イルヴァからも問題児が来てしまったようです…。   作:とろめ

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招待状:火竜誕生祭

 “ノーネーム”農園跡地。見渡す限り荒廃した白地の土地に、黒ウサギとレティシアが佇んでいた。

 

「……酷いな。ここがあの農園区とは。石と砂利しかないじゃないか」

 

 しゃがみ込んだレティシアが砂利を一握り掬って零し、土壌を確かめる。

 

「コレはもう駄目だ。土地が死んでいる。水があったからといって、生き物が巣食う余地がない。土壌を復活させるためには膨大な時間がかかるだろう」

「……はい」

 

 二人は同時に溜め息を吐く。三年前まで豊潤な土地があった農園は見る影もない。コミュニティの支えとなっていた土地はもう何処にもないという切なさが、二人の胸に去来する。

 箱庭の世界を襲う、唯一にして最大の天災──“魔王”の傷跡は、仲間や誇りだけでなくコミュニティの未来さえも奪うほど巨大なのだ。

 

「あ、レティシア様。裾に砂利が」

「おおすまない。まだあまり慣れなくてな」

 

 レティシアは立ち上がり、フリルが付いたスカートの裾から砂利をはたいて落とした。そして自分の服装を見下ろす。

 

「ふむ。……やはり私が着るには少し可愛すぎると思わないか?」

「そんなことございません、とても良くお似合いですよ」

「そうか? まあ主殿達が選んだものだしな。家政婦にしては少し愛嬌が有りすぎる気もするが」

「あはは……」

 

 黒ウサギが苦笑いする。

 レティシアが今着ているのは以前の衣装とは異なり、清楚かつ愛らしいエプロンドレス……所謂、メイド服であった。

 

 “ペルセウス”との決闘後に石化が解かれたレティシアは、問題児達の強い要望により“ノーネーム”でメイドとして働くことになったのだ。

 純血の吸血鬼かつ元・魔王。それ以上に黒ウサギにとってはお世話になった先輩である。無論止めようとしたのだが、本人が恩義を理由にそれを了承してしまったため、今やレティシアは“ノーネーム”に所属する立派なメイドさんだ。

 黒ウサギとしては複雑な思いだが、本人が満更でもなさそうなのでそういうことになった。

 

「そういえば黒ウサギ。土地の再生のためにも目下の目標は南側の収穫祭だが、北側の大祭はどうする? 収穫祭まで時間もあるし、主殿達が聞けば喜ぶと思うが」

「うっ」

 

 あからさまに視線を背けた黒ウサギに、レティシアはやや眉を顰めた。

 

「なんだ、話してないのか? 北と東のフロアマスターが行う大祭なのだろう? 七桁は最下層とはいえ華やかなものになるのは間違いない。主殿達ならば」

「いえ、その……実は路銀がないのでございます。境界壁に行くのも、無理に無理を重ねて一回が限度で……」

 

 黒ウサギの気まずそうな言葉に、レティシアも閉口する。苦笑と共に溜め息を吐いた。

 

「……貧乏は辛いな」

「で、ですがもう少しの辛抱でございます! 十六夜さん達なら必ず南側の収穫祭でギフトを」

「く、黒ウサギのお姉ちゃぁぁぁぁん! 大変ーーーーー!!」

 

 叫び声に振り返る。本拠に続く道の向こうから、割烹着姿の年長組の一人──狐の耳と尻尾を持つ少女、リリが泣きそうな顔で走ってきた。

 

「こ、これ、手紙!」

 

 パタパタと忙しなく二本の尾を動かしながら、リリが黒ウサギに手紙を渡してくる。とてつもなく嫌な予感に襲われつつ、黒ウサギは折り畳まれたそれを素早く開いた。

 

『黒ウサギへ。北側で開催する祭典に参加してきます。貴女も後から必ず来ること。あ、あとレティシアもね。

 私達に祭りのことを意図的に黙っていた罰として、今日中に私達を捕まえられなかった場合は()()()()()()()()()()()()退()()()()。死ぬ気で探してね。応援しているわ。

 P.S. ジン君は道案内に連れて行きます』

 

「…………、」

「…………?」

「────!?」

 

 たっぷり黙ること三十秒。黒ウサギは手紙を持つ手をワナワナと震わせ、悲痛な叫び声を上げた。

 

「な、……何を言っちゃってんですかあの問題児様方あああぁぁ!!」

 

   ◆

 

