「うー寒い寒い」
旅程二日目。4月とはいえまだまだ夜は寒いようだ。現在7時。
『おはようマスターちゃん』
一番に挨拶をしてくれたのはひびき。すでに起きていたようだ。さすがみんなのお姉ちゃん。俺も挨拶を返す。つられて他のでんこたちも起きてきたようだ。
『マスター、昨夜はちょっと寒かったわね。ひびきとみことに感謝しないとね』
いずながそう諌めてくる。まったくである。二人が用意してくれたカイロと防寒着がなかったら凍えていたかもしれない。二人にお礼を言う。
『いいのよ、マスターちゃんが無事ならそれに越したことはないわ。ねえ、みことちゃん』
『ええ。マスターをサポートするのがわたしたちの役目なのですから』
この二人の謙虚かつ相手を立てる性格には頭が下がる。
『マスター、風邪は引いてないようですけど慣れないベッドと寒さで体が固まってるので、いきなり動かさないようにしてくださいね~』
『せやな。まずは熱いコーヒーでも飲もか』
セリアとららのアドバイスに従い、すぐにコッヘルに水を注ぎ火にかける。まずは目覚めのコーヒーからだ。お湯が沸くまで天気予報を見る。予想最高気温は23~24度、天気は晴れのち曇り。今日も天気に恵まれそうだ。
コーヒーを入れたあとは追加でスープ用のお湯を沸かす。コーヒーを飲みながらお湯が湧くのを待つ。
キャンプ場を見渡すと、小さいテントはもう無い。やはりアウトドアスポーツの人だったのだろう。大きいテントの方も起き出して食事のようだ。父親一人に男の子二人かな。
再びお湯が湧いたのでスープのもとにお湯を注ぐ。あとは調理パンと野菜ジュースが朝食だ。
『まあ今回は初キャンプだったからしゃーないけど、次はもうちょっとマシな食事にしよな』
るるが残念そうな表情でこちらを見る。まあ食事は人生の楽しみだからな。しかしバイクだと荷物の積裁量に余裕が無いのでそこは目を瞑っていただきたい。
食事を終え、朝露に濡れたテントを軽く干して再びコーヒータイム。
……昨日空腹に任せて買ったお菓子があるが腹に入りそうにない。などと悩んでいると、大きなテントから賑やかな声が聞こえた。食事を終えた男の子たちがはしゃいでいるようだ。お、これはチャンス!
俺はお菓子を持って大テントに向かう。俺は父親に声をかけ、お菓子を差し入れる。
そこから少し会話をしたが、どうやらこの家族も【姉ヶ崎オートキャンプ場】を狙っていたようだが、最近リニューアルして客が急に増え、予約が困難になったそうだ。なるほど。
ところで会話中、父親がナイフで薪の表面を薄く削いで、まるでトサカスティックのようにしていた。後にそれが【フェザースティック】という、薪に容易に着火させるテクニックだと知るのだった。
その後は乾いたテントを格納して出発準備をする。時刻は10時。だいぶゆっくりしてしまった。
バイクに跨りエンジンを掛けると、先程の家族がこちらに手を振ってくれている。今日は母親が合流してもう一泊するそうだ。出発を見送ってもらうのがこんなに嬉しいとは。こちらも手を振り返す。
『マスターちゃん、家族っていいわね』
ひびきが家族の方を見ながらつぶやく。特に深い意味は無いのだろうが、家族への憧れがあるのだろうか。でんこである以上、どうしようもないと思うが……
(ほらマスター、甲斐性の見せ所だよ)
つむぎが焚き付けてくる。いやいやどうしろというのだ。そんな挑発には……ひびきの横顔を見てると何か声をかけてやらないと、という気分になってきた。
「ほら、俺たち、もういくつもメモリー集めとミッションをこなしてきたし、家族みたいなもんだろ」
当たり障りのないセリフをひびきに投げかける。決して挑発に乗ったわけではないぞ!
