たった一つの小さな願い   作:moco(もこ)

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‐弐‐

『なぁおい、“海に呼ばれる”って知ってるか』

『なんですかその無駄にロマンチックな表現』

 

 軍の回線から連絡が入ったので出れば、嫌いなあいつからのもので思わずしかめっ面になった。

 

『は!僻地に引きこもってる化石に俺が現代語を教えてやるよ』

『ありがとうございます、慎んでお断りします』

『最近の統計でわかったんだがな。轟沈した艦娘がいる海域に、同型艦を行かせると高確率でそいつらも轟沈するらしくてな。それを俺らは隠語で海に呼ばれるって言ってんだ』

 

 私がこいつのことが嫌いな理由のひとつに、人の話を聞かないということがあげられる。さらりと無視されイライラしながらもまだ電話を切らずにいる私は菩薩のようだな、と思いながら毒を吐く。

 

『浪漫もクソもない事実ですね』

『同感だ。だが、こんな仕事をしているとな、嫌でも縁ってモンを意識しちまうな』

『……そうですね』

 

 例え姉妹艦同士でも、所詮は他人だ。だというのに、気付けば同型艦は同型艦を引き寄せる。そして。

 

『超弩級戦艦タイプの深海棲艦が観測された』

『……』

『まぁそういうこった』

『私に無理難題吹っかけるの、やめてもらえませんかね』

『隠居決め込むのはえーんだよ。まだまだ働いてもらうぜ』

 

 あとこの年上を敬わない態度、人使いが荒いのも嫌いである。

 

『鳳翔さんは元気か』

『ええ。ご飯美味しいです』

『自慢か』

『当たり前でしょう』

『……不知火は』

『戦艦どつき回すくらいには。ここであの娘を止められるのは陽炎ぐらいでしょうね』

『ふ、は!アイツ昔から態度だけは戦艦並みだったからなぁ』

 

 ゲラゲラと電話の向こうで楽しそうに笑っている彼に、眉間のシワが思わず寄る。

 

『……不知火、たまにものすごいあなたの悪口をこぼします』

『だろうなぁ』

『そのときだけ、めちゃくちゃ仲良く何時間でも話せます』

『は!上等、上等ぉ』

 

 嫌いなのだ、なにもかも。

 

『こっちは安全な陸地でのうのうと死んでこいって言う身だ。そんだけ嫌われりゃ提督冥利に尽きるぜ』

 

 クソ野郎ぶっているこの態度も、その考え方も。

 

『まぁ昔から艦娘と馴れあってるお前にゃ一生わかんねぇだろうがな』

『そうですね』

『そんなんだからそんな体になる』

『後悔はないですね。一切』

『理解できないね』

『お互い様でしょう』

 

 生き様が、どうにも合わない。水と油。それでも。

 

『……頼んだぞ』

『言われなくとも』

『一億総特攻の再来なぞ、アホらしくてしゃーねぇ』

 

 どうにもこうにも、切れぬ腐れ縁というものが。

 

『同感です』

 

 ここにも、あった。

 

 

「おやっさん、というのは」

 

 工廠はちょっと離れたところにあるのよね、と言いながら、宿舎から離れて森の中を先導する陽炎さんに声をかける。

 

「そんなにすごい方なのですか?」

「うーん、私も実際どうなのかよくわからないけど」

 

 この辺ちょっと草伸びてきたなー、とガサガサと草をかき分けながら陽炎さんが答える。

 

「おやっさんが調整してくれると、すっごい馴染むのよね」

「馴染む」

「うん。これは使ってみればわかるよ、他のとは全然違うから」

 

 よいしょ、と自身の背丈よりも高い草木を踏み固めながら陽炎さんがずんずんと進んでいく。まるで獣道を歩いているかのような気分になってくる。

 

「あ、あとはー、確か」

「はい」

「えーと。世界で初めて人語を発した深海棲艦、通称泊地棲鬼が観測されたとき。あのときの戦いはもう歴史の教科書に載ってるくらい有名じゃない?」

「ええ」

 

