たった一つの小さな願い   作:moco(もこ)

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‐陸‐

 

「それはあっちに運べー!!」

 

 作戦準備で慌ただしくなる工廠内。大声で指示を出しながら準備を整えていると、ふと視界に場違いな人物が飛び込んできた。

 

「おい!なんでお前がここに」

「おやっさん」

 

 そいつ─大和はこちらに目もくれず、むんずと対話用のヘッドギアを掴んで淡々と質問をしてきた。

 

「防御障壁ってどのくらいで外せます?」

「ああ?まぁ、外すのはそんなかかんねぇけど」

「外してください。全部」

「はぁ!?何考えてんだ!こんな時に!!」

 

 掴みかかる勢いで詰めよると。その瞳の奥底に、静かな怒りが宿っているのに気づき、思わず動きを止める。

 

「─こんな時、だからです」

 

 これは、他者への怒りではない。己自身の無力さへの憤りだ。ああ、こんなことしてる場合じゃねぇってのによ、俺もどうかしてるぜ。

 

「……くっそ、なんかあったら俺を恨めよ!!」

 

 怒声を上げながら作業に取り組み始める。一刻も早くこんなくだらないことは終わらせねばならないのだ、なんたってこの身はこの工廠における最高責任者。もしこれのせいで全員死んだらあの世で皆にどつかれる。

 そこは普通、何があっても恨むな、ですよ、と。こんな時だってのになんだか余裕すらありそうなそいつが気に食わなくて。うるせぇ!!と叫び声をあげた。

 

 

「─そこにいるんでしょう」

 

 固く閉ざされた岩戸の先に声をかける。私は、今怒っている。無力な自分に。

 

「……また、来たのね」

 

 いじけて、引き篭もっている、こいつに。

 

「あの子が来ているのでしょう。大和に、今度はあの子を沈めろと?」

「あれは、もう武蔵じゃない」

 

 最後まで気高くあり続けた戦艦武蔵。だが、あれは。夢で、海で呼びかけてくるあいつに最早あの頃の面影はない。

 

「それに。戦うのが怖い臆病者なくせに」

 

 あなたじゃどうせあの子には勝てないわ、と嘲笑うそいつに。そいつの指摘通りな私に。怒りが募りすぎて目眩がしそうだ。

 

「だから、なんだって言うんですか」

 

 人の身である私を、ちっぽけな存在であると一笑に付すそいつに。力があっても、自身の殻に引きこもって不幸に酔いしれるそいつに。なにもできない自分に、腹がたって仕方がない。

 

「ええ、怖いですよ。当たり前じゃないですか。私は、普通の人間の女の子なんですから」

 

 自身の弱さを認めるのは恥ではないと、教えてくれた不知火さんを。

 

「自分が、死ぬのではないか。人ではない何かになってしまうのではないか。怖くて、当たり前じゃないですか」

 

 戦艦大和という重圧に、自身が卑屈になっている時。笑いかけてくれた陽炎さんを。

 

「─それでも」

 

 こんな自分を、待っていると言ってくれた、金剛さんを。

 

「私は。私のせいで、あの人達が死ぬようなことがあれば」

 

 大和の絶望の記憶の中。それは、ほんの少し垣間見えた小さな小さな願い(きぼう)。私を、大和をすんでのところでこちら側に引き止めてくれた、あの人を。

 

「私は、私を許せない」

 

 むざむざ死なせるなんてことは、許さない。

 岩戸なぞ知ったことか。これは、こいつのただの意固地。それがイメージとなって立ちはだかっているだけだ。こんなもの、こんなものは、ここに存在なんか、していない!!!

