虚空の宇宙を不吉に舞う影。
かつて、太陽系全土を巻き込む戦争があった。
「コロニー国家戦争」と呼ばれたそれは、一説には当時の人類の9割以上を死滅させたと伝えられている。
人類史上の数々の戦争の例に漏れず、小さな、しかし、決定的な出来事から伝搬していった紛争は、ザラム、エウバ、ユニオン、AEU、人類革新連盟、ナチュラル、コーディネイター、ニュータイプ、オールドタイプ、アースノイド、スペースノイド、残された僅かな資料から判明しただけでも、太陽系内の様々な生活圏の数多くの対立する組織や人種を巻き込み、泥沼化していった。
憎しみは連鎖し、悲劇は新たな悲劇を生み続けた。
多くの人類が際限ない破滅へ向かう自分達に恐怖し、絶望した時。
その戦乱の世を断ち切る救世主が現れる。
その名を「ガンダム」といった。
ガンダムにより再び平定された。
そして、地球連邦のもとで全ての兵器・データ・あるいは戦争にまつわる資料など全てを破棄するという「銀の杯条約」が締結され強力な兵器は設計図もろとも軒並み消し去られた。
銀の杯条約の締結により、太陽系に散らばった人類は、戦争を手放したかに見えた。
人々はその元年を「より進化した人類の新しい世紀」という意味をこめて「Advanced Generation
」と名付けた。
そして、平和な月日が流れる…
A.G.1000年 1月1日
太陽系最果てのコロニー
「エンジェル」
太陽系外探査の拠点となるべく建造されたこのコロニーには、今、人類初の太陽系外探査船の出航を控え、関係者や報道陣、野次馬などでごった返していた。
その中には、マイヤー・アールストンもいる。
新惑星通信の記者であるマイヤーは、今回の件に借り出されていた。学生時代は、宇宙工学を専攻しており、父親の関係で政府に知り合いも多い彼は今回の件にはうってつけだったのだ。
こんな場末のコロニーで、一生を終えるのであろう哀れな負け組の記者にとっては、またとないチャンスなのだ。
ただ、記者クラブに入ったころにはすでに大手の記者やら歴戦のフリージャーナリストらで会場はごった返していた。
○エンジェル セレモニー工廠ドッグ内
ゆっくり、慎重に。ゆっくり。頭の中で繰り返しながら、ニックスは外壁の最終チェックに取り掛かっていた。昨日大急ぎで行った残りのセンサー類のはめ込みと接続作業も大詰めだ。作業が一区切りになったので、少し休憩しようと思った。相棒のティムタムはさっきから落ち着きがない。
「おい、なんで軍服の奴らがうろついてんだ?」
「教授の知り合いらしい。んな気にすんなって」
ニックスは素っ気なく返した。ティムタムは優秀だが、線が細いとこがある。
軍嫌いの教授にというのが引っかかったが、そもそも連邦軍や保安局も協力してくれているプロジェクトだ。今まで視察がなかったことの方がおかしい。ニックスはそんなことは頭から追い払った。世の中知らない方がいいこともあるのだ。
○ウィルソン教授の部屋
「情報部のジョージ・ティネル少佐だ。失礼する」
教授と呼ばれた人物は笑顔を崩さずにティネル達を中へ案内した。
部屋は綺麗に整頓されていた。
案内されるがままに席につく。
「コール准将は元気かね?」
「つい先ほど亡くなった。そのことで話がある。」
教授は目を細め、無愛想な男を眺めた。
全く動じた様子はなかった。
「殺されたのかね……」
「捜査中だが、おそらくそうだ。」
教授は深く溜息をついた。
エンジェルの式典会場では「銀の杯条約締結」および新生「地球連邦」による太陽系の統治開始から1000年を記念する式典が執り行われようとしていた。
黒塗りの政府専用機ランチが式典場に着陸した。
「首相、こちらです。」
「あぁ、すまないね。」
ロナウド・マーセナス地球連邦首相は護衛官に支えられながらゆったりとステップを降りた。
老齢のロナウドだが、穏やかな表情の中にも強い意志を讃える眼光は衰えていなかった。このミレミアムの首相として他を寄せ付けなかった実力者だ。
護衛官らも気を抜けないでいた。
反政府勢力にとっては今回の式典は格好の標的だ。
他にも続々と連邦政府の高官や実力者、著名人が集結してくる。
「CTUのクリストファー・ヘンダーソンからです。」
「あの男か。厄介だな。」
ケビン・スパイサー連邦大統領補佐官は露骨に顔を顰めて通信に出た。スパイサーとヘンダーソンの確執は護衛官で知らないものはない。
「スパイサーだ。大統領は10分後に到着される。警護は?」
「確認されているだけで5つのテロ計画がある。だが対処中だ。」
連邦政府に対する反連邦活動は年々増加の一途を辿っていた。中には、本格的な武装勢力に発展しそうなものもあり、政府は警戒を強めている。さらに悪いことに、ジオンやザフトではないかと思われる者たちの暗躍もあるのだ。
「プラントやサイド3もきな臭くなってきたなあ」
「先月もあったでしょ、武力衝突」
このところ、地球圏のサイド3にあるジオン公国と、ラグランジュ点L5にあるプラントととの間で緊張が高まっていた。モビルスーツや艦艇も建造しており、銀の盃条約違反だと言う指摘も散々無視している。