 泊地棲鬼。彼女が登場する以前は、深海棲艦達はただ闇雲に襲ってくるだけで、艦娘の台頭により人類は徐々にその勢力圏を取り返していた。ところが、彼女は歴史上初めて深海棲艦達を統率し、その圧倒的暴力と知略により瞬く間にその勢力図を塗り替えたのだ。彼女の登場はもう十数年前になるが、間違いなく人類史に残る悪夢であろう。

 

「あのとき、泊地棲鬼を倒すために開発された艤装のほとんどは、おやっさんが作ったんだとか」

「……それは」

「本当かはわからないんだけど。そういう噂があんのよ。ほら、あのケッコン指輪」

 

 そう言って親指と人差し指で丸を作って、そこから目を覗かせて言葉を続ける。

 

「あれは専ら、おやっさんが作ったって話」

 

 ケッコンカッコカリシステム。熟達した艦娘の性能を更に高めるための指輪。艦娘の数が揃ってきている現在ではどちらかと言うと提督から艦娘への求婚の意味合いが強く取られがちだが、当時、なにもかもが足りない状態から苦し紛れにひねり出したそのシステムは、戦線の膠着状態を打破する画期的なシステムだったと聞いている。

 

「それが本当ならなんで今こんなとこいるのよ、って感じよね」

 

 思っていてもあえて言わなかったことを先に言われてしまった。

 

「まー変わり者なのは確かね。気をつけてね」

「はい。……はい?」

 

 

「……」

「ほっせぇ腕しやがって。肉食え、肉」

「……」

「駆逐艦のガキんちょ見習え。あいつらああ見えてかなり食うぞ。お前は戦艦なんだからよ、もっと体作んねぇといざというとき役に立たねぇぞ」

「……陽炎さん」

「なに?」

「セクハラで訴えても?」

 

 目が合ったと思ったらいつの間にか腕をむんずと掴まれ確認され。そして今度はふくらはぎのあたりをがっしりと。

 全くもっていやらしい意図を感じないとは言えこう見えて私はうら若き乙女である。控えめに言って怒髪天寸前。

 

「訴えても多分どうにもなんないかなぁ」

「おい、お前五百グラム体重落ちてるぞ。適正体重から落ちるといざってときにだな」

「正直気持ち悪いけどさー、腕は確かだから」

 

 いつの間にか陽炎さんのチェックに移行している初老の男性、おそらくこの人がおやっさんだろう、を意にも介さずにあっけらかんと陽炎さんが答える。

 ……この泊地で一番まともな人に見えたけど、この人が一番大物なのでは?

 

「……あの」

「あん?なんだ」

「金剛さんは、何をしていらっしゃるのでしょうか」

「シィー!今不知火から隠れてるんデース!っていうか誰デスか?」

 

 そして、おやっさんのその後ろ。隅っこでちょこんと座り込み、大量の妖精さんに囲まれているここの泊地の秘書艦、金剛さんを見つけ、思わず声をかけてしまった。そういえば自己紹介はまだだった。

 

「本日こちらに着任いたしました、大和型一番艦、戦艦大和です」

「ワーォ!ユーが噂の!」

 

 ぱっと表情が明るくなったと思ったら、ぴょんぴょん、と足取り軽くこちらに金剛さんが近づいてきた。

 

「久々の戦艦仲間デース、よろしくネ!」

「はい、よろしくお願いします」

 

 握手を求められ、それに応じる。その間にもわらわらと妖精さんは金剛さんに集まり、肩によじ登ったり頭でくつろいだりとやりたい放題だ。

 

「相変わらず妖精さんに人気ですねぇ」

「一緒に戦場を駆け抜ける友、ですからネー。コミュニケーションは大事ネ」

 

