イルヴァからも問題児が来てしまったようです…。   作:とろめ

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襲撃の巨人

 “すくつ”と呼ばれるネフィアがある。

 一見ただの洞窟にも見えるそのネフィアは、多数の廃人を擁するノースティリスに存在しているにも関わらず、未だに最下層への到達者が存在しなかった。

 何故ならば、どれだけ奥底へ潜ったとしても、延々と先が続いているからだ。

 

 深く潜れば潜るほどに強化されるモンスターは廃人すらも凌駕しかねない程のステータスを持つに至るし、その種類もまるで統一性がない。既に死んだ──魂が霧散し、死から這い上がることができなかった──筈の人間が襲ってくることもある。

 これらは流言飛語などではなく、すくつに挑んだ数々の冒険者が口にする話で、今や周知の事実として認定されていた。

 

 調査をした魔術師達によれば、すくつの中は時空が捻じ曲がっていると言う。

 延々と続く階層も、どこから発生してるかもわからないモンスター達も、故人の復活も、時空の乱れによって発生しているらしいのだ。

 

 すくつには一定階層ごとにボスが居て、それを倒さなければ解除されない未知のバリアが階段に張られている。どこか人為的なものを感じるそのシステムから、すくつは神代における鍛錬の場として用意されたものではないか? という説がある。

 あるいは単に、とてつもないお宝が隠されており、時空の歪みやバリアはそれを守護するギミックであると主張する者もいれば、時空の歪みから人間を守ることこそがバリアの役割であると唱える者もいる。

 要するに、何のために存在するのかも、いつから存在するのかもわかっていないのだが、その性質故に専ら“廃人の鍛錬場”として扱われていた。

 

 廃人の一人であるテオドールも、その持て余したステータスを使う場として、気が向いた時には単独ですくつ攻略に精を出していた。

 鍛錬のため、という目的も勿論あるが、一番は好奇心によるものだ。

 

 最下層に辿り着いた者は神に成り上がることができる。最下層は次元の果てに繋がっている。最下層などというものは存在しない。

 そんな根も葉もない噂の真実を求めて、テオドールは永遠の腹底を進む。

 

 死闘の末に倒したボスが残した部位を回収し、事前に見つけていた階段へと向かう。とうの昔に一万階層を突破している筈だが、未だに終わりは見えない。

 十分に運動して少し満足していたテオドールは、次の階層の様子だけ見て今日は帰ろうか、と考えながら階段を降り始めた。

 一歩一歩確かに、慎重に歩いていたテオドールが、更に一歩踏み出した途端、景色が崩れた。 

 

「…………!」

 

 声を上げる暇も、回避する間もなく、真っ白な闇に包まれる。下から上に、黒い文字列のようなものが流れていった。

 時空の歪みに呑み込まれたのだと悟って、テオドールは振り向いた。そこには何もない。

 通ってきたはずの階段は、白の中に消え失せてしまっていた。

 

 廃人と言えど、世界から追い出されては成す術を持たない。どうすることも出来ずに身体が分解されていく。何が起こっているのかはわからないのに、現状の把握だけは冷静に出来ていた。いや、本当は混乱していたのだろう。自分では気付かなかっただけで。

 これから自分はどうなるのか、残したペット達はどうなるのか。そんな少しばかりの気がかりを置いて、意識を失おうとした瞬間。

 気紛れか、あるいは日頃の行いの良さ故か。何者かの声が聞こえた気がして、そして。

 テオドールは、見えざる手に掬い上げられたのだった。

 

   ◆

 

 “アンダーウッドの地下都市”スビンの個室。

 アテンと軽い自己紹介を交わした後、彼と別れて宿舎まで戻ってきたスビン達は、各々の荷物を部屋に運び一時解散となっていた。

 

 寝るにはまだ早いが、かといって一人で観光しようという気にもならない。

 どこか剣でも振れる場所を探しに行こうか、とぼんやり考えていたスビンは、素早くバックパックから大剣を取り出し、その場を飛び退いた。

 直後、宿舎の壁をぶち破って現れた巨大な腕を視認すると、迷うことなく斬りつける。

 

「ガアアアアァァァァァァッ──!!」

 

 何某かの悲鳴を聞きながら、宿舎の外に飛び出した。

 そこに居たのは巨人だった。片手に長刀を持ち、仮面をつけている。

 驚くようなことではない、イルヴァにも巨人は存在する。謎なのは、何故先程までは居なかった筈の巨人が突然現れたのかと言うことだが、襲われている以上はまず反撃せねばならない。

