『─空母さえ、いなければ』
夢を見ている。夢を夢とわかるのは、確か明晰夢と言っただろうか。何もかもが朧気な中、凛と響くその声だけがはっきりとしていた。
『ああ、この主砲を存分に撃ち合いたかったな』
誰に話しかけるでもなく。一人ぼやくかのように紡がれる言葉の数々。そのほとんどがすり抜けていく中。悔恨に滲んだ言葉だけがよく耳に残った。
その声を、私は聞いたこともないのに。なぜか、妙に馴染み深く感じた。
『─なぁ。そうは思わないか』
不意に。言葉がこちらに向けられる。何に対しての肯定を求められているのだろう。そも。
『─姉さん』
私に、妹は、いないのに。
※
「じゃあ対話、いってみましょう」
執務室に着くやいなや、ちょっとそこらに飲みに行きましょう、くらいの気軽さで提督が提案してきた。
「あの、私やったことな」
「だぁーいじょうぶです。ちょっとチクっとするだけで後はなるようになります、ね?」
余計に不安が募る。
「まぁ冗談は置いといて。大丈夫です、ここでは候補生達も皆やってることですから」
「はぁ」
「対話訓練を重ねれば過同調防止にも役立ちます。危なくなったら私が止めますので」
過同調とは、その名の通り艦艇の神々と同調しすぎてしまう現象である。一般的に同調率は五十から六十パーセント程度がいいとされ、それ以上同調を強めていくと艦艇の神々の感情が自分自身に流れ込んできて、自身が何者であるか混乱をきたし、下手をすると廃人になる可能性すらあるとされている。
艦娘は前線に出ずっぱりになればなるほどストレスが高まり、この過同調になりやすいと言われている。練度が高いからといって酷使すればするほど、その艦娘は短命となるのだ。
「ものは試しです、工廠に行きましょう。おやっさんが待っていますよ」
「……わかりました」
『これは、同調訓練でどうにかなるものではありませんね』
提督のあの言葉には、妙な確信が込められていた。ならば、きっとここに何かしらのヒントがあるのだろう。虎穴に入らずんば虎子を得ず。よし、と気合いを入れて敬礼をする。
「よろしくお願いします」
「うーん、真面目ですねぇ。いいことです」
どっこいしょ、と言いながら立ち上がり。扉の前でにこやかに手招きをする提督に連れられ、工廠へと向かった。
※
「どうでぃ、ハイカラだろう?」
「はぁ」
ヘッドギアを得意気に渡され、思わず気の抜けた返事が出る。
「なんだ、反応薄いな」
「VR 装置ですか」
「なに?びーあーる?」
「VR です、バーチャル・リアリティ」
「よくわかんねぇがそんな玩具とこれを一緒にすんじゃねぇよ」
ふん、と一笑に付しておやっさんが言い切る。呉で最近訓練にも取り込まれた最新技術なのだけれど、それを言うと話がややこしくなりそうなので黙ってそれを見る。
「頭にそれをつけて、そこに寝てください。なに、難しいことはありません。夢を見るようなものです」
指を差された先には、なにやらものものしい皮張りの椅子があった。例えていうなら、そう、歯の治療で使われている、あの椅子に近い。
「夢、ですか」
「ええ。対話の形は人それぞれですねぇ。艦艇の記憶を追想したり、一緒に追いかけっこをしたり。様々です」
「は、はぁ」
「習うより慣れろです。ささ」
「え、ちょっと、まだ心の準備が」
「ごーごー」
ぐいぐいと背中を押され、ソファに押し込められる。文句の一つでも言おうかとしたところで、がぽっとヘッドギアを被せられ。
「良い船旅を〜」
なんだその緊張感のない言葉は、と思ったところで。バチっと衝撃が頭に走り、意識を失うのだった。
※
─ぴちょん。
頬を叩く水の冷たさに目を覚ます。体を起こすと、節々が痛んだ。と、同時にこれは現実ではないなということを理解する。
なるほど、言われてみればこれは夢だと自覚した夢のようなものなのかもしれない。最も、こんなに意識がはっきりとした夢は初めてだけれど。
暗闇に目が慣れると、どうやらここは洞窟の内部らしいということがわかった。恐る恐る立ち上がると、この身は一般の人よりかは大きいけれど、頭をぶつけることもない。よくできているな、と思いながらとりあえず前に進む。
