ちゃぽん。ゆるりと釣竿を振って餌を落とす。真っ青な空にはカモメ達がのどかに舞っている。今日は少し波が高いだろうか。のんびりと堤防に腰掛けて釣りを楽しんでいたら、後ろの方からたったった、と小走りに人が近づいてくる音がした。
「ヘーイ、テイトクーゥ!釣れてる?」
「ぼちぼちですかねぇ」
「釣りもいいんだけどサー、これ。届いてたヨー?」
ううん、もう少し楽しみたかったんですが。秘書艦である金剛がわざわざ持ってくるということは、結構な内容なのだろう。どれどれ、と手にとって眺めて。
「……」
「テートク?」
「……あんにゃろう」
また、面倒臭そうなことを押し付けられたのを確認し、思わず毒づいてしまっていた。
「お口悪いデース」
「あいつ限定です」
「ム。妬けマース」
「いやそんなところで嫉妬されても…」
「でもなんだかんだ好きデショー?呉の提督」
「クソ喰らえです。でもまぁ」
ガチャガチャと片付けをしながら、そこで一旦言葉を切る。
「人を見る目だけは信じてます」
よっこらせ、と荷物を肩にかけて歩き出す。せっかく最近は落ち着いてきたというのに、そういうタイミングを見計らったかのように面倒事を押し付けてくるのだ、あいつは。
「やっぱり妬けマース」
「はいはい。ほら、準備しないと。忙しくなりますね」
「あ、待ってヨー、テイトク!」
ここは南方にあるとある泊地。人々から忘れ去られたこの土地に。新しい風が舞い込んでくる予感が、した。
※
「─転籍命令ですか」
「ああ」
提督の執務室に呼び出され向かえば、開口一番、彼は本題を切り出した。
「僻地にあるとある泊地なんだがな。そこに腕のいい艤装技師がいる。そこで大和の艤装を調整してもらえ」
ぎ、と椅子の背もたれを鳴らし、つまらなさそうな顔をしながら提督がそう続ける。最も、会うたびにこのような表情を浮かべているのでこれが彼の普通なのかもしれないけれど。
「……それは、一時的な転籍、でしょうか」
「さて、どうだかな。……なんだ、お前ここ、結構気に入っていたのか?」
含みを持たせたニヤニヤ笑いは見ていて気持ちのいいものではないが。彼はここ、呉鎮守府の提督であり、私は彼の部下である。内面をおくびにも出さずにただただ黙って彼を見つめる。
「お前はてっきりここが嫌いなのかと思っていたんだが。息が詰まるだろう、ここは。色んな意味でな」
「……そんなことは、ありません」
「そうかい。ま、もう決まったことだ。なぁに、向こうの艤装技師も提督も腕は確かだ。俺は嫌いだが」
「お知り合いですか」
「残念ながらな。まぁ使えるモンは使う、それが俺の流儀だ」
ひらり、とあっち行けと言わんばかりに手を振られる。どうやら話は終わりらしい。一礼して執務室から出て行こうと扉に手をかけて。
「─ちゃんと使えるようになったら、呼び戻してやっからよ」
そう揶揄する彼の声に反応することなく。そのまま執務室を、後にした。
※
船体が勢いよく跳ねるのを感じて目を覚ます。どうやらこの辺の波は少し荒いらしい。軽く伸びをして凝り固まった体をほぐし、甲板へと出た。
転籍命令が出された泊地は、南方の離島にあり、戦術的重要性もなければ、深海棲艦も滅多なことでは出ないところらしい。元々は本当に何もないところだったそうなのだが、今の提督がそこに着任してから暇つぶしで訓練施設を作っていたらいつの間にかそこそこの設備になっていたようで、今では艦娘候補生の訓練施設も兼ねているらしい。
らしい、らしい、というのは、どれも伝聞によって得た情報で確かなものではないからだ。提督にどんなところなのかを確認しようとすれば、苦虫を噛み潰したような顔で行きゃわかんだろ、と吐き捨てられ、その他の艦娘達に尋ねてみても、そもそもその場所を知っている娘すらほとんどいなかった。
甲板で煽られる髪をおさえながら海面を覗けば、目的地である泊地へと向かうこの補給艦の護衛をしている艦娘が、ちょうど隣を並走していた。
「あと少しで着くわよ」
「そうですか、ご丁寧にありがとうございます」
「……ふん」
愛想はあまり良くはないが、なんだかんだ道中こちらを気にかけてくれた優しい娘である。