 

「─な、」

「好きなだけ、そこに引きこもっているといい」

 

 私の意地が、そいつの意固地に勝った。岩戸なんかまるで最初からそこになかったかのように何も遮るものがなくなり、私はそいつの腕を掴んだ。驚愕で歪むその顔さえ、この私と瓜二つだなんて、笑える。

 

「─でも。これは、もらいますね」

 

 好きにすればいい。お前なんかどうでもいい。私は、私のやるべきことを、するだけだ。

 

 

 討伐艦隊が出発して暫く経つ。まだ接敵の連絡はない。微かな緊張を紛らわせるようにトントントンと机を人差し指で叩いていると、いつものあいつが囁いてくる。

 

『─沈メ、沈メ。海ノ、底ヘ』

「うるさいなぁ」

 

 二人に霊力を割いているせいか締め付けが緩くなっているようで、彼女と鏡写しのこの身代わりの指輪の中にいるあいつが、彼女の代わりにこの身に封じる深海棲艦の穢れが、よく吠える。

 

「これからいいとこなんですよ、ちょっと黙ってろってんです」

 

 我ながら博打に出たものだと思う。あの四人だけでは、火力が圧倒的に足りない。そんなの百も承知だ。残念ながら私は根性だ、気合いだで勝てると信じるような熱血漢ではないのだ。だから、あの四人だけでは勝てないのを理解していて出撃させた。

 賭けに出た。なにも確信がない、というよりもう願望に近かった。それでも。

 

「─失礼します」

 

 頬杖をついて、にやり、と笑いかける。

 

「待ってましたよ」

 

 この娘は。大和は、ここに来ると。

 

「出撃許可を」

 

 信じていた。

 

「あー、困りました!」

 

 わざとらしく、大声をあげる。大和が驚いて目をぱちくりさせている。

 

「せっかく戦艦大和が仲間になってくれるっていうのに!一隻だけで行かせたら潜伏している敵に囲まれてボコボコにされてしまうかもしれないなー!困ったなぁ!!」

 

 一体なんなのだ、と大和が困惑顔でこちらを見つめている。すみませんね、このパフォーマンスはあなたに対してじゃあないんですよ。

 

「……どこかに、腕のいい。大和の護衛をしてくれる艦娘がいれば、いいのになぁ」

 

これは。

 

「─白々しいぞ」

 

 賭けに付き合わせた、この娘への。

 

「─オレを。呼んだか?」

 

 軽巡洋艦、天龍への。出撃の合図なのだから。

 

 

『な、んで』

『仰角、十度修正』

 

 僅かに苛立ちが滲む金剛さんの声と、その金剛さんの視界から砲撃補正を淡々と指示する提督の声が無線に乗る。

 

『鳳翔ばっか狙うんデスかー!!!』

 

 怒声と共に、一撃。綺麗にそいつに当たったはずの砲撃は。

 

「─」

 

 砲撃による黒煙の向こうから見える、そいつを。まるで歯牙にもかけぬ、と言わんばかりにそこに佇むそいつを見ていると、本当に当たったのか、と疑問すら湧いてしまう。

 

「かったいなぁ!!もう!!!」

 

 そりゃ愚痴の一つもこぼしたくなる。私も不知火も魚雷は撃ち尽くした。こちらのことを侮っているのか、微動だにしないそいつにほとんど全てを叩きこんだというのに、一体こいつの体はどうなっているんだ。何よりも。

 

『鳳翔、生きてマスかー!!』

『─っ』

 

 乱戦で砲撃の音や荒ぶる波の音にかき消されぬよう無線に大声で語りかける金剛さんに、返事をする余裕がないほどに。鳳翔さんがしつこく狙われていた。

 ほぼほぼ一杯まで速力を維持しながら砲撃の嵐を交わしているせいで、発着艦がろくにできていない。上空を飛んでいる艦載機の燃料が尽きるのが先か、それとも。

 

「っ、あーもう!!せめてこっち見ろ!!」

 

 悔しい。駆逐艦であることに誇りを持っていても、例え戦艦を沈めることが出来たとしても。戦っているときは、常に自身の弱さが歯痒くなる。思い出したかのように副砲で撃たれ、それがかするだけで軽く中破してしまうようなこの装甲を。この小さな小さな主砲を、肉薄して相手の周りを駆け巡るこの身を、まるで相手にしていないのだ。悔しい、悔しい。どうしたら。

 

『─注意を』

 

 その声は、この戦場において酷く落ち着いていて。

 

『引けば、いいのでしょう』

 

 それでいて。喉元に喰らいついてやると言わんばかりの、殺気を、孕んでいた。

 

 