『そうね、私はマスターのお姉ちゃんだものね。うふふ』
『3点』 『いや~いずなちゃんキツイわぁ。3点』 『あのマスターが頑張ったのを評価して4点!』
突然いずなとらら、つむぎから謎の評価が下される。10点満点だよな? というか酷くない?
セリアとみことはニコニコしているが、みことは頭上には【?】が浮かんでいるのが見て取れる。セリアは……わかってて何も言ってないだけだな。その優しさがツライ!
お昼時になった。そろそろ休憩を……と思ったら、道の駅のようなものが見えてきたが、案内標識がないので道の駅ではないようだが。
入ってみると【たねいち産直ふれあい広場】とある。バイクを停めて広場内を物色する。
ここは産直品の販売とそれらを提供する食堂が集まった施設のようだ。建物は手作り感と年季が感じられるが活気はあるようだ。
「さて、何を食べようかな……」
物色していると店頭のおばちゃんに声をかけられる。
「ニシンの塩焼きはどう?美味しいよ」
ニシンか……確かに香ばしい香りは食欲をそそるが、実は俺はニシンがあまり得意でない。
『マスター、好き嫌いはあかんな~、とっても美味しそうやん』
ららが口を出してくる。まあ一応好き嫌いはないので食べられるけど……
『そうですよマスター。それにニシンの脂は体にいいんですよ♪』
セリアもららに続く。まあ健康面を考えてくれるのもありがたくはあるんだが……俺が若干渋っていると、
『でもマスターちゃんが食べたいものを食べればいいのよ、無理して嫌いなものを食べなくてもいいのよ』
ここでまさかのひびきの甘やかしが入る。すると何故かいずながニヤニヤし始めた。
『そうね~、苦手なら無理して食べなくてもいいんじゃない、ねえ、らら?』
ららもすぐに意味を理解したらしく
『せやね~、マスターにはニシンの良さがわからんかもね~』
煽る煽る
『マスター、ニシンは苦手なのですか?』
やっぱりよくわかってないみことの追撃が入る。このままでは俺がニシンも食べられないお子様みたいではないか……ニシンを食べる流れが確定した瞬間である。
(天然は策士に勝るわね~)
つむぎがなにかぼそっとつぶやいてニヤニヤとこちらを見てくる。なんなんだ……
おばちゃんにお金を払いニシンを手にベンチへ腰掛け手元に目を落とす。香りは最高にいいが、食べたときに感じる臭みが苦手なんだよな~
まあここは意を決して腹にかぶりつく。……たしかに臭みは感じるが思ったほどではない。それどころか脂の旨味が口いっぱいに広がり、旨味があふれる。
「あ~……これは美味しいね」
そう言うとでんこたちはみんな笑顔だ。なんだか苦手な料理を食べた子供を見る母親のようだ……生暖かい視線がツライ!
食事を終えて国道45号線をさらに北上する。八戸をぐるっと回り込むようにして進むと国道338号線に接続する。もうすぐ下北半島に入ろうというところだ。だんだん町並みが寂しくなってくる。と、突然轟音が響く!
驚きつつもその方向を見やると、戦闘機が低空で通過していくのが見えた。そうか、ここは三沢基地のそばなのか。おそらくあのシルエットはF-35ではないだろうか。これはいいものを見たぞ!