 時は少し遡り、“ノーネーム”本拠、地下三階の書庫にて。

 山積みの本に囲まれながらテオドールが本を読んでいると、視界の隅で十六夜が頭をもたげた。

 

「……ん……おお、テオドール」

「おはよう、と言うにはまだ眠そうだ」

「まあなー。御チビは……寝てるか」

 

 ふぁ、と大きな欠伸をして身体を起こした十六夜だが、まだまだ眠気は覚めないらしい。ジンの方は机に身体を突っ伏したまま、安らかに寝息を立てている。

 毎朝早くに本拠を出て、帰ってきては夜更けまで書籍を漁る、というのが十六夜の箱庭におけるライフスタイルだ。ジンは書庫への案内を兼ねて毎晩それに付き合い、テオドールもギフトゲーム攻略の糧にすべく異世界の知識──主に伝承などを知るため、時折こうして同伴していたのだった。

 そんな生活を毎日していれば当然の如くいずれ限界は来る。そのためこうして二人共部屋に戻らぬうちに寝落ちしていたというわけである。

 テオドールは徹夜など慣れているし、彼らのように毎晩そうしていたわけでもないので、今朝は寝ている二人を放置してずっと一人で本を読み耽っていた。

 

 俺ももう少し寝るかな、と十六夜が二度寝に入ろうとした時、飛鳥が慌ただしく階段を下りてきた。

 

「十六夜君! テオドール! 何処にいるの!?」

「……うん? ああ、お嬢様か……」

 

 一瞬頭を上げた十六夜だったが、ゆるゆると二度寝の体勢に戻っていく。飛鳥は散乱した本を踏み台に、十六夜に飛び膝蹴り──別名、シャイニングウィザードで強襲。

 

「起きなさい!」

「させるか!」

「グボハァ!?」

 

 飛鳥の蹴りは盾にされたジンに見事命中し、寝起きを襲われたジンは三回転半して吹き飛んでいった。

 

「ジ、ジン君がぐるぐる回って吹っ飛びました! 大丈夫!?」

「……側頭部を膝で蹴られて大丈夫な訳ないと思うな」

「ありゃ死んだか」

「何とか生きてるみたいですよ。やったのが飛鳥じゃなければ死んでました」

 

 後からリリに耀、ペット達も追いかけてきて、書庫がにわかに騒がしくなる。

 ジンを吹っ飛ばした張本人の飛鳥は、特に気にも留めず腰に手を当てて叫んだ。

 

「緊急事態よ! 二度寝している場合じゃないわ!」

「そうかい。それは嬉しいが、側頭部にシャイニングウィザードは止めとけお嬢様。俺は頑丈だから兎も角、御チビの場合は命に関わ」

「いいからコレを読みなさい!」

 

 眠気からか不機嫌そうな十六夜に、飛鳥が開封された招待状を押し付けた。

 

「双女神の封蝋……白夜叉からか? あー何々? 北と東の“階層支配者”による共同祭典──“火龍誕生祭”の招待状? オイ、ふざけんなよお嬢様。こんなクソくだらないことで俺はシャイニングウィザードで襲われたのか!? クソが、少し面白そうじゃねえか行ってみようかなオイ♪」

「ノリノリね」

 

 不機嫌さも睡魔もどこへやら、十六夜は身体をしならせて飛び起きると颯爽と制服を着込んだ。この男がお祭りと聞いて参加しないわけがない。

 しかしリリが血相を変えて呼び止める。

 

「ま、ままま、待って下さい! 北側に行くとしてもせめて黒ウサギのお姉ちゃんに相談してから……ほ、ほら! ジン君も起きて! 皆さんが北側に行っちゃうよ!?」

「……北……北側!?」

 

 失神していたジンが飛び起きた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください皆さん! 北側に行くって、本気ですか!?」

「ああ、そうだが?」

「テオドールも行くわよね?」

「当然だ」

「何処にそんな蓄えがあるというのですか!? 此処から境界壁までどれだけの距離があると思っているんです!? リリも、大祭のことは皆さんには秘密にと──」

「「「秘密?」」」

 

 重なる疑問符。ギクリと硬直するジン少年。失言に気付いた時にはもう手遅れだった。

 

「こんな面白そうなお祭りを秘密にされてたんだ、私達。ぐすん」

「コミュニティを盛り上げようと毎日毎日頑張ってるのに、とっても残念だわ。ぐすん」

「ここらで一つ、黒ウサギ達に痛い目を見てもらうのも大事かもしれないな。ぐすん」

 