しばらく歩いていると、行き止まりのようなところへと出た。この道は間違っていたのだろうかとちょっと困っていると、ある部分から微かな光が漏れているのに気づく。近づいてよく見れば、どうやらそこは大きな岩で入り口を塞がれているようで、動かせれば先へと進めそうだった。ものの試しにえいやっと岩を動かそうとしても、ビクともしない。さて、どうしたものかと考えていると。
「─どちら様でしょうか」
閉ざされた扉の先から。柔らかな女性の声が響いた。それを聞いて、ピンと来る。
「あの、私─」
尋ねられたので名乗りをあげ。続けざまに話しかける。
「大和様で、いらっしゃいますか」
「……」
「お力を借りたく、参上いたしました」
答えを待って暫く黙る。すると、静かに彼女が問いかけてきた。
「なぜ、力がいるのでしょう」
「戦うためです」
「なぜ、戦うのでしょう」
「それは」
一瞬言葉に詰まる。けれどもここで黙っていては始まらないと、必死に言葉を紡いだ。
「人々のためです」
「……」
「みんなが、大和様を待っています。この国の人々を、救うために」
「─無理ですね」
言い終わらないうちに。バッサリと彼女は私の言葉を切り捨てた。
「─は」
「あなたは、戦えないわ」
「何を」
「お引き取り下さい」
「ちょっと、待ってください!なぜですか、理由を」
「だって」
岩一枚隔てて。その向こうで彼女が笑ったような気がした。
「だって、あなたは
※
「─っ!!!」
バツン!と頭に衝撃が走って思わずヘッドギアを脱ぎ捨てる。は、は、と息は上がり、ただこの座椅子に座っていただけだと言うのに全身にじっとりと汗をかいていて気持ちが悪い。目眩がして思わず片手で目を覆う。
「大丈夫ですか」
静かに声をかけられ、そちらに顔を向ける。こんな動作ですら、ひどく億劫に感じた。
「私が、誰かわかりますか」
「……てい、とく」
「ここがどこだかわかりますか」
「ここは。こう、しょうで。私、は」
「大丈夫、大丈夫です。ゆっくり息を吸って」
言われた通りに深呼吸を繰り返す。だんだんとバラバラになっていた意識がまとまり、私が私であることを、思い出してゆく。
「─っ」
「頭が痛みますか」
「いえ、大丈夫、です」
気持ち悪い。だけれども、この気持ち悪さでさえ、今私が生きている証なのだという妙な安心感すらあった。
「……すみません。まさか、こんなことになるとは」
「私は。どう、なったのでしょうか」
苦しく息をつきながらそう提督に尋ねると、提督は申し訳なさそうな顔をして言葉を続けた。
「端的に言えば。大和に拒絶されました」
「……」
「へそを曲げているな、とは感じていたんですけれど。まさか追い出しにかかるとは思っていませんでした、私の判断ミスです」
もう艦魄には繋がねぇからちっと辛抱な、とおやっさんがヘッドギアをもう一度私に被せ、何やら確認していく。
「脳波異常なし。後遺症もなさそうだな」
「そうですか、よかった」
おやっさんが再度ヘッドギアを外すと、提督は心底安心したように息をついた。
「なにが、見えましたか」
「洞窟と。その先に、扉をかたく閉ざしてこもっている、大和様と」
「……」
「あなたは、戦えない。あなたは、私だからと。言われました」
それを聞いて提督とおやっさんが顔を見合わせた。
「そうですか」
「……」
「とりあえず、今日は体を休めて下さい。次をやるにしても何か対策を考えなければ。こんなことを続けていたらあなたが先に参ってしまう」
「は、い」
「お風呂はもう使いましたか。うちのお風呂、ちょっと自慢なんです。ひとっ風呂浴びて、そしたら食堂でご飯でも食べて下さい。今日はカレーですよ、カレー。私の大好物なんです。ね、だから」
ぽん、と提督が優しく私の肩に手をかけ。
「憔悴しているときに考え事は、禁物です。だから、今はゆっくりと休んでください」
そう言って、安心させるように笑いかけてくれた。
※
汗を綺麗さっぱりと洗い流し、お風呂にゆっくりと浸かっていたら幾分か気分がマシになってきた。
それでも、やはり考えてしまうのはあの言葉。
『─あなたは、戦えないわ』
私の心を見透かし、嘲笑うかのように告げられた、あの言葉。私は、大和だ。超弩級戦艦、人々の期待を一身に背負い、そして、その期待に見合う戦果をあげなければならない、あの、大和なのだ。戦わなければならない、そうしなければならないのに。結局ここにいるのはまともに前線に立つことも出来ぬ大和とは名ばかりの役立たず。