 駆逐艦なぞただの羽虫だ、と言わんばかりのその態度が気に食わない。目線をずっと鳳翔さんに向けたまま、気まぐれに撃たれた副砲で中破してしまったこの身が気に食わない。全てが気に食わない。おい、こっちを見ろ。そこまで馬鹿にされて黙っていられるほど、不知火の人間性はできてはいないのだ。だから、あいつの視界に無理矢理入ってしまうことにした。

 

「前進一杯!!!」

 

 一気にスピードを上げ、激しい白波を立てながら目標まで加速する。主機が悲鳴をあげようが知ったことか。狙うは、アイツの、頭。そこに目がけて、一直線。

 

「─」

 

 そうか、これでも見ないか。本当に舐められたものだ。まぁいい、こんなことをしたら本物の艦艇なら座礁するだけだけれど、ありがたいことにこの身は艦娘という人智を超えた何かだ。

 もっと頭を使えとこちらを煽ったそこの頼りになるうちの戦艦ごと、驚かしてやろう。

 

『─なんっ!?』

 

 あなたが驚いてどうするのですか。いい加減付き合いも長いのだから不知火の突飛もない行動に慣れて頂きたいものです。まぁいい、さぁ、みさらせ。

 

「─!?」

「そうだ、こっちを見ろ」

 

 座礁していた船のスロープを利用して。最高速度で乗り上げ、そのまま空へと舞い上がる。体をひねりながら主砲をそいつに向けて。そいつの視界に、踊り出てやった。

 

「沈め!!!」

 

 あらん限りの砲弾をそいつの顔面に叩き込む。これは駆逐艦としての矜持。随伴艦をなにがなんでも守るという、この小さな体に宿らせた誇り。例えこの主砲が全く効かないとしても関係ない。こちらを見ろ、鳳翔さんから視線を逸らせ!!

 

「─!!」

 

 そいつの口から発せられる不協和音。ようやっとこちらを敵と認識したか、それでいい。砲撃の反動でバランスを崩す最中、砲煙の向こう側から覗き見えたそいつと視線がかち合った。副砲がキリキリと音を立てながらこちらを捉えようと動き始める。着水して、再加速までにどれくらいかかるだろうか、と考えて。やめた。必要ない。

 

『─こんの』

 

 だって、必ずここに。

 

『バカぬーい!!!!』

 

 あいつの攻撃が来るのだから。

 敵の頭部にしっかりと当たったその砲撃の余波で、吹っ飛ばされる。ズタボロになりながら、どうにか海上で体勢を立て直そうとしていたら。

 

『ホント馬鹿なんだからぁあああ!!!』

 

 耳元で、無線で。全力で罵声を浴びせる陽炎が、全速力ですれ違いざまに不知火の手を引いた。

 

「─い、っづ!!」

「肩外れたくらいで文句言わないでよね!!主機は!?」

「……奇跡的に、なんともないですね」

「そりゃ、よかっ、たぁ!!!」

 

 そう叫びながら陽炎がこちらを掴んでいる方の腕を思いっきり振り切った。曳航とその勢いのままに加速して陽炎とは別方向に離脱する。

 

『アホかぁー!!!』

『死ななかったでしょう、信じてましたから』

『こんな時だけ殊勝な態度とっても騙されまセーン!!』

『ちっ』

『what !?』

『喧嘩すんな!!』

 

 じりじりと、頭にもたげる不安を紛らわせるためにいつもよりも口数が多くなる。このままではジリ貧だと誰もがわかっていた。何より。

 

『─っ!!しまっ』

 

 どんなに手を変え品を変えても。あいつの、鳳翔さんに対する揺るぎない憎悪を、逸らすことが出来ずにいた。

 そいつの、必ず命を刈り取りらんとばかりに撃たれた砲弾は。三人の隙間をすり抜け、真っ直ぐに鳳翔さんへと伸びていった。

 

 

 ああ、 私も沈むのかと。妙にゆっくりと感じる時の中、私は、私へと真っ直ぐに飛んでくる砲弾と、それによる逃れられぬ死の瞬間を、その事実を。ただ、ただ静かに受け止めていた。