 泣き真似をする裏で、物騒に笑う問題児達。

 哀れな少年、ジン=ラッセルは問答無用で拉致され、問題児一同は東と北の境界壁を目指すのだった。

 

 ◆

 

 リリに手紙を預けた後、一同は2105380外門の前にある噴水広場まで来ていた。

 “六本傷”の旗印を掲げるカフェに陣取り、飛鳥が赤いドレススカートから伸ばした足を組み替えながら問う。

 

「それで、北側まではどうやって行けばいいのかしら?」

「予想はしてましたけど……もしかして、北側の境界壁までの距離を知らないのですか?」

「知らねえよ。けどそんなに遠いのか?」

 

 怪訝な表情で返す十六夜に、ジンは天を仰いで思考し、

 

「此処は少し北よりなので、大雑把でいいなら……980000kmぐらいかと」

「「「うわお」」」

 

 あまりの馬鹿げた数字に気の抜けた声が出る。ざっくり換算してもイルヴァや地球を二十周は回れるレベルだ。

 

「いくら何でも遠すぎるでしょう!?」

「ええ、遠いですよ!! 箱庭の都市は、中心を見上げた時の遠近感を狂わせるように出来ています。あの中心を貫く“世界軸”までの実質的な距離は、目に見えている距離よりも遥かに遠いんです!」

 

 机を叩いて抗議する飛鳥に、負けじと叫ぶジン。

 一見して巨大な箱庭の都市だが、本当は一層巨大な都市であるらしかった。そもそもこの箱庭の世界が恒星級の表面積を持っているというのだから恐れ入る。

 

「テオドールの魔法でどうにかならないかな」

「お前ら魔法を便利に考え過ぎじゃねえか? ボスが使える〈帰還〉の魔法じゃ一度行ったとこにしか行けねえぞ」

「なら仕方がないわね。“ペルセウス”の本拠に向かった時のように、外門と外門を繋いで貰いましょう」

「……それはもしかして、“境界門(アストラルゲート)”を起動してもらうという事ですか?」

 

 飛鳥の提案に、ジンが苦々しい顔で問い返す。

 “境界門(アストラルゲート)”とは、莫大な土地を有する箱庭を行き来するために設けられた外門と外門を繋ぐシステムのことで、要するにテレポーターのようなものだ。

 しかしジンはこれにも難色を示した。

 

「“境界門”の起動を言っているなら断固却下です! 外門同士を繋ぐ“境界門”を起動させるには凄くお金がかかります! “サウザンドアイズ”発行の金貨で一人一枚! 七人で七枚! コミュニティの全財産を上回っています!」

 

 鬼気迫る叫びに再度黙り込む一同。

 テオドール達もいくらかギフトゲームをこなし、ある程度は稼いでいるのだが、元々逼迫していた“ノーネーム”の財政事情は未だ好転しているとは言えなかった。

 さすがにもう打つ手なしかと思われたが、一同は顔を見合わせて頷くと、

 

「黒ウサギ達にあんな手紙を残して引けるものですか!」

「おう! こうなったら駄目で元々! “サウザンドアイズ”へ交渉へ行くぞゴラァ!」

「行くぞコラ」

 

 半ばやけくそ気味のテンションで立ち上がり、ジンの首根っこを引っ掴んで“サウザンドアイズ”の支店へと向かった。

 

   ◆

 

 “サウザンドアイズ”の支店で待ち構えていたかのように現れた白夜叉に、一同は座敷へと招かれた。

 白夜叉は煙管で紅塗りの灰吹きを叩くと、珍しく真剣な表情で問う。

 

「条件次第で路銀は私が支払ってやる。だがその前に一つ問いたい。おんしらが魔王に関わるトラブルを引き受けるとの噂があるそうだが……真か?」

「はい。名と旗印を奪われたコミュニティの存在を手早く広めるためには、これが一番いい方法だと思いました」

 

 代表として答えるジンに、白夜叉は鋭い視線を向けた。

 

「リスクは承知の上なのだな? そのような噂は、同時に魔王を引きつけることになるぞ」

「覚悟の上です。今の組織力では上層に行けません。こちらから決闘に出向けないのなら、誘き出して迎え撃つしかありません」

「無関係な魔王と敵対するやもしれん。それでもか?」

「望む所です」

「……ふむ」

 

 ちらりとその他のメンバーの顔を見やり、白夜叉は瞳を閉じる。

 しばし瞑想した後、呆れた笑みを唇に浮かべた。

 