 ちょんちょん、と金剛さんの肩にいる妖精さんの頭をつつきながら陽炎さんがそう言うと、金剛さんは腕を組んでふふん、と得意気に答えた。

妖精さん、とは艤装の開発、深海棲艦との戦いなど、あらゆる場面で艦娘達を助ける一種の神仏のような存在、ということで定義づけられている。その外見はおとぎ話のコロボックルのようで、実に愛らしい。直接会話を交わすことはできないが、お互いの理解が深まればそれこそ戦闘においても力強い味方となるので、妖精さんとのコミュニケーションは艦娘の必須事項となっている。

 

「鳳翔さんも凄い好かれるんですよね」

「そうなんですか?」

 

 納得いかない、という表情でそう続けた陽炎さんに相槌をうつ。

 

「鳳翔は空母の母ですからネー、戦闘機乗りの妖精さんに好かれるのは当たり前デース」

「鳳翔さんはわかるんですけどねー」

「ヘイ、どういう意味デスか」

「金剛さんはねぇ」

「このスーパーカリスマプリティ金剛を前に何を言ってるんデース」

 

 びっと親指で自身を指しながら金剛さんが陽炎さんに抗議をするものの、陽炎さんは聞いているのかいないのか、自身の肩によじ登ってきた妖精さんに構い出した。

 呉では上下関係が厳しく、駆逐艦は戦艦に対して尊敬と畏怖の念を込めて接している姿が日常であったため、ここのフランクな、というより主に今まで出会った駆逐艦二人の金剛さんに対するぞんざいな態度に私は戸惑いを隠せずにいた。

 

「……あ」

「ん?なんデスか?」

「あ、いえ、その」

 

 ふと金剛さんの左手に光るそれを見つけて思わず声がこぼれる。気づいたものの、掘り下げていい話題なのかどうかと逡巡していたら、先に気づいた金剛さんがそれを見せびらかしつつ、鼻高々に話し始めた。

 

「フフーン、気づいちゃった?まいっちゃうネー。そう!これがあの有名な」

「ケッコン指輪じゃねーぞ、それ」

「Wait」

 

 ペラペラと喋り続ける金剛さんにおやっさんがぬっと割って入った。その片手には木製の救急箱を抱えている。

 

「ヘーイ人の話に水を差すのはヤボって」

「ん。あいつんとこ持ってけ」

「Thank you!……って人の話聞いてくだサーイ!!」

 

 文句を言いながらちゃっかりと救急箱は受け取る金剛さん。……戦艦で、そして秘書艦。今までなんとなく培われてきたそれらに対する高尚なイメージが、ガラガラと崩れ去っていく。

 

「違うんですか?ここに来たときからつけてたから、てっきりそうなんだと思ってました」

 

 おやっさんの言葉を受けて陽炎さんが言葉を続けた。

 

「ちげぇぞ。似て非なるモンだ」

「フ、フフン。これがケッコン指輪かどうかなんて些末なことデース!」

 

 金剛さんがヤケクソ気味に開き直った。なんだろう、愛嬌があってどこか憎めないと言えなくもない。これも一種のカリスマだろうか。なるほど、だとすると彼女が秘書艦というのも頷け……うん、頷けます。うん、そういうことにしておきましょう。

 

「テイトクがテイトクでいる限り!ワッターシはテイトクの秘書艦、正妻 forever ネー!」

「ほう」

 

 私の背後から、低く鋭い声が届く。その瞬間、金剛さんがビシッと固まった。

 

「いい心がけですね。……では、良き妻となるため、花嫁修業(しょるいぎょうむ)に励んで頂きましょうか」

 

 カツーン、カツーンと硬質な足音が工廠内に響き渡る。ひやりとした空気が漂っているのは、主に後ろから発せられている殺気のせいだろう。振り返って直視する勇気は私にはなかった。

 

「へ、ヘーイ……なんか、ルビがおかしいデース」

 

 ジャキ、とこの場でしてはいけない音が鳴り響く。私の見間違いでなければ、いつの間にか私の前に出ていた不知火さんが12.7 cm連装砲を金剛さんに突きつけているように見える。まさか実弾は入っておるまい、と、思いたいところではあるが。