『あら、マスターちゃん、戦闘機に興味があるの? やっぱり男の子ね』
『この時代の最新鋭戦闘機ね。わたしなら操縦できるかも? っていうかしたい!』
『いずなちゃん操縦したいの? じゃあわたしも乗せてもらおうかしら~♪』
混ぜるな危険! この二人は絶対に近づけてはいけない。国際問題になりかねないぞ……
そこからさらに北へ進むと、下北半島は【まさかりの柄】の部分、【六ケ所村】に入る。
六ケ所村といえば原子力を始めとしたエネルギー関連施設が多く、バイク乗り的には【やませ】を利用した多数の風力発電機が見どころであるだろう。
太平洋側から陸奥湾へスイッチする道路へ進むと早速風力発電機が見えてきた。遠いところからかなり近いところに建っているものもある。あまりのサイズ感に距離感が狂ってしまう。いかんいかん、運転に集中せねば。
六ケ所村を抜け、陸奥湾沿いの【国道279号】に接続する。北上すれば間もなく青森県内最大の面積を持つ【むつ市】だ。
更に北へ。海の方まで抜けるときれいな舗装道路があり、街路樹は桜のようだ。しかしまだ4月末なのに葉桜になっている、残念。
そこから山へ向かう道に入る。鬱蒼とした木々の茂る山道を行きしばらくすると【
サイトは綺麗に手入れされているようだ。だが周辺は変わらず木々が鬱蒼としており、自然の中にいる印象が強い。
サイト内乗り入れ可なので荷物の運び込みも楽そうだ。水場、トイレも綺麗なようだしゴミステーションもしっかりした作りになっている。噂通りかなりいいサイトのようだ。
駐車したらまずは管理人棟に受付に向かう。
「いらっしゃい。時間がないからとりあえず温泉に行ってきたほうがいいよ~」
聞けば近くにある【かっぱの湯】という温泉が人気らしい、というか風呂に入るならそこしか無いようだ。更には男女入れ替え制でそろそろ男子の最終回らしい。それを聞いて慌てて再び出発する。
バイクで数分のところで【奥薬研 かっぱの湯】の看板を見つけたので広場に駐車し入口へ向かう。どうやら天然温泉に脱衣所と屋根をつけただけのような作りだ。ただし管理はしっかりしているらしく清潔な印象だ。ちなみにこの先に行ったところに『夫婦かっぱの湯』という男女別の露天風呂もあるそうだ。
特に洗い場も無いようなので掛け湯を……熱っ!
『あらマスターちゃん大変! ちゃんとお湯加減をみてからにしないと。火傷しないようにね』
見るとでんこたちも浴場へついてきている。タオルを纏い入浴する気満々のようだ。
「ちょい! あ~、女性はこの前の時間で終わりか……」
できれば女性の時間に入ってほしかったが、入浴はこの男子の時間で終わりらしい。まあでんこは他の人には見えてないし、仕方ないか。
「あんまりこっち見るなよ」
『それはこっちのセリフでは……』
いずながジト目で睨んでくる。いやいや、こちらの気持ちも考えたまえ。
『マスター、お背中流しますね』
『マスター、頭洗ってあげようか?』
『マスター、マッサージしてあげますね♪』
『マスター、背中流してくれへん?』
君たち、待ちたまえ。
『あらあらみんな、マスターちゃんが困ってるわよ』
さすがひびき、察してでんこたちを制してくれる。
『順番に並びましょうね~』
ちがう、そうじゃないぞひびき……
お湯の色はエメラルドグリーンで幻想的だ。近くには川も流れていて、サラサラと川の音も耳に心地よい。最初は熱かったお湯だが徐々に慣れてきた。凝り固まった筋肉が解け、疲れが溶け出していくようだ。
でんこたちも自分たちのペースで入浴しているようだ。
『マスター、眼福だね。みんなスタイルいいしな~』
だからそれが困るんだって……造られた存在とはいえ、みんなスタイル良すぎだろ……
特にセリア、いずな、ひびきあたりはモデル体型のようで目のやり場に困る。ららは健康的なふくよかさだし、みことについては深窓の令嬢よろしく儚げな雰囲気だ。