 スビンは半ば条件反射のような勢いで突進すると、巨人の喉をその大剣で串刺しにした。

 

「ガッ、アァ──……」

 

 力任せに剣を引き抜き、倒れゆく巨人の下敷きになる前に巨人の身体を蹴り飛ばして離れる。

 周囲を見渡すと、黒ウサギと耀、そして飛鳥がこちらに駆け寄ってきていた。

 

「スビンさん! ご無事でしたか!」

「黒ウサギ。何が起きてるんですか」

「魔王の残党の襲撃です! 黒ウサギは都市内を片付けます、皆様は地表へ! 外にはもっと多くの巨人族が──」

 

 言っている間に頭上から三体の巨人が落下してくる。

 迎撃しようとしたスビンだが、彼女が出る前に黒ウサギが金剛杵と共に稲妻を叩きつけた。

 

「ご安心を! この程度なら何体来ても黒ウサギの敵ではありません! 外の援護をお願い致します!」

「わ、分かったわ!」

 

 飛鳥が承諾すると、耀は旋風を巻き上げて飛鳥を拾い上げた。スビンもその後に続く。

 

 地表は乱戦状態だった。飛び散る火花が夜の帳を照らし、轟々と撃ち合う炎の矢と、竜巻く風の壁が弾け合う。

 “恩恵(ギフト)”を用いた戦争が、“アンダーウッド”の麓で繰り広げられていた。

 巨人の人数は二百体ほどで、数で見ればこちらが勝ってはいるが、巨人は一体で十人の味方を相手取っている。

 更に突然の強襲に味方陣営は完全に混乱しており、まともな連携が取れていない。戦線がいつ崩れてもおかしくない状況だった。

 

「そ、想像以上の事態ね……」

「確かにこれでは援護が必要でしょうね。私は向こうを助太刀しに行きます」

「わかった。気をつけて」

 

 二人から離れ、スビンは味方が少なそうな場所に向かって駆け抜ける。道中の巨人達に一太刀入れるのも忘れない。

 テオドール程の技量を持たないスビンでは、移動がてらの攻撃で生命力を削りきるのは難しい。足を狙って行動力を削ぐことを重視し、後は他に任せることにする。

 遠くでディーンの雄叫びが響いた。飛鳥達も戦闘を始めたらしい。

 

「オオオオオオオォォォォォォ──!!」

 

 振るわれた巨腕を、大剣の腹で防いで弾く。

 見た目は華奢な少女であるスビンに、まさか力負けするとは思わなかったのだろう。怯んだ隙に切り伏せた。

 

「“主催者(ホスト)”がゲストに守られては末代までの名折れッ! “龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”の旗本に生きる者は己の領分を全うし、戦況を立て直せ!」

 

 戦場に響いたサラの一喝に、おおと鬨の声が上がる。彼女の声のおかげで各コミュニティに統率が戻り始め、徐々に巨人族を圧し始めた。

 退却し始めた巨人を深追いはせず、逃げ遅れている者だけを着実に仕留めていくスビン。

 

 どこかで、琴線を弾く音がした。

 

「……霧?」

 

 赤い血飛沫を飛ばすと同時に、突如として視界が白く閉ざされる。

 現れた濃霧が、スビンや味方の視界を阻んでいた。タイミングからして自然現象ではないだろう。何らかのギフトによるものか。

 スビンは一瞬の戸惑いを打ち消すように戦闘を続行する。見えないなら“そこにいる”という前提で剣を振るうのみだ。〈心眼〉スキルを高めた彼女の剣は、多少の空振りを伴いつつも致命的な一撃を巨人達に与えていく。

 

「きゃあ!!」

 

 悲鳴が聞こえて、スビンは上半身を捻った。飛鳥の声だ。いつの間にか近い場所まで移動していたらしい。

 彼女にはディーンがついているが、その操り手である彼女自身のステータスは低い。この視界不良に乗じて襲われては普通に死んでしまうかもしれない。

 助けに行くべきなのだろうが、こう霧が深くては正確な位置がわからない。周囲の怒号、悲鳴、剣戟の音が混じって、声を辿るのも難しい。

 どうしたものか、と思案し始めた時。幻獣達が雄叫びを上げた。

 

「──GEYAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaa!!」

 