「……はぁ」
思わず重いため息がこぼれる。提督も言っていたように、艦艇の神に拒絶されるなんて前代未聞だったのだろう。本当に私には大和適性があるのかしら、とついつい弱気になっていると、どこからともなくいい匂いが漂ってきた。
『今日はカレーですよ、カレー』
ぐぅ。ああ、こんなに落ち込んでいるというのに私のお腹はいつもと変わらず元気なんですね……。なんだか段々情けなくなってきた。それでも食べなければなるまい、食べなければ明日から頑張れないもの。
カラカラ、と引き戸を引いて厨房の方を伺う。
「あら。いらっしゃい」
入り口付近でまごまごしている私を見つけると、鳳翔さんが穏やかに笑いかけてくれた。なんとなく、ホッとする笑顔だ。
「いっぱいあるから、どんどん食べてくださいね」
「あ、ありがとうございます」
プラスチックのトレーをとって、そこに鳳翔さんがよそってくれたカレーを置く。お野菜がごろっと大きくて、美味しそうだ。
「お腹が空いてると、つい、くよくよしちゃいますから」
「え?」
「おかわりも気軽に声をかけてくださいね」
スプーンを取ろうとしたところで、にこりとまた笑いかけられた。
……この人は、どこまでわかっているのだろう。少し気恥ずかしくなりながら、ありがとうございます、と小声で答えて席を探す。
「今日はカレーかぁ。美味しそう!」
「ええ、いい匂いです」
どこに座ろうかと辺りを見回すと、向かい合って座っている陽炎さんと不知火さんを見つけた。近くに座ってもいいものか悩んでいると、陽炎さんがこちらに気づいて手招きをする。
「やっほ、大和さん。良ければ一緒に食べない?」
「あ……ありがとう、ございます」
おずおずと陽炎さんの隣に座ると、ちょうど訓練を終えたのか蒼龍さんと飛龍さんも私達もいいですかー?と近くに寄ってきた。なんだか大所帯だ。こんな大人数でご飯を食べることが最近はほとんどなかったので、少々落ち着かない。
「ていうか、今更だけど馴れ馴れしかったかな。呉は上下関係が厳しいって聞いたんだけど」
「いえ。ちょっと戸惑いますけど、私はこちらのほうが好きです」
「そう?よかったー。何か気になることがあったら気軽に言ってね」
そう言って頂きます、と陽炎さんがカレーを食べ始める。そしてそれに倣って不知火さんも手袋を外して静かにカレーを食べ始めた。
何気なくその所作を見ていたら、たまたま彼女の左手にある大きな傷が目に入り、息を飲む。大きな音を立てたわけではなかったが、私の様子に気づいた不知火さんが、ああ、と声をかけてきた。
「気になりますか」
「あ、すみません……」
「構いません」
もぐもぐと無表情でカレーを咀嚼しながらこちらを見つめる彼女に対してなんとなく気まずく思っていたら、コップの水を一口飲んだ後に不知火さんが徐に口を開いた。
「これは、味方に撃たれたときの傷です」
淡々と、何でもないことのように彼女がそう言った瞬間。私と、地味に隣で耳をそばだてていた蒼龍さん達が固まる。味方に撃たれた。それは、誤射というものなのか、それとも怨恨、あるいは痴情のもつれ。ぐるぐると思考を巡らせていると、私をじっと見つめていた不知火さんが冗談です、とぼそりと呟いてまたカレーを口へ運んだ。それと同時にぱこん、と陽炎さんが不知火さんの頭を叩く。
「痛いです、陽炎」
「冗談はもっとわかりやすく言わないと伝わらないわよ」
「そうですか。難しいですね」
そう言いながらも、表情を変えずにもぐもぐと不知火さんはカレーを食べ続けている。冗談、だったのか。てっきり本当のことかと思ってしまった。安心して、ほう、と胸をなで下ろした。
「ごめんねー、この子無愛想でわかりにくいけど、いいやつだから」
「別に、無愛想ではないでしょう」
「え、本気で言ってる?じゃあちょっと可愛くお姉ちゃん、って私に言ってみてよ」
「バカなんですか?」
「そういうとこだよ!!不知火のバカ!!!」
「食事中くらい静かにできないんですか」
「むきー!!!」
髪の毛を掻きむしって奇声を発する陽炎さんを、不知火さんは冷めた目で見ていた。
「仲、いいですよねー」
そんな姿を見て、不知火さんの隣に座った蒼龍さんがのんびりと声をかけた。