『んふふ、入浴時はまた違った魅力があるよね。温泉美人ってやつ? ほらほら、どの子が好みなのさ~』
つむぎが近寄ってきて挑発してくる。
「と、ところでこの温泉、エメラルドグリーンで綺麗だよな。つむぎの瞳と同じ色だ」
苦し紛れにパッと思いついた言葉で反撃してしまう。
『なっ!? マスター、それはズルイよ……』
予想外の反撃に驚いたのか、顔を赤くしてそっぽを向くつむぎ。
「のぼせたんじゃないか? 先に上がってていいぞ」
指でお湯をぴっぴと弾いてつむぎを追い立てる。
『後で覚えてなさいよ~』
つむぎが撤退する。また勝ってしまったか……
『あら、マスターちゃん、つむぎちゃんはどうしたの? 仲がいいからってやりすぎはいけませんよ』
心配そうにひびきが近寄ってくる。温泉効果で色気がマシマシだ。いろいろ危険なのであまり近寄ってほしくはないが善意からなので邪険にはできない。無心だ、無心になるんだ……
温泉から上がり、再びキャンプ場へ戻る。時刻は17時半か。暗くなる前にテントを設営しよう。よしよし、順調だな。
ところで管理塔の横には天然水をかけ流しているところがあり、そこでお酒やジュースを冷やしている人もいるようだ。俺も倣ってジュースを入れておこう。
あとはチェアと焚き火台を用意して……先程も言ったように、この辺りは木が生い茂っているので薪の確保も容易だ。例のアニメによれば松ぼっくりは天然の着火剤ということだが、サイト内には何本か松も生えている。拾うに困らないようだ。
だんだん空気も冷たくなってきたので火を熾す。徐々に火が回り、パチパチと弾ける音がしてきた。椅子に腰掛け焚き火を眺める。日も落ちて暗く、空気も冷たくなってきたが、それが焚き火の明るさと暖かさを際立たせてくる。
『雰囲気出てきたわね、キャンプらしいじゃない』
『焚き火を見るとリラックス効果もあるみたいよ~』
『ウチらにとって見ればキャンプファイヤーサイズやけどな』
確かに変幻自在な炎を見ていると、雑念が消えて一種の瞑想状態になる気がする。伝わってくる熱も心地よい。
『ほらほら、いい雰囲気だよ~、キャンプファイヤーといえば意中の子と抜け出すのが定番じゃない!』
せっかくまったりしていたのに空気を読まず再度挑発してくるつむぎ。そんな定番あるのか? そもそもでんこ一人だけ連れて抜け出すとか無理だろ。怪しすぎる。
「じゃあつむぎ、ちょっとそこまで付き合ってくれ」
『あ、あたし!? だから他にもっといい子が……』
一瞬キョトンとした表情をしたあと、明らかに慌てだす。
「いや、管理棟まで冷やしたジュースを取りに行こうかと。ずっと焚き火にあたってたから喉が渇いて」
そう言うと、一瞬思考停止したようだが、からかわれたことに気づくと
『もー! マスターのバカ! 一人で行ってくれば!?』
おっと、やりすぎてしまったかな? 退散退散。一人でジュースを取りに行くか。
しばらくみんなで焚き火を囲んでいると、ひびきが歌い始めたようだ。キャンプファイヤーでよく聞く歌だ。
でんこたちもつられて歌い出す。俺が歌うと他のキャンパーからの視線が痛いことになりそうなのでハミング程度にとどめておく。
いかんいかん、すっかりいい気分で眠くなってきてしまった。明日の予定は曖昧だったので、決めてから寝ないと。
『とってもいい場所だねマスター。明日もここにしない?(この雰囲気ならまだチャンスはあるぞ~)』
機嫌を直したつむぎが提案してくる。なにか企んでいる表情はミエミエだが。
そうだな~、明日わざわざ遠い弘前まで行って、新しいキャンプ場を探すのも手間だ。明日は下北半島をメインに動こうかな。
プランニングをしてでんこたちに伝える。みんな納得してくれたみたいだ。
でんこたちのおかげで二日目も上々だ。急なプランニングだが明日もうまくいきそうだ。
【本日の移動距離:235km】