 数多の旋風が巻き上がり、白い霧を掻き回す。

 全てを払うにはまだ足りていないが、周囲を見通すには十分なまでに霧が薄まった。ディーンらしき影が薄ぼんやりと見え、スビンはそちらへ駆け出す。

 側方から薙ぐように巨人の剣が振るわれるのを、地面を転がるようにして躱す。回転の勢いをそのままに立ち上がって邪魔者を倒そうとして、スビンは手を止めた。

 

 まだ何もしていないのに、巨人が倒れていく。それはスビンの側に居た一体だけではない。周囲にいた巨人族が全て、その息を絶やしていた。

 

「──お怪我はありませんか?」

 

 凛とした声が耳に触れる。

 その直後、霧が全て晴れ、戦場の姿が顕になった。

 それほど遠くない場所に、飛鳥と耀の姿がある。彼女達は周囲の光景に絶句している。

 

「──嘘、」

 

 あれだけいた巨人族が、全員死んでいた。そのほとんどが首や頭や心臓を切り裂かれている。スビンがやったものを除けば、その切り口は全て同一だった。

 スビンは先程聞こえた声の主を見る。

 

 純白の髪を、黒い髪飾りで一つにまとめ、白銀の鎧を纏う少女。その目元は舞踏会で使うような白黒の仮面で覆われている。

 一見聖騎士のようにも見える彼女は、その全身を赤い返り血で染めていた。巨人族を殲滅したのは彼女なのだろう。

 負けず劣らず血を浴びているスビンを一瞥した少女は、

 

「失礼、余計な手出しでしたね」

 

 とだけ言うと、ポニーテールを揺らして去っていった。

 その背を見送り、スビンは飛鳥の方へ駆け寄る。どうやら怪我はないようだった。

 

 静まり返った戦場で、安全を知らせる鐘の音が鳴った。

 

   ◆

 

 “ノーネーム”本拠。地下にある書庫で、テオドールは読書をしていた。

 いつものようなギフトゲーム対策ではなく、読んでいるのは娯楽小説だ。情操教育の一貫か、“ノーネーム”の書庫には創作の物語の本も貯蔵されていた。

 異世界ではどのような話が作られるのか気になったのである。

 

 本の中では、身の丈に合わぬギフトを手に入れてしまった少年が、力に翻弄されながらも異世界を生き抜く様が描かれている。どうやら舞台は箱庭ではないらしい。

 少年は正体不明の神によって与えられたギフトを少しずつ物にしていく。

 テオドールは何となく、自らのギフトカードを取り出して眺めた。

 “*Debug*”という文字で目が止まり、自然とこれを手に入れた時のことを思い出す。

 

 イルヴァには神が確かに存在するが、世界そのもの、宇宙そのものを創造した神を知る者はいない。それはきっと、()()()()()()からだと、テオドールは思っていた。

 本当の神は、己が存在するより上の次元にいるのだ。それを認識することは普通にはできないし、できるとすればそれは世界に()()が現れている。

 

 あの時テオドールは存在してはいけない次元に足を踏み込み、歪みを解消するためにその存在を抹消されそうになった。

 それをたまたま見つけた神の一端が、テオドールを“あちら側”に存在しても良いモノとして再定義して修復し、そのまま送り返した。

 それは慈悲だったのかもしれないし、ただの気まぐれや、ほんの遊びだったのかもしれない。

 

 ……どちらにせよ、これらの話はテオドールの憶測だ。

 目が覚めた時、テオドールはすくつの前に居て、頭の中に残る世界の法則に関わる知識と、自身にいつの間にか宿っていた小さな世界の歪みを修正する力だけが、あの光景が事実であることを物語っていた。

 この出来事を、テオドールは誰にも話さなかった。その事実を知ることこそが、世界の歪みを広げる原因になりかねないと思ったからだ。

 

 一方的に押し付けられた力をどうするのかは自分の勝手だろうが、その力を正しく使ってやろうとテオドールは考えた。命を救われたこともあるが、わざわざ自身に世界の法則について知らせたことが、それを期待しているように感じたのだ。

 つまりこれは依頼だ、とテオドールは見なした。

 依頼を受けたからにはできるだけのことをする。それが冒険者としての在り方だ。

 その程度の秩序を守る良心を、テオドールは持っている。

 

 たまに依頼内容を無視したり(主にパーティーでジェノサイド)することもあるが、それはそれ。ご愛嬌というやつである。

 

   ◆

 

 “アンダーウッド”収穫祭本陣営。

 一同はサラの下へ呼び出されていた。襲撃時、大樹の中で匿われていたジンと、同じく呼び出された“ウィル・オ・ウィスプ”も一緒にいる。

 