 

「……エート」

(しごと)か、死か」

「……」

「選べ」

 

 駆逐艦は、恐れず、引かず。薄い装甲だからと怯むことなく敵の懐に潜り込み、自分よりも強大な敵を倒さんとする。その艦種の性質からして血の気が多い娘がほとんどだという。一度喧嘩が始まれば互いにぶっ倒れるまで殴り合いが続くという話を聞いたことがあるが、実際にこの目でそれを見たことがなかった私は噂に尾ひれがついたのだろうな、くらいにしか考えていなかったのだけれども。

 

「……」

「……」

「……働きたいデース」

「よろしい」

 

 あの噂は本当だったのかもしれない。さもありなん。今後、不知火さんを怒らせないよう気をつけよう、と、そっと心の中で誓ったのだった。

 

 

「悪い人じゃないんだけど」

 

 不知火さんに引きずられるように連行されていく金剛さんを、陽炎さんが手を振りながら見送っている。慣れたものだ、もはやあのやりとりは日常茶飯事なのかもしれない。

 

「あれでいて必要最低限はこなしてるし。むしろその見極めが出来るんだからやればできるはず、って不知火が言ってた」

 

 それはそれで腹立たしいってよく言ってるけど……と苦笑いを浮かべている。

 

「戦闘とかね、すごい頼もしいの。まぁ滅多にないんだけどね」

「そうなんですか」

「うん、提督と組むと凄いよ。提督、ああ見えて砲撃の名手でさ。金剛さんとの視界共有と妖精さんからの情報でバシバシ当ててくの」

 

 人は見かけによらないよね、と言いながらぱんぱん、とスカートの埃を払って陽炎さんがおやっさんに声をかけた。

 

「もう行くねー」

「おう。おい、そこの大和」

「はい?」

 

 後にならって会釈をして工廠を出ようとしたところで、おやっさんが無精髭を撫でながら声をかけてきた。

 

「そうさなぁ……二週間程度くれ。艤装の調整をある程度済ませるから具合を見てもらいたい」

「あの、私の艦魄は」

「マニュアルモードでの操作でいい。データが欲しくてな」

「それなら」

「頼むわ」

 

 ひらりと右手を振り、おやっさんは奥の方からおやっさーん、これどこに置けばいいですかぁー、と声を張りあげている年若い男の子に指示を出し始めた。もう一度その後ろ姿に礼をして、足早に陽炎さんの後を追った。

 

「なんだって?」

「艤装の試運転に付き合ってくれないか、と」

「あー、なるほどね」

 

 さっき来た道とは別の方向に陽炎さんが進んでいく。こっちの道は先程のものに比べて幾分か整備されているようだった。

 

「今度はどこへ?」

「まだ会ってない人を紹介しようと思って。天龍さんは今遠征中だからいないんだけれど」

 

 今は多分候補生の指導をしてると思うから、そこに行こっかなって、と続け、頭の後ろで手を組みながらのんびりと歩いていく。

 

「結構広いんですね」

「そうねぇ。まぁ候補生の受け入れを始めてから徐々に設備を拡張してきたしね。土地だけはあるし」

 

 鬱蒼と茂った森をしばらく歩いていくと、急に視界が開けた。どうやらちょっとした沿岸部の崖上に出たらしい。強い日差しに思わず目を細めて右手で視界を遮る。

 

「あ、やってるやってる」

 

 声に導かれて、陽炎さんの見ている方へと視線を移す。遠目に、ゆっくりと何機か艦載機が旋回しているのが見えた。

 

「─?」

 

 そして、それを見て。妙な既視感を覚えた。艦載機の発着艦訓練なら、呉でも何度か遠目で見かけることはあった。だけれども、そういったものに対する既視感ではなく、もっと懐かしい、そう、言わば一種の郷愁のような。

 

「相変わらず、綺麗だなぁ」

「……あれは?」

「鳳翔さんの艦載機だよ。他のどの人よりもゆっくり丁寧に飛ばすからすぐわかる」

 