 世界に一人、航空母艦という艦種として産み落とされ。一人、二人と増えていった、娘のように慈しんだ後続艦達は、こんな小さく貧弱な私なんかよりも頼もしく。前線で活躍するその姿を喜ばしいものだと感じると同時に、一人、二人と徐々に徐々に沈んでゆくあの娘達を、ただ見届けるしか出来なかったこの身を。また、最後に一人となってしまったこの身も。ついに、沈むのか、と。

 

『いって、参ります』

 

 生まれる前からずっと寄り添ったあの娘も、先に逝ってしまった。きっと、あの娘は私を恨んでいるだろう。戦艦の時代の幕引きを引き起こした、航空母艦の最初の一人である私を。だって、彼女の妹である武蔵の声が。

 

「─空母サエ、イナケレバ」

 

 戦い始めてからずっとずっと、うらめしげに私の耳に届くのだから。

 だからこれは、報いなのかもしれないと目を閉じた瞬間。轟音と衝撃。目を閉じていた私には、それしかわからなかった。直射だ、沈む間もなく死んだのだろうか。なんだか誰かに温かく抱きとめられているようで、深く、深く、寒い海底に沈んでいったあの娘達よりも、一撃で屠られた私がこんな優しい死であっては申し訳が立たないな、とぼんやりと思った、その時。

 

「─だいじょうぶ、ですか」

 

 まるで泣いているのではないか、というほどか細いあの娘の声が聞こえてきて。ずっと、ずっと寄り添って、それはそれは目にかけて。その優しさを、その強さを、美しいと憧れ。死地に向かうその背中を見送るしかできなかった、あの娘の、そのぬくもりなのだと。愛しいあの娘が私を抱きとめていることを、ここは死後の世界ではないのだということを、理解した。

 

 

 もうダメだと、思った。初めて仲間を、失ってしまうのだと。

 

『─大和』

 

 着弾するその寸前。盾になるように滑り込んだ、あの人の存在に気づくまでは。それは、一瞬であったかもしれないし、もっと、もっと長い時間であったかもしれない。あの人が現れた瞬間。ここにいる全員が、深海棲艦を含めた全員が、動きを止めた。

 

「─ァァアアアア゛!!!」

 

 その静寂を破ったのは、深海棲艦の怒号。今までにないほどの殺意が、膨れ上がる。何を言っているのかノイズが酷く理解することはできなかったが、その言葉がわからなくても、明らかにあそこにいるあの人に怒っているのだとわかった。

 ─まずい。さっきの砲撃で彼女はダメージを負ったのだ。こちらも幾ばくかこいつにダメージを与えているとは言え、このまま真正面から、鳳翔さんを庇わせながら戦わせるのは。

 

『─オイ』

 

 それは、この無線では初めて聞く声。戦場を求め、負けることをよしとせず。常に前へ進もうとする勇敢なる軽巡洋艦の、声。

 

『どこ、見てんだァ?』

 

 この戦場において、どこか楽しそうに。お礼だぜ、と彼女は笑った。

 

 

「─だいじょうぶ、ですか」

 

 発したはずの己の声は、自分でも驚くほどに情けなく。ああ、やはり自分は臆病者であるのだなぁと、思った。それでも。

 

「─」

 

 きちんとここに、この人のぬくもりがあることを。この人の命の灯火を消さずに済んだのだということを確認出来て、ついつい涙声になってしまうのは、しょうがないことだと思うのだ。

 この身が頑強でよかった。さっきの攻撃で背部の第三砲塔がやられたけれども、そんなのどうだっていい。この人を死なせたら、私は、死んでも死に切れない。

 ゆっくりと身を起こし、彼女を庇うようにして敵を、武蔵を見据える。その瞬間。

 

「─ナゼ!ソイツヲ、空母ヲ庇ウ!!」

 

 武蔵が、吠えた。ああ、そうか。やはりそうなのか。あの日、あなたは空母の存在を恨めしく思いながら、沈んだのか。

 正面から膨大な殺気を受けているというのに、どこか私の心は凪いでいた。

 きっとあれは、あったかもしれない大和の姿。私が、大和が呉に居続けたら飲み込まれていたかもしれない未来。それを、断ち切れたのは。

 

『どこ、見てんだァ?』

 