「サラ様。一体これはどういうことですか? 魔王は十年前に滅んだと聞いていましたが」

 

 ジンに追及に、サラは背もたれに仰け反り天を仰いだ。

 

「……すまない。今晩詳しい話をさせてもらおうと思ったのだが、彼奴らの動きが存外早かった。実は両コミュニティを“アンダーウッド”に招待したのには訳があったのだ。……話を聞いてくれるか?」

「はい」

「ヤホホ……まあ、聞くだけでしたら」

 

 即答するジンと笑って誤魔化すジャック。

 サラは事情を説明し始めた。

 

「十年前、“アンダーウッド”は魔王の襲撃を受けた。それを倒すことはできたが、傷跡は深く残ってしまった。そして魔王の残党が、“アンダーウッド”に復讐を企んでいるらしい」

「それがさっきの巨人族だと?」

「そうだ。しかしそれだけとは限らん。ペリュドンを始め殺人種と呼ばれる幻獣まで集まり始めている。何かしらの術で操られている可能性もある」

 

 何故そうまでしてこの“アンダーウッド”を狙うのか。

 サラは椅子から立ち上がり、壁に掛けてある連盟旗の裏に隠された金庫から、頭ぐらいの大きな石を取り出して見せた。

 

「この“瞳”が連中の狙いだ」

「……“瞳”? この岩石がですか?」

「今は封印されているんだ。このギフトの名は──“バロールの死眼”と言う」

 

 ガタンッ! と、ジンと黒ウサギは腰を浮かせるほど驚いた。

 いまいち状況を把握していないスビンが問う。

 

「その眼とやらはそんなに価値があるものなんですか?」

「価値があるどころではありません! あれは視るだけで死の恩恵を与える、最強最悪とされた死の神眼なのです!」

 

 血相を変えた黒ウサギが声を上げる。

 “バロールの死眼”は巨人族の王バロールが所持していた神眼で、一度瞼を開けば太陽の如き光と共に死を強制する力を持つ。

 この瞳によれば、一度に百の神霊を殺すことすら出来ると言われているのだと言う。

 

「しかし“バロールの死眼”はバロールの死と共に失われたはず。それが何故今更、」

「バロールはケルト神話群の者だ。ケルト神というのは多くが後天性の神霊と聞く、第二のバロールが現れたとしてもおかしくはない」

 

 神霊は功績と信仰を積むことで後天的に成り上がることができる。“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”がその良い例だ。彼女は八千万の死霊群であることとは別に、ハーメルンの笛吹きによる信仰と恐怖を取り込んで神霊に成った。

 

「連中は何としてもこの神眼を取り戻したいのだろう。適性が無ければ十全の力を発揮しないが、それでも強力なギフトであることに変わりはない。私達が収穫祭で忙しい時を狙って、今後も襲撃を仕掛けてくるだろう」

「ヤホホ……その襲撃から街を守るために、私達に協力しろと?」

 

 ジャックとアーシャはあからさまに嫌な顔をした。彼らは戦闘能力こそあるが、あくまで物作りが主体のコミュニティだ。進んで戦いに臨むのは主義に反するのだろう。

 

「確かにウィラ姐は強いよ。でも性格が致命的に戦闘向きじゃないんだよね。それにこの件はまず、“階層支配者(フロアマスター)”に相談するのが筋ってもんだろ?」

 

 “階層支配者”は無法行為を行う連中を裁くのが使命だ。今回のようなギフトゲームを介さず襲撃を仕掛けてくるような無法者を対処するにはこれ以上ない存在の筈だった。

 しかしサラは、辛そうな瞳を向けて首を横に振る。

 

「残念ながら……現在南側に“階層支配者”は存在しない」

「……は?」

「先月のことだ。時期としては“黒死斑の魔王”が現れたのと同時期になる。7000000外門に現れた魔王に“階層支配者”が討たれたのだ。その後の安否は今もわからん。しかも魔王の正体も不明ということ」

「なっ……!?」

 

 予想外な回答に絶句するアーシャ。

 サラは瞼を閉じて南側の現状を話し出す。

 

「巨人族が暴れ始めたのはそれからのことなのだ。我々は白夜叉様に代行として、南側から新たな“階層支配者”を選定して欲しいと相談した。しかし秩序の守護を司る“階層支配者”にふさわしいコミュニティはそう見つかるものではない。そこで白夜叉様から話を持ちかけられたのが……“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟の五桁昇格と、“階層支配者”の任命を同時に行うというものだった」