「ま、精々頑張んなさいよ」
「はい?」
「候補生なんでしょ?しかもその感じ、戦艦候補生じゃない?」
「……」
「ああ、別に答えなくていいわよ。正式に艦娘にならないと名乗れないものね」
どうやらこの娘は私のことを候補生と勘違いしているようだった。艦娘ならそもそも自分の艤装を使って航行するものだから、それも仕方がないだろう。実際似たようなものだし。彼女が勘違いをしていることをいいことに、曖昧に笑って誤魔化した。
深海棲艦という人類の敵が現れて早数十年。当初、為す術もなく絶滅の危機に晒されていた人類は、後々に『始まりの四隻』と呼ばれる四人の艦娘の出現により生活圏の奪還に成功し、以来、艦娘という存在は深海棲艦に唯一対抗できる希望の光として取り扱われるようになった。
こう言えば聞こえはいいものの、艦娘適性を示したものは本人の意志によらず艦娘候補生として国に登録され、一度正式に艦娘となればその娘は人の名を捨て、一生を艦の名で過ごさねばならないという人権もへったくれもない存在と言えなくもない。解体処分を受ければまた人に戻って生活することもできるらしいが、このご時世、基本的にはほとんどないと言っていい。
「最近は深海棲艦も頭使ってくるから、やんなっちゃうわよ。いつでも仲間は歓迎よ、人手が足りないったらないわ」
「あはは……」
人語を発する深海棲艦が初めて観測されてから十数年。最初はただ闇雲に襲ってくるだけだったやつらは、いつの間にか艦隊行動を取るようになり。さらには強力な人型の深海棲艦も続々と発見され、人類と深海棲艦の戦いは今でも膠着状態だ。むしろ、戦いに関して言えば昔より苛烈になったと言ってもいい。
「お名前をお伺いしてもよろしいですか、先輩」
「は、駆逐相手に丁寧なことで。……曙よ。別に覚えなくていいわ、どうせ」
「道中気にかけて頂きありがとうございます。残り少ない時間ですがよろしくお願いします、曙さん」
「なんっ……」
本心だ。こうやって艦娘が補給艦の護衛をしてくれるから、私達は問題なく生活を送ることができる。例え、この身が今後最前線に放り込まれるとしても。この娘と一緒に戦うことはなくとも、尊敬すべき先輩に変わりはない。
「……調子狂うわ」
ぷいとそっぽを向かれるも、その行動がなんだか可愛らしくてくすくすと笑う。そうしたら、がしがしと頭をかいていた曙さんが一点を指差した。
「見えた。あそこよ」
視線をその先に移せば、陸地が見えた。
「今日はいないといいんだけれど」
「何がですか?」
その言葉にちらりとこちらに視線を移した曙さんは。
「……鬱陶しいお迎え」
心底嫌そうにそう呟いた。
※
「今日は曙が護衛だったんだ、言ってよ」
「アンタに会いたくないから言わなかったの!!」
到着と同時に、陸地で待ち構えていた陽気な女の子が両手を広げて曙さんに抱きつこうとして、それを華麗に曙さんがかわす。
「うざい!」
「相変わらず恥ずかしがり屋なんだから」
「違うっての!」
その攻防を眺め、さて声をかけるべきかどうかと悩んでいたら、曙さんに絡んでいた方の、リボンで髪を二つに結えている女の子がこちらに気づく。
「あ、もしかして」
「本日、こちらに着任いたしました」
海軍式の敬礼をしながら挨拶をする。一瞬、曙さんと目が合った。それを、逸らして。自己紹介を続けた。
「大和型戦艦一番艦、大和です」
「はぁ!?」
案の定横から素っ頓狂な声が上がる。
「アンタが?あの?大和!?」
「ちょ、曙、落ち着いて」
「落ち着いてらんないわよ!!なんでこんなド僻地に超弩級戦艦が着任すんのよ!なに?深海棲艦が攻めてくるわけ!?聞いてないわよ!!」
「どう、どーう!!」
私に食ってかかる勢いで迫る曙さんを、隣にいた女の子が体を私とその子の間に滑らせて止めた。
「そうじゃないんだって」
「じゃあ何よ!」
「ええっとぉ……」
言葉に詰まるその娘の後を継いで、私が代わりに答える。
「戦えないんです」
「は?」
「
「……でもアンタ、今大和って」
「国内初の大和型適性保持者らしくて。候補生をすっ飛ばして、艦娘扱いなんです。名ばかりですけどね」