「そこまで考えてのことならば良い。これ以上の世話は老婆心というものだろう」

「で? 条件ってのは?」

「うむ。実はその“打倒魔王”を掲げたコミュニティに、東のフロアマスターから正式に頼みたいことがある。此度の共同祭典についてだ。よろしいかな、()()殿()?」

「は、はい! 謹んで承ります!」

 

 子供を愛でるような物言いではなく、組織の長として言い改める白夜叉。

 ジンは少しでも認められたことに、パッと表情を明るくして応えた。

 

「さて、どこから話そうかの……北のフロアマスターの一角が世代交代をしたのは知っておるか? 急病で引退だとか。まあ亜龍にしては高齢だったからのう。寄る年波には勝てなかったと見える。

 それで、此度の大祭は新たなフロアマスターである、火龍の誕生祭でな。五桁・54545外門に本拠を構える“サラマンドラ”──それが北のフロアマスターの一角だ」

 

 北側は様々な力がある種が混在しており、治安も良いとは言えないために“階層支配者(フロアマスター)”が複数存在しているらしい。

 “サラマンドラ”はその中でも旧“ノーネーム”と親交があったそうだ。代替わりについてはジンも初耳とのことだった。

 

「今はどなたが頭首を? やはり長女のサラ様か、次男のマンドラ様が」

「いや。頭首は末の娘──おんしと同い年のサンドラが火龍を襲名した」

 

 は? とジンが小首を傾げて一拍。みるみるうちに顔が驚愕に染まる。

 

「サ、サンドラが!? 彼女はまだ十一歳ですよ!?」

「あら、ジン君だって十一歳で私達のリーダーじゃない」

「そ、それはそうですけど……!」

 

 まだ子供であるジンが“ノーネーム”のリーダーに収まっているのは言ってしまえば成り行き、他に居なかったから暫定的にそうなっていたに過ぎない。一組織としてきちんと成り立っている“サラマンドラ”では状況が違うのだ。

 

「実は今回の誕生祭は北の次代マスターであるサンドラのお披露目も兼ねておる。しかしその幼さ故、東のマスターである私に共同の主催者(ホスト)を持ちかけてきた」

「それはおかしな話ね。北には他のマスターもいるのでしょう?」

「察するに、幼い権力者を良く思わねえ連中がいるっつうことだろ」

 

 ノイロックの言葉に、白夜叉は苦々しい顔で頷いた。

 

「その通りだ。東のマスターである私に話を持ちかけてきたのも、様々な事情があってのことでな」

「ところで、自分達はここで悠長に過ごしていて良いのか?」

「ん?」

 

 重々しく続けようとした白夜叉をテオドールが遮る。白夜叉は首を傾げたが、十六夜達はハッとした。

 リリに手渡した手紙を見れば、黒ウサギ達はすぐさま自分達を探しに出るだろう。路銀がないことは向こうもわかっている筈で、ただでさえ顔なじみのこの場所だ、探しに来る可能性は高い。いつまでもここに居てはすぐに捕まってしまう。

 

「し、白夜叉様! どうかこのまま──」

「ジン君、()()()()()!」

 

 それに気付いたジンが咄嗟に立ち上がるが、飛鳥のギフトが口を封じる。

 その隙を逃さず十六夜が言った。

 

「白夜叉! 今すぐ北側へ向かってくれ!」

「む、むう? 構わんが、内容を聞かずに受諾してよいのか?」

「構わねえから早く! 事情は追々話すし何より──()()()()()()()! 俺が保証する!」

 

 十六夜の言い分に白夜叉は目を丸くし、呵々と哄笑を上げた。

 

「そうか、()()()か。いやいや、それは大事だ! 娯楽こそ我々神仏の生きる糧なのだからな!」

「…………!?」

 

 白夜叉の悪戯っぽい横顔に、声にならない悲鳴を上げるジン。しかし何もかももう遅い。

 暴れるジンを嬉々として縛り上げる十六夜達を余所目に、白夜叉はパンパンと柏手を打つ。

 

「これでよし。これでお望み通り、北側へ着いたぞ」

「「「──……は?」」」




◆コミュニティの財政
イルヴァ産のゴールドも金として換金できそうだったけどあまり流通を荒らすのは良くないと言われたのでやめた。うっかりすると大手商業コミュニティに睨まれる模様。

◆帰還
指定したマップにテレポートできる魔法。ゲームでは限られた場所しか選べないが、この作品内では行ったことのある場所なら大体どこにでも飛べるという設定。
なお配達依頼中にこの魔法を使うのは犯罪である。何故。

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