「そう?まーね、なんたって姉妹艦ですから!私はネームシップでお姉ちゃんですから!」
「成績は不知火のがいいですけどね」
さらりと続けた不知火さんに、陽炎さんがすっと腕を伸ばす。
「余計なこと言うのはこの口かしら?」
むに、と左手で陽炎さんが不知火さんの頬をつねると、さすがに今まで一切表情を変えなかった不知火さんもしかめっ面になった。
「不知火に、落ち度でも?」
「落ち度しかなくない?」
「事実です」
「あんたのそーゆーとこ、可愛くない」
「そうですか。陽炎はいつだって可愛いですけど」
「……」
「おちょくりがいがあって」
「こんにゃろう」
もう片方の頬をつねろうと陽炎さんが反対側の手を伸ばすと、すかさずその腕を不知火さんが素早く掴んで静かな攻防が始まる。その様がおかしくて、思わずぷ、と吹き出してしまった。
「あ、笑った」
「え?」
「んー、ここに来てからずっと緊張してるみたいだったからさ。よかった。ほら、不知火お手柄よ」
「そうですか、じゃあこれどけてください」
「それはイヤ」
そしてまた攻防を再開する二人を眺めながら、むぎゅ、と両手で自身の頬をおさえた。実は少し人見知りなところがあるのだけれど。なるべく悟られないように振る舞っていたつもりなのに、よく見てるなぁ。
「ここはオンとオフの落差が激しいから、最初は戸惑いますよねー」
いつの間にかおかわりを片手に戻ってきた飛龍さんが声をかけてくる。
「普段はこんな感じで友達みたいに接してくれるんですけど。訓練中は鬼ですよ、鬼」
「私、毎回スコール来るなって祈ってる」
「喜々として突っ込んでいくよね、陽炎さん」
「あと模擬戦」
「わかる。不知火さんのあの視線だけで殺されそう」
隣に本人達がいるというのに二人は言いたい放題である。
「聞こえてるわよ」
「あのくらいで怯んでいたら実戦で死にますよ」
「まだまだ元気みたいだから午後の訓練もっと厳しくしよっか」
「はいはーい!そうやって毎回何かしら理由をつけて厳しくするの、パワハラだと思います」
「愛ゆえよ」
「もっと優しく抱きしめるような愛がいいです。鳳翔さんみたいな」
「あんた達鳳翔さんに甘えっぱなしじゃない。これくらいでちょうどいいわ」
いいな。わいわいと仲良さげに喋っている様を見て、素直にそう思った。
呉にいる艦娘達も、皆いい人達だったけれど。やはり、あの大和ということもあってどこか壁を感じていた。だから、純粋にこういった関係は羨ましく感じる。
「もー、大和さんも言ってくださいよ!」
「え?」
「私達は褒めて伸びる子です!ね、大和さん」
「え、ええと?」
「時に大和さん、ギンバイに興味はありませんか?」
「ちょっと、あんた達!どさくさに紛れて抱き込もうとするんじゃないわよ!」
「次は完璧に目を盗んでみせますから!」
「だからって目の前で相談すんな!」
わいわい、がやがや。喧騒にいつの間にか巻き込まれ、目を白黒させる。ああ、なんだろう。
「……美味しい」
「でっしょー、鳳翔さんのご飯は世界一美味しいんだから」
そう言ってにかっと笑いかける陽炎さん。
「栄養バランスもしっかり考えられていますし、メニューも豊富ですから。明日も楽しみにしているといいですよ」
そう言って、いつもより表情穏やかに話しかけてくる不知火さん。
「あー、私ずっとここがいい。もう鳳翔さんのご飯以外食べられない〜!」
「空母はいつだって人手不足だからまぁ無理ね」
「無慈悲!もっと優しくしてください!」
「あんた達は空母期待の星よ!前線でバリバリちゃっちゃか働いてきなさい」
「そうじゃない!!」
その喧騒に身を任せ、もう一口カレーを口へと運ぶ。
その日、食べたカレーは。今まで食べた何よりも。美味しいと、感じた。
※
「ふむ」
先日金剛から受け取った包帯をしっかりと右腕に巻いていく。最初のうちは一人で巻くのにも悪戦苦闘したものだけれど、慣れたものだなぁ。最後に包帯の上から右手にはめられている指輪の存在を確認し、先ほどまで巻いていた包帯を木箱に入れ、丹念に呪符を張っていく。後でおやっさんのところに持っていかないと。全ての行程を終え、左手でコーヒーカップを掴み啜っていると執務室の扉が勢いよく開かれた。
「あー!まーたコーヒー飲んでマース!!」