その言葉に曙さんが複雑そうな顔で押し黙る。どう思われただろうか。まぁ、事実だ。どう思われようが受け止めるしかない。
「呉ではどうすることもできなくて。こちらに腕のいい艤装技師がいらっしゃるということで、お伺いいたしました」
「ああ、おやっさん目当てか」
「おやっさん?」
「うん、うちの艤装技師責任者」
そうのんびりと答えた女の子が笑いかけながら敬礼を返す。
「陽炎型駆逐艦のネームシップ、陽炎よ。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「じゃあとりあえず提督に挨拶行こうか。こっちこっち。あ、曙!ちゃんと補給していきなよ」
「うっさい」
手招きをされ、まだしかめっ面をしている曙さんに一礼して歩き出す。
「大和!」
「あ、はい」
「……呉に帰るときは護衛くらいしてあげるから!精々まともに航行できるくらいにはなりなさいよね!!」
『なにが大和適性だ。とんだ予算の無駄遣いではないか』
呉にいたときは色々なことを陰で、そして面と向かって言われたものだ。もちろんろくに戦えない自身に非があるのだが、それでも言われ続ければ心は疲弊していく。
「曙さんは」
「なによ」
「優しいんですね」
「はぁあああ!?」
「そうなのよ、なのに照れ隠しが激しくてねー」
「陽炎うっさい!」
もしかして、提督は気晴らしも兼ねてここに転属させたのだろうか。……いや、ない。あの性格の悪い人がそんな優しいことを考えるわけがないけれど。
「今日生姜焼きだよ」
「……」
「食べてくでしょ、鳳翔さんのご飯」
「……しょうがないわね」
「素直に食べたいって言えばいいのに」
バシーン!と鳴り響くいい音と。あ、いったぁ!!と悲鳴をあげる陽炎さんを見て、ふと、心が安らいだ。
※
「大和型一番艦、戦艦大和、着任いたしました」
「御苦労様です」
案内された執務室に入り、僅かに緊張しながら敬礼をすると、この泊地の提督がどこかぎこちなくゆっくりと右腕をあげて敬礼を返した。
「すみませんね、少し右腕が不自由でして。不格好な敬礼で申し訳ない」
「いえ」
南方の泊地だというのにしっかりと長袖の制服を着込み、そして右手にはご丁寧にも白い皮手袋がはめられていた。
「見ていて暑苦しいとは思うのですが。どうにも、この下は見苦しいものでして」
「大丈夫です」
「そうですか、ありがとうございます」
にこにこと柔和な笑みを返してくる提督の穏やかなその物腰に緊張は幾ばくかほぐれる。しかしながら、女性なのか男性なのか判断しかねるその中性的な顔立ち、そして見た目は二十代後半から三十代前半にしか見えないのに、それに反して帽子から覗き見える真っ白な髪など、どうにも浮世離れした雰囲気をその人は醸し出していた。
「いやー、なんにもないところですけれど、まぁゆっくりしていってください」
「はい」
「何か質問があれば遠慮なく」
「それでは。……あの」
「なんでしょう」
「……なぜ、提督は椅子に縛りつけられているのでしょうか」
そして、にこにこと。執務室の椅子にしっかりとしたロープでガチガチに縛られているその姿が、異様であった。
「よい質問です」
「えっと」
「陽炎型駆逐艦二番艦、不知火です。こちらで秘書艦補佐をしております、以後お見知りおきを」
執務机の隣でしゃんと立っている少女が代わりに答える。背丈は小さいものの、その毅然とした態度には貫禄があった。
「……解いてくれませんか?」
「ダメです。釣りで十分リフレッシュしたことでしょう、終わるまで解きません」
「でもほら。新しい娘に示しが」
「どうせ後で貫禄もなにもないとバレるのなら、最初から知ってもらえた方がいいでしょう」
冷ややかな目でどさ、と付箋が大量についた書類の束を執務机に投げ置く不知火さん。
「いつになったらまともに書類業務ができるようになるんでしょうか?」
「えっと」
「訂正、お願いします」
「あの」
「座ったままでも、業務連絡はできるでしょう」
有無を言わさない態度に提督が押し黙る。にこにこと表情は崩れないものの、その顔には冷や汗が浮かんでいた。
「……さて、ではこれからのことですが」