 舌なめずりでもしそうなほどご機嫌な天龍さんの声が届いた瞬間、武蔵の左側に火柱が立ち上ぼり、微かにあの子がよろめいた。

 そうだ、武蔵が歯牙にもかけなかっただろう私の仲間達の攻撃は、着実に武蔵の身を削っていたのだ。あの日、あの場所で。一人取り残されて標的となったのに、思い出せないのか、仲間の大切さを。

 

「─第一、第二主砲」

 

 私の声に呼応し、妖精さん達が忙しく主砲を動かし始める。

 

「ねぇ、武蔵。確かに私達は空母がいたから沈んだのかもしれないけれど」

 

 この声が届くかは知らない。だからこれは自己満足だ。これから、屠る相手への手向け。

 

「─でも」

 

 このまま撃ち合えば、あちらの方が早いだろう。武蔵はすでにこちらに狙いを定めていた。けれども。

 

「─空母さえ、いてくれたら。私達は、無敵だった。そうでしょう?」

 

 乱戦で攻撃を躊躇し、一時戦線を離脱していた鳳翔さんの艦上爆撃機が、武蔵より早く。最後の力を振り絞って襲いかかる。それにより武蔵が体勢を崩す。さぁ、これで終わりにしましょう。

 

「─斉射、始め!!」

 

 戦艦大和の。皆に期待され、しかしながらその実力を発揮することなく沈んだ、超弩級戦艦の砲撃が。今、一つの幕を引いた。

 

 

『なんだぁ、オイ、みんなだっらしねぇなぁ!!』

『……天龍さん、ちょっとうるさい』

『いやーごっめんなー!美味しいところかっさらっちゃってよー!』

 

 深海棲艦となった武蔵を倒した後、誰一人欠けることなく帰路につくことが出来る安堵感に包まれたのも束の間。周りを見渡せば、皆一様にボロボロであった、天龍さんを除いて。彼女はと言えば、本人の言う通り最後に美味しいところを掻っ攫ってしかも無傷であるから、体力があり余っているようであった。

 

『……ちっ』

『マイクに舌打ちが乗ってんぞぉ!不知火ィ!!』

『マイクテストしただけですが』

 

 対して、不知火さんはほとんど大破といっていい状態。ボロッボロである。気持ちはちょっとわかる。

 武蔵を倒した瞬間。あの子は一瞬こちらを羨むように見返し、そして光となって消えていった。深海棲艦になってしまったとはいえ、数少ない姉妹をもう一度沈めたことに対して心を痛めていたら、金剛さんが大丈夫デース、早く次は、仲間として相まみえたいものですネー!と朗らかに笑いかけてくれたのが救いだ。神様の太鼓判だ。次は、あの気高く頼もしい妹に会えるといいな、と思っていたら、微かに艦魄からありがとう、と大和からの気持ちが流れてきて。ようやく天岩屋戸に籠っていた天照大御神様も外においでなすったか、と自身の相棒たる付喪神様に苦笑した。

 

『あー、やっと帰ってきたぁ』

『ヘイ、なんか蒼龍と飛龍がめちゃくちゃこちらに手を振っていマスが。号泣しながら』

『……お風呂、すぐ入りたいなぁ』

『あの娘達をなだめるのが先でしょうね』

 

 その会話を聞きながら、ようやっと見えてきた陸地、帰るべき場所を見つめる。ああ、たしかに出迎えてもらえるというものはいいものだ、生きて帰ってこられたのだという実感が湧く。

 

「鳳翔さん」

 

 無線のマイクを切って、隣をゆっくりと航行する彼女に話しかける。

 

「はい、なんですか」

「大和は、ずっと、ずっと言いたかったことがあるんです」

 

 それは、大和が死の間際に願った、小さな小さな願い。それを、ようやく達成することが出来る。

 

「─ただいま、帰りました」

 

 もしあの日。自身が死ぬことなく戻って来られたら。この言葉を、彼女に伝えることが出来たら、きっと笑ってくれただろうか。

 小さな、小さな願い。ずっと私に寄り添ってくれて、支えてくれた彼女の笑顔が見たい、という小さな希望。

 

「─」

 

 それを。

 

「─ええ。おかえりなさい」

 

 ようやく。長い年月をかけて。叶えることが、できたのだった。

 

‐終‐

 


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