「む、いいじゃないですか。コーヒー派なんですよ私は」
むー、と頬を膨らませながら金剛が非難を続ける。
「大体そんなに砂糖と脱脂粉乳を入れたらもう原形がないじゃないデスか」
「金剛だって紅茶にドバドバ入れるじゃないですか。いいんですよ、私はただコーヒーが飲みたいんであって美味しく飲みたいわけじゃないんです。不味いコーヒーは味を誤魔化してこそです」
紅茶も悪くはない。だけれども、やっぱり体が欲するのはコーヒーのカフェインなのだ。
「理解できないデース」
「そんなことより。ほら、紅茶淹れてくれるんでしょう」
「コーヒーのが好きなんデショ」
「金剛の淹れてくれる紅茶のが好きですよ」
「……」
「ただ、一人で飲むならコーヒーです」
ずず、と残りの冷めきったコーヒーを流し込む。
「今日の紅茶はなんですか?」
最前線にいた頃からの長い付き合いだ。これだけお茶に付き合っていたら自然と詳しくなる。それを嫌だと思ったことなどないし、むしろこの時間がない方が調子が出ない。不知火もなんとなく察してくれているのか、この時間帯のお茶だけは邪魔しないでくれていた。最も金剛は隙あらばティータイム!と休憩を挟もうとするのでここの時間帯以外は遠慮なく口を挟んでくるけれども。
「もー!そんなんじゃ誤魔化されないんだからネー!」
「はぁ」
なんだかわからないけれどプリプリしている金剛をいなしながら、しっかりと封をした木箱を執務机の引き出しにしまい込む。
「……調子は、どうデスか?」
「いいんじゃないですかねぇ。最初右半身全体にあったのが今じゃ肘下まで抑えられてますから。それに悪いことばっかでもないですよ」
とんとん、と自身の右頬を叩いて右眼を差し示す。一時期体半分持ってかれた弊害か、この右眼は人ならざるものをより鮮明に見られるようになっていた。色々な不都合と合わせれば差し引きは勿論マイナスではあるが、使えるものは使うだけだ。しかしあの頃は若かったとはいえ無茶をしたものだ。私がこうしてしぶとく生きていられるのも、一重におやっさんの呪具のおかげである。
今では随分と技術が進歩し、そういった神仏的な側面はどんどん忘れ去られてしまっているようだけれども。果たして今の世代は元々提督業というものが神職扱いで、艤装技師は神具を作製する者のことを指していたという事実を知っているのだろうか。
ぐっぱ、と右手の調子を見ていたら金剛がことり、とティーカップをソーサーごと机に置いた。
「あ、そうだ聞きたいことがあるんですよ」
「なんデスか?」
「大和のことなんですけど」
「アー」
紅茶をしばし楽しんだところで、話題を切り出す。
「あれ。
「ンー、ワタシも鳳翔もはかりかねてマース」
「と、いうと」
「確実に人間ではありマース。ただ」
そこで切ると、何かを考え込みながら金剛が紅茶を口へ運ぶ。
「鳳翔が、最初に
「じゃあ」
「でも人間デース、間違いなく。ただ、普通の艦娘とはちょっと違うような気はしますネー」
なんとも要領を得ない。思わず執務机にぐだっとのびた。
「お行儀が悪いデース」
「悪くもなります……結局どうすればいいんですかぁ」
「しばらくは様子見ですネー」
「ぐぬぬ。あいつ、絶対わかってて押し付けたな」
ギリギリと歯ぎしりをしていると、金剛が自身の頬を人差し指でトントン、と叩きながら笑いかけてきた。
「ヘーイ、そんなお顔じゃせっかくの紅茶が台無しデース。スマイルスマーイル、ワタシのときもどうにかなったデショー?」
思えばこの笑顔に何度救われてきたことか。周りからぞんざいな扱いを受けるのも、この人なら甘えても大丈夫という気やすさがあってこそ。艦艇だった頃から変わらない、人々が歌まで作ってしまうほど愛された戦艦、それがこの
「……ほんと、体張った甲斐があるってもんです」
「デショー?」
「ええ。鳳翔さんも泣かせずに済みました」
「鳳翔だけデスか〜?」
机に突っ伏したまま、左手を伸ばしてスコーンをかじる。うん、サクサクで美味しい。
「好きでもなけりゃ、そもそも体張らないですよ」
まぁたまにはね。リップサービスくらいしてあげましょう、うん。満足そうにこちらをにこにこと見ている金剛の方をなるべく見ないようにして。また、あむっとスコーンを頬張るのであった。