 つい、と向けられた指先を追う。そこには、海面をゆっくりと航行している人達がいた。流れるように着艦を済ませ、後方にいた年若い少女達に話しかけている、その人が、恐らく。

 

「おおーい!鳳翔さーん!!」

 

 隣で陽炎さんが大声をあげる。それに気づいたのか、件の女性はこちらを見上げ。

 

「─」

 

 視線が、合ったような気がした。後ろで一つにまとめた美しい黒髪をなびかせながら海上に佇み。見間違えでなければ、その人は私を見た瞬間、微かに目を見開いたように見えた。

 

「行こっ。こっから降りられるから」

 

 そう言って足早にかけてゆく陽炎さんの背中を見送って。もう一度、鳳翔さんの方を見る。すでに彼女はこちらの方を見ていなかった。

 

「大和さーん?」

「あ、はい。今行きます」

 

 疲れているのだろう。なんたってここに着いてから休みなしで歩き回っている。きっとそうだ、あの妙な既視感も。あの、懐かしさもきっと呉鎮守府での航空訓練と重なって、ホームシックにでもなったのだ。そう思い直して、こちらを待っている陽炎さんの元へと急いだのだった。

 

 

 戦艦だ。すごいね、金剛さんより大きい。強そうだね。後ろにいた候補生二人のさざめき声がこちらに届き、少々居心地が悪い。名乗るのは苦手なのだ、こうやって羨望の眼差しで見られて。後々に、その実態を知られてそれが失望へと変わっていく様を見るのは、あまりいいものではなかったから。

 

「こーら、あんた達!みっともないでしょ!」

 

 すかさず陽炎さんがたしなめると、怒られた二人は、子供のように首を竦めてごめんなさい、と声を揃えて謝った。

 

「いえ、気にしてませんから」

「ダメダメ、ここは上下関係ゆるいけど、ここから出て行った時に苦労するのはこの子達なんだから。呉に配属されてみなさい、周りはみーんな不知火みたいなやつよ、同じこと出来るのあんた達」

 

 それを聞いて二人は顔を真っ青にしてブンブンと横に振る。なるほど、候補生にも彼女は恐れられているらしい。ちなみに呉出身の私からはそんなことはないと言いたいがここは黙っているのが吉であろう。

 

「なにも媚びへつらえってんじゃないのよ。時と場合にあった態度を取ること。信頼関係は大事よ、今後命を預ける大切な仲間になるんだから。初対面でそれは失礼でしょ」

「「はい、すみませんでした」」

「はい、じゃあかしこまった時間は終わり」

 

 ちょっと驚いた。わりかし気さくに接してくる陽炎さんだが、候補生に対して指導をするその姿は様になっている。面倒見がいいようだし、こういった人が嚮導艦(きょうどうかん)に向いているのかもしれない。

 

「もう立派な嚮導艦ね」

「う、やめてください。私実戦経験乏しいですし。鳳翔さんにそういう風に言われると恐れ多いです」

「あら。かしこまった時間はもう終わりなんじゃなかったかしら」

「もーぅ、ほーしょーさーん!!」

 

 くすくす、と候補生の隣に立っていた女性がたおやかに笑う。

 目の前に立って見ると、思ったよりもその人は小柄だった。私と比べれば二回り、候補生達と比べても一回りは小さい。体格に個人差はあれど、まるで駆逐艦のような背丈だ。しかしながら滲み出る風格が全く異なる。この人、が。

 

「航空母艦、鳳翔です。はじめまして、大和さん」

「は、はい!はじめまして!」

「ふふ、あまり固くならないで。今はくだけた時間ですから」

 

 始まりの四隻にして全ての空母の母。世界初の空母でありながら終戦まで生き延びた過去を持つ艦艇の艦娘が、彼女なのである。そうは言われても緊張してしまうのは仕方がないことだった。

 

「はい、はい!航空母艦の蒼龍です!」

「あ、同じく飛龍です!」

 