 

 ハッと黒ウサギとジンが察したように息を呑む。

 

「で、ではこの収穫祭は“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”の五桁昇格と“階層支配者”の任命を賭けたゲームなのですか!?」

「そうだ。“階層支配者”になれば“主催者権限”と共に強力な恩恵(ギフト)を賜る。巨人族を殲滅するには“主催者権限”を用いたギフトゲームで挑むしかない。南側の安寧のためにも、この収穫祭は絶対に成功せねばならないのだ」

 

 強固な決意で断言するサラ。初めて知る事実に一同は言葉を無くした。

 彼女は憂鬱気に苦笑を浮かべる。

 

「“サラマンドラ”を……次期“階層支配者”という立場を捨てて“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟に身を置いた私が、南側の“階層支配者”になろうとしている。さぞ滑稽に見えるだろうが……今は手段を選んでいる場合ではない。南側の安寧のためにも、両コミュニティの力を貸して頂けないだろうか?」

「そう言われましてもねえ……」

 

 ジャックは事情を聞いてもまだ難色を示している。

 それでも引けないサラは、“バロールの死眼”の上に手の平を乗せ、

 

「無論、タダとは言わん。多くの武功を立てたコミュニティには、この“バロールの死眼”を与えようと思う」

「は……!?」

「聞けばウィラ=ザ=イグニファトゥスは生死の境界を行き来する力があると言う。ならばこの“バロールの死眼”も使いこなせよう。我らの手元で腐らせておくよりは、彼女の下で力を振るった方が有益というものだ」

「確かにウィラならば“バロールの死眼”の適性は高いでしょう。しかし、我々以外のコミュニティに渡った時はどうするのです? 下層でウィラ以外に“バロールの死眼”を使いこなせる例外など……きっといませんよ?」

 

 チラ。とジャックが黒ウサギたちを見る。“ノーネーム”なら或いは、と思っているのかもしれない。

 その視線に気付いたサラが頷いて返した。

 

「安心して欲しい。“バロールの死眼”を譲渡するのは両コミュニティのどちらかに限らせてもらう予定だ」

「ぼ、僕たちもですか?」

「しかしサラ様。黒ウサギ達の同士に適性持ちはいないと思われますよ? ……多分」

 

 コミュニティ内でも突出して異質な存在であるテオドールの姿が若干思い浮かんだが、さすがの彼でも死を操る訳ではないので、適性はないと思われた。

 言葉尻に不安が滲んでいるが。

 

 そんな黒ウサギ達に、サラは思い出したように切り出した。

 

「すまない、すっかり忘れていた。実は白夜叉様から“ノーネーム”へ、新たな恩恵(ギフト)を預かっていたのだった」

「え?」

「話は聞いているだろう? The PIED PIPER of HAMELINをクリアした報酬のことだ。アレさえあれば“バロールの死眼”を使いこなすことができるはず」

 

 パンパン、とサラが両手を叩いて使用人を呼ぶ。

 使用人は両手に小箱を持ち、蓋には向かい合う双女神の紋が刻まれている。

 

「これが、新たな“恩恵(ギフト)”……?」

「そう。お前達は“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”主催ゲーム、The PIED PIPER of HAMELINを()()()()()()()()()()()()()()()()()。これはその特別恩賞。開けてみるといい」

 

 代表者であるジンが神妙な顔で頷き、小箱の封を解く。

 小箱の中には笛吹き道化──“グリムグリモワール・ハーメルン”の旗印を刻んだ指輪が入っていた。




◆すくつ
高レベル向けの固定ネフィア。入るだけでもすくつ探索許可証というアイテムが必要。PCの計算機能が許す限り階層が生成され続けるため真の底なしダンジョンだが、一万〜二万階層あたりで大抵エラー落ちする。
名称は何故か変換できない。え?巣窟??はて…?

◆見えざる手
ランダムイベントなんかのあれとは別物。
次元の隅に引っかかって消えかけている存在を発見し、ちょっと調整して送り返してあげた誰かさん。創造主ではないが協力者。不安定な世界を安定させるための現地協力者を作ったり、世界に分身を送り込んで遊んだりしている。

◆パーティーでジェノサイド
装備や財布などを手に入れるために行われる宴。あとパンティー。
こんな目にあっても演奏依頼を出すことをやめないのがティリス民。

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