どうやらこのまま話を進めるらしい。隣で陽炎さんが苦笑いをしている。
「大和さんはこちらで一時預かりという形になります。艦魄および艤装回路の調整が済み次第運用訓練に入って頂きます」
艦娘とは、艦艇の付喪神の分け御霊をその身に降ろす依代となる少女達の総称である。分け御霊を閉じ込めた艦魄という霊珠をそれぞれの艦に由来する触媒に固定し、それを身につけることで艦娘は艦艇の神々を降ろす。
最も降ろすといっても神に体を乗っ取られるというわけではなく、あくまで力を借りるだけ。降ろすのは専ら艦艇の知識、経験であり、そういったものを身につけることでただの少女達は命のやり取りをする戦場においてどのように戦えばいいのかを本能的に察することができるのだ。
「触媒はどちらでしょう」
「これです」
ことり、と首に装着するタイプの金属輪を机に置く。内側には大和の鑑魄がはめこまれている。それを手にとって、しげしげと提督が細部を眺めた。
「戦艦大和の艦首を模しているのでしょうか」
「ええ」
「なるほど。うん、よい触媒ですね。艦魄の反応がないということですが、艤装運用の経験は?」
「一通りは」
艦魄の反応がなくとも、艦娘適性のあるものはその艤装を運用することが出来る。実際、大破時などはほぼ艦魄から力の伝達が行き届かなくなるので、自動的にマニュアルモードに切り替わる。それを操作して一応は航行を続けることができるのだ。
ただし、あくまでこれは緊急用で、艦魄から力が得られなければ艦娘はただの少女となんら変わりはなく、この状態になればあと一撃でも食らえば轟沈してしまう。大破進軍で轟沈率が高くなるのはこのためであり、つまり艦魄から力を得られない私は常に大破状態と言ってもいい。当然、戦いに出ることはできない。
「なるほど、なるほど。では後は艤装と艦魄を繋ぐ回路たる
神衣は、特殊繊維によって編まれた艦娘の戦闘服である。艦魄から艤装へのいわゆる力の伝導回路のような役割をしている。艦魄から神衣に力が流れることで艦娘の体全体に防御結界が張られ、人を遥かに凌駕する強靭さを得ることができる。そして、高速航行をしたとしても空気抵抗を受けることなく、まるで海上を踊るかのように滑ることができるようになるのだ。大破時、神衣が破れることで能力が著しく低下するのはこれに由来する。
「隙間時間に対話を重ねて、その後に訓練ですね」
「……対話、ですか?」
「ええ。あれ、今対話って言わない?」
「同調訓練のことでしょうか」
「え。いや、その前に。同調訓練の前に同調率を上げるために、艦艇の神々と交流することを対話、と」
「……」
「呼ぶんですけど」
困ったように見つめられ、静かに首を振る。ちらりと提督が不知火さんに視線を送れば、同じように彼女も首を振った。
「不知火が呉にいた頃にはすでにその過程は省かれていました」
「まじですか」
「あそこは最前線ですから。質より量です。同調率も最低基準値でろくに練度も上げられぬまま前線に駆り出される娘がほとんどですよ」
「まじですか。陽炎は?」
「私!?えーと……同調訓練後の砲撃成績を見られてすぐここに飛ばされたし……うん、やってないかも」
「まじですか」
時代の流れなんですかねぇ、とぼやきながら提督がため息をつく。
「まぁ、いいです。郷に入りては郷に従え、私のやり方に従ってもらいます」
「はい」
「─そもそも」
そう言って、大和の触媒の金属輪をあらゆる角度から。右眼を細めて何かを見透かそうとする提督のその眼が、赤く、光った、ような。
「これは、同調訓練だけではどうにもならないでしょうね」
ふ、と表情を和らげれば、その眼は元通りで。あれは、幻覚だったのだろうか。
「
「え?」
「まるで、天岩屋戸にこもった
「……それは」
どういう意味でしょう、と続けようとして。
「ヘーイ! テイトクゥ!ティーターイム!デース!!」
けたたましい音を立てて現れた乱入者に、思わずびくっと身を竦めた。
「……ここで会ったが百年目」
「ゲェ!不知火!!」
「あなたも、いつになったら誤字、脱字がなくなるんですか?」