 そしてその横でぴょこんと手を上げながら候補生の二人が名乗りをあげる。

 

「あれ、あんた達名乗っていいの?」

「技能試験通りました!二人共正式な艦娘になりました!」

「次の配属まで今後ともご指導ご鞭撻よろしくお願いします!」

「それ、不知火の口癖……」

「「最初が肝心だと伺いましたので!」」

 

 息ぴったりだ、まるで双子のよう。その言葉を聞いて育て方間違えたかも、と陽炎さんが頭を抱える。

 

「素直ないい生徒ですね。嚮導の指導の賜物です」

「そうですね。金剛さんに習ったギンバイのやり方も素直に実行できるいい子達です」

「う」

「なぜそれを」

「詰めが甘いのよ。もっとうまくやらないと」

 

 ギンバイ、とは要は食料やら嗜好品を人目を盗んで手に入れる行為のことだが、そこはやるなではないのか、と思っても言わずにおいた。

 

「邪魔してすみませんでした」

「いえ。大和さん」

「は、はい!」

「これから、よろしくお願いしますね」

 

 そう言ってぺこり、とお辞儀をして。また桟橋から三人は海に出て行った。飛龍さんが発艦し、艦載機が飛び回る。続けて蒼龍さんも発艦した。

 

「どうかした?」

「あ、いえ。艦載機の動きも、やっぱり人によって違うんですね」

「そうねぇ。結構個性がでるわよね」

 

 そして最後に、鳳翔さんが発艦する。今度は敵役なのだろうか。鳳翔さんの艦載機が反転して二人の艦載機に襲いかかる。蒼龍さんと飛龍さんの艦載機は素早く飛び回って攻撃を繰り出しているのに対して、鳳翔さんの艦載機はゆっくりと、踊るかのように優雅に飛んでいる。それなのに、まるで彼女達の攻撃が届いていないようだった。気づけば一機、二機と撃墜されているのは蒼龍さん達のほうだった。

 

「─」

 

 穏やかな海。私の目の前をゆっくりと航行していく、小さな船。空ではまだ飛び方も知らぬ雛鳥達が、初めて飛ぶことの喜びと恐ろしさに触れ四苦八苦していて。それをひとつひとつ優しく導く、その船を。あの(ひと)を。私は。

 

「これで大体全部回ったかな。ごめんね、着いて早々連れ回しちゃってさ」

「─あ、え?」

「疲れちゃったでしょ?」

「あ、はい。そうかも、しれません」

「明日はとりあえずヒトマルマルマルに執務室に行ってくれればいいから。それまでゆっくり休んでね」

「わかりました、ありがとうございます」

「じゃあ部屋に案内するね」

 

 頭を振る。長旅と、気候も異なるからだろうか。時折、頭がぼんやりとする。着任早々風邪をひいてはたまらない。今日は早めに寝ることにしよう、と思いながら陽炎さんの後をついていった。

 

 

 宿舎の渡り廊下。縁側になっているところに腰掛けてぼんやりと月を見上げる。南にあるとはいっても、夜は少し冷え込む。だけれども、頬を撫でる夜風は心地よく、こうしてたまにここで物思いにふけるのが結構好きだった。

 しかし、まぁ。今日は一段と不知火の圧が強かった。どうやら蒼龍達にギンバイを唆したのがバレていたようで、もっと骨のあるギンバイはできないのですか、と冷ややかにバカにされたので次の作戦を練らなくてはならない。

 

「寝られないんですか?」

 

 うんうんと唸っていたら、声をかけられた。

 

「それ、わかってて聞いてるデショー?」

「ふふ、そうですね。もしよろしければ、晩酌に付き合っていただけませんか?」

 

 そう言って鳳翔がお盆の上に乗っているとっくりとおちょこを見せる。

 

「オフコース!でも珍しいネ?」

「ちょっと、そんな気分になったものですから」

 

