいで別れる出来た人間じゃなくて」
俺の言葉にクスクスと美優は笑う。
「嬉しかったですよ、毎日周介さんとお電話するの。高校生の夏休みに自転車で北海道まで会いに来てくれたのは嬉しいを通り越して驚きましたけど」
「あの旅はなぁ。行きはよかったんだよ、美優に会えるってだけでテンション高かったから。けど帰りがしんどかったなぁ。また美優に会えない日々が始まるのと自転車で京都まで帰らなくちゃいけないって言う憂鬱感で」
あの旅は本当に辛かったなぁ。主に帰り。途中で嫌になっておとんに「俺、北海道に移住するわ」って言ったらガチギレされたんだよなぁ。
「周介さんとの毎日の電話が私の楽しみでした。でも周介さんとの電話で必ず話題になるのが周子ちゃんでした」
美優の言葉を俺は黙って聞く。
「もちろん、年は離れていましたけど、周子ちゃんとも大事なお友達だと思っていました。でも恋人の口から妹とは言え別の女の子の話をされるのはいい気分ではなかったです」
だから嫉妬しちゃっていました、そう美優は最後に苦笑しながら言った。
「なぁ、美優。美優に周子ってどんな奴に見える?」
「? 人当たりが良くて、気配りができるいい子だと思います。人のことを揶揄いますけど、人の本当に嫌がることはしませんし」
「あの性格な。全部自分で作っているんだよ、本性じゃない」
「え!?」
驚いたような表情の美優に、俺は苦笑しながら続ける。
「あいつガキの頃から妙に達観してやがってさぁ。心の底から人を信用することはまずないし、あの外面の性格の良さも全部自分が生きやすくするため。小学生に上がってもそれ変わんなくて、信用している人は家族だけって状態だったんだ」
そこまで言って俺は美優を見つめる。
「でもさ、俺が初めて美優を周子に紹介した時、あいつ一発で美優に懐いたんだよ。あの『人に懐くことなんかするかボケェ』と言わんばかりだった周子がさ。だから『周子という他人不信症候群』が懐くくらいだからこの人は絶対に手放しちゃいけないって思ったのは」
俺の言葉に美優は黙って体を寄せてくる。俺も美優を抱き寄せるようにした。
「だからさ美優。俺は決してお前から離れないよ。いや、流石にお前から別れてくれって言われたら死ぬほど泣きながら別れるけどさ」
と言うか美優に別れ話をされたら自殺する気もする。
「……周介さん」
「うん?」
「キス、してもらえますか」
「ああ」
俺たちの口づけを見ていたのは空に輝く星々だけであった。
「とまぁ、だいたいそんな感じの旅行だったよ。あ、これ周子へのお土産な」
「等身大の木彫り周子ちゃん像とか一周まわって狂気すら感じるお土産は置いとくとして」
「物理的にも置いているな」
「それはええねん。なぁ、兄ちゃん」
「なんだ?」
「なんか聞いた限りやとアタックチャンスあったみたいなんやけど、プロポーズはしたん?」
「………あ!?」
「駄目だこいつ、早くなんとかしないと……」
塩見周介
今回の大きなチャンスも棒に振るうヘタレの極致。
三船美優
恋人の妹に対して嫉妬していたと言う黒歴史を暴露したと思ったら、その妹が想像以上に病んでいたことに驚いた。
塩見周子
周介くん曰く『仮面が分厚い。防弾ガラスくらいある』とのこと。今回の兄の惨状を見て暗躍を決意した模様
周介くんの愛車
日本の公道で走らせたらやばい
そんな感じで今回のお話でした。今まで出張り続けてきた周子ちゃんを意識的に抜いて見たらオリジナル設定の嵐と軽いシリアスが入って作者もビックリ。二次創作でシリアスの話とか書いても楽しくないので次回はまたいつも通りになるでしょう。ちなみに周介くんの愛車は作者のザクルー2での愛車です。ニトロ使って300超えるロードスターとか素敵やん?
それとデレステでようやく周子ちゃんのSSレア『羽衣小町』が当たりました。周子ちゃん出演の二次創作書いていてようやくかい、って感じです。嘘です、スッゲェ嬉しかったです。