ゆらり、とその不知火という名のごとく怒気をはらみ、鋭い眼光で書類を突きつける不知火さんに対してじり、じり、とその少女が後ずさる。
「秘書艦であるあなたがこんなんだから、不知火が」
「Oh、急に用事を思い出しマシタ……good bye!!!! 」
「逃がすか!!」
バァン!!と勢いよく女の子が扉を開いて脱兎のごとく逃げ出し、そしてその後を不知火さんが追う。怒涛の展開にぽかんと口を開いて見送ってしまった。
「陽炎、陽炎」
「……なんですか、提督」
小声で提督が陽炎さんに声をかける。
「これ。解いてください」
「イヤです。私が不知火に怒られちゃうじゃない」
「そこをなんとか」
「ダメ。仕事してください、提督」
……なんというか。
「うう」
「行こう。ここ、案内するわ」
この泊地。いや、ここの提督、大丈夫なのだろうか。一抹の不安を覚えつつ、さっさと執務室を後にする陽炎さんについていくのであった。
※
「さっき一瞬執務室に入って来た人。あの人は金剛さんね。ここ唯一の戦艦で秘書艦」
ここが宿舎、と案内を受けながら、先ほど嵐のように現れ去っていった人について陽炎さんが教えてくれた。
「金剛、さん」
「そう。元々ここには私しかいなくてね、提督すらいなかったんだけど」
「え?」
「まぁなんとかなるもんよ。深海棲艦ほとんど現れないし。たまに見つけたと思って慌てれば鯨だったりねー」
あっけらかんと言い放つものの、その内容はわりかしハードだ。思わずまじまじと陽炎さんの横顔を見ていたら、彼女が言葉を続けた。
「で、しばらくして今の提督が来たんだけど。その時に提督が連れて来たのが金剛さんと、鳳翔さん」
「……」
「その後に不知火でしょ、それから天龍さんが来て。賑やかになったなぁ」
ひーふー、と指折り数えながら、あ、天龍さんにはまだ会ってないよね、と楽しそうに陽炎さんが笑った。
「ここ、ホント何もないからさ。最初はすごく暇だったんだけど。提督が趣味で訓練設備を増築してたら目をつけられてね」
あ、その噂は本当だったんですね、と内心頷く。
「今は候補生五人の訓練も私達が持ち回りで担当してるわ」
「楽しそうですね、陽炎さん」
「ん?そうね。いっぱい人がいて楽しいかな、今は」
ここがお風呂、とカラカラと引き戸を引いて中を見せてくれる。予想よりも広く、掃除も行き届いているようだ。
「……あの」
「ん?」
「金剛さんと、鳳翔さん、というのは。確か、始まりの四隻のうちのお二方だったと、思うのですが」
「ああ、うん。でもその二人じゃないと思うよ、だって始まりの四隻だったら結構いい歳じゃない?どう見たって若いしなぁ」
「では、次世代の方ですか」
「多分。そういう話しないからよくは知らないけど」
始まりの四隻。深海棲艦の劇的な撃退に貢献した四隻は、華々しくその名を歴史に刻んでいる。基本的に一つの艦艇に対して艦魄はいくつも作られるため、同じ名前の艦艇の子が同時に何人も存在するのが普通であるのだが、どういうわけか、この始まりの四隻については実際に見かけた人はほとんどおらず、最早都市伝説となりつつあった。それが目の前にぽん、と二隻も現れたとなれば、戸惑うのが普通だろう。
「まぁでも二人共現役引退してるらしいから」
「そうなんですか?」
「うん。鳳翔さんはここの炊事、空母候補生の訓練を担当してるし。金剛さんも基本的には訓練担当で、たまに秘書艦っぽい仕事をしているというか」
もう秘書艦の仕事はほとんど不知火任せみたいなもんだけど、とぼやきながら先を歩いていく。
「呉に比べたら大分ゆるいとこだと思うよ」
「それは、まぁ」
あの様子を見せつけられれば、嫌でもわかる。規律に厳しく、激戦区の戦線維持に努める呉と比べれば、雲泥の差だ。特に提督の扱いが。
「あ、おやっさんところも行っとかないとね。工廠はこっち」
面倒見がいいのは、一番艦たる所以か。先程の妹艦に当たる不知火さんを思い起こし、あまり姉妹っぽくはないな、と思った。最も、二人は本当の姉妹ではないのだろうけれど。
『─姉さん』
「……」
「大和さん?」
「ああ、すみません、ぼーっとしてました」
軽く頭を振り。不思議そうにこちらを見ていた陽炎さんの後を、追った。