 静かに鳳翔は隣に腰をかけて、おちょこにお酒をとっと、と注いでくれた。それを受け取り、くいっと一杯飲んだ。普段は基本的には紅茶を嗜むが、お酒だってもちろん好きである。

 しばらく静かに二人でお酒を楽しんでいたら、徐に鳳翔が口を開いた。

 

「ちょっと、びっくりしました」

「んー?大和のことデスかー?」

「ええ」

 

 そう言ってお酒をひとくち口へ運ぶ。

 

「そう言えば鳳翔は昔、大和のお守りをしてましたネー」

「そんな大層なものではないですけれど」

 

 軍事機密とされていた大和の存在を隠すための目隠しという名目で、建造中の大和に常に寄り添っていたのは何を隠そうこの鳳翔なのだ。

 

「昔の大和はどんなコだったんデスか?」

「そうですね……強く、優しく。綺麗な娘でした。少し人見知りをするようでしたけれど」

 

 懐かしむようにそう鳳翔が続ける。彼女の横顔から自身のおちょこに視線を戻すと、ぼんやりと月がその表面に浮かび上がり、なるほど、月見酒というものも風情があっていいものだな、と改めて思いながらそれを飲み干した。

 

「戦艦は、憧れの存在でしたから」

「ワーォ、照れちゃいマース」

「ふふ、ええ、もちろん金剛さんも」

 

 世界で初めての空母。彼女がこの世に生まれ落ちたときは、戦艦が華とされる時代だった。それこそ、航空戦が主体となる時代が来るなぞ誰も思わなかった時代。その当時、鳳翔はただ一人の空母として手探りのなか奮闘していたのだ。そして。

 

「……皮肉なものね。戦艦の衰退の引き金となった私が、おそらくあの子と一番一緒にいたのだから」

「ヘイ、それは」

「わかっています。わかっては、いるのだけれど」

 

 そう言ったきり、鳳翔は黙って視線を手元のおちょこに落としてしまった。

 戦艦大和。タイミングが悪かったのだ。あれは充分な航空支援のもと、最大の戦力を発揮するように設計された。だけれども、本格的に投入されるのが遅すぎたのだ。燃料の枯渇。不十分な航空支援。そして最後に行き着く先は一億総特攻の魁(さきがけ)。

 あの特攻はなんだったのだ。どうしてあんなことをしたのだ。航空隊が特攻をしかけているのに水上隊が出撃しないわけにはいかぬだろう。燃料がなくなり、なにもしないうちにやられるか、その前に特攻するか。それしか、なかろう。色々な思惑があっただろう。だけれどもその結果は、無残な敗退だ。

 

「逆に言えば、十分な航空支援があればあの子は活躍できたはずデース!現に今は戦艦も活躍してるネ!だから……」

「ええ、わかってはいるんです。ただ」

「ただ?」

「……先立たれるのは。それを見送るのは、いつになっても慣れないですね」

 

 それを、思い出してしまいました、と彼女は困ったように笑いながらことり、とお盆に空のおちょこを置いた。

 その姿を見て、ぬっと彼女の方へと手を伸ばす。

 

「きゃっ」

「なら今度はちゃんと帰ってくるように見守ればいいだけデース」

 

 わしゃわしゃとぞんざいに彼女の頭を撫でる。

 

「まったく鳳翔は甘え下手デース!こーゆーときは年上に甘えなきゃですヨー?」

「……」

「空母の中では最年長かもしれないけど、戦艦も含めたら年上がいっぱいいるんだから、ネ。この金剛オネーサンにドーン!と甘えちゃってくだサーイ!」

 

 わしゃわしゃとなで続けていると。ちょっと恥ずかしかったのか、はたまた酔いが回ってきたのか、ほんのりと頬を赤らめながら。

 

「甘えている、つもりだったんですけれど」

「ノーゥ!慎ましやかすぎマース!もう、お酌するから今日は飲むネー!」

 

 そんなことを言うものだから、この甘え下手な友に今日はとことん付き合ってやろうと心に決めたのだった。

 

 

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