スパイサーは苦味ばしった顔でそう漏らした。既に、ジオンの何人かは捕え、情報を聞き出しており、彼らがプラントと結託してなにかしようとしている状況証拠はつかんでいる。しかしそれだけでは、政府は動かない。
背景にはザラム、エウバや旧三大国家群の影響などもあった。
○ エンジェル ドッグ内
エンジェルのドッグはけたたましい怒声が反響しているようだった。
「おい!あと5分で連中が突っ込んでくるってんだ!ボサっとしてんじゃねぇ!」
けたたましい怒号は、騒がしいドックの中にかき消えていくようだった。
作業員やレイバー、作業用のモビルスーツやポッドが最後の確認作業を順調に終えていく。
ドッグの中からも光る光点が見える。
⚪︎コロニーエンジェル 港湾エリア
大統領の船は、大観衆に出迎えられた。周囲には、宇宙用のモビルスーツであるユニオンリアルドや、今回特別に出撃許可がおりた核融合炉モビルスーツであるRX-77ガンキャノン 3機が、周囲を警戒している。
銀の盃条約は、核動力の兵器の新規生産を禁止しており、連邦軍はそういった兵器を厳重に管理している。そんな兵器が3機も出てきており、さらに護衛艦隊にはもう3機積まれている。その陣容は、核融合炉を持つサラミス級巡洋艦4隻に、ドレイク級駆逐艦7隻。艦載機はサラミスにミサイル艇のパブリクと戦闘ポッドのボールが6機ずつ。ドレイクには連邦の主力航宙機であるトリアーエズや、ミストラルなどの戦闘ポッドが各船に四機ずつ運用されていた。
政府の外交用艦船であるスピリット・オブ・シルバーはゆっくりとしかし厳かに接舷した。
クラス3.0のミノフスキードライブを搭載しており、単独での長距離航行も可能である。地球の大統領官邸とほぼ同等の機能も果たすことができる。
船長のウィリアム・ゴーデンバルグは、到着の知らせを聞いて少し安堵の息を漏らした。
何しろ、太陽系のトップクラスの要人をまとめて輸送する航海だ。
並の人間なら引き受けたくはない重圧である。
ゴーデンバルグは、正装で固めた軍服の上から胃のあたりをさすりながら、要人達を上陸させるための指示を出しはじめた。ここから式典が終了し、要人が帰ってくるまでは護衛官たちの仕事だ。
護衛艦も次々接舷していく、ドレイク級駆逐艦の一隻が途中エンジントラブルで遅れてきたこと以外は順調と言えた。
エンジェルの地元警察の巡視艇やパトモビ、パトレイバーが出迎える。
さらに、その周辺は太陽中から集められた応援の警官達でがっちり固められていた。
それを眺める観衆の中には、他とは違うことを考えている人間もいた。
彼は群衆に紛れ、報告する。
「確認した。船団は接舷したぞ。」
「了解した。ここまでは順調だな。」
もう1人の人影は警察の格好をしていた。短くやり取りするとすぐ男は人目のつかない場所で暗号通信デバイスを取り出し、上役の声を待つ。
「変更はないか。」
「あぁ、かっきり1時間後だ。」
淡々としと会話を終えると、男は無線を切り、また群衆の中へと消えた。
「エンジェル」の工廠内ではエンジニアたちが慌ただしく活動していた。
「あの石頭、もうちょいましな上司いねぇのかよ」
「仕方ないさ、どこも人材不足ってね」
整備士や技術者達は悪態をつく、この数ヶ月の彼らの労働状況は、連邦政府が定める過労のラインをとうの昔に超えていた。
天井のゲートが開き、報道陣を乗せたビークルやランチがなだれ込んでいる。
今、この太陽系全域の注目を、このドックに停泊している船は集めているのだ。
各惑星のレポーターがカメラに向かって説明している。
まだ、船自体は非公開なので、船体が完全に見えるわけではない。
モニターには、作業員や首脳、その他式典に付き物のいろいろな映像が流れている。
マイヤーはカメラマンのニッチと合流し、会場を眺めていた。
「あの爺さんが…」
「ああ、アスノ家の現当主。太陽系の影の帝王。今回のプロジェクトはあの家の支援なしでは成立しなかったって話だ。」
「それくらいは知ってますけどね、連邦のスポンサーでもある人でしょ、名前くらいは知ってましたよ。」
そんな呑気な世間話をしていると、記者たちの何人か連絡用端末を持って部屋を出ていく?大手の記者たちだ。
「なんかあったな。」ニッチが面白くなさそうな顔で言った。彼は自分よりも現場の経験が長い。いろいろと思うところもあるのだろう。
ほどなくして、テロップが流れた。
内容は
「地球圏にて、ザフト・ジオンと連邦の治安維持部隊が衝突。小競り合いか。か…」
「嫌な時代になったもんだねぇ。」
ニッチがまたこぼした。
「まぁ、おれらにゃ関係ないけど。」
別のモニターに映るエンジェルのコロニー内の様子は完全にお祭りムードで、平和の象徴そのものに思えた。
解説
スピリット・オブ・シルバー
全長 約200m
地球連邦政府が所有する大型外航船。
主に連邦大統領が移動する際に使用し、有事の際には移動司令室にすることもできる。
後書き
着火:さあて、始まってしまいました。
ニッチ:さあて、じゃないだろう?どうすんのこっから。
着火:とりあえずだいたいの流れは決めてるだけどね。
ニッチ:つまりまだ細部は詰めてないと。
着火:……。…それでは次回主人公がいよいよ登場!乞うご期待!
ニッチ:ちゃんと更新されんのかあ?